立ち向かう思い
占領されたアリーナでは、生徒達が怯えていた。
用済みになったであろう、教師達が息を吹かさず、皆倒れている。
目は白く向き、全身も真っ赤に染まっていた。
危険が蔓延る中、シレットは姿勢を低くして目立たない様にするが、悪人の様子を慎重に見る。
その手には、フラウアが震えながら目を瞑り、力強く握っている。
一方、リールフも身動きが取れないながらも悪人の様子を伺っていた。
全ての出口に三人。
周囲を徘徊する四人。
そしてリーダー各らしき男が二人、アリーナの舞台に立っていた。
短い鎖を、顔の前で呑気に回すヤーグル。
舞台に腰を下ろして、つまらなそうに呟いた。
「はあ、やっぱり面倒だな。どうしてこんないっぱいいる中から探さなきゃなんねぇんだよ。生徒手帳一つ一つ確認するって、面倒にも程があるだろ」
「組織の指示だから仕方ないだろ」
「おい! 王子はいるか! 大人しく出てくれば全員すぐに解放してやるぞ」
鎖を叩きつけながら叫んでみたが、誰一人名乗り出て来ない。
当然だ。
皆、死にたくないからだ。
苛立ったヤーグルは壁を思い切り蹴る。
衝撃がアリーナを響いた。
「ち。出てこねえか」
「やっぱり一人ずつ調べるしか……」
「……いや、まだ方法はある」
「何だ?」
「コイツだ」
ヤーグルの懐から現れる黒鉄は、飢えた獣の様に鈍く光っていた。
「支給された最新式の拳銃がどうかしたのか?」
「ルーク。相変わらず平和ボケしてるなぁ」
「悪かったな。で、どうするんだ?」
「いいか。ここにいるのは『人質』じゃねえ。『手柄』だ」
拳銃を手に、ヤーグルは舞台から降りる。
そして男子生徒を掴み、強引に舞台へ上がらせた。
当然、男子生徒は身を縮めながら震えており、命を乞っている。
ヤーグルの笑みが浮かぶ。
「ま、待って。やめ、やめてください。生徒手帳は見せたじゃないですか! 何でも言う事は聞きますから助けて下さい」
「何でも言う事は聞いてくれるのか?」
「は、はい。あ、あの、王子様の事情を知っています。だから」
「いやいや、それよりも頼みたい事があるんだ」
「何ですか?」
引き金が鳴った。
――カシャン。
「拳銃の実験台になれ」
直後、男子生徒の体に幾つかの穴が開いた。
轟音と共に鮮血が飛び散り、舞台を赤く染め上げる。
恐怖がより強くなり、泣き出す者が増えていく。
「待て! 喋るって言っただろ! 何で殺す必要があった!」
「おいルーク。俺達はMADだぜ? もっと殺しを楽しもう」
「俺達の任務はあくまで……」
「こんなにガキがいるんだ。五人、六人殺したくらいで大した問題じゃあねぇよ。今度はちゃんと聞くから勘弁してくれ」
血塗れの舞台から再び降り、今度は女子生徒を選んだ。
「よし。次はお前だ」
長く綺麗な髪をミシミシと鳴らしながら引っ張った。
苦しそうな顔を浮かばせる女の子だがヤーグルは気にも止めず、舞台へ投げつける。
二、三回転した所で、女子生徒へ銃を向けた。
「や、やめて。やめてください。殺さないでください」
「お嬢ちゃん、王子様について何か知ってるのか?」
「……は、はい」
「知ってる事で良い。話してくれ」
「……噂なんですけど、心が病んじゃってるとかで……人と戯れるのが嫌らしくて……」
「病んでるねぇ。いつもどうしてるんだ?」
「親しくないのでわかんないんですけど……ただ……ただ……どこか空いた教室で、いつも一人で過ごしているとか……」
「そうだったのか。通りで見つかんねぇわけだ。聞いたか? ルーク」
仰け反る様に首を曲げた先でルークが「ああ」と答えた。
「すまなかったな。お礼にお嬢ちゃんだけは解放してやる」
「ほ、ほ、ほ、本当ですか?」
「ああ。もう行きな」
女子生徒は急いで立ち上がり、舞台から降りて走り出した。
そして、轟音と共に倒れた。
銃口から立つ煙。
女子生徒の目には、命が消えていた。
「ひゃははははははは! 背中を見せちゃあ駄目だぜ」
背中をこれでもかと曲げながら、ヤーグルは笑った。
「んじゃあ、次は……」
「おい。目的を忘れたのか? 王子は校舎のどこかにいる。早く探して……」
「校舎を探索している連中に任せりゃあいいよ。俺達は『MADの恐怖』を教えてやろうぜ」
「いい加減にしろよ? 勝手な行動は……」
「立場はお前の方が上かもしんねえが、俺の方が殺しに慣れてる」
身勝手な振舞いに頭が切れかけていた。
一人、また一人と無駄な死人を出すヤーグルに対して、ルークの苛立ちはピークを迎えていた。
冷静さを出して、いつも通りの振る舞いをするが、明らかに怒っている事は周囲の人間からは気付いていた。
ところがヤーグルは、反省するどころか反抗に出た。
「偉そうな口利いてんじゃねえぞ。お前から先に殺したって良いんだぜ?」
銃口を向け、空いた左手から鎖を生み出し、床に落とす。
「俺の鎖と、お前のくだらねぇ『覚醒系』じゃあ勝負にならん」
ルークは固まったが、目付きは変えなかった。
こんなくだらない奴に怖気付くつもりはない。
寧ろ見下した。
その様子をリールフは逃さなかった。
多分、二人は仲が悪い。
組織に所属していれば仲の良さ悪さは出て来るので別に不思議な話ではない。
何れにせよ、打開策はなかった。
下手に出れば、返り討ちにされる。
あの男子や女子の様に。
不安げな顔を浮かべながら、隣のミーナが見つめている。
リールフは唇を強く閉ざし、俯いた。
ルークに向けていた銃を下ろし、口を開くヤーグル。
「わかったんなら、黙ってろ」
ヤーグルはルークの横を通り、次の獲物を探した。
ルークは何もせず、ただ見つめる。
――運が悪いな。
奴のやっている事は無駄だが、だからってガキ共を助ける義理はない。
言っても聞かない奴は放っておく。
ただ、それだけだ。
「次はお前だ」
「や、やだ、やだ、やだやだやだやだ……」
その時、シレットの顔色が変わった。
ヤーグルの手が、フラウアを選んだのである。
ジタバタと暴れながら、フラウアは泣き叫び、抵抗するも、徐々に遠ざかっていく。
連れていかれるフラウアの手をシレットは掴んだ。
しかし、睨んだヤーグルは恐ろしく、瞳が合わさった時、全身が鎖で縛られた気がした。
――殺される。
乱れた呼吸が止まらなかった。
フラウアの手と、自分の手が離れていく。
震えた掌を、シレットはただ伸ばすしかなかった。
「お前みたいに『生』に強い奴を殺すのは大好きだぜ。生きたいって気持ちを俺は何人も踏みにじって来た。」
「こ、殺さないで。殺さないで。殺さないで」
大粒の涙を流しながら、ひたすら命を乞うフラウアだが、ヤーグルは狂気な笑みを止めず、銃口を向ける。
一発。
引き金を引いた。
「ああ?」
間抜けな音が発した。
可笑しい。
ヤーグルは銃の下一部を分離し、中身を確認すると、放たれる筈だった弾丸が詰まっている。
「不発か?」
駄目になった弾が捨てられ、飛蝗の様に飛び、転がっていく。
「運が良いなお嬢ちゃん。おかげで、恐怖が長引いたな」
点検したところで、ヤーグルは再び銃を向けて口を曲げた。
「次はねえぞ?」
フラウアの目から流れる涙は止まらない。
瞼を閉ざすが、僅かな隙間から溢れ出て来る。
死にたくない気持ちで胸が裂けそうだった。
「殺さないで、殺さないで、殺さないで、殺さないで……」
フラウアが助けを求めている。
シレットは体を起こそうとするが、一歩も進めなかった。
あの男が与えた恐怖という鎖に縛られていたのだ。
これは学校で学ぶ訓練などではない。
もし動いたら自分が殺される。
命に縋っていた。
恐怖を押し殺し、運命を受け入れよう。
シレットは目を瞑った。
――もう友達じゃない。
脳裏に浮かぶ光景。
それは、友達と喧嘩した時だ。
一方的に攻め立て、最後に放った言葉。
――絶交よ。
あの言葉が、今でも突き刺さる。
何で今、これが浮かんできたのか。
シレットはもう一度、目を開いた。
迫るヤーグルに怯えるフラウア。
助けたい。
フラウアが死ぬなんて絶対に嫌だ。
――友達を、もう失いたくない。
強き思いが今、疾風となる。
シレットは、鎖を断ち切った。
「うああああああああああああああああああああああああ」
渾身の風輪斬が一直線に飛んでいく。
黒鉄を切り裂く疾風。
ヤーグルの手から銃がバラバラに砕けた。
睨んだ先には鬼の様な形相をしながら、走って来る少女。
少女は飛び上がり、友の前に立った。
「し、シレット……」
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
怯えるフラウアの前で、シレットの目は燃えていた。
ヤーグルは右手の切り傷を気にしていない。
「大人をからかうとは、やるな。お嬢ちゃん」
その時、ヤーグルの掌から弾丸の如く飛び出し、的確にシレットの首の周囲を回り始める。
やがてその首は鎖に満たされ、圧迫した末に空気を遮断。
鎖だらけに首の手を回した。
「ぐっ!?」
「ツケは返してもらうぜ?」
鎖が一気に引き戻され、シレットは強烈な拳を食らう。
鼻から滴る血を気にする余裕も無く、更に壁へ打ち付けられた。
額の流血に加えて、シレットの顔は酷く腫れ上がり、そんな彼女お構いなしに狂気の笑みを浮かべたヤーグルが攻撃を続ける。
今度はお腹に膝蹴りし、鈍い声を吐き出させた。
――このままではダメだ。
脚の力を必死に保ちながら、シレットは反撃を開始する。
絞められた首の苦しさに耐えながら、右手に風の幻想術を発動し、それを回転。
掌より少しだけ広い風輪斬を作り出し、ヤーグルの顔へ向けるが避けられてしまい、僅かに傷を与えるだけに終わった。
もう一度食らわせようと幻想術を発動するも、途中で首が苦しくなり、思わず中止してしまう。
「幻想術なんて、隙さえ与えなきゃあ大したもんじゃねえ」
ヤーグルの鎖が強まっていく。
喉に空気は通らず、赤い雫がゆっくりと流れ、絞める強さも増していく。
その度、喉から声が漏れた。
崩された姿勢のまま、睨み続ける。
それが、シレットが出来る事の全てだった。
「友達を助けたつもりか? やめときゃあ良かったのに」
「う、ぐ、ぐうう、ぐぐぐぐ……」
絞められた首を解こうと力を入れるも、ビクともしない。
「いや、やめて、やめて、やめて……」
絶望のフラウア。
涙で顔がいっぱいとなっていく。
自分を庇ったおかげで、シレットが目の前で痛め付けられている。
でも、どうする事も出来ない。
ただ震えているしかなかった。
――ごめん。
「あんた達は、絶対に許さない」
「言ってろ。そんな状態で何が出来るんだ? 自慢の『風』も使えねえのによ」
「お前をぶっ殺した後、お友達にも片道切符握らせて逝ってもらうから、な」
悪魔の様な短剣が懐から現れる。
ヤーグルは振った。
思わず目を瞑ってしまうシレット。
斬られた頬から血が滴る。
ゆっくりと、床に落ちた。
固い眼差しを向け続けていると、ヤーグルが歯を噛みしめた。
短剣の持ち方を変え、シレットに振り下ろした。
「ぐわああああ!」
突然、閉ざされていた出口が爆発した。
近くで見張っていた男達が吹っ飛ばされ、倒れていく。
その爆炎に、全員が目を疑った。
「な、何だ?」
ヤーグルは短剣を懐に戻した。
シレットもまた、苦しみながらも爆発した扉を見ている。
足音が固く響いてくる。
炎が少しずつ広がり、その中から現れる人影。
丸く光る正義の瞳。
今、英雄が助けに来た。
如何でしたか?
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