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シーサイド・フェスティバル  作者: 芳川見浪
赤く染まる雪の園で希望を祈らせてください
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二〇三六年 青森士官学校


突然だけど昔話をしよう。

昔といってもそんなに前じゃない、大体四年前からだ。

因みにこの話には山岡泰知ぼくは最後まで出ない、何故ならこれは山岡泰知ぼくが生まれるまでの話だからだ。だから主人公は山岡泰知ぼくじゃないし、山岡泰知ぼくの過去でもない。


主人公はとある士官学校に通う学生達、彼等が短い青春を輝かせ、そして理不尽に振り回されていく。


これはそんな悲劇を描いた話だ。

ところで何故いきなりこんな語りかけるような文になったかだけど、なんて事はないただの余興だよ。








第四章「赤く染まる雪の園で希望を祈らせて下さい」





二〇三六年、四月

青森県十和田市の西へ三十キロメートル進んだ山の中に、ゴルフ場を改築して作った学校がある。


青森士官学校、そこは中等教育を修了した成人が日本国軍の士官になるための知識と知恵と力を学ぶ場所である。


「別にお前も付き合う必要はないんだぞ、美代」


士官学校から贈与された儀礼用の礼服に身を包んだ少年は隣りに立つ少女に言った。


「今更それを言うの? 私だってやればできるんだから、それにケンちゃんも私がいないと寂しいでしょ」


ウシシと少女はいたずらっぽく笑った。肩先まで伸びた髪は癖っ毛のように跳ね上がって快活な印象を与える、彼女もまた礼服を着用している。


遠野健二とおのけんじ木野美代きのみよは幼なじみであり、また青森士官学校第二十六期の新入生でもあった。


「じゃあ行くか」


「うん!」


二人は連れ添ってこれからの人生を左右する事になる新たな新天地を歩きだした。


――――――――――――――――――――


入学式が終わって各自の教室に移動した。


「えへへ、また一緒のクラスだねケンちゃん」


「また美代と一緒か」


健二は呆れた、とでも言うように露骨な溜息を吐いた。しかしその顔はどこか嬉しそうであり内心喜んでいる事は誰が見ても明らかであった。


「でもやっぱり知らない人ばかりだね」


「だな」


教室を見回しても知り合いなど一人もいなかった。そもそも健二の地元から青森士官学校に入った人間は、自分を除いて美代だけなのだから当然である。


「じゃあ私席に戻るね」


と言って美代は割り当てられた席に戻る。そして椅子に座った途端美代は三人の女子に囲まれ、談笑を始め、最終的には四人で写真を撮っていた。


健二は女子ってすげえなと思いながらその光景をぼんやり眺めていた。


ここは俺もコミュ力を発揮しなければな、等と謎の意気込みを胸に前の席に座る背の高い男子の肩を叩いてから声を掛ける。


「なあ、お前何処から来たんだ? 俺は岩手だ」


男子はゆっくり振り返る。


「俺は美海市から来た。名前は熊木一助くまきいちすけ


熊木一助と名乗った少年は端的に言った後右手を差し出した。健二はその手を取り軽く握る。


「美海市って確か九州だっけ」


「正確には四国だな、九州の方が近いけど」


「随分遠い所から来たんだな」


「まあな、青森士官学校は卒業して軍に入隊したら授業料免除だから、それが目当てだ」


「ああ、俺もそれだわ」


「だからかこの学校は色んな奴が集まるんだよな、ほらあそこにいる奴なんか剣道の全国大会一位だぞ」


一助が指差した方向には教室の一番後ろの席で腕を組んで座る筋肉質の少年がいた。

健二の脳裏に引っかかる何かを感じる、少し思い巡らしてその少年がテレビに映っていた事を思い出した。


「前ニュースで見た。確か名前は……若宮……えっと」


若宮隆明わかみやたかあき


「そうそうそれ!」


「俺も剣道やってたからな、その名前はよく知ってるよ。まさか同じ学校とは思わなかったけど」


その時ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴り響く。それまで談笑してた生徒達はそれぞれ軽い別れをしてから自分の席に座った。

その間に担任と思われる教師が壇上に立った。


すらっとした背丈に目鼻立ちの整った爽やかな好青年だった。その甘いマスクを見た女子の間から黄色い声が上がる。

その教師が腕時計を見ながら口を開く。


「三十秒か……遅いな。次からは私が教室に入る前には全員着席しているように。軍隊では時間厳守だ、君達はたかが数十秒遅れただけで生き死にが別れる世界に飛び込もうとしている事を理解したまえ、例えば戦場において一人で百人を相手にする場合一対百で勝てる自信はあるか? そこのお前答えてみろ、ついでに名前も」


教師に当てられた生徒が立ち上がる。


「えぇと……矢島太陽やじまたいようです。その、一対百ではまず勝てません」


「その通りだ。座っていいぞ。矢島が言ったように一人で百人を一気に相手しても余程の超人でない限り勝てない、手も足も出ずに殺されるだろう。しかしその百人が一人ずつ数分遅れで遅刻したらどうだ? つまり一対一が百回だ。これならまだ何とかなりそうだと思わないか? つまりそういう事だ」


クラス全員が神妙な顔付きになった。健二もだが、ようやく全員がただの学校ではなく士官学校に入った事を理解したのだ。


「そういうわけで明日から遅刻者には罰則を与える。さて前置きはここまでにして……諸君! 入学おめでとう、私は心より歓迎する。

まず簡単に授業体系を説明しよう、一年目は基礎訓練と座学が中心だ。


二年目の半ばからは実際に戦場に出てもらう。無論そこまで危険な戦場では無いが油断をすれば即死に繋がるのは確かだ。毎年この二年目で戦死したり退学したりして半分くらいの生徒がいなくなる。


三年目は二年目と特に変わらないが、稀に人手が足りなくなって前線を任される事がある。つまり致死率が高くなるわけだ。


この辺りの事は事前の説明で諸君もわかっているだろう。だが逃げたくなったらいつでもこの学校を去ってくれて構わない。これは優しさではない、戦う意思が薄弱な生徒は軍に必要ないからだ。


それを踏まえてもう一度言う、諸君……入学おめでとう、私は君達を歓迎する。そして一人でも多くの生徒が卒業する事を願う」


教師はそれだけ言って深く息を吐く。しばしの沈黙の後教室全体からまばらな拍手が巻き起こった。


教師は手でそれを制して続ける。


「さて、じゃあまずは自己紹介でもするか。各自名前と出身地を言ってくれ、まずは私から」


そして教師は背後のホワイトボードに大きく自身の名前を書き連ねた。豪快に書きながらも綺麗で力強い見る者の目を引く文字だった。


蒼本佳祐あおもとけいすけ、皆よろしく頼む」

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