表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/70

雷親父

 星々が照らす夜。

 王都の住宅街にある広い庭。

 乱雑とまでは行かないが、花壇に生えた草は適当な長さで生えており、手入れされた花が二、三本咲いている。

 その庭に繋がる大きな一軒家の中に二人はいた。

 二着のブレザーが食卓用の椅子に掛けられており、その下には鞄が一つ。

 リビングを繋げるキッチンの流し台には、多分夕食で使ったであろう食器を、ミーナがシャツの袖を捲って、丁寧に洗っていた。

 前腕の肌は乳白色に輝き、食器が重なり合う音と共に、蛇口から流れ出る水が肉の脂やソースを落としていく。


「別に洗わなくていい」

「とか何とか言って、朝まで放置するくせに」

「うっせえ」


 皺の入った革張りのソファーに、リールフは腰を下ろし、活字で埋まった書籍を読んでいる。

 表紙には『精霊の源と心の動作』と、その下に『モハメッド・ソルテクス』という名前が小さく刻まれていたが、白い亀裂が文字の上を走り、端も滲んで折り曲がっていた。

 右から左、瞳を動かしてページを捲る。

 ソファーの前に置かれている足が低いテーブルには、雑に置かれた新聞やチラシ、リールフが持ってきたであろう書籍が数冊置かれていた。

 瞳を閉ざして本を畳み、次の本を選んだ。

 しかし、今度はよく読まずにページを次々と捲る。

 絵の入ったページだけ、少々眺めながら。

 少し経った後、食器を洗い終えたミーナが、手に付いた水をパッパッと払いながらリールフの隣に座った。

 リールフは流れる様に横になり、ミーナの膝を枕にするが、ミーナは特に気にせず、テーブルに置かれた書籍を適当に取り、パラパラと捲った。


「何これ? すっごく難しいんだけど」

「お前じゃあ、一生わかんねえものだよ」

「せいれい?」


 首を傾げながらページを捲るも、やがてミーナは書籍を閉ざし、机の上へ戻すと、今度はチラシを手に取り、載られているレストランの料理に目を輝かせた。

 ミーナに気にせず淡々と読書をしていたリールフだが、ふと上を見上げた先に布に包まれた二つの丘が目に入った。

 ミーナの呼吸に合わせて丘も上下に膨らんでいく。

 本を自分の腹の上に置き、ミーナの服を引っ張り、ぶかぁっとしていたカーディガンをピンと張らせた事で確実な大きさがわかった。


「ねえ、何してんの?」

「え? ああ」

「ああって……見過ぎでしょ」


 胸を見続けるリールフに、ミーナは眉間を寄せるも頬が薄く染まっていた。


「世界で一番不思議な物体だと思うんだが……どう思う?」

「どう思うって……」

「クッションやミルクプリンと違ってさ……これは真に『柔らかい』って事を体現してる。服の上からじゃ布って感じしかしないが、弾力じゃなくて『温もり』がそれを表していると思う」

「わかんない。てか、おっぱいで哲学語んないで」

「別に語ってるつもりはない」

「……そんなに好き?」

「そうやって()()()()()()()()認めろ」


 まじまじと膨らんだ胸を見ていたが、突如視界が真っ黒になった。


「もうダメ」


 小鼻を膨らませたミーナが、リールフの両目を隠していた。

 見られているだけとはいえ、徐々に恥じらう気持ちが浮き出て来たのであろう。

 リールフは覆う手を退かそうとはせず、そのままの状態で喋り始める。


「……学校じゃあ埋めてくれたのに」

「私は良いよって言ってない」

「――わかったよ」


 覆われた目に光が入り込むと、リールフは起き上がり、読んでいた本を閉ざした。


「あ、もうこんな時間」


 壁に掛けられた時計の針は八時二十分辺りを差していた。

 それを見たミーナは、急いで椅子に掛けてあったブレザーに手を通し、置いてあった鞄を持ち上げた。


「私、そろそろ帰るね」

「送ってやるよ」

「いいの?」

「一人で夜道歩くのは危険だしな。まあお前に関しちゃあそんな心配ねえか」

「むう」


 ブレザーを着ながら小馬鹿にするリールフに、ミーナが頬を膨らます。

 すると、玄関のドアが開く音が響き、視線をそちらに向けると何者かがこちらにやって来た。


「おや。二人でまたイチャイチャしてたな?」

「してねぇよ」


 リールフと同じ金髪をした背丈の大きい男だった。

 青い瞳、鼻の位置、顔の形、全てがリールフと似たこの男の名ははルーファス・ダルマイヤー。

 無愛想なリールフに比べ、口元は柔らかく、鼻の下と顎には程よく生えた金色の髭があり、良い男と言った感じだ。


「こんばんは。ミーナちゃん」

「こ、こんばんは。ルーファスさん」

「今日も可愛く決まってるね」

「あ、いや、そんな」

「いつもありがとう。リールフの飯を作ってくれて。こいつ同じもんしか食べないから偏食家になっちまうよ」


 ルーファスに話しかけられたミーナは頬を少し染めながら会話に応じる。

 感謝の言葉に思わず俯くミーナに、反応を楽しむ様にルーファスが笑う。

 それを見たリールフは歯がゆくなり、ミーナを庇う様に割り込み、ルーファスの前に立った。


「もういいだろ。仕事はどうしたんだよ?」

「もう済ませて来た。どこへ行くんだ?」

「ミーナ送って来る」


 ふーん、と目を細めて口元を歪めるルーファス。

 それを見たリールフは、眉間を寄せて苦い顔を浮かべた。


「なんだよ」

「いや別に。気を付けろよ」

「ああ」


 息子の肩をポンと置きながらルーファスは横を通る

 ミーナに別れの挨拶をし、彼女から一礼されると、二人が外へ出るのを見届けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ