君の隣に③
その後、どうにか泣き止んだ女の子に事情を聞くと、お友達とお揃いの髪飾りを落としてしまい、探していたとの事だった。
いつもは来ない場所を探検してて、気づいたら無くなっていたから、最後につけていた記憶がある場所からの道のりを探し歩いていたらしい。
やってる事は論理的。
でも、その顔は泣きじゃくって目は真っ赤でかなり酷いことになっていた。
「とりあえず、顔洗っておいでよ。で、もう一回一緒に探してみよう?」
「………一緒に探してくれるんですか?」
公園の水道を指差せばキョトンとした後、不思議そうに首を傾げた。
「探し物って意外なところにあったりするから、いろんな人の眼で見たほうが良いんだってさ」
頷いて見せれば、女の子は急いで水道の方に駆けていった。
そうして、涙の跡を消して「よろしくお願いします」と頭を下げた女の子は、結愛と名乗って笑って見せた。
初めて見た笑顔は、とてもかわいかった。
なんとなく照れくさくて早口で名乗った名前はうまく聞き取れなかったらしく、すこし考えた後「シュウ君でいいですか?」と聞かれたので頷いておいた。
誰からも呼ばれたことのなかった愛称は、なんだか特別な感じがして嬉しかった。
結局、三十分ほど探したところで時間切れ。見つからなかったけれど、帰らないといけない時間だと、結愛はしょんぼりと肩を落とした。
「一緒に探してくれてありがとうございました」
実は自分も迷子なのだと告白すると大通りまで送ってくれた結愛は、そう言って丁寧に頭を下げた。
自分より小さな女の子なのにとても綺麗なしぐさで、礼儀の先生の言っていた意味が少しわかった気がした。
「また、会えるかな?」
一緒にいた時間はたぶん一時間もない。
だけど、なんだかこのままあえなくなるのは嫌でそういえば、結愛は、少し考えた後、ふわりと笑った。
「しばらくは、同じくらいの時間にあの公園辺りにいます。なので、シュウ君の時間のある時に覗いてみてください」
あまりにも不確かな「約束」だったけど、それでいいような気がしたぼくは、分かったと頷いた。
「バイバイ」と手を振ってもと来た道に駆けて行く後姿を何となく見送った後、逃げ出した地点へと向かってみれば、泣きそうな顔色の運転手と、なぜだか面白そうな顔をしたピアノの先生が待ち構えていて首をかしげることとなった。
「やあ、冒険は楽しかったかい?秀一郎?」
おどけた表情の先生に肩の力が抜ける。
四分の一だけ日本の血が入っているこのピアニストはとても気まぐれでなかなか弟子をとらないことで有名だそうだ。
なんの気まぐれかピアノを初めて1年の拙いぼくの演奏を聴いて教えて貰える事になった時は母も祖父母ももろ手を挙げて大喜びしていた。
そんな彼との時間はいい息抜きになっていた。何しろ、ピアノを習いに来たはずなのに時間の半分近くを先生のおしゃべりに付き合わされる、なんて事もざらなんだ。
「・・・・・・・楽しかったです」
ぼそりと答えれば、笑顔が返ってきた。
「家には連絡してないから。貸し一つだよ、秀一郎」
そうして、以外な言葉に驚いて目を見開けば、その顔がおかしいとケラケラ笑った。
「賀川さんがね、顔色悪くして駆け込んできたんだよ。最近、君の様子が輪をかけておかしかったから、心配してたんだって」
家ではなく、ピアノ教師に助けを求めた?
運転手の方を見れば、困ったような顔で少し顔を俯かせた。
気の弱そうな40近い運転手。そういえば、そんな名前だったっけ。
「だから、とりあえず僕が責任取るからってお家に連絡は待ってもらってたんだ。僕の知る君なら、本当に大変なことになる前に帰ってくると思ったから」
呆然と運転手を見つめるぼくに、先生はクスクスと笑いながらそう言って頭を撫でてきた。
相変わらずの気安い仕草に、だけど感じたのは安心感だった。
ぼくが何をしても、見守ろうとしてくれる人がいる。
そして、狭い世界から顔を上げてみれば、きっとそれは、先生だけじゃない。
「賀川さん……」
初めて、その名前を口のすれば、驚いたように顔が上げられた。
習い事から習い事へと梯子をするぼくのためにつけられた人。
いつも、余計な事は喋らず必要がなければ視線が合うこともほとんど無い。だから、僕のことなんてどうでも良いんだと思ってた。
だけど、彼の運転はいつも丁寧で車内も丁寧に整えられていた。
カップホルダーにはいつでも適温の飲み物が用意されていた。
眠り込んでしまった僕の上にはいつだって気付けば暖かい毛布がかけられていたのに。
「………ありがとう」
「………いえ」
絞り出した声に帰ってきた微笑みはとても優しいものだった。
読んでくださりありがとうございました。
そしてなかなか話が進みません。
3話くらいで終わるはずだったんですが………。
なぜでしょ?(´・_・`)
もうちょっと続きますm(_ _)m