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そよ風に乗った雪

 その部屋に日差しは入って来ない。

 何故なら窓もカーテンも、全部戸締りされているからだ。

 ミレッジは新聞を眺めていたが、すぐに止めて乱暴に机に置いた。


「三人とも、しっかりやられちゃったわね」

「まさか、ここまでの強さとは……」

「いいえ。彼の強さもあるけど、彼に協力してくれた人達も凄いのよ。尤も、一人は死んじゃったけどね」

「バラハタ、ブォウェン、ボケン、調べた中では相当な腕利きでした」

「だけど全滅した。もっと強い人を送るべきだったわね」

「す、すみません。見つかり次第、また……」

「もういいわ」


 ルークの言葉を遮る様に立ち上がったミレッジは、彼の隣を横切り、ドアノブに手を掛けて、回した。


「ミレッジさん、何処へ?」

「お散歩」


 ミレッジはドアノブを引いた。

 コートに袖を通しながら、ミレッジは歩いて行く。

 生憎の曇り空。

 白い雲には濁りがあった。

 人の前や横を歩けば、他愛ない言葉が飛び交い、ミレッジの耳を通って行く。

 ふとミレッジは、その足を止めた。

 風の様に柔らかそうな長い髪。

 その身を包む若葉の様に明るい上着。

 白くて長いブーツと小尻を覆うホットパンツを繋ぐ、柔らかそうな太ももが僅かに見えた。


 ――私は、あの娘を知っている。


 ミレッジが眺めていると、その娘は振り向いた。

 二人の視線が重なり合う。


「お久しぶりね」

「え?」

「覚えてないかしら?」


 娘は握り拳を作り、顎に付けた。

 暫く黙り込むと、照明が付いた様な顔を浮かべて、声を上げた。


「あ、ああ! コートを汚しちゃった人……」

「覚えていて、嬉しいわ」

「す、すみません。あの時は……」


 娘は深々とお辞儀をした。

 ミレッジは手を振りながら「気にしないで」と答えると、娘は頭を上げた。


「それより丁度良いわ」

「え?」

「貴方で良かったら是非、この街を一緒に歩いてくれないかしら?」

「わ、私とですか?」

「そう。この街にいる、唯一の知人だから」

「じゃ、じゃあ、お茶でもしますか?」

「美味しいお店、教えてちょうだい」


 二人は街中を歩いて行く。

 娘が指した先に喫茶店があり、その店には『THOMAS』と書かれた看板があった。


「こことかどうですか?」

「あら、素敵ね。入りましょう」


 二人は店内に入ると、窓際の席に着いた。

 ミレッジがコートを脱いでいる間に、女性の店員がトレンチを片手に、グラスを持ってきた。

 グラスに注がれる流水が、気泡を立たせていく。

 窓から入った日光が、グラスを輝かせた。

 店員が「ご注文は如何なさいますか?」と聞いてきたが、顔を合わせて黙り込む。


「考えますので、また呼びます」


 娘がそう伝えると、店員は店の奥に消えて行った。


「そう言えば、名前確か……」

「あ、私は……」

「待って待って! もう少しで思い出せるわ」


 腕を組みながら俯き、ミレッジは暫く黙り込んだ。

 そして、顔を上げて静かに答えた。


「……シレット?」

「そうです!」

「あー! 当たって良かった」

「お姉さんは何て言うんですか?」

「私? 何だと思う?」

「うーん……」


 今度はシレットが、拳を顎に、顔を傾げる。


「すみませーん。 注文良いですかー?」

「え。あの私まだ名前を当てて……」


 両手を広げながら慌てるシレットだったが、先程の店員が来てしまい、答える事は出来なかった。

 不服そうにシレットが皺を寄せる中、ミレッジはメニューを広げ、商品を指した。


「この当店オススメのロイヤルミルクティーをください。シレットは?」

「じ、じゃあ私も同じので……」


 店員はメモを取ると「かしこまりました」と一礼して再び店の奥に消えた。


「一ヶ月、ぶりかしら?」

「そうですね」

「ここも以前よりかは暖かくなってきたわ」

「だけど、コートは着るんですね」

「私、寒がりだからね」

「へえ……」


 シレットの目には青白い肌が写っていた。

 ミレッジの腕は、透き通った輝きを見せていた。

 思わず見惚れしまう様な滑らかさである。


「どうしたの? ボーッとしちゃって」

「あ、いえ……あ、ミレッジさんは何をされている方なんですか?」

「何をされているかって、仕事の話?」

「そうです」

「そうね、お仕事は――『魔女』かな?」

「え?」


 呆気に取られる間も無く、店内にベルが鳴り響いた。

 女性の店員さんが再び出て来て「いらっしゃいませ」と言うと、態度が急変。

 来店した客に、親しげに話し出した。


「あ! こんにちは! いらっしゃい!」

「また紅茶飲みに来ました。ユミさん」

「ありがとうございます。でもごめんなさい。ユータは今、お父さんと出掛けているのよ」

「そうですか」

「どうぞ、ゆっくりしていって。ユータの相手ばかりしていたら疲れちゃうもんね~」

「……そ、そんな事無いですよ」


 会話の様子を、シレットは席から覗き込んだ。

 すると、来店した客と目が合った。


「あれ? ダージリン君、お知り合い?」

「え、ええ。まあ……」

「じゃあ、お友達と楽しんでね! ご注文はミルクティー?」

「は、はい。お願いします」


 ユミは店の奥に戻り、ダージリンは一人取り残された。

 ポケットに手を突っ込み、顔をしかめながら、チラチラとシレットの方を見る。

 暫くすると、ダージリンは重たい足を一歩ずつ出して、シレットの前に立った。


「ダージリン君、お久しぶり」

「こ、こんにちは」

「きょ、今日はどうしたの? ここで」

「お茶にしよう、って話になってここのお店に寄ったの」

「へ、へえ」


 眩しい笑顔に輝く瞳に、ダージリンは視線をずらした。


「シレット、その人はボーイフレンド?」


 突然、ダージリンの全身が凍った。

 ミレッジは妖しい様な眼差しを向け、強張ったダージリンに微笑んだ。

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