私の最後の日
ちと暗いです。
それは、いつもと変わらない1日でした。
同じ時間に起きて会社に行って。
お昼休みに、明日の約束の確認メールが来たので「問題なし」と返信。
退社時間直前にトラブル発生で急遽残業になったけど、まぁ、それだって珍しい事じゃありません。
せいぜい、約束のある日じゃなくて良かったなぁ、って安心したくらいです。
そうして、定時から遅れる事3時間。
作業しながらちょこちょこお菓子をつまんでたせいでお腹は空いてないし、とコンビニでつまみとビールをゲットして。
やりかけのゲームを思い出しながら、鼻歌交じりに街灯もまばらな家路を辿っていた、その時、でした。
ビルの間の細い路地から、男女の切羽詰まった争う様な声。
思わず足を止めてしまったのは、何を考えてのことではありませんでした。
今なら言える。走って逃げろ!と。
だけど、予知能力なんてない私に分かるはずもなく。
「助けて!!」
「は?!」
そうして、先の見えない暗がりの中から、若い女の子が泣き顔で飛び出して来て、私の背後に隠れたのです。乱れた髪と叩かれたのか真っ赤な頬がやけに印象に残りました。
そして、それを追いかける様に、同じくらいの女の子がもう一人。
こちらもボロボロ。
元は可愛い格好だったんでしょうけど、今は見る影もありませんでした。
「逃げんじゃないわよ!人の男に手を出しやがって!殺してやる!!」
威嚇する様に掲げられた手にはキラリと目にも眩しい光る物。そして、イッちゃった眼。
(あ、これはヤバいヤツだ)
私の周りを女の子達が罵詈雑言を叫びながらグルグルと走り回ってます。
逃げたいんですが、その勢いに逃げる隙がありません。
ふと、路地の暗がりから、男の子が顔を出しこっちを見ているのに気づきました。
もしかしなくても、原因ですよね?
なに、退屈そうな顔でこっちみてるんですか?!
どうにかしてください!!
動けぬままジッと見つめていると、目があって、嫌そうな顔をした挙句ムリムリと手を横に振られましたよ?!
いえ!こっちの方がムリですから!
私、無関係。完全に巻き込まれですからね?!
「…………なに見つめあってんのよ?」
ふと気づくと、走り回ってた女の子たちが足を止めて、こっちを見ていました。
「…………もしかして、あんたもなの?」
「へ?」
突然のロックオンに思考停止です。
私が?なに?
「あんたも浮気相手なんでショォォ?!?」
突如、振りかぶられる銀色の光。
あまりの急展開に固まったまま動いてくれない身体。
そして首の辺りから胸にかけて走る衝撃。
噴き出す赤い色と斜めになっていく風景。
自分の体が倒れていくのをどこか他人事の様に感じていました。
破裂した様に響く悲鳴。
逃げていく女の子と、血まみれの刃を振り上げ追いかけるもう一人と。
流石に引き攣った顔でこっちを凝視していた男の子まで踵を返して逃げていくのをボンヤリと見送ります。
おいコラ、せめて救急車呼んでくれよ。
まぁ、この感じじゃ間に合わないでしょうけど。
自分で呼ぼうにも、なんだか身体が動いてくれません。身じろぎするのがやっとですね。
それでも、転げ落ちたバックに精一杯指先を伸ばしたのは、「生きたい」という本能だったのでしょう。
指先が何かに触れました。
落とした拍子にバックの中身が散乱したみたいだから、そのうちの1つ、でしょう。
傷口がドクンドクンと脈打っているのがわかります。それと比例する様に体がどんどん寒くなってきました。
ヒューヒューと喉を鳴らして微かな呼吸音が耳にやけに響きます。コレが聞こえなくなった時が最後、ですかね?
痛くないのが不幸中の幸いってやつでしょうか?
まぁ、人様の痴情のもつれに巻き込まれてる時点で不幸ここに極めり、って感じもしますが。
(同じ痴情の縺れでも、何かあるなら絶対原因敦史だと思ってたんですけどね)
ボンヤリと思いながら、霞んできた目を閉じました。
最近は大人しくなってだけど、女性関係トラブルにしょっちゅう巻き込まれてましたしね。
あぁ、でも、刃傷沙汰は無かっただけうまくやってたんでしょうかね?
というか、トラブルから離れてたから、危機回避能力が鈍ってしまってたに違いありません。
と、いうか、私は今際の際になに、考えてるんでしょう………。
さっきまでうるさいくらいに感じていた呼吸ももう聞こえなくなってきました。
あぁ、パソコンの中のやばいデーター見つかりませんように……。
せめて親に見られる前に。
生前の協定が守られる事を信じてますよ、敦史?
家族やそれほど多くない友人達の顔が浮かんでは消えていきます。
泣かせてしまうでしょうか。………一部は怒り狂ってそうですね。
ごめんなさいも、ありがとうも伝えられないのが悔やまれます。
『もしもし?…………さぁ〜や?お〜い?………またロックかけずにバック放り込んだのか?』
その時、ほとんど聞こえなくなっていたはずの耳に、馴染んだ声が飛び込んできました。
伸ばした指先が触れたのは携帯で、なんのイタズラか繋がったのは………。
頬を血液とは違う何かがすっと流れていきました。
もう、まぶたを開ける力は残されてなくて、でも、込み上げてくる何かに私は唇を開きました。
「…………あ………っし………」
自分のものとも思えない程、掠れた小さな声。
もう、言葉を紡ぐほどの力も時間も残されてないから。
ありがとうとごめんをめいいっぱい込めて。
どうか、伝えて。どうか、みんなに………。
『さぁや?おい?どうした?………沙絢?!』
物心つく頃から何度もなんども繰り返された名前。
下手したら、親からよりもたくさん呼ばれてたんじゃないかと思える程、その声は私の名前を呼んでいて。
(あぁ、良かった。一人ぼっちじゃなくて)
繰り返される声に安心して、私は最後の息を吐きました。
たった一人の幼馴染の名前を乗せて。
それが、「牧瀬沙絢」であった最後の記憶。
読んでくださり、ありがとうございました。
書き出したら思いの外長くなり、開き直って一話分切り出しました。
人間って五感で最後に残るの聴覚らしいですね。
こじつけご都合でしたが、どうしても、「孤独」に死なせたくなくってこんな形になりました。
偶然リダイヤルにでも指があたったと思って下さいm(__)m