君の隣に①
別視点。
毛色が違いますがちゃんと「幸せな〜」の世界ですよ〜。
自分の存在はなんなんだろう、と少年は常々考えていた。
過剰な期待をかけられ、幼子には過ぎる数の習い事をこなす日々。
幸いにも生まれつき優秀だったようで、さほど苦労する事無くこなしてはいたけれど、それでも、失敗が無いわけではない。
うまくいっているときは気持ち悪いほど褒めそやす母や祖父母は、しかし、些細な失敗でもまるで般若のような顔で少年を叱責した。
まだ、物心ついたばかりの幼児だ。
縋るべき存在に責められれば、素直に自分が悪いのだと涙ぐんだ。
そうして、詰め込みとも言える教育のもと、2歳の頃には字を書き本を読んだ。
3歳の頃には掛け算割り算まで習得していた。
他にもピアノ、英会話、幼児塾での右脳鍛錬、ブロックに絵画。体も鍛えよと水泳に体育教育まであった。
自分で思考する時間すらない日々は少年から幼さを奪い、5歳の頃には作り笑いを浮かべる以外、ろくに表情を動かさない子供になっていた。イヤ、動かせない、が正しかったかもしれない。
親の望むまま笑い、決して逆らわず、数々の優れた結果を示して見せる理想的な子供。
だが、そんなものが本当に正常な子供と言えるのだろうか?
だが、少年の周りにそれを指摘する人間はおらず、祖父母や母は期待に応える息子を褒めそやすばかりで、その凍えた瞳に気づくものは居なかった。
豪華な屋敷の中、少年は孤独だった。
それでも、4つの頃まではまだ、少しは幸せだったのかもしれない。
抱き上げてくれる腕は優しく、叱責は辛かったが、周りの子供たちに比べれば格段に優秀な少年は褒めそやされる事のほうが格段に多かったのだから。
だが、ある日を境に「あの子」という比較対象が現れ、少年の日々は更に辛いものとなった。
「あの子は出来ているのに、なんであなたは出来ないの?!」
「それくらい出来て当然よ。あの子は自分の力だけで身につけたって言ってたわ」
「あの子」に、少年は会った事はなかった。
ただ、少年より3つ年上で、とても優秀な少年である事だけ、母や祖父母からの叱責で知った。
どんなに頑張っても頑張っても、3人は「あの子」の方が優秀だと断じた。
姿も知らぬ「あの子」の正体を、少年が知ったのは偶然だった。
夜半に喉の渇きを覚えふらふらと起き出した。
普段なら内線を使って何か持ってきてもらうのだが、夕方にひどい叱責を受けたばかりの少年は誰にも会いたい気分では無く、こっそりと台所に忍び込もうと考えたのだ。
いつもなら、決してしない行動。
それが明暗を分けた。
「奥様達はなんであんなに若様を追い込むようにされるのかしら?」
「………まぁ、いろいろあるのよ」
台所の横にあるメイド達の休憩室。
2人のメイドがお茶を飲みながら話に興じていたのだ。
「若様」が自分の事であるのにはすぐ気付いたから、少年はなんと無く、足を止めた。
盗み聞きをするつもりでは無かった。
ただ、同情的とはいえ、自分の事を話している中に姿を表すのはなんと無くバツがわるかった。それだけだったのに。
「そもそも「あの子」って何者?あんなに優秀な子供って本当に存在するの?」
ドキンッと心臓が跳ねた。
いつも比べられる、どんなに努力しても決して追いつけない「あの子」。
「う〜ん。私も直接会った事は無いから、本当に奥様達の話どおりの方なのかは知らないけど、居るは居るみたいなのよ」
どこと無く歯切れの悪い返事に少年の心臓は鼓動を早める。
聞かないほうがいいと今すぐ逃げろと叫ぶ本能とは裏腹に、体はピクリともその場から動かなかった。
「本当に?!てっきり若様に発破をかける為の架空の人物かと思ってた。どこの子なの?」
目を丸くして、もう1人のメイドが叫ぶ。
その驚いた様子に気を良くしたらしいもう一人が、わざとらしくひそめた声で内緒よ、と続けた言葉に少年は、自分の心が真っ黒に塗りつぶされるのを感じた。
「旦那様が再婚だってのは知ってる?実はね、前の結婚でお子様がいて、母親に引き取られたそうなのよ。私もお会いしたことはないけど、たぶんその子の事を言ってるんだと思うの」
「はあ~、前妻との子供。それは、奥様複雑なはずだわ」
「なんでもね、一般庶民の家の娘さんで当然反対されて、それで駆け落ちしちゃったんだって!」
「え~~~、あの旦那様が!?」
「そうなのよ!でね~~~・・・・・・」
メイドたちの会話はまだ続いていたが、その会話を聞き続ける事もできず少年は、ふらつく足取りでその場を後にした。
「「あの子」がお父様の子供・・・・・・」
小さなつぶやきは、誰もいない廊下の冷えた空気の中に溶けて消えていった。
読んでくださり、ありがとうございました。
客観性を出したかったので突然の三人称です。読みにくかったらすみません。次からは元に戻ります。
そして、「少年」の正体は……!?
ってバレバレですよね。すみません(笑)