トゥルゲン山地攻略戦〜弐〜(香澄編)
突然現れたドラゴンの襲撃により、駐屯地に設置された司令部は多大な混乱の中にあった。
「な、何故誰も気付かなかった!? 観測班はどうした!? レーダーはどうなっている!?」
大佐の階級章を付けた老年の男性が叫ぶ。白髪混じりの頭部と皺だらけの顔が加齢と共に培われた数多の経験を感じさせた。
「観測班からの応答はありません! 全てです!」
女性オペレーターが鬼気迫る語気で伝える。
「何? くっ、ならウランバートルに通信を繋いで応援を呼べ!」
「駄目です! ドラゴン出現と同時に強力な妨害電波が広範囲に掛けられて超長距離通信は不能です!」
「長距離通信は使えるか?」
「かろうじて」
「よしこの場にいる全員に伝えろ! 警備兵にもだ! 態勢を立て直してドラゴンを討滅しろと」
「それは愚策ですな」
「なに!?」
突然聞き慣れぬ男性の声がした。大佐が声のした方を追ってみるとそこには先程まで会話していた女性オペレーターがいた。
女性オペレーターはスッと立ち上がると大佐の前に進み、腰のホルスターから拳銃を引き抜いて大佐の眉間に突きつけた。
同時に司令部にいた全員が女性に向けて銃を構える。司令部には大佐とオペレーター含めて五名いた。
「何をする」と大佐が。
「いやぁ、もうオペレーターのフリをするのが飽きたのさ」
それは女性オペレーターの口から発せられた。低い男性の声であった。
「貴様、誰だ!?」
「meteorite eccentric」
「まさか!」
「奇人さ」
パアンという破裂音がしたと思うと、大佐が額に穴を開けて後ろに倒れ込んだ。
「大佐!」
三人が一斉に発砲する。女性オペレーター……もとい奇人は弾丸を難なく躱すと、手に持っている銃の銃爪を三回引いた。
それだけで司令部にいた残り三人が死滅した。
「これで誰もいなくなったな」
生きた人間のいない司令部にて奇人はフゥと息を吐いた。
「ん? やっべあいつこっち狙ってやがる」
奇人が外を見るとちょうどドラゴンが火球を放つところだった。
慌てて司令部を出て駆け出す。背後の司令部が爆発した。
「あっぶねー、さっさと退散退散」
男声で女性オペレーター姿の奇人はドラゴンに蹂躙される駐屯地を楽しそうな笑みを顔に貼り付けてそのまま姿を消した。
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司令部を失った事で混乱は更に加速した。パニックに陥った国連軍は、ある者は我先にと逃亡を図り、ある者は無謀にもドラゴンに戦いを挑む。
ドラゴンへの攻撃一つ一つが功を奏してはいない。
「あれがドラゴン、想像以上だな」
司令部が崩壊したと叫ぶ声を聞きながら、暴れ回るドラゴンを見上げて熊木が呟いた。
「んな事ゆうてる場合ちゃうやろ! はよ逃げんと!」
「そうだな、だがこのままおめおめと逃げるわけにはいかん。可能な限り人員と物資を積み込んで逃げるぞ。香澄君はカドモスで出撃して人型戦車を逃がしてくれ」
「は、はい!」
莉子は急いで整備車に乗り込みそのまま荷台のカドモスに搭乗する。顔の一文字がブオンと鈍い光を放ち身体を起こして立ち上がる。
「避難先はトゥルゲン山地の前線基地だ! 決して無理はするな! 境倉君は負傷兵を頼む!」
「はい!」
「了解っす!」
「現在強力な妨害電波のおかげで超長距離通信が使えない、長距離通信で呼びかけろ!」
莉子は走り、近くのM.Oに駆け寄る。
そのM.Oはアサルトライフルをドラゴンに向けて撃っていた。なおその弾丸はドラゴンに大したダメージは与えられていない。
「そこのM.Oさん! 逃げて下さい!」
「W,what is it? (な、何だいったい?)」
「へ? あっえと、逃げて下さい! エスケープ!」
「What's!? (はあ?)」
今のは英語ができない莉子でもわかる。「何言ってんだこいつ」だ。
因みに逃げろは英語で「Run away」である。
「え〜と、その」
正直なところ何を言えばいいのか決めていなかった。
戸惑い、どうすればいいかわからず固まる莉子にとって助け舟が入った。
「This is Kumaki, president of JIPPA CO., LTD.(こちらは株式会社ジッパーの社長熊木である)」
「へ? 熊木さん? 英語ペラペラ!?」
今度は別のベクトルで困惑した。
「Soldiers who are fighting bravely、I can not let you lose you here now、Please calm down and withdraw(勇敢に戦っている兵士諸君、今ここで君達を失うわけにはいかない、どうか冷静になって撤退してくれ)」
一文一文、確認しながら話したのだろう。ややたどたどしい口調だった。
熊木の言葉が届いたのか一部の人型戦車が動きを止めて四方に散り始めた。
莉子はもう一度さっき話したM.Oに向けて通信を飛ばした。何を言うかは決まっている。
「Run away! Run away! Run away! Run away! Run away!」
ただひたすら「逃げろ」と叫ぶだけである。
「O,oh」
相手M.Oは戸惑っている。しかしすぐに反転してその場を離れた。
しかし説得は苦手である。この場合違う事をした方がいいのではないか。
そう考えた莉子は指揮車に通信を飛ばす。
「熊木さん、私が殿を務めます」
「何を言ってんねん! やめいやそんなこと!」
静流の声が響く。
「わかった、なるべく注意を引きつけろ」
「ちょっ!?」
「了解です!」
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指揮車にて、香澄莉子との通信が終わってすぐ静流は熊木に掴みかかった。
「何であんな無茶な命令だしてん!」
「落ち着け静流、国連軍は必要だ。この先我々がドラゴンを討滅するためには一つでも多くの戦力が必要となる」
「それはわかるけど、て待てや! 我々がって言ったな!? まさか!?」
「察しがいいな、そうだ我々ジッパーはドラゴンの討伐の依頼を引き受けている」
「んなアホな、ほなうちらずっと騙されとったんか!?」
静流の締め付ける力が強くなる。熊木はそれを意に介さずに表情を変えぬまま答える。
「安心しろ、山岡と中島は知っている」
「……っ! 何でうちと莉子ちゃんと境倉には言ってへんねん」
静流の手が力なくだれる。
「話す必要がなかったからだ。お前達は途中で返すつもりだった。本当はこの後ウランバートルに戻ってお前達だけ飛行機で帰る筈だった」
それは一種の優しさ、戦場を知らない新人達を守るため、しかし一方で戦力にならない事を示唆している。
それが静流は悔しかった。
「せやかて、なら何で今は莉子ちゃんにあんな無茶を」
「必要だからだ、そしてカドモスの機動性なら無事にやり遂げられると判断した」
それ以上は何も言えなかった。静流は意気消沈したまま指揮車の操縦席に座る。
そして。
「あああああああもうっ!! もうええっ!! もうええわっ!! 社長!」
突然叫び出す静流。
「な、なんだ?」
「終わったら一発殴らせろや!」
熊木は呆気にとられて一瞬放心したが、フッと微笑んで「構わん」とだけ返した。
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