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シーサイド・フェスティバル  作者: 芳川見浪
第一章 激戦のフィリピン
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フィリピン救出戦〜弐〜(香澄編)

暗くて狭い。立ち上がればゴツンと頭をぶつけ、寝転がれば足を曲げざるをえない、そんな狭い部屋の真ん中に座り心地があまりよろしく椅子が鎮座している。


その椅子を囲うように数多の計器類が並べられ、更にその外側では百数十あるモニターが部屋を覆っている。


カドモスのコックピットブロック、香澄莉子は今そこにいる。


フィリピンへ向けて日本を発ってから一時間ぐらいは経過しただろうか。


聞こえてくるのは輸送機のエンジン部モーターが激しく回転して電気を生み出す音、気流にもまれるたびに輸送機が揺れて床に誰かが放置したスパナが跳ねる音。


だがそれらの音よりもっと激しく近くで聞こえる音があった。


その音はドクンドクンと鈍い音をたて、その度に心臓を締め付けていく。しかもそれは時間が一分一秒と経過する度に酷くなっている。


今ではそれに指先の震えが加わっている。


早い話緊張しているのだ。初めての実戦、訓練とは違い本気の殺し合い、倒されたらリセットしてやり直しはできない。そのまま人生がリセットされてしまう。


怖い、心底怖い。逃げ出したい。そうしないのは微かに残った理性と使命感からだ。


そしてもう一つ香澄莉子の頭を悩ませているのが、暗いコックピットブロックでボウと光るタブレットだ。


その画面には一枚のWordのページが開かれていた。


タイトルは『遺言状』


遺言状なんて書いた事がない。もっと先、お婆ちゃんになってからだと思っていた。


戦場に出る時は事前に書くのが一種の約束らしい。無論拒否は出来るが、書いた方が後の遺産処理がスムーズになるとのこと。


「遺言状、この三文字を見てるだけで死が近いんだなあって感じちゃうな……っ!」


もちろん死ぬつもりは無いし死にたくもない。


ただ、この遺言状を書くと自分は死ぬ、そう思ってしまう。そしてそれがより一層恐怖を掻き立てて目尻に涙を浮かべていく。


「もう、いやだ」


覚悟はしていた。そのつもりだった。でもいざその時になったら固めた覚悟が崩れる程に自分は弱かった。


「ふむ、見事に泣いているな」


「へ?」


気付いたらコックピットブロックが開けられていた。それ程までに消沈していたという事だ。


コックピットの上には、白衣を着たブロンドの髪の綺麗な女性がかがみ込んで莉子の様子を伺っていた。


慌てて目を拭ってその女性を見る。


「あの、あなたは?」


「私はエッツェル、今回の作戦の責任者だ。そしてこのカドモスの設計者でもある」


「あなたが! その失礼しました! 私は香澄莉子といいます」


「ああ知っているよ、あのクソ生意気な山岡の後輩だろ?」


「山岡さんを知っているんですか?」


「無論だ、私はクソ生意気な山岡の主治医であると同時に、クソ生意気な山岡の強化スーツを設計したのだからな、特に仮面にはこだわったぞ、超長距離通信機をつけたり……おっとこの話はまた今度にしよう」


「はあ、カドモスと山岡さんのスーツのデザインが少し似ていたのはそういうわけなんですね」


エッツェルは「その通りだ」と言ってコックピット内に降りた。着地した瞬間エッツェルの豊満な胸がリズミカルに弾んで弾力性をこれでもかと表した。


色々と規格外ですね。


莉子は自分の胸を見つめて軽く落ち込んだ。小さくは無いんです、小さくは。


「さて私が来たのは他でもない、私が設計したカドモスの様子を見に来たのだ、ついでにパイロットもな」


私はついでですか。


「ふむ、しかしあの源緑とかいう爺さんはいい仕事をするな、うちに引き抜けないものか」


続いてエッツェルは手持ちのタブレットを開いてカドモスの整備状況を確認した。


わざわざこんなところでやらなくても。


正直莉子としては放っておいて欲しかった。


「あの、そういうのはどこでもみれますよね、一人にしていただけませんか?」


「怖いのか?」


ビクッと肩が震えた。


「まっ、そういうのは見なくてもわかる」


なら何故聞くのですか。


「怖いのは皆同じだ。お前も私もここにいる兵士全員」


莉子は顔を上げた。それが何となく聞かければいけない気がしたからだ。


「怖くないのはよっぽどのサイコパスだ。だが誰よりも怖い思いをしている奴がいる。香澄莉子、お前よりもだ。わかるか?」


莉子はフルフルと首を横に振った。初めて戦う自分より戦場を怖がる人等いるのだろうか。


「今フィリピンで戦っている奴らだ」


「あっ」


「奴らは一秒先には死んでいるかもしれない世界で生きている。その恐怖がわかるか? 抵抗も出来ずに殺された民間人の恐怖がわかるか?」


そんなのは想像もつかない、だって自分はまだその恐怖を目前にしていないのだから。


「恐怖するのはいい、当然の事だ。大事なのは恐怖を抱えて勇気を出す事だ」


「はい」


「そうだな、二つアドバイスしてやろう。自分のためでは無く誰かのために戦え、そして仲間を信じろ、お前が失敗してもそいつらがカバーしてくれる」


「はい!」


「因みにこれは山岡の受け売りだ」


「山岡さんの、山岡さんも怖いんでしょうか」


「むしろあいつは人一倍怖がりだぞ」


そうしてエッツェルは輸送機の貨物室から出ていった。

莉子は一度立ち上がってカドモスの顔を見た。


一文字のスリットにウサギを思わせるアンテナ。


「よしっ」


莉子はコックピットに座ってタブレットを操作した。


――――――――――――――――――――


香澄莉子のいる輸送機より後方、同じく軍用輸送機にて。


「ん? 莉子ちゃんからや」


「どうした?」


貨物室にある戦闘指揮車の内部で溜め込んでいた事務作業を片付けていた村井静流のタブレットに一件のメールが届いた。


タイトルは『遺言状が書けました』


「……ぷっ、なんやこれ、最高やん!」


静流はこみ上げる笑いをこらえながら届いた遺言状を社長の熊木に見せる。


「ふっ、ああこれはいいな」


莉子から届いた遺言状には手書きでこう書かれていた。


『皆助けて生きて帰る!』

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