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震え

 校舎の二階にある自習室に人影があった。

 壁に掛かった時計の針は九時七分を示している。

 扉の前にある椅子に腰を下ろしている男はデリックだ。

 椅子の背に腕を掛け、その上に顎を乗せていた。


「お前達なぁ、こんな下らん問題を起こすなよ。面倒くさいだろ。普通に」


 机には男子二人、女子一人が向かい合う様に座っている。

 お互い口も目の合わせず、黙々とペンを動かしている。

 特に女子の方は重々しい雰囲気が漂っていた。


「ちょっと集会に顔を出してくるから、反省文ちゃんと書いておくんだぞ」


 デリックは立ち上がり、扉に手を掛けた。

 それと同時に、三人が返事をする。

 ――はーい。


「トイレ以外で、ここから出ない様にな」


 最後に一言残すと、デリックは静かに退出した。


「朝早くから、こんなもん書かせないでよ……」


 退出してすぐに、テレーゼが口を開いた。


「それより、何でアンタ達がいるのよ」

「それはこっちの台詞だ」


 テレーズに睨まれたブランドンは負けじと睨み返す。


「反省文書けってのはわかる。校則破ったのは私だし。でも何でアンタ達と一緒に書かなきゃなんないのよ? この変態デブチビコンビが」

「そんな言い方はないだろ。皆から嫌われるぞ」

「喋んないで。永遠に黙って」


 テレーズは視線を下ろし、反省文に集中した。

 歯ぎしりするブランドン。

 拳がプルプルと震えている。


「こいつ腹立つなぁ!」

「まあまあ、もうええやんか。これを機に仲良くしようや」

「てか、お前もう全部書いたのかよ……」


 既にアクバルの反省文は文字がギッシリ詰められていた。

 まだ半分も書いていないブランドンは言葉を無くしてしまう。


「そういや自分、何ちゅうんや? 俺はアクバル」


 にこやかに話しながら、アクバルはブランドンに肘を付いた。


「ほら、自分も名乗れや一応」

「ぶ、ブランドンだ! あ、あの時はごめんなさい……」


 最初の勢いから一気に下り坂へ。

 ブランドンは謝ったが、テレーズからの返事は来ない。

 彼女は黙って書き続けている。

 聞こえてはいる筈だが、あからさまに無視をしている様だ。

 そんなテレーズの前に、アクバルは手を出して振った。


「もしもーし?」

「ねえ、『黙って』って言ったでしょ?」


 漸く、テレーズが反応した。

 相変わらず目くじらを立てているが、アクバルは気にも止めなかった。

 手を振るのは止め、友好的に接する。


「ええやんか。名前くらい」

「……テレーズ」

「テレーズか。改めまして、ほなよろしく」

「握手はしない」

「うそーん」


 握手を拒否され、アクバルの口がへの字に曲がった。

 夏へ向けて広がる新緑。

 窓から見える校庭の木々が悠々と揺れていた。

 派手な色の小鳥がベランダの手摺に降り、からかう様に鳴いた。




 それから特に会話が弾む事はなく、三人は静かに過ごしていた。

 既に書き終えたアクバルは、机に伏せて寝ている。

 テレーズが書き終え、ブランドンが最後に筆を下ろす。

 後はデリック先生を待つだけ。

 桃みたいな手先を、テレーズは見つめる。


 飽きたらペンを手に取り、指の上で回した。

 ブランドンはアクバルと同様に寝て過ごす。

 寝不足なのか、二人とも鼾を掻いており、唇も動いていた。

 獣みたいな鼾に対して、テレーズは不快。

 眉間を寄せた。


「デリカシー持ってよ」


 テレーズは壁を見て、首を傾げた。

 そこには時計が掛かっており、青い物質が針を動かしていた。

 この青いのは『オーブ』と呼ばれる動力源だ。

 特殊な技術で加工されたオーブによって、この時計は動いている。

 深い眠りに付いている二人の頭を、テレーズは叩いた。

 はじめに起きたのはブランドンだった。


「ねえ。どういう事?」

「何が?」

「もうすぐ二時限目よ? 何で先生が戻ってこないのよ?」


 ブランドンも時計を見た。

 時刻は九時五十三分。

 もう一時間経とうとしていたのだ。


「そう言えば、そうだな。今日の集会は一時限目まるまる使うとは言ってたが……」

「んにゃ? どないしたん?」


 ブランドンが指を鼻の下に当てている間に、アクバルが目覚めた。

 目を擦りながら二人の顔を伺うと、何故か深刻な表情を浮かべている。

 アクバルはどういう事か、理解出来なかった。


「何なの本当に。もういい。ちょっと出て来る」

「あ、おい、待て。自習室から勝手に出るなって……」


 テレーズは机を叩いた。

 扉を強く開け、瞬く間に部屋から出て行く。

 重すぎる一歩が床を響かせ、廊下へと広がった。

 しかし、廊下を曲がった所で彼女は立ち止まった。

 怒り心頭だった表情も失せていく。


「ああ? 何で生徒がこんなところにいるんだ? 今は集会の筈だろ?」


 見知らぬ、黒服の男達がそこにいた。

 自分より大きいのは確かだが、テレーズにはもっと大きく見えた。

 ――良い人達ではない。


「おい、だから出るな――て」

「こ、こいつら……!? 何でおんのや!?」


 ブランドンとアクバルが、テレーズを戻そうと付いて来た。

 彼らもまた、見知らぬ男達を目にして立ち止まる。


「こいつらは見るからに、お目当てのもんじゃなさそうだな」

「だが丁度良い。お前達一緒に来てもらおうか」


 ゆっくりと迫る男達に対し、三人は合わせる様に後退する。

 アクバルはふと、テレーズを見た。

 腕が震えている。

(こ、怖いんか……?)

 だが、目付きは相変わらず怖い。

 寧ろさっきより鋭くなっていた。


「嫌だって言ったら?」

「ほう。こんな状況でよくそんな口が聞けるな」

「や、やめてよ。弱い奴の台詞じゃない」

「ああ?」


 男は一歩、二歩とテレーズに近づく。

 その影は大きくなり、テレーズの心を揺らしていく。

 そして、手を上げた。


「こいつ……殺されたいらしいな!」


 拳が迫る。

 すぐに激痛が走るだろう。

 でもベソなんか、絶対にかきたくない。

 怖くなどなかった。

 目を瞑り、テレーズは覚悟を決めた。


「相変わらず、ネズミのクソやな」


 ところが、テレーズの頬に来る筈の拳は全く来なかった。

 どういう事だとテレーズは目をゆっくり開くと、アクバルが自分の盾となっていた。

 男の拳を左手で掴んでいる。

 自分が知るアクバルではない。

 熱い正義感が現れている。

 アクバルは右手を開き、獣の様に指を曲げた。


「ゴハア!?」


 ――犬乱掌底。

 男の溝内を吹っ飛ばした。


「て、てめえ! 俺達が誰だか、わかってんのか?」

「わかっとるから、やったんや」

「なぁに?」

「ちょい昔、俺は自分らに世話になってもうてな。ここで死ぬ程、軟な人生送って来たんとちゃう」


 腕を交差し、腰を落としながら右足を伸ばし始めるアクバル。

 五指が獣の爪みたいだ。

 短剣を持った戦闘員が迫るが、一切動じずに構え続けた。


「犬乱掌底!」


 再び掌底が炸裂。

 今度は戦闘員の顔をめり込んだ。

 続け様に振り回された短剣を紙一重で躱すと、再び掌底を炸裂。

 後方へ吹っ飛ばした。


「こ、コイツは、銀狼流闘獣拳!?」


 銀狼流闘獣拳。

 名前の通り、狼を意識した拳法で風の如く流れる一撃は肉が食い千切られる様に痛い。

 更にその一撃が繋がれば狼の群れを思わせる恐ろしい拳と化す。

 決まった一撃に、アクバルは笑みを浮かべた。

 男達は動揺した。


「ええい。やりやがったな!」


 掌底を諸に食らった戦闘員が鼻血を出しながら立ち上がり、ナイフを振るう。

 輝く刃がアクバルを襲うが、割り込んだブランドンが気合を入れた。


「おおうぅ……りやあああああああああああああああああ!!」


 生命力が一気に漲っていく。

 ナイフよりも速く届いた拳は男の顔をめり込んだ。

 男の歯は飛び散り、整った顔は酷く変形した。


「い、一瞬で、このパワー!?」

「こ、こいつも! 猛牛流の使い手だ!」


 猛牛流闘獣拳。

 猛けだけしい拳は、暴れ狂う雄牛の如く。

 ブランドンは頬を上げながら、アクバルの側に立つ。

 そして互いの拳を、上、下、横と重ね合わせた。


「行くでブランドン。弱肉強食コンビの力を――見せたるわぁ!」

「それって、俺が下じゃねーか!!」


 アクバルは腰を低くし、右手を下、左手を上に掌を鋭く見立てる。

 ブランドンは足を力強く踏みつけ、両拳を固く握った。

 そんな二人の雄姿を、テレーズは後ろで見守る。

 睨み合っていた男達の背中は、悪に屈しない覚悟が表れていた。

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