春休みのある日〜莉央〜
少し時間が飛びます。
穏やかに日々が過ぎていく。
ゆあが小学校に入学して、一緒の学校に通えるようになった。
スクールバスなんてないので、毎朝、2人で手をつないでバスに乗り、学校に向かう。
私立の金持ち校だからと言って、みんながみんな、自家用車という事もなく、以外と公共機関で来る学生も多い。
学校が近づくにつれ増えてくる同じ制服の顔見知りに適当に挨拶しながら妹を靴箱のところまで連れて行って別れるまでが、僕の朝の日課だった。
ゆあは、しっかりしているようでどこか抜けているので、とても心配なんだ。
しかも、無意識のうちに周りを魅了してしまうから、気づけば取り巻きに囲まれていたりする。
まぁ、入学試験の時に出来た「おともだち」達ががっちり周りを固めてるみたいだから、早々不埒な事にはならないだろう。
もっとも「おともだち」が虫に変わりそうなのは頭が痛いところだけど。
子供だからって油断なんかしない。
小学生だって色々考えてるし、結構わかってるんだ。
無邪気な天使の笑顔の裏は結構腹黒い。
まぁ、僕が言えた義理じゃないけどね。
もっとも、本当に無邪気な結愛の前に出ちゃえば、毒気を抜かれて手も足もでないみたいだけど。
そう思えば、可愛いもんだね。
「莉央。またなんか悪い事、考えてるだろ?」
自室で入学生代表の挨拶を書いていたら、背後から呆れた声が飛んできた。
振り返ると、行儀悪くも人のベッドに転がって本を読んでいた筈の夏樹が、呆れ顔でこっちを見ていた。
「失礼だな。少し小学校時代の思い出に浸ってたんだよ」
「………隣の校舎に移るだけだろ」
にっこり笑顔で返せば、胡散臭そうな顔で呟き、面倒になったのか再び本に興味を移した。
「まぁ、僕はそうだね。でも、夏樹は大変だろ?準備は出来たの?」
挨拶の文を書き出しながら突っ込んでみる。
なんと、中学から夏樹は僕の通う学園へと編入してくる事になっているのだ。
「あぁ、一応な。そもそもスポーツ特待だから、もう春休みのうちから練習参加してるし、入学式って言っても新鮮味は薄いな……」
夏樹は父親の影響で幼い頃から剣道道場へと通っていて全国大会の常連だった。
何度か応援に行った事があるけど、素早い動きと真っ直ぐな剣筋はとても綺麗だった。
夏樹の数少ない尊敬ポイントの1つだ。まぁ、本人に言ってやる気は無いけどな。
「去年から師範がお前んとこの学園の剣道部に教えに行ってて、その所為で行く羽目になったようなもんだ。何が悲しくて道場以外でもあの人の後始末をしなきゃならないのか、マジで迷惑……」
心底面倒くさそうにボヤく背中は哀愁に満ちている。
どうも噂の「師範」とやらは、剣道の腕は確かだが、竹刀を離すとかなりのダメ人間らしく、門下生として長い夏樹は色々と苦労しているそうだ。
まぁ、世話好きが高じて、放っておけないのが実状っぽいな。
珍しい外部生でもそんな背景があるならいじめられる事も無いだろう。
基本おっとりとした校風だが、選民意識の高いバカがいないわけじゃ無い。
ま、夏樹の性格なら自分でどうにでも出来そうだけど、一応の根回しもしておいたし、平和な日々になるだろう。
心配なのは、やっぱりゆあの事。
隣とはいえ、校舎が別になる分目が届きにくくなる。
まぁ、ゆあの「おともだち」を始めとする取り巻きに頑張ってもらうしか無いけど……。
上級生に無理強いされて引くほど柔な性格でもなさそうだし、大丈夫だろう。
少し登校時間が早くなるけれど、朝は一緒に登校するのは決定事項だ。
それで十分牽制にもなる事だろう。
「面倒だな。ゆあが喜んでくれるんでなきゃ適当に手を抜いたのに」
思考の片手間で書き上げた新入生代表の挨拶をざっと読み返して誤字脱字が無い事を確認すると、適当に折りたたみ終了だ。
毎年、その年の入試試験の1番を取った人間が挨拶を任される事になっているそうだ。
「真面目に書くんだな。莉央なら白紙見ながら適当にでっち上げるかと思ったけど」
後ろから伸びてきた手がせっかく折りたたんだ紙を取り上げていった。
中身を確認して驚きの声を上げる夏樹に眉をしかめてみせる。
「読み上げてそのまま提出なんだよ。ご丁寧に歴代の挨拶文をコレクションしているらしい。流石に白紙はマズいだろ」
「提出義務がなけりゃ、マジで白紙でやる気だったのかよ」
ケラケラ笑う夏樹の手から挨拶文を取り上げ、サッサと鞄にしまう。
可もなく不可も無い定型分のような挨拶を目の前で読み上げられでもしたら流石に破りたくなりそうだ。
……もう少し、まともに書いた方が良かったかな?
「待たせたな。で、何買いたいんだっけ?」
「新しい文具その他。後、春物のジャケット買ってこいって母親からのお達し」
肩をすくめる夏樹の身長がまた伸びたようでちょっと癪にさわるな。これ以上差がつくようなら、こまめに頭を押さえつけてやろう。
「じゃぁ、街まで足を延ばすか。なんかあるだろ」
「頼りにしてます、莉央様」
「うるさい」
ワザとらしい様付けに軽く肩を小突きながら、すっかり春の陽気な外へと飛び出した。
読んでくださり、ありがとうございました。
久しぶりの夏樹くんです。
相変わらず、仲良しな2人です。
同じ学校に再び通えるようになり、莉央くんなりに喜んでます。
ちなみに夏樹くんはスポーツ特待で入りましたがちゃんと試験も受けています。
内部進学の子達もきっちり試験は受けてます。最も、試験内容は同じですが、外部受験者に比べてボーダーラインは緩めなので、基本落ちる子は居ないです。と、いう設定。