お話しましょう2
またも、しばらく開いてしまいました。
すみません。
「あの………。あの、信じてもらえないかもしれないけど、………夢を見たんです」
そうして、迷う顔をしながらも四季原さんは、ゆっくりと語り出しました。
転入するためにこの学校に来て校門をくぐった時に、白昼夢のように「これから自分に起こる出来事」が脳裏に浮かんで来たこと。
それと同時に、1人の女性の人生が押し寄せて来たこと。
あまりの情報網に目を回し熱を出して寝込んでしまって、その間に、いろいろ・・・・と自分という存在が変わってしまったこと。
「つまり、君の中にもう1人の誰かの記憶が入り込んで来た挙句、元の人格を飲み込んで統合してしまった、と」
途切れ途切れ、時に脇道にそれ迷走する四季原さんの話を辛抱強く聴き終わった兄は、しばらく考えるように黙り込んだ後、ポツリとつぶやきました。
「そうです。四季原芽衣子としての17年の記憶はもちろんちゃんとあるんですけど、それだけじゃないっていうか……」
「………ご両親が再婚して急激に変化した環境のストレスによる多重人格、とか?」
兄の言葉に、四季原さんが悲しそうな顔で肩を落とし俯きました。
「たぶん、両親に話しても、そう言われると思います。だから、誰にもいえなかった」
その声はとても辛そうで、聞いている私ですら胸が痛くなるほどでした。
「……それでも、良かったんです。幸い「四季原芽衣子」として生きて来た記憶もしっかりとあったし、取り繕うことは可能でしたから。ただ、思い出した記憶の中に、どうしても無視できないものがあって………」
俯いたままつぶやく姿はとても小さく見えました。
どうすればいいのか、迷う私の目の前で、「ビクビクちゃん」と思っていた彼女は、バット顔をあげました。
「私の記憶の中では、とても辛い記憶と経験で苦しんでる男の子たちがいたんです。その記憶の中で、私は彼らのトラウマを助けることができる唯一の存在でした。そう知っているのに、何もしないなんて、卑怯だって思ったんです。もし、本当に辛い思いをしているなら、少しでも助けたいって……」
その瞳はとても強い決意に輝いていました。
そうして、思い出したのです。
風の音にも怯えるウサギの「ビクビクちゃん」。でも彼女は、お友達のためなら泣きながらでも決して諦めず頑張れる子だったのだということ。
「………それが、僕や結愛、輝龍達に突然声をかけた理由?」
私達だけじゃなく、輝龍さんにもやったんですか?
あなたは幸せですか?って?
突然のことに凍りつく輝龍さんが見えるようですね………。
「どうも、見てるだけじゃ確証が持てなくて。もう、本人確認するのが確実かなぁって」
テヘッて、笑って誤魔化そうとしてますが、誤魔化されませんよ?
あれ、完全に怪しい宗教団体の人でしたからね?
「………物陰からものいいたげなかおで見つめて、対象者が不審に思って近づいたら逃げる。周りの人に話を聞こうとしたんだろうけど、それにも、スグにビクついて逃げる。挙げ句の果てに突然の突撃。
四季原さん、珍しい途中編入にタダでさえ注目されてたのに、それだからね。
今、かなり注目あびてるよ?」
兄の言葉に【ガーン!】って効果音が見えそうな顔で固まってますけど、それだけしてたら当然の結果のような。
むしろ、良く怖いお姉さん達が発生しませんでしたね?
「………そんな。見てたのに気づかれてたなんて………。みんな、なんて目敏いの……」
なんか打ちひしがれてますよ?
ショック受けるの、そこなんですね。
「………むしろ、あの行動で隠れているつもりだったことに驚きだよ」
兄も若干引いてますね。
兄の様子に、四季原さんの行動が透けて見えるようです。
「まぁ、その隠れてるようで隠れてない行動のおかげで「害はなさそう」って判断されたから、結果的には良かったんだけど」
あぁ、そういうわけで、怖いお姉さん達が出現しなかったんですね………。
なんだか、むしろ愛玩動物化してそうな気もします。
兄の様子を見る限り、当たらずとも遠からず、でしょうね。
…………それにしても。
私は、まじまじと四季原さんを見つめました。
庇護欲をそそる見た目にスグに何かに驚いて逃げようとする行動。
人と喋るのが苦手ですぐ口ごもるのに、困っている人がいれば、手を差し伸べようとする善良性。
臆病なくせに、怯えながらも誰かの為に頑張る姿に、前世の大切な友人の姿がダブって見えてしょうがありません。
思えば、「面白いから!」と例のゲームのデーターを押し付けたのも、彼女でした。
まぁ、忙しさに追われて見る暇もなかったんですけど、ね。
だけど、そんな私にとって都合のいいこと、あるんでしょうか?
幼馴染に加えて、大切な友人まで………なんて。
だけど、前例がある以上、期待してしまいます。
突然に断ち切られた大切な人達との道が再び重なる可能性。
私は、机の下で手をギュッと握りしめました。
勇気を出して『夢』のことを話してくれた四季原さん。
彼女の行動に酬いるには、後でコッソリ接触するんじゃダメな気がします。
いつだって怖くて震えながらも、それでも「誰か」の為に頑張っていた「彼女」の前に、堂々と立ちたいなら………。
チラリと横目で兄を伺いました。
『倉敷結愛』になって、ずっと側にいてくれた大切な人。
多分、今1番失くしたくない人で………。
でも、欲張りな私は、もっともっとと手を伸ばしたくてしょうがないのです。
「………お兄ちゃん、ごめんなさい。私、ずっと隠してたことがあるんです」
「………結愛?」
唐突な私の言葉に、兄が怪訝な顔をして振り向きました。
真っ直ぐに自分を見つめる瞳に、今から自分のすることを思えば少し怯んでしまいそうになります。
この瞳に拒絶の色が浮かんだら、きっと私は正気ではいられない気がするんです。
だけど………。
「私も、同じです」
大きく、息を吸い込んで声に変えて。
だけど、顔の向きを兄から四季原さんへと向けたのは、やっぱり強くなりきれない臆病な私の現れで。
向き合った四季原さんが、キョトンと首を傾げました。
強張りそうな顔に無理やり笑顔を浮かべて、視界の隅でジッとこっちを見つめる兄を、無理に意識から追い出します。
ごめんなさい。
先ずは、こっちが先です。
「あなた、エリーだよね?広野恵梨香」
四季原さんの目が大きく見開かれました。
読んでくださり、ありがとうございました。
ついに結愛ちゃん、お兄ちゃんの前でカミングアウト、です。