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君の隣に⑤

習い事の合間にふと時間が空いていることに気づいた。

何時もなら適当に走らせてもらった車内で次の予習なり読むように渡されている本を読んだりするのだけれど、現在位置と時間を見て、少し寄り道してもらうことに決めた。


会えるかはわからないけど、近場を走っているし、見つからなかった髪飾りを少し探してみるのもいいかもしれない。

「ごめんなさい、賀川さん。ちょっと昨日の場所まで行って欲しいんだけど」


次の移動に間に合うように待ち合わせ時間を決めて、ぼくは昨日の公園へと足を踏み入れていた。

中途半端な時間だからか、それとも元々人の少ない公園なのか、そこには誰もいなかった。


なんとなく緊張していたぼくは、体から力が抜けて、端の方にあるベンチへと座り込んだ。

古びた木のベンチの背もたれに体を預けて空を仰ぎ見る。

桜の葉の隙間から青空が見え隠れしていた。


「………婚約者、かぁ」

父様と母様も幼い頃から婚約していたそうだ。と、言っても今のぼくよりはだいぶ上で、中学に入る前くらいだったらしい。


みんなの憧れの王子様で婚約者に選ばれた時はとても嬉しかったと母様が言ってた。

父様はどんな気持ちだったんだろう。


嫌だったのかな?

それとも、母様よりももっと好きになったから「あの子」のお母さんと結婚したのかな?

なんで、別れちゃったんだろう?


ぐるぐるといろんな事が頭の中で渦巻いて、また胸が苦しくなってくる。

なんだか光がまぶしくてきつく目を閉じた時、ぼくを呼ぶ声が聞こえた。


「……シュウ君?シュウ君ですよね?」

驚いた声の後、駆け寄ってくる小さな足音。

それが誰かなんて考えるまでもなかった。

だって、ぼくの事をそう呼ぶのは1人しかいないから。


上を向いていた顔を下ろし目を開ければ、笑顔で駆け寄ってくるゆあが見えた。

長い髪を高い位置で2つに分けて結んでるから、動きに合わせてピョンピョンと揺れている。

まるでウサギみたいだ。


昨日の今日でぼくがいるとは思ってもいなかったんだろう。

嬉しそうな笑顔がなんだか眩しかった。


屈託のない笑顔は、きっとゆあが誰からも愛されている印なんだろう。

だって、こんな可愛い女の子、嫌える人がいるはずない。


お爺様やお婆様、父様に母様。それにたくさんいるであろう友達に……。もしかしたら兄弟だっているかもしれない。

みんなに愛されて、笑顔を向けられて、笑顔を返して……。



ぼくとはなんて違うんだろう。



「………シュウ君、どうしたんですか?」

気づけば、心配そうなゆあが、すぐ近くでぼくの事を覗き込んでいた。

「………なに?」

どうしたと聞かれる意味がわからなくて首を傾げれば、ゆらりと視界が揺れた。


「だって、泣いてます」

ぼくよりも小さな手が差し伸べられ頬に触れてくる。

そうされて、初めてぼくは自分が泣いていることに気づいた。


ぼく、泣いてるの?なんで?

混乱して、ビックリしすぎて体がピクリとも動かない。

心配そうなゆあを見ながら、ぼくはただ涙をこぼした。


幸せなゆあが、みんなに愛されているゆあが羨ましかった。

父様に疎まれている自分が悲しかった。

愛してくれている母様たちだって、本当は優秀でいい子な子供なら、ぼくでなくたっていいんだって事に気づいてた。

だけど、それを認めてしまえば自分の意味さえ無くしそうで、見ないふりをしてたんだ。


だけど、ぼくは知ってしまった。

だけど、ぼくは気づいてしまった。

目をそらすことは、もう出来ない。


気づけば、泣きながらいろんな気持ちが言葉になって溢れ出していた。


みんな「ぼく」をみてくれない。

「あの子」と比べるばかりで「ぼく」なんて見てくれないんだ。

「あの子」に負けるぼくなんて、必要ないってみんなが言うんだ。


今思い返してもなにを言っているのか支離滅裂だったと思う。

でも、ゆあは黙ってすべての言葉を受け止めて、抱きしめて、言葉を返してくれた。


何度も「大好き」だと「ここにいて良い」と繰り返してくれる腕の中はとても心地よくて、まるで「お母さん」に抱かれてるみたいだって思った。

ぼくより小さな女の子に抱かれながら、その時ぼくは確かに包み込まれる安堵感を味わっていたんだ。




「昨日と反対ですね〜。お借りしてたハンカチも持ってきてたらよかったんですけど」

散々泣いて、ようやく顔を上げたぼくにゆあは自分のハンカチを渡してくれた。

ピンク色のハンカチはふんわりと甘い香りがした。


「今度、返すよ。その時、ゆあも、返して?」

散々泣いたせいで少し掠れた声でそういえば、ふんわりと笑ってくれた。




『次の月曜日』

いつか偶然に、ではなくてキチンと日にちを決めたのは、きっとぼくの執着心の表れだったのだろう。


指切りをして別れたゆあと『次の月曜日』に会えなくなるなんて、ぼくはその時、ほんの少しも思ってもいなかった。









読んでくださり、ありがとうございました。

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