君の隣に⑨
ちょっと内容が全話と重複してますが、あしからずm(_ _)m
目が覚めると、ぼくを取り巻く環境は一転していた。
見知らぬ部屋のベッドの中で目を覚ましたぼくは、状況が飲み込めず混乱していた。
確か、父様に会いに病院に押しかけて………それから……。
泣きじゃくった自分を思い出し、さらに、父様に抱きしめられて赤ん坊の様にあやされた事実を思い出し、ぼくは羞恥のあまり頭を抱えて悶える事になった。
誰でも良いから、今すぐ記憶喪失になる薬を持ってきてくれ!
あ、それより、タイムマシンだ。
あの時に戻って、そんな事実を根本から消さないと、ぼくだけ記憶をなくしたって意味ないじゃないか!
錯乱しかけたぼくを現実に引き戻してくれたのは、困った顔の賀川さんだった。
眠っていたぼくが、飛び起きたと思ったら変な事をぶつぶつ呟いたり、ベッドの上を転げ回っていたら、気が変になったと思われてもしょうがない。
その点、ただひたすらに心配してくれた賀川さんの優しさは偉大だ。
偉大すぎて辛い。
涙目のぼくが落ち着くまで慰めてくれた後、賀川さんは現状をザックリと説明してくれた。
あの日、泣き疲れて眠り込んだぼくは盛大に発熱したらしい。
昼間にゆあの前で泣き、その後にピアノ教室で弄られつつも集中して練習。
さらにもう1回の感情爆発。
………そりゃぁ、知恵熱の1つくらいは出すだろう。
そのまま、医師の受診を受け、入院措置となったそうだ。
「じゃぁ、ここは病院なんですか?」
「いえ、ここは旦那様の所有するマンションです。病院だと、少しセキュリティに不安があった為、こちらに移動して、お医者様に往診していただいてました」
首を横に振られ、首をかしげる。
セキュリティ?そんなものが必要な状況?
「旦那様が秀一郎様を自由にしてくださる為に動いていらっしゃるのですよ」
意味が分からず首をかしげるぼくに賀川さんが話してくれたのは、驚きの現実だった。
ぼくが眠り込んでしまった後、父様は知り合いの弁護士さんと共に家へと向かったそうだ。
で、祖父母と母様に対し、父様の許可なくぼくに接触する事を禁止する旨を言い渡した。
理由は幼児に対する行き過ぎた教育。
時に睡眠時間さえ削り、思い通りにならなければ折檻すらしていたそれは虐待に当たるとして、保護者不適合の烙印を押したのだ。
突然の父様の反旗に、場は荒れに荒れた。
しかし、普段の無気力な様子は何処に行ったのかというほど毅然と、父様は全ての反論を完璧な理論で叩き落とした。
それ以外にも、会社の利権や諸々をお爺様の手から取り上げたらしい。
そこら辺は賀川さんも詳しくは聞かされていないらしく曖昧だった。
ただ、一族経営だった会社は10年ほど前に株式化していたそうで、株の操作を水面下で行い、一気に畳み掛けてみせたらしい。
株式とは名ばかりで、実際は大半を一族で握っていたそうだ。
それを覆すのは並大抵の労力では無かったはずだと賀川さんは言った。
……つまり、ぼくが父様のところに特攻をかける前に全ての準備は整っていたって事、だよね。
だって、たった2日の間に全ての用意をできるはずも無い。
引き金を引くきっかけはぼくだったかもしれないけど。
「………ぼくは、これからどうなるんですか?」
家族との接見禁止。
なかなかの衝撃情報だ。
「それは………」
賀川さんが答えようとした時、ノックと共に扉が開いた。
「賀川、シュウが目覚めたと聞いたんだが」
入ってきたのは、グレイのスーツを着た男の人だった。
すらりと身長が高く、随分と腰の位置が高い。
少し長めの前髪をキッチリと後ろになでつけメタルフレームの眼鏡が理知的な印象を与えた。
いかにも「デキる男」なその人に、コテン、と首をかしげる。
こんな人、知り合いにいたかな?
ぼくの戸惑いが伝わったのか、男の人はヘニャリと情けない表情をした。
「………父様だよ、秀一郎」
その一言に、ぼくの目が驚きに見開かれる。
ぼくの中の父様のイメージはラフな部屋着で髪は自然に流し、基本、ベッドが椅子の上にいる感じで。
そういえば、立ち上がっている姿なんて見た事無かったかも?
あれ?
まじまじと眺めれば、確かに面影はある。
そっか、父様って背が高かったんだな……。
しかし、いくら服装が違うからって、父親を分からない子供ってどうなんだろう?
ひっそりと落ち込んでいるぼくの耳に、耐えきれない、というような爆笑が飛び込んできた。
「おまっ……いくら今まで疎遠だったからって……っ気づいてもらえないとかっ!!」
ゲラゲラと笑いながら入ってきたその人は……。
「せんせいっ!?」
苦虫を噛み潰したような顔をしている父様の肩を、バンバン叩きながら爆笑しているその人は、紛れもなくぼくのピアノの先生で。
「やぁ、秀一郎。無事に目が覚めて良かったよ」
にっこりと笑ってベッドの端に腰掛けると優しく髪を撫でてくれた。
「うん。熱も無い。もう、大丈夫そうだね」
髪をかきあげられ額に置かれる手の心地よさに、逆らわずに目を細めれば、なぜか視界の端でさらに固まる父様が見えた。
どうしたんだろう?
「だから、言っただろう?秀一郎は素直な良い子だって。変な意地を張らずに素直に抱きしめてれば良かったんだ」
「……………分かってるよ」
ぼくを撫でる手はそのままに、先生が呆れ顔でそう言えば、父様が肩を落としたまま答えてる。
そのやりとりはとても自然で、とても仲良さそうに見えた。
「先生と父様はお友達なんですか?」
「そう。10歳の頃、同じピアノの先生に師事してたんだ。もっとも、こいつは1年くらいで辞めちゃったけどね」
「日本に帰国したんだからしょうがないだろ」
恐る恐る尋ねれば、笑顔の先生としかめっ面の父様。
もしかして、辞めたくは無かったのかな?
「コンクール後のツアーも終わってのんびりしてた僕に、息子にピアノを教えてくれないか?って連絡してきてさ〜。
バイエルも終わってない子に何を教えるんだろ?って思ったけど、訳ありなんだと泣き落とされたんだ」
相変わらずのしかめっ面だけど否定はしない父様の様子に、先生の言葉が本当だと分かる。
弟子はとらないと公言してた先生。
なのに僕に教えてくれる事になって、てっきり「芸術家の気まぐれ」ってヤツかと思ってたのに……。
先生が教えてくれる事になった時も、それ以降も、ぼくと父様の接点なんて殆ど無かったし、視界に入れてもらえてすらいないと思ってた。
「レッスンの後にはわざわざ電話かけてきて、どんな様子だったのかと根掘り葉掘り。挙句にビデオ撮っとけって機材一式送りつけてきた日には本気で呆れた「ライ、喋りすぎだ」
次々と明かされる思っても見ない父様の行動に目を回していると、父様が遮ってきた。
(………耳、赤い)
ぼくの顔もなんだか熱いから、負けず劣らず赤くなってるんだろうけど。
「良いんだよ。変な遠慮して丸抱えするから拗れるんだ。お前の行動教えてやれば、どんなにひねくれてる人間だって、自分がどう思われてるか、………分かるだろ」
ほんの少し口角を上げた表情は、先生が本当に機嫌の良いときの顔。
最後の言葉は明らかにぼくに向けられていて、それでも、浮き上がった真実を素直に受け取れないぼくは、ひねくれ者なのかな?
だって、本気にして、やっぱり勘違いだったら、きっとぼくはもう立ち直れない。
…………父様に、愛されているのかもしれない、なんて。
ジッと見つめ合っていた時間は、永遠にも思えたけど、実際は1分にも満たない短い時間だった。
戸惑った表情のまま、そろりと父様が近づいてくる。
「………抱きしめても、良いかな」
先生と交代するようにベッドの端に腰掛けた父様が、言うと同時に手を伸ばしてきた。
柔らかな温もりがぼくを包み込む。
「今さら、何を言ってるんだと思うだろうけど………。ずっと、秀一郎の事が気になってたよ。素直になれなかった、父様を許してくれるか?」
耳元で囁くように話す父様の声は少し震えていて、父様も怖いのかもしれないと感じた。
そろりと手をあげて、父様にしがみつけば、さらに抱きしめられる腕の力が強くなる。
「……………父様は、ぼくのことが好き?」
伝わる温もりに勇気を得て、どうにか絞り出した声はとても小さかったけど、父様の耳にはちゃんと届いたみたいだった。
「ああ。愛してるよ。秀一郎は私の大切な息子だ」
読んでくださり、ありがとうございました。
て、訳で。
ピアノの先生は父様関係者でございました。
表立って動けなかった父様の精一杯の愛情でした。
ライアンは、父様のために来日。
友情70借りを返すの30くらいの理由付け(笑)
すれ違うことすらできない2人をかなりヤキモキしながら見守ってくれてました。
「回りくどいんだよ。日本人は面倒くさいね」