視線
校内にチャイムが鳴り引き、昇降口は鞄を持った生徒達で賑わい、それぞれがこの後の予定を語り合いながら靴を履き替えている。
帰宅しようと、リールフも鞄を手に廊下を歩き、その後をミーナが付いて来る。
昇降口に向かう途中、男女二人が書類をばら撒きながら倒れているのに気付き、リールフは足を止めた。
ミーナもリールフの隣で立ち止まる。
「どうしたの? あ、ダージリン君だ」
倒れている男子はカメリア王国の王子であるダージリンだった。
リールフは助けに行かず、少し遠い所でダージリンが女子と何か会話をしている様子を凍える様な瞳で傍観した。
「気になる? 女の子といるの? 気になるなら声かければいいじゃん」
「煩い」
顔を覗き込みながらミーナが声を掛ける事を促すも、リールフは一蹴。
やがて、ダージリンが書類をかき集め、女子に頭を下げると、逃げる様にリールフの横を通り過ぎた。
駆けていく後ろ姿にミーナは振り向くも、リールフは首一つも動かさず、ただ前を向いていた。
「……行くぞ」
「え、あ、うん」
再び先へ進むリールフに少し慌てたミーナが付いて行き、すし詰め状態で賑わう昇降口の下駄箱に上履きをしまい、靴へと履き替えた。
「ねえ、今日はどうする? どっか寄るの?」
「ああ」
「どこ行くの?」
「……花屋」
「花屋?」
昇降口を降り、二人は会話を交えながら校門を潜り、坂道を降りた。
歩いて行くと、学校帰りであろう子供達が鞄を背負って走り回り、ぶつかりそうになると、その都度リールフは眉間を寄せた。
ステュアートの商店街は、今日も人で賑わっていた。
買い物かごを手に野菜を選ぶ主婦や、大きな剣を背負い旅に必要な治療薬を買う戦士に、珍妙な格好をした道化師が手品を披露し、観客を湧き立てる。
更に、紺青に赤い縁取りがされた鎧を纏う騎士が、二人組になって巡回していた。
「すみません。この花をください」
「はい。ありがとうございます。五本で660マナトね」
リールフとミーナは商店街の一角にある『ペコのフラワーガーデン』と書かれた店の中にいた。
紅茶の様な屋根に、店内は色取り豊かな香りが立っており、老夫婦と息子と思われる男が花の手入れをし、男の妻がお客さんの相手をしている。
リールフは言われた金額を財布から取り出し、赤いカーネーションを購入した。
「行くぞ。それとも何か買うのか?」
「うーん。いいや」
紙に包まれたカーネーションを手に、適当に店内を物色していたミーナを連れ、商店街を後にした。
二人が向かった先は街から少し離れた所にある気配ひとつもない墓地だった。
墓地にある四角い石は、輝きを照らし、人の名前が刻まれており、それが何列も並んでいた。
そこにある墓石の前に、リールフとミーナは腰を軽く下ろした。
「偉いね。お母さんのお墓参り行くなんて」
「もうすぐ夏だろ。 雑草が生えてねえかついでに見に来ただけだ」
「私も、パパのお墓参りしなきゃな~ でもここからじゃあ遠いし」
鞄を置き、カーネーションを墓石の端にある花立てに一本ずつ差す。
カーネーションの赤で、少し派手になった墓石には『レベッカ・ダルマイヤー』と『フェイズ534』から『フェイズ569』という年数が刻まれていた。
リールフは手を合わせて目を瞑り、ミーナも同じ動作を取る。
数分の中、二人は風を、静けさを、死した者達の遺志をこの身に感じた。
二人は立ち上がり、墓石を見下ろした。
「お母さん、きっと喜んでると思う」
「死んだ人間の気持ちなんか、わからねえよ」
「そうかな?」
「そうだよ。人の気持ちがわかんねえから、不都合な問題が起きる」
「でも『ありがとう』って言葉は伝わる。言葉って、その気持ちを教える為にあるんだよ」
胸に手を当てて目を瞑り、言葉の尊さを説くミーナ。
しかし、リールフは納得する様子はなく、俯いたまま眉間を寄せた。
今、頭に浮かんできたものは『幼い自分と同い年であろう少年、そして輝く笑顔で二人を撫でる母親』の姿だった。
だが、壊れる様に『真っ白なベッドの上で、顔に布を掛けて眠る母親と、どこかの廊下にある長椅子の上で姉らしき少女に泣きつく少年』の姿も思い浮かび、続けて『今日、自分の横を通り過ぎた者』の姿が頭を過り、リールフを静かに震わせた。
「リールフ?」
「……行くぞ」
鞄の持ち手を掴み、乱暴に持ち上げたリールフは墓石を離れた。
ミーナは、その後ろ姿を暫く見続けた後、鞄を持ち、墓石へ軽く頭を下げてから、リールフの後を追った。
日は傾きはじめ、王都ステュアートは影を広げながら陽光を浴びた。