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シーサイド・フェスティバル  作者: 芳川見浪
第三章 ドラゴンスレイヤー
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エピローグ


五月十九日 十八時三十分

ドラゴンとの戦いから一週間が経った。戦いの傷跡は小さくは無く死傷者数約四千人、そのほとんどが中央市街から外れた郊外に住む民間人だった。


ドラゴンを殲滅したモンゴル国軍、国連軍、警備兵を称賛する一方で、郊外に降りたったドラゴンへの対応が遅れた事を非難する声も強かった。


因みに対応が遅れた理由は想定外の動きに対応しきれず、また最初に現れたドラゴン三体への対処に四割の兵力を動員したから、というのがマスコミに向けて放たれた外面そとづら


実際は政府中枢や主だった商業施設、大使館等壊されたら国としての機能がままならなくなる施設を守るためにあえて郊外を無視していたというのが実だ。


郊外の被害は甚大だが、中央市街にある主要施設は概ね無事なので復興はそんなに掛からないとの事。二、三年で終わると思われる。


「ここにいたか、山岡」


後ろから妙齢の女性が呼び掛けてきた。この国で日本語を介する知り合いは数える程しかいない上に女性となると三人しかいない。更に標準語なら二人に絞られ、偉そうな口ぶりなら一人になる。


「エッツェルか」


エッツェルが暖簾を潜って山岡の隣に座った。

山岡達がいるのは中央市街の西側を流れるトーラ川のほとりにひっそりと佇むおでんの屋台、そうおでんである。


「よくこんな店を見つけたな、まさかモンゴルにおでんの屋台があるとは思わなかったぞ」


「先の戦いの時にここを通ったんだ、そしたら空っぽの屋台が見えてさ」


「ふ〜ん、熱燗一つと餅巾着」


「あいよ!」


「あっ僕も熱燗おかわり、それと大根とはんぺん」


「へい!」


店主の景気のよい声が響く、因みに店主はフランス人らしい。


「ていうかよく僕の居所がわかったね」


「お前の義手に発信機仕込んでるからな」


「戦闘時以外は探知しないようにしていただけませんかねえ」


「検討しておく」


山岡は出された熱燗を徳利のまま飲み干す。


「豪快だな」


「どうせ酔わないし、それに祝勝パーティで出されるお酒って上品なだけで僕の口に合わないんだよね」


同時刻、市内の高級ホテルにて祝勝パーティが開かれている。参加者は政治家、著名なジャーナリスト、モンゴル国軍の上層部、国連本部から出頭してきた事務総長と今回の戦いにほぼ無関係な人間が七割以上を占めている。


山岡はドラゴンを生身で倒したというヒロイックな活躍をしたおかげでそのパーティに呼ばれていた。めんどくさいのでぶっちした。


「難儀だな、お前のその体質」


「別に、お金を掛けた呑み比べ勝負では負けないから便利だよ」


「卑怯だなおい」


「ふふーん褒めて褒めて。それはそれとして、何のよう?」


「特に用はないが、そうだな経過報告でもするか。ドラゴンの生態だがな、お前の予想通りヘリウムを使っていた事が確定した」


「で?」


「問題はそのヘリウムをどうやって貯めていたかだ。何らかの方法で精製したのか、それとも何処かで補充していたのか」


「答えは?」


「後者だ。ドラゴンの巣から天然ガスが噴出している所が見つかった。調べたところそのガスの十五パーセントがヘリウムで残りはメタンやエタン等の炭素化合物だ。このヘリウムの量はアメリカにある天然ガス田の十倍以上に相当する」


「なるほど、そこから貯めていたんだ。その口ぶりだとまだありそうだね」


「ああ、そのヘリウムは例に漏れずヘリウム4なんだが、ドラゴンの体内にあったのはヘリウム3だった。詳しく調べないとわからないが、おそらくヘリウムを貯めている袋は中性子を分離させる事ができる機能があるのだろう。それで陽子二個と中性子二個からなるヘリウム4から中性子を一つ外してヘリウム3に変えていたという仮説が濃厚だ」


「分離した中性子はどうなったの?」


「β崩壊を起こして陽子に変わり、β崩壊前の中性子と結合して新たなヘリウム3に変わったんだろうよ。これを利用すれば入手が非常に困難なヘリウム3が容易く手に入る、つまりクーロン障壁の高い重水素とヘリウム3の核融合を利用すれば核融合炉を実現させる事が出来る」


「強力な人型戦車ができるわけだ」


「そうだ、電気駆動の現代兵器を二足飛びで進化させることができる」


それはまたロマンがある。

新たな資源も確保出来て技術躍進も見込めるとなると、今回のドラゴン戦は人類にとって反撃の糸口になるのではないだろうか。


「さて、問題が一つ起きた」


「ん?」


「お前と話すネタが尽きた。帰る」


「どうぞ、僕はもう少しここでおでん食べてく。煮卵一つ」


「へいおまち」


エッツェルはレジの前に立ち自らのタブレットをそこに翳し、ピピッと音がして電子マネーが消費された事を確認したら「ごちそうさま」と小さく言って出ていった。


「やっと一人で飲める」


「そうだ忘れてた」


「うぇい!」


急に後ろからニュッと顔を出したから驚いてしまった。


「香澄莉子を呼んであるからちゃんと話せよ」


何でだよ。


「聞いたところによるとお前達二人は微妙な関係だそうじゃないか」


「誰からそのデマを聞いた」


「違うのか?」


「間違ってはいない」


「なら仲良くな」


と言って今度こそ本当に出ていった。

ハァと深くため息をついて熱燗を傾ける、今度はお猪口でチマチマと。


香澄莉子が来たのはエッツェルがいなくなってから五分程経ってからだった。


「まさかモンゴルに来ておでんを食べることになるとは思いませんでした」


「びっくりだね」


沈黙。


気まずい、何を話せというのだエッツェルよ。


「あの……山岡さん」


内心頭を抱えてたところで莉子からお声が掛かった。正直助かる。


「ん?」


「えっと……その」


何やら言いずらそうだ。ここはこちらから別の話題を振った方が良さそうだ。

と腹を括ると自然と言葉が口から出てくる。


「ところでさ、ネットとかで香澄さん大人気だよねえ、どう? 今の気持ちは」


ドラゴン・マザーにとどめを刺した事で香澄莉子は一躍有名人となっていた。誰が撮ったのかその時の映像がネットに出回りカドモスのパイロットである彼女は竜殺しの英雄と呼ばれるまでになった。


「やめてくださいほんと、あれは私一人の力じゃありませんし。それに有名なら山岡さんもですよ! クロスマスク」


「やめてそれ痛いから!」


生身でドラゴン・ベイビーを倒した山岡もまたネットで英雄と囃されていた。

黒いバッフルコートに十字仮面という容姿から巷でクロスマスクなどと厨二病全開な二つ名を得ていた。


莉子と違って顔バレしていない事が唯一の救いだ。


「やめましょう、この話題」


「そうだね」


一日も早く民衆の記憶から消え去る事を祈る。


「でもまあ、まさかペーペーの新人が二ヶ月でドラゴンスレイヤーになるとは思わなかったよ」


「あはは、山岡さんの訓練の賜物ですよ」


「だといいけどね、ねえカドモスの由来って知ってる?」


「え? 名前ですか? いえ全然」


「カドモスってのはギリシャ神話に出てくる竜殺しの英雄の名前で、古代ギリシャの大都市テーバイの創始者なんだ。アレスの泉に住む竜を殺す話は割と有名だよ」


「へぇ、そんな凄い英雄の名前を付けていたんですか」


「そ、竜を殺せる程強くなれるようにと願いを込められてね。こんなに早く叶うとは流石に予想外だけどね」


「フフッ、私も驚いてますよ」


莉子は口元を両手で隠して可愛らしく微笑んだ。

彼女のその何気ない仕草はドキッとする程魅力的だった。


「ところで香澄さんは何か聞きたい事あるんじゃないのかな?」


「あっ、はい。色々、多分山岡さんの内面に深く踏み込む事になりそうな事を……でもやっぱり帰ってからにします、今はゆっくり考えたいので」


「そう」


「はい! だから今はおでんを美味しく食べましょう! 店主さん、がんもどきとちくわとビールをお願いします!」


「フッ、じゃあ僕はさつま揚げと、お酒はスピリタスで」


「いや流石にそんな危険物は置いてねえです」


駄目だったかー。


――――――――――――――――――――



更に一週間後の五月二十六日。


日本に帰国した山岡は諸々の書類仕事を片付けてから、有給休暇をとって宮城県栗原市にある築三十年の古い一軒家を訪れた。

表札に書かれた苗字は田畑。


「そう、息子が」


「はい、勇敢にも最後まで僕達を守るために戦っていました」


山岡がここに来た理由は鋼鉄キャットこと田畑の死を遺族に伝えるためであった。

警備兵の間では兵士の最期を見届けた者がそれを遺族に伝える習わしがある、無論拒否して死亡した兵士が所属する会社に任せてもいい。


田畑の場合は事情が事情なだけに本当の事は話せず嘘をつくしかなかった。


「あの子、以前大金を持って来たことあるの。全く何処で手に入れたのか、しかも、全額私の手術費と術後の治療費に使って」


耐えられなくなったのか田畑の母親はポロポロと涙を零し、ついには言葉を紡ぐ事もままならなくなった。


大金の出処については山岡に心当たりがあった。エッツェルからの情報だが、奇人を作る組織……蒼本は奇人の素体となる人間に多額の謝礼金を渡しているらしい。

つまり母親の手術費を捻出するために自身の体を売り飛ばしたのだ。


「それじゃ僕はこれで」


一礼して玄関から外に出る。

沈んだ気分に呼応するかの如く空は曇天の様相を見せており、更に小ぶりながらも雨が降っている。

そう言えば天気予報で今年は例年より早く梅雨入りするって言ってたな。


「次は小野田さんか」


持ってきた傘を開く。


「気が重い、次はどんな嘘をつけばいいのか」


暗然とする気持ちを傘に隠して山岡は雨の街を歩き出した。




第三章「ドラゴンスレイヤー」~完~

これにてモンゴル編終了です

二週間程おやすみします

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