模擬戦
校舎に併設されている白い外壁のアリーナに赤と白い縁取りがされたシャツと藍色のハーフパンツに着替えた生徒達が集まっていた。
その中にシレットの姿も見えており、アリーナの中心にある舞台の上で、右腕を左腕に交差していた。
フラウアとテレーズも着替えた格好で、アリーナの端に他の生徒と共に座っていた。
シレットの向かいには同学年の少女、スーザン・パートリッジがいた。
短すぎる赤髪に引き締まったお腹と胸、ギラつく様に光る目は獲物を狩る肉食動物の様だ。
そして、舞台の真ん中あたりに設置されている台の上には、茶色の短髪に紺色のシャツとズボンを着た身長180センチメートルくらいの担当教師デリックが立っていた。
「実戦訓練をはじめる。双方準備は出来たか?」
「出来ました」
シレットは言葉で準備を終えた事を伝え、スーザンもわかる様に大きく頷いた。
双方の準備を確認した所で、デリックは右手をあげた。
「では、はじめ!」
合図と同時にスーザンは掌を重ね合わせて火の幻想術を発動。
眩い炎が球となって襲い掛かる。シレットは横へ避けるが、スーザンは次々と火球を作り出し、隙を与えなかった。
激しい攻防に緊張が走る中、シレットは顔色一つも変えなかった。
炎を避けながら右手を開き、生命力を集中。周りの空気を旋回させながら掌の中心に集めていき、身の丈くらいに大きい円盤を作った。
円盤は止まる事なく回転をし続け、その都度斬る様な音を発している。
「はあ!」
掛け声と共に右手を振り上げながらスーザンに投げつけた。
空気の円盤は上から下へ足元を滑りながら火球の下を潜りスーザンへ激突。彼女の服を切りつけると同時に出血も起こした。
「ぐはあ!」
思わず悲鳴を上げるスーザンだが傷口は深くない。精々切り傷程度だ。
「流石シレット!」
「相変わらず『風』に関しちゃ、凄いわね」
シレットの活躍に心躍るフラウアと眠たそうに呟くテレーズ。
自然幻想術の一つである『風の幻想術』だ。
火の幻想術と同じ要領で生命力から風や空気を生み出し操るものだが、シレットの様に攻撃に転換させるには高い技術力が必要となる。
「ま、まだまだ……!!」
お腹を切られたスーザンだが、険しい顔をシレットへ向けながら再び火球を作り出し、またも連続で放った。
シレットは横へ身を躱し、前転を繰り返しながら避け続け、その間に風の円盤『風輪斬』を作りあげた。
「はあ!」
一声と共に風輪斬を投げつけるが、突如出現した分厚い壁に封じられてしまう。
真剣な眼差しだったシレットも少しだけ目を丸くしながら凝視。盾の向こう側からニヤリと笑うスーザン。掌からゴツゴツとした黄土色の物体が生み出されていた。
自然幻想術の一つである『土の幻想術』だ。
土を生み出し操作する幻想術で、物理による攻防では最も効果がある。
「おうりゃああぁぁ!!」
スーザンは、土の盾を今度は球体へと変形させ、転がす様に投げつけた。
向かって来る土塊にシレットは、両手を前に出し旋風を起こして防ぐが拡散した石ころはシレットの身体を吹っ飛ばした。
「ぐう!?」
床に大の字に転がるシレット。急いで立ち上がろうとした時、両手が突然重くなった。
確認するとスーザンの生み出した土が両手を封じていたのだ。
床に拘束されたシレットは腕に力を入れるもビクともせず、辛うじて足がバタバタ出来る程度だった。
「終わりだ!」
右手に火球を持ちながら宙を舞うスーザン。
(どうしよう? 蹴るにも届かない距離にいる……)
焦るシレットを見てスーザンは口角を浮かばせた。
観戦するフラウアとテレーズの額に冷や汗が流れ出し、その場にいる者達全員がスーザンの勝利を確信。スーザンの右手が降り下ろされた。
「な、何!?」
驚愕するスーザン。シレットの右手を固定する土が突然吹き出したのだ。
吹き出された土が風と共にスーザンの目に入り込み、彼女を悶絶させる。
一方、右手が軽くなったシレットは左手を封じる土を風で吹き飛ばし、拘束を解いた。
目元を擦るスーザンにシレットは隙ありと見て、風輪斬を作り出し接近。
「はあああああああ!!」
スーザンが気付いた時、掛け声と共に風輪斬を押し当てるシレットが目の前にいた。
旋回する風の輪が強風となり、スーザンを場外へ押し出した。
「そこまで!」
デリック先生の声と共に試合は終了。
シレットは勝利の微笑みを浮かべながら不貞腐れるスーザンに手を伸ばした。
「相変わらず強かったね。スーザン」
「ふん」
刺し伸ばされた手をスーザンは渋々握り返した。
授業の後、シレットはフラウアとテレーズと教室で会話をしていた。
フラウアはシレットに寝そべりながら顔を覗いており、シレットも腕をフラウアのお腹の前に交差させ、彼女を膝の上に乗せていた。
一方、テレーズはシレットの向かいにある席で肘をついて眠たそうな顔を浮かべていた。
「いや~! シレット凄かったね~」
「そんな事ないよ」
「あのクールな眼差し。今でも思い出しそうだよ」
「え~?」
じゃれ合う二人を見て、テレーズは欠伸をしながら口を開いた。
「流石、お偉いさんの娘さん。憧れちゃうわ」
「いやいや、テレーズだって似た様なものでしょ」
「あたしんちは大した事ないわよ」
手を横に振って否定するシレット。
「いいなー二人とも。うちのパパは花屋さんだから羨ましい」
目を瞑りながら体を振るフラウアに、シレットとテレーズは気の毒そうに顔を曇らせた。
「あれ? 何か悪い事言った?」
「ううん。何でもないよ」
急に黙り込む二人にフラウアはキョトンとした。
シレットはいつもの笑顔に戻り応えるが、テレーズは最後まで浮かない表情をしていた。