進級しました。⑥
「………う〜ん、難しいね」
ポツリポツリと現状を話すと、シュウ君は腕組みをして、考え込んでしまいました。
そう、ですよね。
当事者でもどうして良いのか分からないのに、学年すら違うシュウ君にはなおさら難しい問題ですよね。
「良いんです。お話聞いてもらえただけでも、少し楽になりましたし「そんな直ぐに諦めないで」
気にしないでくださいと言おうとした私の言葉はシュウ君に遮られてしまいました。
「ちょっと時間もらって良いかな?少し調べてみたい事があるんだ。明日の昼休みか放課後、時間取れない?」
「………放課後なら」
思案顔のシュウ君にそう答えると、ニコッと笑顔が返ってきました。
「じゃあ、明日の放課後にここで待ってるから」
「………はい」
指切りをして別れた後、なんだかふわふわする足取りで教室に戻りました。
憂鬱だった気持ちが嘘みたいに晴れています。
2度と会うこともないだろうと思っていた人と会えた衝撃が気鬱を吹き飛ばしてくれたのでしょう。
その後、放課後にちょっとだけ小競り合いに巻き込まれかけたものの私の気鬱が再発することもなく、穏やかな気分で帰宅する事ができたのでした。
「なんだか明日が楽しみです」
「お待たせしました」
放課後、待ち合わせの場所に行くと、すでにシュウ君はいて、ベンチで本を読んでいました。
「いや、僕も今来たところだから」
そういって本を閉じると、自分の横にハンカチを敷いてくれました。
うわぁ、なんか恥ずかしいです。
こういう事がサラッとできるのって良家子息の基本なんでしょうか?
陸人君とかもしてくれるのですが、何回経験しても慣れません。
「………しつれいしま〜す」
何となく小さな声で呟きつつ、そっと隣に腰をおろします。
そんな私の様子にシュン君はおかしそうに笑いました。
「で、ね。少し気になって調べてみたんだけど、ゆあちゃんさえ頑張れば、以外と簡単にこの騒ぎ収まるかもよ?」
未だ笑いの残る瞳で唐突に切り出され、思わず目をパチパチと何度も瞬きしてしまいました。
「………簡単に、ですか?」
ここ何日も私の精神をガリガリに削ってるあの状態が、本当に?
信じられなくてじっと見つめると、少し困った顔でシュン君が小首をかしげました。
「たぶん、ね。ただ、ゆあちゃんの演技力次第かなぁ?それはそれで大変かもだけど」
そうして教えて貰った「解決策」に私は本当に今度こそ固まりました。
「………本当に?ソレで治まるんですか?失敗したら私が酷いダメージもらいそうなんですけど……」
どうにか絞り出した声で疑問を口にすれば、シュン君がこくりと頷きました。
「勝率9割は超えると思うけど」
「………後の1割は失敗の可能性がある、と」
思わずじっとりとした目で睨むと困った顔で笑われました。
「まぁ、世の中に100%は無いからね。不安要素はどうしたって残るから。でも、やってみる価値はあると思うよ?
まぁ、このまま時間が過ぎるのを待つって手もあるけど」
その際は、私の胃が先に壊れそうですけどね…………。
放っておけば地獄、乗って失敗しても地獄。
だったら解決するかもしれない案に乗った方が良いですよね。
私は信じられませんが勝率は高いそうですし、シュン君を信じます。
「分かりました。その案、やってみます。成功を祈っててください!」
決意も新たに拳を握り宣言すれば、パチパチと手を叩かれて応援されました。
女は度胸です!やっちまった場合は骨は拾って下さいね〜。
その日、終わりの会の後、些細なことで始まった女子の争いを男子はどこか冷めた目で見ていた。
2つのグループの真ん中で困ったように立ち尽くす少女に同情はするけれど、どうしようも無い。
普段はさりげなく仲裁に入る少年の姿は無く、止める者のいない口論はヒートアップしていく。
いつもは幾つものオブラートに包まれた嫌味の応酬が徐々にあからさまになり始めた。
教室内の空気がどんどん悪くなっていき、傍観者に徹していた者達も居心地悪そうに身じろぎしだした時、中央に立つ少女がうつ向けていた顔を上げた。
「………う、やめて……」
「え?」
唐突に発せられた小さな声に、少女達は言葉を止めて中央に立つ少女に注目した。
「もう、やめてください!」
たくさんの瞳に見つめられても怯むこと無く、少女は、今度はハッキリと言葉を紡いだ。
少し涙で潤んだ大きな瞳が、グルリと自分を囲むように立つ少女達を見回していく。
心の奥底まで覗き込むかのようなその瞳に、少女達は一様に息をのんだ。
「もう、争わないでください。側にいてとても悲しいです。せっかく同じクラスになれたのに、なんでこんな風に言い争わなくてはいけないんですか?」
少し震える声は、静まり返った教室の中に響き渡っていく。
「お話、してください。私と………お互いとも。私、みなさんとちゃんとお話、したこと無いです」
少女を責めていた少女達と、少女を庇護するという形で敵対姿勢を見せていた少女達、それぞれのリーダーの手をそっと握り重ね合せる。
震える手で繋がれた自分達の手を、2人の少女は困惑気味に見つめた。
「ちゃんと「お話」してください。悪い所があるなら直します。仲良く、したいです」
ポタリと、繋がれた手の上に雫が落ちた。
唐突に繋がされた手に驚き、そちらばかり見ていた少女達は、ハッとして顔を上げた。
「私が原因でみんながケンカになるなんて……そんなの……そんなの………」
一生懸命言葉を紡いでいた少女の瞳からついに耐えきれなくなったかのようにポロポロと涙が零れ落ちていた。
いつも、穏やかに朗らかに微笑んでいた少女の涙に、ある者は固まり、ある者は動揺し、つられたように涙ぐむ者さえいた。
涙で言葉が続かなくなったらしい少女は、何度か口を開こうとしたものの、どうしようもなかったらしい。
「ごめんなさい」と小さく呟くと、手を離し走り去ってしまう。
走り去っていく小さな足音を聞きながら、誰も動くことができずにいた。
「………ゆあちゃん……泣いてた」
呟いたのは誰だったのか。
残された少女達は、気まずそうにお互いの顔を見合わせた。
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