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シーサイド・フェスティバル  作者: 芳川見浪
第三章 ドラゴンスレイヤー
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幕開け

五月八日 美海市中央市街西部エッツェル研究所

夜、研究が終わり自室で仮眠をとっていたエッツェルの元に一本の電話が入った。


「……私だ、君から掛けてくるとは、さては悪い知らせだな…………ふむ…………早くて明日の夕方か、確認しておくが左手でいいんだな?」


言いながらペンをとり、タブレットの手書きメモでメモをとる。忙しなく動くペンはミミズがのたくったような字で到底読める物ではなかった。


「わかった、あぁ……あぁ大丈夫だ用意しておく。なあに、君の事は信用しているさ……その未来予測をね」


ブツッと通話を切り、代わりに部下を呼び出す。

五分もしないうちに一人の男性研究員がエッツェルの自室のベルを鳴らす。


「入れ」


空気が抜けるような音と共にドアがスライドして男性研究員が中に入る。


「失礼します。何か御用でしょうか?」


「このタブレットに書いてある物を至急用意してくれ」


先程書いたメモをタブレット毎渡す。


「かしこまりました……あの、一つ聞いてもよろしいですか?」


「なんだ?」


「これ、何語ですか?」


研究員が難解文字の書かれたタブレットの画面をエッツェルに見せる。


「君は日本語も読めないのか!?」


「日本語だったのか」


男性研究員はまず解読作業から始めないといけないなと心の中で嘆息した。


――――――――――――――――――――


五月八日 モンゴル首都、ウランバートルにて。


「ちょっと待ちなさい! なぜ(わたくし)が首都防衛なんですの!?」


ウランバートル西口で、ブロンドの髪をした吊目がちで気の強そうな少女が甲高い声で叫ぶ。

背は百五十と小柄で、身体は引き締まった健康的な肉付きをしている。しかし悲しいかな、胸の方は貧相であった。


「せっかくドラゴンの巣を見つけたのに! ロードナイト家の(わたくし)が出撃できないなんて! 理不尽ですわ! 断固抗議ですわ!」


「も~仕方無いじゃない、ミーナの斬姫(きりひめ)ではドラゴンの巣があるトゥルゲン山地は不利なんだから」


と答えたのはセーラー服を身に付けた筋肉モリモリマッチョの角刈りヘアが似合う男性である。

口紅を厚く塗り、頬にはさり気なくチークを、アイシャドーをバッチリきめた男性は自身を乙女と称する。


「ですがですがですが!」


ミーナと呼ばれた少女はその場で地団駄を踏む。


「大丈夫、ドラゴンは自分達のペイン・パラダンヌで何とかする」


次にミーナより更に小柄な少女が答える。

眠たげな眼をした少女は成人して数年経つ筈だが、その見た目は幼く、小等部に所属していると言われても違和感は無い。


「それが悔しいんですのよ! 帰ったら斬姫を山岳地帯にも適応できるようチューンナップしなくては、いえいっそ今から!」


段々白熱するミーナの頭を自称乙女がポコッと叩いて黙らせる。


「おやめなさいな、主力部隊がお留守になる首都が襲われたらどうするのよ。市街戦こそ斬姫の見せ場でしょ」


「むむっ、仕方ありませんわね。ここは後藤の言葉に免じて差し上げましてよ」


自称乙女こと後藤は肩を竦めた。


「まあ、明日には山岡が来るから退屈しないと思うよ」


紅李(あかり)さんそれほんとですの!?」


「マジだよ」


紅李は眠たげな眼をミーナに向けてVサインを作る。ミーナは不機嫌な態度が一変、一気に楽しげな顔を見せた。


「あらそう、まあそういう事でしたら首都防衛も悪くないですわ、今から未来の伴侶に会うのが楽しみでしてよ」


「伴侶っていつ決まったんだろう」


「んもう紅李ちゃんったらどうしてその事黙っていたのよ! あたしも泰ちゃんに会ってチュッチュしたいわあ!」


後藤はそのモリモリマッチョをくねらせて自身の感情を抑えようと必死である。

紅李はそれを見て(この人達駄目だー)と呆れ返った。


「因みに若宮も来てるよ」


「それは別にどうでもいいですわ」


「隆ちゃんは嫌いじゃないんだけどあたしの愛を受けても暴力で振り切るのよねえ、その点泰ちゃんはいつでもウエルカムしてくれるから大好きよ」


若宮も散々である。因みに山岡は後藤の愛(という名の抱擁)を振り払えるだけの筋力が無くていつもされるがままにされていた。


「にしても、自分に後藤にミーナ、山岡と若宮。あの頃のメンバーが半分以上揃うんだね」


「あらやだほんとだわ、メンバーがこんなに揃うなんていつ以来かしら?」


「……青森事変、あの時から一度も揃ってませんわ」


途端に空気が重くなった。彼女達にとっては忘れ去りたい忌まわしい記憶、しかし忘れてはいけない自戒の記憶。

自分達が人であった頃の最後の記憶だった。


――――――――――――――――――――


五月九日 バローンオルト周辺

ガンガ湖からウランバートルへ向かう道すがら、香澄莉子は村井静流と二人っきりになったタイミングで昨夜の山岡泰知について話した。


静流は一瞬驚いた顔した後すぐ様表情を真剣なものにし前を向いた。運転中だから莉子の方を向く事はできなかった。


「それ、他の奴らにはゆうたん?」


「言ってません。静流さんが最初です。こんな事、誰に相談すればいいのかわからなくて、静流さんならどうすればいいかわかるかと……思って」


莉子は尻すぼみに声を小さくしていく。正直自分でも信じられなかった。普段は穏やかで人を食った態度だが、こと戦いにおいては頼れる優しい先輩の山岡があんな残酷な事をするとは思いたくなかった。


「せやなあ、まっ変に抱え込まれるよりはマシか……莉子ちゃんはどう思う?」


「私は……わかりません。山岡さんの事、よくわかりませんので……静流さんは何だか落ち着いてますね」


ひょっとしたら自分の話を信じていないのかも、そんな不安が莉子の胸中を駆け巡った。

思わず頭を垂れる。


「ん~ウチは気にしいひんから、あいつはどうしようもないアホやけど、人の道を外れる事はやりおらん」


莉子はハッとして顔を上げた。静流の横顔はどこか不安げではあるものの、目はハッキリとした意思の強さを示していた。


「そりゃたまに暴力事件起こして留置場入っとるけど、自分から仕掛けた事は一度もあらへんし、だからまあ……そのやな、ウチは泰知を信じるわ。ちょっと恥ずかしいけどな。アハハ」


静流は照れくさそうに赤くなった頬をポリポリと指で掻いた。

それを見た莉子は少し勇気づけられ、一つの決意を抱く事が出来た。


「よし、決めました!」


「お?」


「私、ウジウジ考え込むのはやめにします!」


「それが一番やな」


「だから山岡さんに直談判します!」


「なんでやねん!?」


静流が思わず片手でビシッとツッコミを入れる。指揮車の軌道が乱れないよう注意しているのは流石である。


「いえ、だってこういうのはハッキリさせないと後に引きずっちゃう気がしますので」


「余計拗れそうな気ぃもするんやけど、莉子ちゃん変なとこで肝座っとるよなあ。まあええわ、好きにし。あと二、三時間で休憩やしその時にでも」


「はい!」


莉子は力一杯答えた。


――――――――――――――――――――


同時刻、ガンガ湖東部

不自然に盛り上がった土、田畑を埋めたその場所に一匹の小型奇獣マフトが近付いた。

微かに漂う血の匂いに引き寄せられたそのマフトは、田畑が埋まっているところで長い首を伸ばして先に付いてる顔を地面スレスレに近付けて匂いを嗅ぎ始めた。


そしてその顔が端の方、田畑の頭あたりのところに移動した時、突如土の中から頭を半分潰された田畑が飛び出してマフトの首に食らいついた。


「フニャァッ!」


マフトは懸命にもがいて抵抗するも数秒でその力を無くし、絶命した。

田畑はそのままマフトを齧り、皮を破り肉を食べ、血を啜る。田畑がマフトを体内に取り入れる度、徐々に欠損した部位が鉄で覆われていく。


程なくマフトはその骨までも食い尽くされる。田畑は欠損部の半分が修復したもののまだ足りなかった。


しかし両腕は使える。足は片方だけなら動く。田畑は鋼鉄キャットに変身し腕の力だけで地面を這いながら高速で移動を開始した。


「や……ま……お……か」


口にするは己を殺した宿敵、脳を潰されたせいで最早記憶なぞ消えていたがその怨敵だけは忘れていなかった。


鋼鉄キャットは追い続ける。その胸に怨念と憎悪を抱いて。


――――――――――――――――――――


あらゆる人物がそれぞれの思惑に従って動き始める。人間が、奇人が、奇獣が、ドラゴンを支点に、モンゴルを舞台にした征伐劇が今幕を開けた。

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