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シーサイド・フェスティバル  作者: 芳川見浪
赤く染まる雪の園で希望を祈らせてください
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彼等の日々


士官学校のカリキュラムは多岐にわたる……と言えるほど多くはない。最初の五ヶ月は専ら座学だった。

士官学校に入る生徒は成人(十五歳)したての、いわば子供とも大人ともつかない人間が大半を占める。


それらは当然ながら高等教育を受けていない。ゆえにまずは通常の高校で行われる数学と科学と歴史と英語を叩き込まれる。


朝七時から夜九時まで勉強と基礎訓練(基礎訓練は主に筋トレとマラソンを一〜三時間程である)。

僅か五ヶ月で通常の学校の二年半分教えこまれるのだ、それまで普通の学生だった生徒達は授業についていくのに必死で他にかまける余裕が無くなる。


この五ヶ月で多くの生徒の娯楽が『睡眠』に代わった。

余談だが、遠野のクラスから授業に耐えきれず三人退学した。


――――――――――――――――――――


「なあ知ってるか? 普通の学校じゃ昨日まで夏休みだったらしいぜ」


遠野がサンドウィッチ片手にボンヤリと呟いた。


「ふっ、夏休み? なにそれ? 美味いの?」


そう答えたのは同じクラスの片岡誠司かたおかせいじだ。


うららかな午後、雲はあるものの雨の気配は感じず至って晴天。更に夏の日差しはそこまで暑くない。これは南から来た生徒にとっては大変な驚きだった。七月の半ばまでストーブをだしていた生徒も少なくはない。


そんな昼休みの一時、普段は立ち入り禁止の屋上に出られる扉前の階段にて遠野と熊木、同じクラスの片岡と矢島と委員長は学生らしい無駄話に花を咲かせていた。


「日曜から土曜日までみっちり勉強と訓練の俺等に祝日なんかねえよ」


熊木の冷静なツッコミが入った。

あまり髪を切らないせいか、無造作に伸びたボサボサの髪が背中に掛かっている。


「俺等にも連休こねえかな」


「少なくとも卒業するまではないな」


ハアとその場にいる五人全員がため息を吐いた。


「でも今日から座学が少なくなるからちょっと楽になるんじゃないかな」


矢島太陽やじまたいようが言った。童顔で小柄な体躯の彼の父親は日本国軍の大将だ、そのため女子ウケが妙にいい。羨ましい。


「その代わり戦術論や火気取り扱いの授業が追加されて訓練も増えるんだろ」


遠野は隙間なくビッシリ予定の詰まったスケジュール表を眺めて嘆いた。


「まあようやく士官学校らしいと考えれば身が引き締まるな、真面目にやれよ」


委員長はタブレットで読んでいた戦術論教本のページを捲る。最近訓練の邪魔だからと髪を剃り落とした彼の姿はやたらと威圧感がありどこぞのヤクザを思い浮かばせる。


「お前眼鏡外してサングラスにしたらどうだよ」


「そんな事してなんになる」


「戦術論かあ、どんな事やるんだろうね」


矢島は遠い目をして語る。彼は新しく始まる戦術論が楽しみのようだ。その余裕は座学において学年トップの成績を維持しているところから来ているのだろうか。


「委員長、お前一足早く教本読んでんだから何かわかるだろ?」


「箸を向けるな片岡! 行儀が悪い!」


「そうだぞ片岡、あんまり行儀悪いと蒼本に怒られるぞ」


「サンドウィッチ口に入れたまま喋る遠野君が言う事じゃないよね」


遠野が口をモゴモゴさせながら喋ったため、あたりに唾液の混じったサンドウィッチの破片が飛び散るという悲惨な絵面が出来上がった。


一同が不快な顔でそれを見つめている時、ふいに五人のものではない明るく透き通った声が聞こえてきた。


「あっ! ケンちゃんここにいた!」


下から、踊り場から木野美代がひょこっと顔を覗かせてこちらを見つめている。

くりくりした瞳が印象の可愛いらしい彼女は、その見た目に反してこれまでの授業や訓練をそつなくこなしており、教師陣から注目を集めていた。


「げ、美代。何の用だよ」


「次の戦術論の授業が移動教室になったからそれを知らせにきたんだよ」


「はあ? マジかよ! つーかそれなら直接タブレットに」


ポケットを探って気付く。タブレットを教室に置き忘れてた。


「ふむ、確かに移動教室に変わってるな」


木野の言葉を聞いてタブレットのスケジュールを確認した熊木がいそいそと片付けを始めた。


「そろそろ昼休みも終わるから俺はもう行くぞ」


「じゃあ私も行くからね」


熊木が去り、木野も去った屋上前階段。


「なあ木野ちゃんて遠野の幼なじみなんだよな」


突然片岡が口を開いた。


「それがどうした?」


「付き合ってんの?」


「ねーよ!」


ついムキになって否定してしまった。それは事実では無いものの、遠野自身それを望んでいるが中々叶わない苛立ちからきている。つまり遠野は木野美代を好いている。


「あっ、これ好きだけどヘタレだから実行できないパターンだね」


矢島の発言が遠野の胸に刺さった。


「まああれだ、彼女なんていなくても困る事はない」


委員長が遠野の肩にポンと手を置いた。


「委員長」


遠野の目が委員長を見つめ、肩に置かれた手をギュッと掴んだ。

そして憎悪に満ちた怨嗟をぶちまける。


「入学一ヶ月で彼女作ったテメエが言うんじゃねえええええ」


遠野は委員長に腕ひしぎを掛ける。


「しかもめっちゃ可愛いとかふざけてんのかああああ」


片岡が四の地固めで委員長を地に押さえつける。


「ギブギブギブギブギブ矢島助けて!」


さり気なく片岡も加わり委員長へのリンチが行われる。委員長は必死に矢島へ助けを求めるが、とうの矢島は関わりたくないという顔でそれを眺めている。


「あっ、次の授業まで五分もないや。僕もう行くね」


「おい! 矢島! 助けて!」


昼休み終了まで続けられる委員長いじめを背中に置いて、矢島は階段を降りていった。


――――――――――――――――――――


戦術論の授業。


「それでは本日から戦術論の授業を始めます。担当は私、森田が務めます」


森田を見た遠野の第一印象は、豊満なお腹をもつグラマラスボディな中年の男性教師であった。


「それ色々と間違ってるぞ」


とそのような事を熊木に言ったら冷静に突っ込まれた。


「まず皆さんには戦術と戦略を理解してもらいます。そうですね、ではロードナイトさん。戦術と戦略の違いはわかりますか?」


森田に指名され女学生が立ち上がる。

輝く程に美しいブロンドの髪が特徴の彼女は名をミーナ・ロードナイトといい、イギリスの古い貴族の家系をでている。


ひそかに一部の厨二病を発症した生徒がロードナイトという名字に何故か狂喜乱舞していたりする。


「戦術と戦略の違いですが、わかりませんわ!」


ミーナは堂々と言い放った。

吊り目で強気な表情を崩さず、恥ずかしげもなく答えた。ミーナの両サイドからため息が零れる。


「そうですか、では隣の石蕗つわぶきさんはどうですか?」


石蕗と呼ばれた青年が立ち上がる。彼はミーナを挟んで向かい側に座る花恋かれんと共に使用人兼護衛を務めている。いわば戦える執事とメイドのようなものだ。


「はい、戦略とは組織が兵を効果的に運用して敵を倒すためのもので、大局的又は長期的な視点で練る計画の事です。


対して戦術とは実際の戦場で敵を倒すために行われる具体的な手段となります」


「正解です。座っていいですよ。全て彼の言った通りですが、まだピンとこない人もいるようなのでもう少しわかりやすく説明しましょうか」


「お願いしますわ先生」


そう言ったのはミーナであった。隣に座る石蕗は主人の理解力の乏しさに頭を抱えた。


「では皆さん、自分がジャングルにほおりこまれたと想像してください。服装は訓練服、装備はゼロ、文字通り身一つです。そんなあなたはジャングルに潜む肉食の虎を殺さなければいけなくなりました。


はい片岡さん、あなたならどうしますか?」


「えっ!? いきなり……ええっと武器を探します」


いきなり当てられた片岡はしどろもどろになりながら当たり障りの無いことを答えた。


「例えば?」


「…………尖った枝とか、石とか」


「皆さん、聞きましたか? 今のが戦術です」


片岡は正解したらしい。ホッと胸を撫で下ろして着席する。


「虎を倒すためにまず武器を取って戦力を上げる。では次に、そうですね。このクラスの委員長は誰でしたかな」


「ボクです」


委員長が手を上げて立ち上がった。


「では委員長、あなたならこの虎をどう倒しますか?」


「はい、まずは身を潜めて隙を伺います。罠を仕掛けてそこに誘い出し、手に持った武器で止めを刺します」


「よろしい、それが戦略です。武器を取り、身を潜め、罠を仕掛け、誘い出す。この一つ一つの行動が戦術であり、またこの一連の流れを戦略といいます。


つまり戦略とは目的を達成するための一連の計画の事を指し、戦術とはその計画を実現するための手段を指します。


その事を理解している人は意外と少ないものです。皆さんはいずれ士官となり部隊を率いる事になるでしょう、もしかしたら司令官になる人もいるかもしれません。何れにしろ戦術と戦略の違いもわからないようではロクな士官にはなれません」


戦術論の授業は五時間続いた。


――――――――――――――――――――











ある殺人鬼の手記


これを書いている時、私はとても興奮している。

理由を説明したいところだが、まずは順に追わなければいけないな。


この日、九月一日の二十二時頃の事だ。仕事が終わりいつものように趣味としている殺人を行った。

殺したのはしがない壮年のサラリーマン、身分証を確認したらそろそろ定年を迎える歳だった。


一人で歩いているところに声を掛けて路地裏に連れていく、今回は相手が酔っ払っていたから楽に誘い出せた。

いつもならここで首を締めたり、ナイフで首を掻っ切るのだが今回は趣向を変えて新薬を打ってみた。


奇獣の細胞から作り出した薬だ。私の同士が作った素晴らしい薬、それは生物の体を奇獣のものに変えるもの。

ネズミでの実験は成功したが人間での実験は出来ていないというので私が協力を申し出た。


というわけで私はその男性に薬を打ち込んだ。注射器でぷすっと。


変化はすぐに起きた。男性の皮膚はおぞましくぶよぶよに膨れ上がり、目は飛び出て、関節もおかしな方向で折れ曲がり始めた。


相当痛いらしく男性の断末魔の叫びが響き渡った。私はその光景を見て性的興奮を覚えてしまった。わかるか? 勃起したのだよ。


さてその男性だが、しばらくすると変化が止まり、声一つあげなくなった。どうやら死んだらしい。

人間のような形をとっているが見た目は化物そのもの、爬虫類の皮膚に尖った顔、おそらく骨格も変わっているだろう。


その男性はすぐに私の同士が研究所へ連れて行った。


今回は失敗だったが、将来的には奇獣の細胞を持つ新たな人類を作る事が出来るだろう。


同士はこの計画を『M.H計画プロジェクト』と名付けている。

Meteorite human project。


直訳すると隕石人計画、これは奇獣の元名である隕石獣という呼び名からきている。

つまり、正しい日本語訳は『奇人計画』となる。


胸が踊る。私はこれから積極的に人体実験を行って行こうと思う。

今回は老人だから次は中年、子供でもやってみよう。個人的には免疫力の高い十代の少年少女がいいがな。

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