歯車が壊れる
その頃、校門の端に建てられた小屋にて。
門番の警備兵がカップに紅茶を淹れながら、事務作業をしていた。
机には短剣が置かれている。
その側にあった水晶が突然、音を立てながら光りだした。
門番が水晶を突つく。
「はい。どうぞ」
「定期報告。第二校門異常なし」
「了解」
再び突かれた水晶は輝きを失せた。
目を瞑り、紅茶を口に入れて一息付ける。
香ばしさと苦みが絶妙に溶け合い、身体の中へ沁み込んでいく。
「はぁ~」
カップを机に置き目を開けた。
小屋の外から、男が五人こちらを見ている。
五人とも、長袖、長ズボンを着ており、真ん中の男は目立つ様にニコニコしていた。
良い人そうだな。
でも、何か少し違う感じがする。
警備兵は首を傾げながら、声を掛けてみた。
「何の御用でしょうか?」
「荷物を、受け取りにきました」
「ちょっと待っていてください」
真ん中の男は親切に答えた。
警備兵は男を待たせて、書類に目を通してみる。
今日の予定を確認しているのだ。
一枚、二枚と捲っていく。
しかし予定には、荷物の受け取りに関する報告は書かれていない。
再び男の顔を見た。
「あの、どちら様か名乗ってもらっても……うぐぅ!?」
突然、喉が絞められた。
雁字搦めにされた鎖。
それが首に巻かれている。
何とか解こうと手に力を入れたが、緩む気配は一切せず、更に苦しさが増していく。
目の前の男がおぞましく呟いた。
「受け取りに来たぜ。てめぇの命を、な」
鎖は訪問した男と繋がっていた。
掌の中心から不自然に伸びていたのだ。
泡を吹いて苦しむ門番に対して、男は歯を剥き出しながらニンマリと笑う。
――良い気持ちだ。
生きたいという必死な気持ちは、いつ見ても最高だ。
満足した所で、男は鎖から電気を流した。
警備兵は絶叫を上げた末に黒焦げと化す。
そして、そのまま倒れた。
男の名は、ヤーグル・ドウ。
鎖を生み出す力を持つ。
「はあ。スッキリするぜ。麻薬も良いがこっちは格別だな」
「おい。あまり派手にやるな。バレたらどうする?」
もう一人の名はルーク。
少々やり過ぎたヤーグルを注意したが、本人はあまり気にしていないようだ。
「なんだよ。まだ何にもしてねぇのかよ。早くやれよ」
「やかましいな」
ルークは指を鳴らした。
しばらく間が置かれてから、話が再開される。
「よし。学校全体に範囲を広げた」
「たく、何でこんな回りくどい事をしなきゃなんねぇんだ。殺すなら城にいる時が狙い目だろ」
「報告では城の警備は強いし、そこで逃げられてしまったら元も子もないからな」
「バカだろ本当に」
「おい、そう言っておきながら楽しんでいるだろ」
「ヒヒッ。まあな。そんで、あえてこのタイミングを狙ったと」
「そういう事だ」
「腕が鳴ってきたな」
「鎖だけにジャリジャリか?」
「殺すぞ。てめえ」
「まあ、それは良いとして。他のグループも侵入できた様だ」
「よぉし。そんじゃあ派手に暴れてやろうぜ」
小屋に入ったルークは、水晶を手にすると思い切り振り上げた。
「待て、それはまだ壊すな。警備の連中はそれ程多くない筈だ」
「どうするつもりだ?」
「ウォーミングアップさ。てめえらは手を出すな」
ヤーグルはルークを止め、水晶を奪い取った。
指で突いて光らせると、声色を変えて必死そうに呟いた。
「こ、こちら、正門。ふ、不審者が現れた。四人、いや五人いる。至急、応援を頼む」
「了解した。至急そちらに向かう」
何も知らない警備兵四人が剣を手にして一斉に駆け付けた。
だが彼らが見たものは、物静かな正門だった。
備え付けられた花壇に蝶が一匹舞うのみ。
辺りを見渡したが、不穏な気配は一切ない。
「どういう事だ? これは?」
「正門から連絡はあったが、特に何も起きていないぞ」
すると、警備兵の一人が叫んだ。
「見ろ! 門番が一人倒れている。酷い有り様だ」
「一体誰が……」
小屋に駆け込み、仲間の無残な姿に息を呑む。
「俺だ」
いつの間にか、ヤーグルが警備兵の後ろへ回り込んでいた。
生み出した鎖を豪快に振り回す。
警備兵を一気に吹っ飛ばし、不意打ちを成功させた。
一人は転がり落ちてそのまま気絶。
もう一人は花壇へ頭から突っ込んでしまった。
残った二人は流れ出る鮮血を抑えながらも、何とかその足を持ち上げた。
「ほうほう。タフだなあ。まあ、タフじゃなきゃ務まらねぇよな」
「き、貴様、何が目的だ」
「はいはい。そういうのは聞き飽きたから――さっさと死ね」
再び鎖を伸ばし、今度は警備兵の体に巻き付け、強引に引き千切った。
裂かれていく肉体を見て、最後の警備兵は息を呑むも、覚悟を決めて剣を振り下ろした。
ヤーグルに避けられるも、剣を振り続け、何とか一撃を与えようと頑張った。
紙一重でヤーグルの頬が切れる。
――後、もう少しだ。
だが、その思いは虚しく終わり、反撃を許してしまう。
ヤーグルの鎖が剣に巻き付くと、そこから電流が走る
そして、全身を黒焦げにされてしまった。
ヤーグルは頬の赤い雫を舐め、隠れていたルーク達を呼んだ。
「うっし。終わったぜ」
「また派手にやってくれたな」
「いやいや。これはまだ序の口だ。ヤクルトの栓を開けたくらいだぜ。おい」
「これから豪快に飲むのは構わないが、目的を忘れるなよ」
「へいへい。さあ、楽しもうぜ……!!」
飢えた目をした男達は、その力強く進んで行く。
腰にちらつくのは『黒鉄』の塊。
金色を込めて、更に引っ張る。
それは、殺しを認める響きだった。
魂が邪悪と化した人間による宴が始まろうとしていた。
今日は全校集会。
アリーナは生徒達で溢れかえっていた。
立話で盛り上がり、それを教師達が『静かにする様に』と注意をしている。
リールフは静かにしていたが、時たま真横へ視線を向けていた。
隣のミーナが気になる様だ。
未だに不安な顔をしているが、リールフは声を掛けようとは思わなかった。
そして、生徒達の中にシレットとフラウアの姿もあった。
「ねえ、テレーズは?」
「デリック先生に呼び出されてまだ戻ってないみたい」
「え? なんだろう?」
「さあ? 昨日の件じゃない?」
「ダージリン君のお友達の事?」
「色々と目立っていたからね~。そりゃあ呼ばれちゃうよ」
「フラウア、始まるよ」
「あ、やばい」
フラウアはすぐに前を向いた。
いよいよ集会が始まるのだ。
ざわざわしていた生徒達も徐々に静かになっていく。
静まった所で進行役の教師が話し始めた。
「初めに、校長の話」
舞台に立つ校長がお辞儀する。
柔和な笑顔だった。
「皆さん、おはようございます」
生徒達が一斉に返す。
――おはようございます。
「今日も元気で良いですね。一年生が入学してから二ヶ月が経ちました。学校生活に慣れた者もいれば、まだ馴染んでいない子もいると思います」
開いた口からポンポン出てくる退屈。
たまに足を上げて痛みを和らげる生徒。
欠伸をして、目から涙を流す生徒。
教師に至っては立ち寝している者がいた。
校長はとても楽しそうだ。
身振り手振りが暴走している。
「そして皆さんに大切な報告があります。一昨日の夜、『魔獣』が出たとの報告がありました」
退屈だった生徒達の顔色が変わった。
「ま、魔獣?」
「嘘でしょ?」
「つーか、それ早く言えよ」
先程の静けさから再び騒々しくなる。
「リールフ、もしかして……」
「俺らの件だな」
ミーナの不安が増していく。
リールフの顔を見たが、彼は顔色一つ変えていない。
「皆さん静かに。慣れない事態に動揺しますが、くれぐれも慎重に行動すれば大丈夫です。基本的な話ですがまず……」
その時、アリーナにいる全ての人間が固まった。
あまりの出来事に、手で口を抑えている者もいる。
校長自身も何が起こったのかが理解出来ずにいたが、体に違和感があった。
視線をゆっくり下ろすと、太い鎖が一本伸びている。
――自分の血だ。
誰が、こんな事を。
考える暇もなく、二本目、三本目と体から鎖が飛び出した。
飛び散った血が、先頭の女子生徒に付着。
頬に触れた手を確認すると、鮮血が乾いて黒染んでいた。
絶叫。
「みなさぁん、お・は・よ・う・ご・ざ・い・ま・す」
校長だった死体が放り投げられる。
舞台に立ったヤーグルが挨拶をするが、生徒達は騒然となり、一気に逃げだした。
しかし、その行く手をヤーグルの仲間が阻む。
逃げ出す生徒と教師に威嚇を込めて発砲。
「騒ぐなクソガキども!」
突然の爆音に生徒達は一斉にしゃがみ込んだ。
泣き叫ぶフラウアに、シレットは固く抱きしめる。
リールフはミーナの腕を握り、離れない様にした。
「あれは……?」
リールフは男達の衣服を見て、ある事に気付いた。
文字が刻まれている。
いや、エンブレムだろうか。
瞬きを一切せず、読み取ってみる。
赤黒く塗られたそれは、人の顔みたいだ。
青ざめるリールフ。
額からは汗も流れていた。
エム、エー、ディー。
奴らは『MAD』。
その意味は、狂気。
いよいよ運命が動き出します。
絶対、見逃さないでください!!