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シーサイド・フェスティバル  作者: 芳川見浪
第三章 ドラゴンスレイヤー
39/65

トゥルゲン山地攻略戦~肆〜(香澄編)



十六時十分、トゥルゲン山地東部、前線陣地にて。

ウランバートルにドラゴンが襲来する数時間前、国連軍基地が壊滅してから約二時間後。


「損傷は無いが脚部の負担が心配じゃのう、念のためまるごと交換するか」


「はあ」


陣地の南端に用意された整備テントに、カドモスがハンガーに掛かっていた。

莉子は源禄と共にカドモスのコンディションをチェックしている。しかし莉子の顔は憂いに沈んでいた。先程の戦いで足で纏いと言われたのが堪えたのだ。


「後は儂がやるからお前はもう行け」


「え? でもまだ」


「整備に身が入っとらん、それで整備不良でも起こしてみろ。パイロットの貴様が死ぬぞ」


源禄の言う事はもっともだ。このままでは源禄に迷惑が掛かってしまう。ここでも足で纏いになってしまった。


「そ、そうですね」


トボトボと、重い足取りで整備テントを後にした。


人気が少ない陣地の端、丁度よい高さの岩があったのでそこに腰掛ける。ハァーと溜息をついた。


「実戦経験の少ない私が出張っても足で纏いにしかならないのはわかっているんですけどね」


誰にともなく愚痴る。

莉子自身、自分がこんなにも自尊心が強いとは思ってもみなかった。

こんな時、山岡なら何と言うだろうかと、ふと考えた。


「て今ここには山岡さんはいません! 何でこんな時に、それに今はあまり会いたくない」


莉子の脳裏に三日前の夜が思い浮かぶ。山岡が金色の瞳をしていて、そして田畑を殺害した瞬間。

あの時莉子は山岡を心の底から恐れた。次は自分が殺されるのではないかとも考えた。


翌日、静流に啖呵をきったのは自分の中の恐怖心を振り切るためだ。そして意を決して山岡に真意を聞いた途端どうだ、死んだ筈の田畑が現れ小野田を殺した挙句化物に変わった。

それだけでもわけがわからないのに、山岡は疑いの目でみた自分を庇って左腕を失った。


「そういえば今山岡さんはどうしてるんでしょう」


ふとした瞬間に山岡の事を考えてしまっている。これが甘酸っぱい恋心なら良かったのだが、どうも違うようだ。


「私にとって山岡さんは何なんでしょうか」


出会ってまだ一ヶ月半、恋心が芽生えるには……充分か。自分の中で特別な存在なのは確か、しかしやはり恋ではない。どちらかというとお父さんみたいな。


「歳一つしか離れてないんですけどねぇ」


ハハハと乾いた笑い声が零れる。


「うん、でもお父さんか、うん! それでいいや」


そう思うとさっきまで会いたくなかったのに急に顔が見たくなった。

終わったらちゃんと話し合おう、そう心に決めた。

ついでに足で纏い云々もどうでもよくなってきた。


「あぁぁ! やっと見つけたわ! あたしの恋敵!」


「はい?」


顔を上げると正面からやたらとゴツイ、筋肉質の大柄な男性がこちらに向けて走っていた。

角刈りで顔には化粧している。


「え? あれ? 男?」


莉子がそう思ったのは当然である。その男はセーラー服を身に纏っていたからだ。


程なくその男は莉子の目の前で立ち止まり、ふんっと胸を張った。その際スカートがふわっと捲れ上がり、モッコリと膨らんだ白い下着が莉子の視界に写った。


「あたしの名前は後藤大吾ごとうだいご! 泰ちゃんの童貞を貰う乙女よ!」


何の話かわからない。


「香澄莉子! あたしはあなたに宣戦布告するわ!」


「はい?」


いきなり宣戦布告された。ていうか何故自分の名前を知っているのだろう。


「ふぅ、はあ……やっと追いついた。いきなり走らないでよ……ハァハァ」


後藤の後ろから小柄な少女が息を切らせながら走ってきた。やや眠たげなまなこの少女は莉子の前で軽く会釈した。


「後藤が迷惑を掛けたね。ボクは手塚紅李てづかあかり、このオカマと組んで戦車に乗ってる。あの蜘蛛みたいな戦車だよ」


「ひょっとしてさっきの」


蜘蛛の体に人の上半身をくっつけたような砲戦用機体だ。国連軍基地で助けられた。

ふと、莉子の心に重いものがのしかかった。先程足で纏いと口にした人間が目の前に現れたから。


「そう、さっきの。香澄莉子さんだったよね、君の事は山岡からよく聞いてるよ」


そういえばさっきもそんな事を言っていた気がする。


「ちょっと! あたしが先に話してるのに何よ!」


「後藤は黙ってて」


「あべし!」


紅李は手刀を後藤の首筋に叩き込んで無理矢理黙らせた。後藤は哀れにも地面に沈みこんでいる。


「あの、山岡さんは私の事を何て言ってたんですか?」


「ムフフ、聞きたい?」


紅李は眠たげな眼はそのまま、小悪魔の笑みを浮かべて莉子に詰め寄る。

やや引きながらも「お願いします」と返した。


「んと、荒削りだけど将来が楽しみ。いつかきっと皆が求める英雄になれる逸材。教えたい事が多すぎて何から教えればいいか困る。 エトセトラエトセトラ」


自然、頬が緩み顔が赤くなっていくのが感じられた。


「あっ、照れてる〜フヒヒ」


「いえ、その、まさかそんなに期待されてるとは思ってなくて」


「山岡は間違いなく君に期待しているよ、それこそ君を守るためなら自分の命を迷わず差し出すくらいに」


田畑に襲われた時の事を思い出した。


「どうしてそこまで」


「さあ? でも以前山岡は真っ直ぐな人間になりたかったって言ってたから、ひょっとしたら君を自分の理想と重ねてるのかもしれないね」


「ちょっと、わかんないです」


「だよね、それじゃボク達はこれで失礼するよ。会えて良かったよ香澄さん」


「あ、あの! 一つ聞いてもいいですか?」


「ん?」


「えっと……山岡さんとはどういう関係……」


「ああ、そういえばまだ言ってなかったね。ボクと後藤と山岡は元同級生なんだよ。同じ士官学校高等部で学んだ仲なんだ」


「は、はい」


山岡は士官学校を出ていたのか、初めて知った。何故警備兵になったのだろう、防衛大に進んで軍人になれば士官に、高等部卒であっても下士官にはなれた筈なのに。


「ところで、ボクも君に聞きたいんだけど。山岡の事はどう思っているのかな? ムフフ」


再び小悪魔スマイルの紅李が詰め寄る。

莉子は自分が山岡をどう思っているのか再吟味して更に顔を赤くした。

モジモジと指を弄りながら答える。


「あの……お父さんです」


「それは流石に予想外だった」


小悪魔も真顔になる程だった。


――――――――――――――――――――


二時間後、十八時二十分。司令部テント。

国連軍壊滅による混乱は大分落ち着いてきた。明記はしないがつい先程まで暴動に近い事が起きていた。逃げ込んで来た国連軍とそれを嘲笑う警備兵の衝突が過激化して軽い戦争状態に発展しかけたのだ。


「騒ぎは落ち着いたようだな」


長机の端に座る初老の男性が、目頭を抑えながら後ろに控える秘書に言う。

初老の男性は国連軍の制服の襟に少尉の階級を付けている。


「ええ、主犯格は全員上半身裸にして、縛り上げて外に放り投げたそうです」


「裸にしたって、女はどうしたの? 見に行っていい?」


「残念ですが女性はいません」


「何だ」


少尉は心底残念そうに溜息を吐く。彼が士官学校を卒業したにも関わらず未だに少尉の地位に付いている理由の一つがこの不適切な態度だと言われているのだが、真実は定かではない。


「一応、処罰したのは国連軍? それとも警備兵?」


「両方です。私とエンジェル・ブレッドという名の警備兵と共に行いました」


「そうか、詳細は後で私のタブレットに送ってくれ、それからウランバートルとは連絡をとれるか?」


「いえ、理由は不明ですが、辺り一面にジャミングが張られているため通信は不可能です。一応長距離通信は使えますが」


「通信は引き続き試みてくれ、それから各警備会社の社長か戦闘部隊の隊長、国連軍とモンゴル国軍の下士官以下十名を連れてきてくれ。

改めて今後の方針を話し合いたい」


ここに流れ着いてすぐに話し合いの場は設けられたが。国連軍側の混乱が大きく、また警備会社の追求がいつの間にかただの侮辱に切り替わっていたので、一旦時間を置いて落ち着いてからもう一度話し合う事になった。


「すぐに」


秘書は一礼してから司令部テントを出た。

一人残された少尉はポケットに入れた煙草ケースから一本取り出して火をつける。

口の中で煙を遊ばせ、ふぅーと吐く。


「自分より上の階級の人皆死んじゃったから司令官やってるけど、めんどくさいなあ〜誰か変わってくれないかなあ、ああめんどくさい」


そのやる気の無さが昇格出来ない、いやしようとしない最大の理由だ。


――――――――――――――――――――


二十時十二分 仮設テント


「先程の会議にて今後の方針が決まった」


真ん中に小さな机があるだけのこじんまりとした仮設テントにて、熊木が部下達に向けて告げる。


「撤退すんの? 戦うん?」


「戦う。理由は二つある。まず一つは我々が逃げても逃げ切れる保証がないからだ。現在ドラゴンは巣に戻って大人しくしているとはいえ、ウランバートルまで約一日、それまでドラゴンが眠っていてくれて追いかけてこないとは思えない。そしてもう一つ、ドラゴンをここから出すわけにはいかない理由ができた」


「どうやらのっぴきならない事情が出来たようじゃな」


「あぁ、つい先程ウランバートルにドラゴンの群れが向かっているとの情報が入った」


その言葉は一同に衝撃を与えた。最初に声を上げたのは莉子だった。


「ドラゴンの群れって、一匹だけじゃなかったんですか!?」


「ここから北西へ約三十キロメートルのところにドラゴンの巣があるのだが、その巣に合計十二個の卵の殻があったそうだ」


「殻って事は」


「既に全ての卵が孵っている。ウランバートルに向かっているのはその十二体だ。だからこそ大きい方のドラゴンをここから出して自由にするわけにはいかない」


「あのドラゴンが十二体も向かっているんすか」


境倉の大きな体が戦慄している。当然であろう、国連軍を蹂躙したドラゴンが十二体も現れたのだから。


「勘違いしないでもらいたいが、ウランバートルに向かったドラゴンは我々が見たドラゴンの四分の一程しかないらしい」


「それでも五十メートルはあるやん」


「だが我々が相手にするドラゴンよりはまだ勝ち目があるだろう。数が多いだけだ」


「無茶苦茶な論理っすね」


「山岡の受け売りだ」


「「山岡さん!?」」「泰知がか!?」


「既に目を覚まして元気にしてるらしい」


再び一同に衝撃を与える言葉が発せられた。驚かなかったのは源禄だけだ。もっとも、ただ顔に出してないだけともいえるが。


「無事で良かった」


莉子はホッと胸を撫で下ろした。


「せやな、あいつには聞きたい事あるし、無事でいてもらわんと」


莉子はもっと素直に喜べばいいのにと思った。


「因みにその山岡と通信が繋がっているがどうする?」


「「「は?」」」


莉子と静流と境倉が間抜けな声を上げた直後、テントに筋肉質の男が入ってきた。

近くで見ると相当な威圧感がある。


若宮隆明わかみやたかあきと申す。山岡と通信を繋いだぞ」


若宮が机の上にドンとタブレットを置いた。

程なくそのタブレットから山岡の声が聞こえてきた。


「あーあー、テステス、本日はお日柄もよくお足下の悪い中なんやかんや…………これほんとに繋がってる? 静流ならここでツッコミいれてたよ。ねえ若宮? ちょっと若宮さん反応下さいよ」


「プッ」


耐えきれず吹き出してしまった。莉子だけでは無い、その場にいた全員が顔を綻ばせていた。


「ああ! 今笑った! 誰か笑った! やはり僕には渾身のギャグセンスというものが全身を駆けずり回っているみたいだね」


「相変わらずですね山岡さん」


「お? その声は香澄さんだね、元気そうで何より」


「そうでもないです、ちょっと悩みもありますので」


「そうなのか、ならその悩みを話してご覧、お兄さんがズバリと解決してしんぜよう」


「はい、じゃあ全部終わったら相談しますね。お父さん」


「お父さん!?」


周りから再びブッと吹き出す音が聞こえてきた。


「お兄さんよりはお父さんかなって」


「いや親愛の情を抱いてくれるのは嬉しいけど、年齢考えたら嬉しくない!」


「ププッええやんお父さん、ウチもこれからお父さんて呼ぶわ」


静流がお腹を抑えて、笑いを必死で堪えている。相当ツボに入ったらしい。


「いやいやいやいや」


「何はともあれ無事で何よりっす。お父さん」


「境倉まで!? ていうか君僕より歳上じゃん!」


「儂もお主が無事でホッとしたぞ、お父さん」


「源禄は無理がありすぎる!」


段々収拾がつかなくなってきた、しかしいつも通りとも言える。やはり弄られキャラの山岡がいないと場の空気がやや重い。


「ところで、そっちは大丈夫なのか?」


流れを変えるべく熊木が話題を切り替えた。山岡は「こっちは何とかなる」と返した。


「ドラゴンのサイズを考えたら国軍の装備でも充分対処できる……と思う。問題は民間人の避難が間に合わない事かな、かなりの被害が出る」


「わかった。そっちは死なない程度にドラゴンを殲滅しろ」


「さり気なく無茶ぶりするなあ、まあ、できるけど。そっちはでっかいドラゴンがこっちに来ないように足止めしといてくださいね」


「ついでに倒しておくさ」


「そろそろ切るよ。あと三十分ぐらいでドラゴンが来るからさ」


そう言って、山岡との通信が終わる寸前に莉子が滑り込むように口を開く。


「あの! 終わったら一杯話しましょう! 私も静流さんも境倉さんも聞きたい事がたくさんあるんです! だから……その」


「うん、話すよ。君達の聞きたい事全部。若宮、そこにいるんでしょ? そっちにいる奴は任せたよ」


「ああ」


それまで壁の花と化していた若宮が短く答えた。そして今度こそ本当に山岡との通信が終わった。


若宮はタブレットを回収すると無言でテントを出た。


「さて、それじゃドラゴン討伐のための作戦を伝える」


熊木がタブレットにトゥルゲン山地の衛星地図を出して机に置いた。


「今回の作戦だが、最終的には香澄君にドラゴンを倒してもらう事になる」


「…………はい?」


一拍置いて。


「また私ですかあああああ」


この世界は新人に厳しい。

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