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シーサイド・フェスティバル  作者: 芳川見浪
第三章 ドラゴンスレイヤー
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ウランバートル防衛戦〜参〜 (山岡編)

「さっ、お守りの時間だ」


そう啖呵をきった後山岡はドラゴンを中心に円を描くように走った。まずは広場にいる民間人からドラゴンの注意を剥がさなくてはいけない。

民間人を囮にしてじっくり殲滅作戦を練るというのも考えたが、そんな事をすれば世間の非難中傷を浴びて今後の活動に支障をきたす恐れがある。

それに何より、静流がブチ切れるからやりたくない。


走りながら拳銃を取り出して撃つ。これだけの体格差があれば狙う必要もない。

四十口径の弾丸はドラゴンの角鱗に一度沈み、そしてボールが跳ねるように弾かれて落ちた。

当然ドラゴンにダメージらしいダメージはない。


端から期待していなかった山岡は次にドラゴンの懐に潜り込んでみた。左から鞭のようにしなる尻尾をスライディングでくぐり抜けて躱し、右横から迫る爪は急停止してタイミングをズラして避ける。そしてすぐに駆けてドラゴンの足元に辿り着く。


まずはブレードを展開したトンファーで斬る。斬れなかった。

堅いというよりも固いという表現があっているだろうか、まるで布を何重にも重ねたような手応えだったのだ。


ドラゴンは体をしきりに回したりして山岡を捉えようとしている。山岡はドラゴンの足の動きに合わせて自身をピッタリ張り付かせる。

四つん這いでいる以上山岡を捉えるのは困難であろう。


山岡はトンファーを仕舞い、ハルバードを出して両手で振る。今度は頭上にある腹に刃先が刺さった。


「よしっ」


力を入れて更に押し込む、するとブシューという音がなり、風船から空気が抜けるようにガスがドラゴンの腹から噴出した。


「うわっ」


噴射の勢いにたまらずハルバードを抜いて後ずさる。まさかドラゴンの体内には毒ガスが充満しているのかと思い、マスクの口腔部を開閉してそのガスを吸う。


毒ガスかもしれないものを平然と吸う暴挙にでれるのも山岡の体質あってのもの。


ドラゴンから距離をとり、そのガスをじっくり吟味する。

結果、そのガスはヘリウムである事がわかった。


改めてドラゴンを観察するとガスの噴出は既に止まっていた。よくよく見ると山岡が切りつけた部分が萎んでいる。


ここで一つ仮説をたてる。 ドラゴンの身体には空気袋がいくつもあり、そこにはヘリウムガスが充満している。

ヘリウムガスは浮揚力が高く気球やバルーンに使われる。つまりその浮揚力を利用して空に浮かぶのではないか、更にドラゴンは火球を放つ時に体内で火球の元を燃やしている、それを利用して体内で火球を作り、比熱容量の高いヘリウムを高密度の蒸気に変え、体内温度を上げて膨張させていたのだ。


その仮説の通りだとすると、ドラゴンというのは非常に軽い生物と思われる。


それでもトンはあるだろうが、人型戦車よりは軽いのではないだろうか。


光明が見えてきた。自然と口角が上がる。

しかし自分の装備ではドラゴンを倒せないのは自明の理。チマチマお腹を攻撃してヘリウムを抜くという事はしたくない。

ヘリウムは貴重な天然資源だからだ。


だからここは履帯式戦車の貫通弾か、人型戦車の近接武器で心臓か頭を潰して貰うのが一番いい。


一つ部隊を借りれないかと思い、ミンジスレン大尉に直通の回線を開く。事前に番号は教えて貰っていた。


「ミンジスレン大尉? 聞こえますか?」


「誰だ君は? そんな変な声で」


言ってから気付いた。ドナルドダック効果で声が高くなっている。

ヘリウムのような軽い気体の中では音速が通常の三倍になるため音が高くなるからだ。


「山岡です。山岡泰知。ヘリウムを吸ったのでこんな声になりました」


「ヘリウムって、悪いけど今は遊んでいる暇はないんだが」


話している間にドラゴンが付近にあったテントを食べ、咀嚼して火球を放った。横に跳んで躱す。


「遊んでませんって、あのドラゴンの腹にはヘリウムが詰まっているんです。説明はめんどくさいから後で! 今はとにかくチンギスハーン広場周辺に戦車小隊まわしてもらえませんか?」


ドラゴンは山岡を噛み殺さんとして長い首を振り回す。すんででそれらを避けてジワジワと後退する。


「確認した。戦車小隊を一つ寄越そう、それで足りるか?」


「充分、出来れば小隊長が日本語か英語が出来れば万々歳」


「人選は任せてくれ、最適なのを送る。こっちはドラゴン・ベイビーを五体相手にしているからあまり戦力は割けないぞ」


チラッと後ろを見ると、ドラゴンが四つん這いで進みながら追い掛けてきた。自分の十倍以上あるサイズの物体が迫ってくるのは中々焦燥感を煽られて楽しい。


「大丈夫です。小隊一つ貸してもらえればドラゴン一匹楽に倒して見せますよ」


「期待してるよ」


チンギスハーン広場の西側の通り(スフバートル通り)を北上しながら、今度はエッツェルに通信を飛ばした。


「エッツェル! 何処かに使えそうなバイクとかない?」


「ふむ、待ってろ」


交差点に差し掛かったところでドラゴンが停止し、その場で一回転して尻尾を振った。

周囲の建物を破壊しながら尻尾が迫る。

尻尾と共に瓦礫が飛んできた。瓦礫をトンファーで弾き尻尾はしゃがんで回避する。山岡の目の前に破壊された楽器店から飛んできたギターが落ちていた。


尻尾はそのまま自然史博物館を破壊してからドラゴンの後ろに回った。つまり今ドラゴンと睨み合っている。


「エッツェル! まだ!?」


「とっくに見つかってるぞ」


なら早く知らせろよ! という怒りとツッコミは心にしまう。

踵を返して再び逃げる。ドラゴンは瓦礫を口に咥え、火球にして飛ばした。

火球は山岡を通り過ぎて地面に着弾した。


「でどこ?」


「次の交差点を右に曲がったところだ。ドイツ大使館前にあるWR25」


「いや車種とかわかんないから!」


「黒と赤のオフロードバイクだ」


「よしわかった」


走る速度を上げて交差点を曲がる。曲がる直前に拳銃でドラゴンを撃って挑発する。


「こちらミンジスレン中隊第九小隊隊長のホルホイ、貴殿が山岡泰知か?」


突然の通信、おそらく戦車小隊が着いたのだろう。日本語が通じる人間を寄越してくれた事に感謝する。


「そうです、こちらジッパー所属山岡泰知。現在位置はドイツ大使館前、ドラゴンは……すぐ後ろにいます」


山岡は黒と赤のオフロードバイクを確認すると、すかさずエンジンモーターを回した。

ギュイーンとモーターが回る音がする。

バイクは電子ロック式で、衛星通信を通して常に居場所を特定し、更には速度調整もする。

おかげでハッキングする事ができる。


オフロードバイクに跨り静かに走り出す。消音モードをオフにする。途端かつて化石燃料で動かしていた頃の爆音が響く。


電気駆動だと音があまり出ないため、視覚障害者や年配の人に配慮して大きな音を出すようにしなければならない。日本において二〇一六年にこの旨の法律が道交法に追加された。


唸るような弾けるような甲高い音を鳴り響かせてオフロードバイクを走らせる。

この騒音はクセになるな。


「了解した、こちらは現在ロシア大使館前だ。すぐにそちらに向かう」


仮面に表示されたマップで確認する。ロシア大使館はチンギスハーン広場の南西、今いるところとは逆だ。

山岡は交差点を突っ切りキューバ大使館を通り過ぎた。ドラゴンとは少し距離が空いている。


「いえ、そのままロシア大使館付近で十字砲火の陣をとってください。僕がドラゴンをチンギスハーン広場の東側通り(大学通り)を回って連れていきますので」


「了解した」


話のわかる人で助かった。ミンジスレン大尉の人選に感謝する。

サイドミラーを覗くとドラゴンが停止していた。山岡もバイクを止めて様子を見る。

ふいにドラゴンは近くの建物を齧り口に放り込んだ。火球か? と思った山岡はエンジンモーターを回して走らせる。ミラーで後方を確認するとドラゴンは火球を吐くのではなく、空に浮かび始めた。

そのお腹がパンパンに膨らんでいることから体内で火球を作ってヘリウムを熱で膨張させたのだろう。

皮肉にもさっきの仮説が正しかったという証明が出来た。


「マズイ」


このまま何処かに行かれては困る。山岡は反転してドラゴンの元へ向かう。

ドラゴンの羽ばたきで巻き起こる風に耐えながら拳銃を直上に向けて撃つ。


発砲音は二回、ドラゴンの尻尾の射程範囲外に着いた所でバイクを止めて振り返る。

ドラゴンはこちらを見ている。


「GYAAAAAAAAAAA」


吼えて威嚇してきた。どうやらまだ山岡を敵と認識して殺そうとしてくれてるようだ。

有難い、こちらもまだドラゴンと戦いたい。


「ほら、こっち来なよ。楽しい追いかけっこだ!」


空に向けて空砲を一発。そしてアクセルを全開にして走る。

交差点を左に曲がり大学通りに出る。ここをまっすぐ南下すればチンギスハーン広場だ。


ドラゴンは低空で飛行しながら周囲の建物の屋根を口にし、その都度前方を走る山岡に向けて火球を放つ。

山岡は蛇行運転を心掛けながら、ミラーで火球の位置を確認して回避する。


そうこうしてるうちにチンギスハーン広場に差し掛かった。民間人の気配はない。

更にアクセルを吹かしてスピードを上げる。


オペラ劇場を通り過ぎ(直後火球によってオペラ劇場が破壊された)東西に伸びるエンフタイヴァン大通りに入る。

ブレーキを掛けて前輪を止め右足を地面に着けて軸足にしたら、後輪で大きく円を描いて向きを変え、エンフタイヴァン大通りを西に走る。


ドラゴンも大きく旋回して山岡を追う。

フランス大使館、トルコ大使館を通り過ぎて、そしてついにロシア大使館前に着いた。

バイクを止めてドラゴンに向き直る。


ドラゴンは高度を落として口を開く。山岡を食べようというのか。

ロシア大使館付近のT字路に差し掛かった時、不意にドラゴンの横っ腹に履帯式戦車の砲弾が次々に刺さる。体勢を崩しつつも砲弾が飛んできた方向に向き直るドラゴン。

直後、今度は山岡のいる方向からドラゴンの横っ腹に向けて再び履帯式戦車の砲弾が叩き込まれる。


そしてドラゴンは地に落ちた。


エンフタイヴァン大通りと直角に結ばれるバガ・トイローという通りに履帯式戦車が三両。

ロシア大使館の敷地内に履帯式戦車が四両。

計七両が十字砲火の陣を敷いてドラゴンに集中砲火を浴びせる。


ここ中心市街は背の高い建物が少ないため人型戦車は少々目立つ、ゆえに背の低い履帯式戦車の方がカモフラージュがしやすいため戦術性が高い。


これが大都会だと逆になる。人型戦車がビルを登ったり、あるいは階層を破壊して中に入り鎧のようにする事もできるからだ。


「攻めきれてない、ホルホイ小隊長。貫通弾は試してみましたか?」


「今やっている。しかし翼が思いの外硬いらしく上手く急所に刺さらない」


ドラゴンは自身の身を守るべく地面に身を貼り付け、翼で頭を隠していた。

砲撃も長くは続かない。何か決め手はないものか。


「……っ、そうだ。ホルホイ小隊長! 歩兵用の装備は何がありますか?」


「……ロシア大使館内の装甲車に対戦車ライフルと……」


「それだ! それを貸して下さい!」


「む、うぅむ、分かった」


今の間は警備兵に貴重な装備を貸与えても良いものか逡巡しての事だろう。

程なくして一人の兵士が対戦車ライフルを持ってきた。

それを受け取り肩に掛けてバイクをドラゴンに向けて走らせる。


山岡が前に出たのでロシア大使館側の砲撃が緩くなる。ドラゴンの頭部すぐ横でバイクを止めて、バイクに乗ったまま対戦車ライフルを構える。

普通は地面に固定して撃つのだが、身体能力を強化した今の自分ならこの状態でも反動を殺せる。


「小隊長、砲撃を一時中断してください」


「了解、бууны цэгийн (砲撃中止)」


ピタッと砲撃が止んだ。徐々にドラゴンの頭部から少しずつ翼が除けられる。急に攻撃が止んでどうなったのか気になったのだろう。


そしてその行動が命取りになった。


「何処を撃っても砲弾は効かない、貫通弾は翼でガード。でもここなら、無防備な“眼球ここ”ならこのライフルでもお前の脳味噌を破壊できる」


翼が上がりドラゴンの目だけが表に現れ、そして対戦車ライフルを構えた山岡泰知を捉えた。

その瞬間、山岡は対戦車ライフルの引き金を弾いた。


発射された弾丸はドラゴンの眼球を貫き、その奥にある脳に到達する。

そしてドラゴンは絶命した。

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