おでかけしましょ③
「乱入したお詫びにお昼おごるよ」
にこにこ笑顔のアドルフォさんの言葉に「店の中にいた方が合流しやすいだろ」と兄が了承。
急遽、この店でお昼食べることになりました。
私は良いんですが、アドルフォさんは良いのかな?
良いところのお坊ちゃんみたいだし、ここはチェーンではないものの私達くらいの年代でも気軽に入れるような値段設定のお店なんだけど。
舌の肥えた人には辛いんじゃないのかな?
っていう気持ちを込めて隣に座る兄の袖をそっと引いたら、笑顔で頭を撫でられました。
なぜ?
「アドはなんでも食べるから大丈夫だ。向こうでも、自由時間に下町の屋台を連れまわされたから」
「おいしいものに貴賎はないんだよ?リオ!」
兄の言葉にアドルフォさんが大げさに両手を広げて主張してます。
まぁ、その意見には全面的に賛成ですが、リアクション大きいですねぇ。
さすが、あちらの人。
了承も取れたので、遠慮なくランチプレートをたのみます。
ここのプレートは色んなものを少しずつ綺麗に盛り付けてあるので楽しいんですよね。
大人版お子様ランチみたいで。
「美味しそうに食べるね〜」
器用に箸を使いながらカツレツのセットを食べるアドルフォさんがコッチを嬉しそうに見ています。
「アドルフォさんも、お箸上手ですね」
褒められた(?)ので、褒め返してみました。
途端にアドルフォさんが、自慢気に胸を張りました。
「日本に行くことが決まってから、猛特訓したからね。やっぱり、その土地の文化や言葉は大切だろ?」
意外と言っては失礼ですが、きちんとした答えに少しビックリしました。
でも、この国の人間としては、その意見は日本が認めてもらえたみたいで嬉しいですね。
「確かに、言葉が前より格段に上手くなってるよな。努力したんだ?」
兄も少し感心したような顔になってます。
兄はよそから見たら何でもこなすスーパーマンに見られますが、実は努力家ですもんね。
同じように、努力する人が大好きなのです。
「もちろん!女の子口説くのにも言葉が分かるのと分からないのじゃ雲泥の差だからな!」
「……………ふーん」
あ、上がりかかってた兄の好感度がプシューと目に見えて下がりました。
目線が再び絶対零度になってます。
しかし、これは国民性と言って良いんでしょうか?
チャラいです。すごいです。『女の子見たら口説くのが礼儀』なんて、よく聞きますが、あながち間違ってはいないのではないでしょうか?
いえ、他にイタリア人に知り合いなんていないので分かりませんが。
「……………ゆあ、イタリアの人みんながアドみたいな訳じゃないから」
なんて考えてたら、頭が痛そうな顔をした兄から突っ込まれました。そんなに分かりやすい顔してたでしょうか?
「えぇ〜、俺みたいってなんだよ?」
「一緒にされたらレミジオが怒り狂うって話だよ」
「あはは〜〜。それは確かに。あいつ真面目だからな」
ケラケラ笑うアドルフォさんに、ふと、懐かしい面影が重なりました。
女の子が好きで、調子が良くて。
顔もスタイルも良かったから、いつも女の子に囲まれてました。
基本頭は良かったけど地理だけは苦手で、男のくせに地図が読めないもんだからよく迷子になって………。
まぁ、迷子になった先で女の子ナンパして案内してもらってたから困ってなかったっぽいですけど。
辛うじて二股だけはしなかったけれど(一回やろうとした時、鉄拳制裁したのでそれで懲りた模様)、フリーの時には、女の子と見れば挨拶のように口説き文句をばらまいてました。
かと言って、男友達がいないわけでもなくて、「人たらし」だとよく思ってたものです。
(あぁ、そういう意味では国民性関係ないですね。あの人、生粋の日本人でしたから)
それは、前世での幼馴染。
家が隣で物心つく頃には隣にいた為、彼も私を「女の子」ってカテゴリーから外してたようで、口説き文句を貰ったことはありません。
ただ、幼馴染だったから一緒に行動することも多くて、そのせいで他の子に嫉妬されて、大変な目にあってたんですよね〜。
おかげで、スルースキルと気配薄くする技術だけはやたら磨かれたのも、今となってはいい思い出……。
「……………あ?結愛?!」
少しずつ強めの声と共に肩を揺らされて、ハッと我にかえれば、心配そうに覗き込んでいる兄の顔。
………近いです。
どうも、不意に蘇った記憶に気を取られてぼうっとしてたみたいです。
「すみません。少し、考え事してました」
さらに、兄の肩越しに同じく心配顔のアドルフォさんを見つけてしまえば、申し訳なさが募ります。
慌ててヘラリと笑いながら謝罪しました。
「具合でも悪いなら………」
「や、です。本当にぼうっとしてただけだよ?大丈夫。お母さんのプレゼント探さなきゃ!」
心配そうな兄に慌てて首を横に振って主張します。
母の誕生日もうすぐなのに、今日を逃すと兄と予定が合わないから一緒に探せないんです。
フルフルと首を横に振る私の顔をじっと見ていた兄が、少し困ったように笑いました。
「分かったから。そんなに頭振るとクラクラしちゃうよ?」
ポンポンと軽く頭に手をおかれ、ホッと肩の力が抜けます。
こんなことでお出かけ中止とか悲しすぎますからね。
「で、訳で早く帰れよ?」
「え〜〜、俺も混ぜてよ〜〜」
すかさずアドルフォさんに視線を投げる兄に、一瞬ホッとした表情を見せた後、アドルフォさんが唇を尖らせて抗議しています。
「だから……………いいけど?」
何かいいかけた後、兄が言葉を翻しました。
「「え?」」
突然の譲歩に驚いて思わずあげた声がアドルフォさんと被りました。
けど、兄の表情を見て、私はそっと目をそらしました。あれは、悪いことを考えてる顔です。間違いありません。
嬉しそうなアドルフォさんに、兄がニッコリと笑顔を浮かべました。
その表情に、さすがに何か感じる事があったのか、アドルフォさんの表情が変わります。
その時、スッとアドルフォさんの背後に人影が立ちました。
「彼の許可がでたら、ね」
ポンっと肩に手をおかれたアドルフォさんが、ピキリと表情を強張らせました。
ギギギっと音が出そうなほどぎこちない動きで、アドルフォさんが背後を振り返り、「ヒッ」と小さく息を呑みました。
そこには、真っ直ぐな黒髪を長く伸ばして1つにまとめた背の高い青年が立っていました。
切れ長な瞳も真っ黒で、なんの表情もそこには無いのに、彼が怒り狂っている事が、何も知らない私にも伝わってきます。
「随分楽しそうだな、アド?」
「や、やぁ!よく来たな、レミジオ。コーヒーでもどうだい?!」
低い声が、まるで威嚇するように響き、焦ったアドルフォさんが取り繕うように立ち上がりながら、青年に席を勧めています。
しかし、そんな焦った様子など気にならないくらい、私の目はアドルフォさんの背後の青年に釘付けでした。
心臓の鼓動がドクドクと音を立てていて、身体は指先1つ動こうとしてくれません。
心の何処かが何かを叫んでいます。
あまりにも遠いその声はよく聞こえない、けど。とても懐かしい名前のようで………。
「ゆあ?どうした?」
私の様子に気づいた兄が不審そうに声をかけてきました。
それに気づいたようで、目の前に立つ2人もこちらに顔を向け、そして、青年と目が合いました。
一瞬の空白。
そして、青年の目が何かに驚いたかのように見開かれ、声もなく、唇が動きました。
『さ・あ・や』
それは、私の前世の名前。
読んで下さり、ありがとうございます。