活動開始
空に掛かった雲達が形を変えて流れていく。
城内にある庭に一人、ダージリンは立っていた。
(セバスに伝言を預けたし、時間は出来たけど、おばあちゃん達、気に入らないだろうな……ごめんなさい)
これから外出する自分が後ろめたい。
毎日、遊び歩いていると思われていてもおかしくないだろう。
だが、そんな事を気にするより、やるべき事があるんだ。
(どうすれば、この力を上手く使いこなせる様になるんだろう……)
右手に浮かび上がる炎。
ダージリンが唯一扱える火の幻想術だ。
火の中から溢れる火の粉は黄金に煌めいていた。
嘗てなら、これを漸く覚えた自分を馬鹿にする友達が内心凄く嫌で、使いたくなかった。
――一国の王子様が、こんなんじゃねえ……
気分が悪くなる様な言い草を今でも覚えている。
だけど、今は違う。
何故なら、自分には精霊の力が宿っているのだから。
この力をどうにか使える様にしたい。
右手の炎がある程度大きくなった所で、目を瞑り、心に決意を固めた。
――皆を守りたい。
すると、炎がバチバチとなりながら大きくうねった。
右腕から全身へ包み込むと、ダージリンの姿がスピルシャンへと変わった。
「……よ、よし!」
体のあちこちを見て、変身出来た事を確認すると両手を力強く握った。
噴き出す炎。
「うわ!」
ダージリンは思わず腰を落とした。
少し力めば爆発する炎を、慎重に扱わねばならない。
そう思いながら腰を上げ、汚れた膝と尻を叩いた。
さて、今度は視線を家屋に向け、全力で駆け出した。
そして、思い切り飛び上がった。
「……やっぱり、凄い」
塀を軽々と超えた先には、王都ステュアートの街並みが広がった。
日光が反射して、輝く屋根や窓がどこまでも続いていた。
宙を舞う足が屋根の上に降り立つ。
ざっと、五メートル以上はあるだろう距離を、軽々と乗ってしまった。
隣の家にも軽々と飛び移り、それを何度も繰り返した。
まるで猿の様だ。
「だーかーら、どう落とし前付けてくれるんだよ?」
下からの怒鳴り声。
覗いてみると、体格に恵まれた青年が小柄の男を責めていた。
「どう落とし前って……あ、貴方が、よ、余所見をしていたから、ぶつかって服が汚れてしまったんだろう!」
「はあ? 人のせいにするつもりか?」
怯えながらも反論している小柄の男の周りには、荷物が置いてある。
木箱や紙袋、それらを運搬する為の台車。
配達員の様だ。
「荷物を運ぶだけの奴が、よくもまあ、偉い事を」
「う、うぐ……」
そして、体格に恵まれた青年の腰には剣がぶら下がっている。
剣士みたいだ。
「俺はお前の様なひょろりとした奴らの為に安い金で命かけてんだぜ? もっと感謝して欲しいのになぁ」
「そ、それと、これとは、話が違う!」
怖気ながらも、反論する配達員。
青年は舌打ちした。
「……決めたぜ。明日からの仕事、失くしてやるよ!」
「ひ、ひい!」
青年が拳を上げた。
ダージリンはすぐに飛び降り、間に入って、その拳を止めた。
配達員も剣士の青年も驚いている。
いきなり現れたから、当然だろう。
「人を打ったら駄目だって、親から教わんなかったのですか?」
「何だと? てめえ俺が剣士だという事、わかって言ってんだろうな?」
「……だったら尚更、弱い人をいじめるのはいけないと思います」
「生意気な野郎だな。変な身なりしているクセによ。思い知らせてやる!」
これ以上は危ない。
青年の腕を掴みながら炎を放った。
炎は青年の体を包み込むと、縄の様に雁字搦めにしていく。
身動きが取れなくなった青年は、そのまま倒れて芋虫みたいに暴れた。
「おいゴラァ! てめえ離しやがれ!」
青年は喚いたが、ダージリンは配達員の元へ歩んだ。
「怪我は無いですか?」
「だ、大丈夫です。まさか、ここで貴方に出会えるなんて……」
「え?」
「ビギンズ! スピルシャンビギンズ! 前に時計塔で子供を救った!」
「あ、ああ……」
そういえば、そうだった。
いつの間にか、あだ名を付けられていた。
今朝の食事の際に、祖父達が話しているのを耳にしたが、どうやら本当らしい。
「お父さん!」
突然、若い少女がこちらにやってきた。
見た目からして、ダージリンと差ほど変わらないくらいの少女だ。
配達員は父親の様で、親しげに会話をしている。
父親の容態を聞いた所で、少女がこちらに寄って来た。
「あの、うちからもお礼を言わせてください。父さんを助けてくれてありがとうございます!」
「た、大した事はやってないよ」
「そんな事ない! 以前あたし達の命を救ってくれた!」
「え?」
まるで、以前会った事のある言い草だった。
「……誰、ですか?」
「スーザン・パートリッジ。王立第一高校に通っていた」
同じ学校に通っていた学生の様だ。
そうだ。
今の状況や具合を聞いてみよう。
ダージリンは、散らばった荷物を手に取った。
「お手伝いします。これ、どこまで運べば良いですか?」
パートリッジ親子の顔が、満面に輝いた。