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シーサイド・フェスティバル  作者: 芳川見浪
第三章 ドラゴンスレイヤー
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トゥルゲン山地攻略戦~参〜(香澄編)


熊木の演説の効果もあってか国連軍内で撤退の流れが出来上がっていた。撤退しようとしないのは莉子のように殿しんがりを務める戦車乗りか、警備兵の指示に従うのが不服な将校のみ。


M.O二機がドラゴンへ向けて発砲する。三十ミリ機関砲弾が四方八方から叩き込まれる。

ドラゴンは一度鬱陶しそうに首をもたげたあと、ぐるっとその場で回転して尻尾を振るった。


ごおおおっとおおよそ風を切る音とは思えない轟音と共に、人型戦車の全長と同じ太さの尻尾が陣地を薙ぎ払う。


「……っと」


ギリギリ射程内に入っていた莉子はカドモスをバックステップさせて尻尾を躱す。


射程内に入っていたM.Oは一機残らず弾き飛ばされたか、そのまま粉砕されていた。


一撃でもくらえば即死する。そう考えた莉子はドラゴンの尻尾の射程ギリギリからアサルトライフルを撃つ。


ドラゴンは一度こちらをチラリと見てから、先程弾き飛ばしたM.Oの元へ寄り、その機体を食べ始めた。


「雑食ですか!?」


と、ドラゴンが火球を放った。莉子はそれを余裕を持って回避する。

しかし避けた先に再び火球が放たれていた。莉子が避けた所とは反対側にも火球を放っていたところから、一発目を牽制に、二発目、三発目でキメるつもりだったのだ。


「味な事を……!」


それはほとんど無意識の行動だった。一発目を回避した直後ゆえ次の動作に移るのが困難な莉子は腰の大太刀に手を掛けていた。

姿勢を瞬時に正し、回避運動の動きを利用しつつ腰を深く落とす。体重を前に掛け、上半身を大きく捻りながら大太刀を下から上へと振り抜く。


居合斬り、神速の剣により火球が二つに切り裂かれる。


「切れた!?」


自分でも驚きだった。二つに割かれた火球は狙いが逸れてカドモスの周りに落ちる。


火球は思ったより小さかった。炎の揺らぎのせいで大きく見えていただけだった。


落ちた火球をよく見てみると、そこには丸められたM.Oがあった。


「口にした物に火を着けて放ってるんだ」


耐炎装甲のM.Oに火を着けられるという事は、唾液か何か発火性の液体を掛けているのだろう。


原理がわかったところでどうしようもない。捕食を妨げる術は持っていない上に、もう一度火球を切れと言われたら不可能だ。


何故ならあの一回で大太刀がダメになってしまったからだ。刃こぼれを起こし極限にまで切れ味が落ちている。


莉子はその場に大太刀を放り投げた。


「どうしましょう、打つ手がない」


攻撃だけでなく回避もだ。


「GYUOOOOOOOOOO」


ドラゴンが大地を震わす程の咆哮を上げる。莉子にはそれが勝鬨かちどきをあげているように聞こえた。


ドラゴンと目が合う(気がした)。


絶体絶命という四文字が頭に浮かんだその時、ドラゴンの左横顔が爆発した。


「GYAOOOOOOOOOOOOO」


「え? 今の……」


どこから? と考える前に再びドラゴンの顎が爆発した。


ドラゴンは叫びながら腕や尻尾を無闇に振り回している。


「あれでも効いてない」


「そこの黒いの、早く逃げなさい」


どこからか通信が繋がっている。日本語だ。一キロ以内にいるのは確か、しかしカドモスのレーダーにはすぐ隣に人型戦車がいると示している。


そちらに目を向ける。何も無い。

と思った次の瞬間、空間が揺らいでそれが姿を現した。


「蜘蛛?」


それが第一印象、全長十三メートルと大きく、六本の足に人の上半身という姿は日本妖怪の女郎蜘蛛を思わせる。


背中には百二十ミリ砲を装備、言ってしまえば戦車砲を背負った感じだ。


その重量を支えるために上半身と足は太く、また多脚式になっているのだろう。


だが何よりも驚くべきは。


「ステルス、それも視覚に訴えるシステムなんて、いつの間に確立されたんですか!?」


透明になれる、それがあれば奇襲作戦などの幅が広がる。奇獣のほとんどが視覚に頼るからだ。


「残念だけどまだ確立されてないわよ、そんな事よりも早く逃げなさいな。もうじれったいわね! でも嫌いじゃない!」


女言葉を使っているが、声は明らかに男である。


「あの」


ドンッと蜘蛛人型戦車が背中の砲塔から砲弾を発射する。狙いはドラゴンの顔を大きく横に逸れて、急に直角に曲ってドラゴンの顔右側面に命中した。


「なに、今の」


「神は言いました。右の頬をぶたれたら、左の頬はエクスタシー!」


次に男とは別の少女の声が聞こえる。

どうやらこの機体は複座型のようだ。


「いや、意味がわからないよ後藤。そこの黒コートの戦車に乗ってる人、あとはボク達が何とかするから早く行きなよ」


「え? でも……」


「じゃあ言い方を変えるね、足で纏いだから早く消えて」


莉子の心に重い何かが沈み込む。


「もう紅李あかりったらそうハッキリ言う事ないじゃないのよ」


再びドラゴンへ向けて砲弾が放たれる。


「事実は直接伝えないと早死にするよ」


莉子の心に怒りに震える自分がいた。

入社間も無く経験したフィリピン戦を乗り切り、山岡の厳しい訓練もこなした自分が足で纏い呼ばわりされるのは納得出来なかった。


それは莉子のつまらないプライド。そして莉子はそれを自覚している。


莉子は一度深呼吸してから答える。


「わかりました。ここはお任せします」


絞り出すように言った。


「うん、状況判断はできるみたいだね。流石は山岡の後輩」


「山岡さんを知ってるんですか?」


「ちょっと! この子が例の子なの! だったら話は別よ、今すぐあたしと泰ちゃんを掛けてしょう……ゴホッ」


「このうるさいオカマはボクが黙らせるから、早く行って。詳しくは後で」


「はい! ではその、ご武運を」


莉子は踵を返して崩壊した陣地を駆け抜ける。胸中に宿るドロッとした醜い感情は、後の反撃作戦にぶつけると誓いながら。


――――――――――――――――――――


カドモスが走り去った後も、後藤と紅李は引き続き背中の砲門を放ち続けていた。

一発撃って場所を変える事は忘れずに。


多脚式戦車、名を「ペイン・パラダンヌ」という。パラダンヌは複座型である。


移動と近接攻撃を紅李が担当し、砲門と火器管制、索敵を後藤が担当している。


「どれくらいやる?」


「もうちょっとやりましょーよ」


「ん」


ペイン・パラダンヌが姿を消してドラゴンを翻弄する。

そのコックピット内には四つの瞳が金色に輝いていた。


――――――――――――――――――――


少し後、トゥルゲン山地北部


「見つけたぞ、ここがドラゴンの巣だ」


突き出た岩壁に隠れるように存在した巨大な洞穴、調査隊がそこを見つけ探索を開始したのがつい今さっきの事だ。


「隊長、ドラゴンはいないみたいです」


洞穴の先、調査隊は開けた所にでて注意深く観察する。上を見ると、大きな穴が散見している。あそこからも出入りしているのか。


「好都合だ、おい! 今のうちに炸薬を仕掛けろ!」


『ラジャー』


テキパキと炸薬を仕掛けていく調査隊、ふと、隊員の一人が巣の奥であるものを見つけた。


「隊長! こちらを! ドラゴンの骨があります!」


「なに!?」


調査隊全員が集まってそこを見ると、なるほど確かにドラゴンの骨らしきものがあった。


「一体これは」


「隊長! こちらも!」


隊員が指示する先、そこには五メートル程もある白い固形物質、元は楕円形だったであろう事が伺える。


「まさかこれは! 卵か!?」


「ドラゴンは、繁殖していたという事ですか……」


「となるとあのドラゴンの骨は、おそらく交配した直後にメスに食べられたオスのドラゴンといったところか。カマキリと同じように」


調査隊の面々は戦々恐々とした。確認できた卵の数は十二個、その全てが孵っており、雛の姿も無い。


「とにかく、この事を急いで報告せねば」


隊長が通信機で前線基地に連絡をとる。事のあらましを伝える頃には大分落ち着いていた。


しかしそんな折、ズシンと地響きが唸る。隊長が洞穴の入り口を見るとそれがいた。


「GUUUUUUUU」


ドラゴンが帰ってきたのだ。


直後、調査隊からの通信は途絶えた。

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