悪友との再会
買い物かごを片手に、ユータが青菜を入れた。
「怪我、大丈夫?」
「うん。心配してくれてありがとう」
ユータと並んで、ダージリンは商店街を歩いて行く。
青菜の次は、今朝採れたらしい魚を、ユータが選んでいた。
親から渡された紙に書かれた品をよく確認している。
ユータが魚を探す間、ダージリンは昨日の事を思い返していた。
夕方、空にそびえ立つ様に大きい馬。
その馬に乗りながら、紅蓮戦神はダージリンに言葉を残した。
――死者の事は一々考えるな。それは過去にしがみ付いているのと同様。過去は戻って来ない。未来を見ろ。己がどうするべきかを考え、行動しろ。そして戦え。
ふとした間に、まるで何も無かった様に、紅蓮戦神は消えていた。
夏なのに、そよ風が肌を震わせるくらいに冷えていた。
外が真っ暗になった後、祖父母に秘密を話した。
夕食の後、三人で紅茶を嗜みながら、祖父が聞いて来たのだ。
向かいの席に座っていたので、祖父の視線から逃げていた気がする。
「教えてくれダージリン。お前はどうして外に出るのか」
「教えるって……僕は王子様だから、何か、出来る事ないかなって」
「もっと重大な事を、お前は持っているんじゃないのか?」
相槌を入れる間もなく、続けて祖母が語る。
「この前、貴方と同じくらいの女の子が死んじゃったの、知っているでしょう? その親御さんにお婆ちゃんは会ったの。そうしたら、噂の『精霊人間』との戦闘に巻き込まれたのですって。ダージリン、貴方事件があった夜から、暫くご飯を食べないくらい元気が無かったじゃない。どうしてなの?」
「そ、それは……」
「誰かの役に立ちたいという気持ちは良い事だわ。だけどダージリンは、何か抱え過ぎているんじゃないの?」
「……もう、無理か」
カップを置く時、ソーサーが赤く染み付いた。
椅子から降り、右へ少し歩いた所で止まると、刀を取り出した。
体が燃え上がっていく。
その身を変えて振り向いた時、祖父母は目を開いて固まっていた。
「ごめんなさい。隠しているつもりは無かったんです」
深々と頭を下げた。
当然だ。
噂の英雄が自分の孫だから。
「紅蓮戦神から、話は聞いていたわ。だけど、自分から」
しかし、口を開いた祖母は至って冷静である。
紅蓮戦神から事情を聞いていたらしい。
だが、最初からわかっていたとはいえ、もっと驚いても良い案件だ。
だから気が落ちた。
「他の人には、話したい時に話します。お爺ちゃん達は何も言わないでください」
「わかった。だがダージリン、英雄ごっこのつもりなら、今すぐ止めなさい。どんな事が起きても覚悟を持ってやりなさい」
「はい」
十分ではないが、心に少し余裕が出来た。
王家のお墨付きだから、後ろめたさに行動する必要が無い。
これからは少し、胸を張ってみよう。
昨日の事を振り返っていたので、ユータが「ねえ、聞いてる?」と言われてしまった。
「あ、ゴメン。どんな話だった?」
「お魚、どれが美味しそうかなって話」
「えっと、じゃあ、これとか?」
「え? この真っ赤なお魚?」
「僕はこっちが良いと思うけど」
「お魚って、青くてピカピカしているのが良いんじゃないかな?」
「そ、そんな事無いよ。赤い魚だって美味しいよ」
「それはダージリンが赤い色が好きだからじゃないの?」
「それもあるけど……」
ダージリンは赤い魚を提案してみたが、ユータには不評らしい。
結局、王道な青魚を買う事になった。
買い物かごから、魚の尾鰭が出しゃばる中、次の品物を買いに歩いて行く。
「次は何を買うの?」
「えっと……」
ユータが次に買う物を確認したその時だった。
「バッカやろう、てめ、どこ見てんだゴラァ!」
「す、す、す、すみません……作業をしていたので気付かずに……」
怒鳴り声の方を向くと、派手な髪色をした長身の男が、気弱そうな青年に吼えていた。
男達の辺りにはひっくり返った箱から、色とりどりの果物が散乱している。
それと、水筒らしき容器から飲み物が零れていた。
「この服、6万5743マナトもしたんだぞ? お前がぶつかったせいで汚れちまっただろうが!」
「ほ、ほんとにすみません!」
どうも服を汚されてご立腹らしい。
実際、腹部辺りが大きく染み付いた跡がある。
だが、青年の胸倉を掴みながら怒鳴っているので、正直やりすぎである。
道行く人が困惑し、ダージリンもユータも、眉を寄せていた。
「ちょちょちょちょ、そこまでにせぇ。その人謝っとるやろ?」
すると、何者が胸倉を掴むその手を引き離した。
背丈は小さく、変に訛った喋り方をしている。
当然ながら、長身の男は仲介に入った小さい男に、怒りの矛先を変えた。
「ああ? お前何だ? 関係ないだろ!」
「せやけど、このまま見過ごすわけには行かへん。あんさんが落ち着くまでおるつもりや」
「ほう? ガキのクセして首突っ込むとは……黙らせてやろうか!」
生唾が飛んだ。
体の中心から痛みが広がっていく。
気付くと、長身の男は苦しそうに吼えていた。
「黙されましたやな」
「ううううう、いいいいい……」
「どないする? 次は一本折ったろうか?」
その右手はくねらせる様に動いていた。
冷徹に囁く。
陽気な割に、何処か恐ろしい印象だ。
長身の男はお腹を抱えながら、背中を向けて走っていく。
「もうシャバい事はやっちゃアカンで~」
返事は来る筈もなく、長身の男は街中へ消えた。
落ちた果物を拾いながら「自分、大丈夫か?」と青年に聞くと、青年は「ありがとうございました」とお礼を告げ、仕事へ戻っていった。
全てが解決した所で、背丈の小さい男が何かに気付く。
ダージリンがいる方を見て、手を振り始めた。
「ん? おお。ダージリンやないか。久しぶりやな!」
「アクバル。何やってるの?」
ズボンに手を突っ込みながら、アクバルが陽気に喋り出した。
対してダージリンは、乗りが悪そうに答える。
そしてユータは、ダージリンの後ろへ回り込み横から覗き始めた。
「そら、こっちの台詞や。自分こそ、どないしたん? そのダージリン二号みたいなもん連れて」
「あ、ああ、これは……」
「まあ、ええわ。暇やろ? お茶でもせえへん?」
「え? どうして?」
「久しいのに何やその反応。連れない奴やな。ええやろ? 仰山聞きたい事あるんや」
「……じ、じゃあ、丁度良い所あるから、そこ行こう」
「おお。それはええな」
「でも、その前にお使いを頼まれたから、それを済ませてからでも良い?」
「了解」
手早くお使いを済ませ、三人はユータの家が経営するカフェ『トーマス』へと向かった。
お店は相変わらず、静かなお客さんで集まっている。
席に着くと、アクバルはメニューを開いた。
紙とペンを持って、ユータが伺う。
「おお。いっぱいあるな。何がオススメや?」
「『オススメは?』だって」
ユータの方を向いて、聞いてみたが、固まってしまっている。
仕方ないので、代わりに伝えた。
「ミルクティーが美味しいよ。ここ」
「ほお……んじゃ、コーヒーにしよっと」
「紅茶頼めよ」
暫くして、トレンチを慎重に持ちながら、ユータが戻って来た。
しっかりと、コーヒーとミルクティーが乗せられていたが、中身が揺れている。
正直、心配である。
ユータは「お待たせしました」と呟きながら飲み物を置いた。
「そういや自分、名前は?」
「ゆ、ユータ……です」
「おお。ユータやな。俺はアクバルや。ほな、よろしく」
アクバルはゆっくりと掌を出した。
掌をユータは凝視するが、結局握られる事はなく、一目散に厨房の方へ逃げた。
「見とると、ホンマにダージリン二号やな」
「二号じゃない」
「いや、二号やろ」
「そんな事は言いとして、聞きたい事があるんじゃないのか?」
「あ、せやな……」
先程の朗らかさとは打って変わり、頭を掻きながら黙り込んだ。
気まずそうに、何か聞きたい様子である。
「えっと、その、まずは、親父さんの件、大丈夫か?」
「……ああ。もう落ち着いたよ。何とか」
「せやったら、ええけど」
安心したのか、少しずつアクバルから元気が蘇っていく。
ダージリンも調子を尋ねると、アクバルは「俺は不幸に慣れとるから」と笑った。
「そう。ところでアクバル、今日まで何してたの?」
「あ、俺な、『悪い奴をやっつけ隊』に入ったんや」
「は?」
「これや」
アクバルはズボンのポケットから乱暴に何かを投げた。
机に落ちたそれは、生徒手帳の様に見えるが、学校のものではない。
派手な紋章が刻まれている。
黄色の縁取りに赤い文字が特に目立った。
「GOHカメリア支部? あのGOH?」
「学校で色々あったやろ? 何でも『君という最高の英雄を探していたから、是非力を貸してくれ!』ってな」
「は、はあ」
「いやぁまさかな、スカウトされるとは思わなかったわ」
「それは良いけど、学校とかはどうするの?」
「ああ。定職見つけたもんやし、辞めるかもしれへん」
「そ、そう、なんだ……」
「後な、ブランドンも一緒やで!」
「ブランドンも?」
「ああ。相当嬉しかったみたいや。気色悪い笑顔を浮かべるくらい、な!」
「へえ……」
どうやら、良い仕事が見つかったらしい。
嬉しい事があったみたいで何よりだ。
ダージリンは砂糖を混ぜながら、熱いミルクティーを口にした。
談笑はやがて終わりへと向かう。
二人はカフェの前へ出て、お互いの帰り道へ向いた。
「久しぶりに喋れて良かったわ」
「うん。元気で何よりだよ」
「ダージリン、自分、これからどうするんや?」
「……出来る事からやってみるよ」
「……それは、ええな」
「今日はありがとう」
「ほな、おおきに」
アクバルは手を振りながら、ダージリンと別れた。
姿が見えなくなった所で、ポケットに手を突っ込み、歩いて行く。
所が、顔が険しい。
先程の陽気さが失っている。
そして、度々後ろを振り返っていた。
――何か付けられとるな。
香るコーヒーを嗜んだばかりなのに、虫が這う様な気分だ。
気付けばアクバルは、人気の無い小路にいた。
子供達の声が遠くから聞こえてくる。
踏みにじった砂利の音も聞こえた。
よし、折角、誰もいない道へ来たのだ。
賭けてみよう。
「おい! こっちはわかっとるんや。出て来んかい!」
アクバルが怒鳴ると、気味の悪い笑い声がすぐに返って来た。
「勘が良いな。お前。その様子だと、わざと人気の無い行き止まりに来たみたいだな」
「いーや。ここには偶々来たんや」
物陰から黒い影が現れる。
何処を見ているのかわからない見開いた目が、邪に輝いていた。