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シーサイド・フェスティバル  作者: 芳川見浪
第二章 明るい暗がり
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スラム街の少女 (山岡編)

十四時三分、美海市南部スラム街入口。

赤のフォレスターを近くの立体駐車場にとめ、そこから徒歩で移動。


徐々に廃ビルや廃屋が目立ってくる。


「今スラム街に入ったけど、なるべく平静を保つようにしてね」


「は、はい」


山岡は隣を歩く莉子にそう警告を促した。莉子は短く答えると怯えた表情を浮かべて山岡の背中に隠れる様に移動した。


スラム街はかなり歩きずらい、アスファルトには亀裂が入って盛り上がり、瓦礫が散逸して避けなければならない。


また崩れかけの建物にも注意を払わねばならない。

慣れている山岡にとっては大した事では無いが、初めて来る莉子にはストレスでしかないかもしれない。


そう思い振り返る。


「あそこで潰れてる4WD、ガソリン車だあああ! 電気自動車に切り替わって数十年、まさかこの目でガソリン車が見られるなんて! 瓦礫で潰されてるのが惜しいです!」


意外と元気だった。


「車、好きなの?」


「え? あっ、えっと……はい、好きです」


莉子ははしゃいでいたのが恥ずかしかったのか、バツが悪そうに悶えた後、真っ赤な顔で頷いた。


「変、ですよね? 女なのに」


「いや別に、いい事だと思うよ、僕にはそこまで好きになれる物は無いからむしろ羨ましいくらい」


「ありがとうございます。初めて認めて貰えて嬉しいです、私昔から変だ変だと言われてきましたから」


「大丈夫大丈夫、僕も昔から変だ変だと言われてるし、今もいわれてるよ」


「確かにそうですね」


「えっ!?……マジで言われてるの?」


――――――――――――――――――――


「ところで、これからどこへ行くんですか?」


「ん? 知り合いがやってる古道具屋だよ、結構顔が広いし面倒見もいいから紹介しようと思って。スラム街で何かあったらこの人を頼るといいよ」


「はあ……そうですか」


それからしばらくして山岡は小さな雑居ビルの前で立ち止って「ここだよ」と言った。


莉子は、確かに僅かな生活臭は感じたが古道具屋という印象は感じられなかったようだ。


山岡が指差した捻じ曲がった道路標識の先に「恵子(しげこ)の古道具屋」という板が打ち付けられているのを見てようやくここが古道具屋だと認識できたのか、うんと頷いた。


「こんにちは、ばあちゃん来たよ」


山岡は一階のドアを開けて中に入る。

続けて莉子も中に入った。


「こ、こんにちは」


中は魔窟。山岡はそう思った。どこで集めたのかガラクタの山が部屋狭しと並べられていたからだ。


足の踏み場があるのが奇跡なくらい。


しかし、そのガラクタの中にも貴重な物はある。例えば部屋の真ん中で無造作に置かれている脚付きの真空管テレビ等、レトロマニアに売れば八十万円はする。


「相変わらずモノの価値がわかってない置き方だなあ」


「はっ! 価値はあたしが決めるのさ、客じゃない」


枯れた、それでいてしっかりした声がカウンターから聞こえた。

山岡達がそっちに目をやると、そこには虫眼鏡で紙媒体の本を読む老婆がいた。


白髪で握れば簡単に折れてしまいそうな枯れ木のような腕をしている。


「やっ、お久〜」


「ふん、確かに随分久しぶりだね、しかも女連れとは。あんたもついに童貞卒業したか」


「いやいや、彼女とはそういう関係じゃないから」


チラッと莉子を覗くと、顔を真っ赤にして両手を両頬にあてて「あわわ」と慌てていた。


この手の話しは苦手か。


「ああそうそう紹介するよ、このお婆ちゃんは古道具屋の店主の恵子さん」


「よろしく頼むよ」


「んで彼女は香澄莉子さん、この間ジッパーに入社した新人だよ」


「よろしくお願いします」


莉子はぺこりと一礼。


恵子は莉子に軽く頭を下げて「それで」と続けた。


「今日は何の用できたんだい?」


「特に無いよ、スラム街の案内がてらばあちゃんに紹介しただけ」


「なら帰んな、客じゃないなら仕事の邪魔さ」


と言って恵子は五月蝿く飛ぶ羽虫を追い払うが如く、シッシッと手を振った。


「どうせ万年閑古鳥のクセに……まあいいやまた来るよ」


山岡は肩をすくめて店を後にする。莉子も後を追うが、店を出る直前に戸口にあったミニカーの箱を手に取った。


「あの、今度これを買いに来るので取り置きしてもらっていいですか?」


「なら記念にあんたにやるよ、あんたは山岡と違っていつでもうちに来ていいからね」


「ありがとうございます!」


よっぽど車が好きなのだろう、ミニカーの箱を抱えた莉子の顔は新しいおもちゃを買ってもらった小さな子供のように朗らかな笑みを浮かべていた。


思わず山岡の頬も緩む。


「じゃあ行こうか……おっと」


莉子が来るのを待って戸を閉める。それから振り返って歩きだそうとした時に山岡の胸元に何かがぶつかった。


よくよく観察するとそれは人間、それも十代前半と見られる少女だった。


ショートカットのその少女は顔を抑えながら山岡から離れると、若干涙目で慌ただしく……もとい激しくお辞儀を繰り返した。


「えぇっ!? あの」


狼狽える山岡はいず知らず、少女は肩から下げていたタブレットケースを開いて画面に「ごめんなさい」と手書きで書いて山岡に見せた。そしてまたお辞儀した。


「えっと、こちらこそごめん。怪我はない?」


少女はぶんぶんと顔を縦に振った。

一々挙動が大きいな。


その時山岡の背後の扉から恵子がだるそうに出てきた。


「山岡、何店の前で五月蝿くしてるんだい。営業妨害でギャングに訴えるよ……てなんだいリリィじゃないかい」


「リリィ? 知り合いなの? ばあちゃん孫っていたっけ?」


「いやこの子は都市部に住んでた常連のお子さんだよ、名前は逢坂(あいさか)李里(りさと)、渾名はリリィさ。見ての通り失語症でね」


リリィはタブレットに「李里です。よろしくお願いします」と書いて見せた。


「よろしく、僕は山岡泰知」


と言って山岡はリリィのタブレットを借りると、画面に「山岡泰知」と書いた。


それに倣って莉子も画面に「香澄莉子」と書いてリリィに渡した。


「私は香澄莉子です。リリィちゃん、よろしくね」


リリィはタブレットに書かれた二つの名前を見て目を輝かせると、「こちらこそよろしくお願いします。泰知さん、莉子さん」と書いて見せた。


「お、もう僕の名前の漢字覚えたんだ」


「私のもです」


「賢いだろこの子、それに人懐っこいから可愛いもんさ」


恵子は得意げな顔でグリングリンとリリィの頭を撫で回した。その動きに合わせてリリィの頭も揺れ動く、その顔は少し嬉しそうだ。


「確かに、それでこの子どうしたの? 攫ったの?」


「人聞きの悪い事を言うんでないよ! 預かってるのさ、この子はつい最近両親を奇獣に殺されてね、可哀想にその光景を見たせいで失語症になっちまったのさ」


「そんな、ヒドイです」


莉子はさっきまでとは打って変わって憐れみの目をリリィに向けた。


つまりリリィの失語症は後天的なもので、精神疾患の一部というわけだ。


「ホントは戦災孤児育英法が適用されるといいんだけどさ、いい引き取り手がいないんだよ」


戦災孤児育英法とは、奇獣に両親を殺されて孤児になった子供達を一定以上の年収を持つ家庭が引き取り育てる法律、成人年齢の十五歳までは国から援助金が貰える上、士官学校に入れば学費は免除される。


士官学校に入学できる年齢は十五歳から。


「ど、どうしてですか!?」


莉子が怒りの声を上げた。それはもっともな事で、山岡も恵子もまた感じていた事だった。


「失語症だからだよ、引き取る方にも選ぶ権利がある。わざわざ障害者を引き取りたいって酔狂はいないよ」


「いても失語症なのをいい事に自分の性奴隷にしようて輩もいるから迂闊には渡せないさ」


山岡と恵子から発せられる現実に莉子は絶句した。それでもと莉子は泣きながら続けた。


「じゃあこの子はどうなるんですか? 誰も引き取ってくれないならこの子はどこに行けばいいんですか」


「売春」


山岡が口にしたその言葉を受けて、莉子の肩が大きく揺れてこわばった。


「リリィちゃん可愛いからね、放っておけば意地汚いオッサンに凌辱されてたかもしれない」


「そんな」


「まっ、そうならないようにあたしが引き取ったんだがね。けどあたしゃ税金も払ってないから戦災孤児育英法は適用されないし、お金も無いから学校にも通わせてあげられない。

まっそこはおいおいなんとかするさ、しかし莉子ちゃん、あんたいい娘だねえ。初めて会った人のために泣けるんだからさ」


「いえ、そんな事」


照れる莉子の元にリリィがやってきてタブレットを見せた。


「莉子さん、ありがとうございます」と書かれており、隣りに小さくお辞儀する顔文字をつけていた。


莉子はそれを見て込み上げてくる涙をこらえて、リリィの両手をぎゅっと握ってうんと頷いた。


リリィは照れくさそうに顔を横に逸らしてモジモジとしつつ、ゆっくりはにかんだ笑みを莉子に見せた。


あぁ何だろう、この微笑ましく和む光景。凄くいい。

と山岡は内心感じていた。


「で、山岡はいつ帰んだい?」


「ばあちゃん空気読もうよ」

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