人形遊びは卒業です⑨
ゆあが消えて2日目の夜が明けようとしていた。
リビングの電話は鳴ることはない。
家族や捜査員の疲労も増してきているのが分かる。
特に母の顔色が悪い。
心労のあまり薬を使わないと眠れないみたいだ。
まぁ、それは僕も含めた他の家族も、だけど。
車の方は、どうにか某ホテルの駐車場までは辿ることが出来たが、そこで乗り換えたらしい。
駐車されていたのはレンタルカーで借主は海外在住の人物だった。
勿論、来日した形跡は無い。
依頼していた誘拐の件は、何軒か浮上した。
同じ県内で3件。近隣で2件。
月日を遡ればもっとあったが、とりあえずは過去10年で絞って貰ってそれだけの数があった。
1つ1つの間が開いている事で発覚し辛くなっていたのだろう。
他に、数年後に取り下げられた件も幾つかあったらしいく、それを含めればもっと数は増える。
身代金要求が無く、事件性が無いと判断されれば事件にならず、ただの行方不明者とされる。そうすると、家族の判断で捜査取り下げは可能になるのだ。
行方不明と割り切ったのだろうと受理されたが、子供をなくした親がそんな簡単に諦めるものか?
しかも、取り下げた家族は暫くしてどこかに引っ越してその後足取りがつかめなくなっていた。
もっと面白い情報も出てきた。
なんと、行方不明になってから5年経って戻ってきた女の子が居たのだ。
家族にも警察にもその間の事を何も語ろうとしなかった少女が、仲よかった従姉妹に「主様といたの」と良く分からない事を言っていて、その2年後にまた居なくなってしまったらしい。
「少女の間だけ手元に置いて、大人になったら返してるのか?」
紙に消えた少女の年齢と戻ってきた年齢。捜査取り下げが行われた少女達は家族が引っ越した時期の年齢を書き出せば、規則性は明らかだった。
「消えた少女が6歳から10歳。戻ってきた時が大体12から14歳。大体初潮が始まる年ですね。………気持ち悪い」
紙を見せれば、覗き込んだ刑事のうちの1人、女性捜査官が嫌悪の表情で吐き捨てた。
「………多分。戻ってこなかった子達は……あまり考えたくはありませんが解放の年齢の前に亡くなったんじゃ無いかと思います。故意か事故かは分かりませんが」
ポツリと呟くと痛ましい沈黙が落ちる。
「つまりこいつは可愛い女の子を攫っておいて、いざ大人になってきたら興味を無くしてポイ捨てする変態って事か?意味わからん」
心底不思議そうに首を傾げる夏樹の父さんはある意味正しい。
大人になったから返すなんて、自分の首を絞めるようなものじゃ無いのか?
それとも、少女達の口から自分の事が漏れ無いと相当な自信を持っているのか……。
ストックホルム症候群?
それとも、完璧なマインドコントロール?
どっちにしろ、胸糞悪い。
ゆあはどうしてるだろうか。
ベランダに出て、明けていく空を見上げる。
この空のどこかにゆあがいる。
犯人の傾向から直ぐ殺される事は無いと思う、けど。
聡く見えてどこか頑固で融通のきかない性格を思えば不安になる。
無茶してないと良いけど。
頼みの綱のGPSの電池はもう直ぐ切れる。
後は時間はかかってもネット上の噂を拾い集めて探すしか手はない。
差し当り、引っ越していった家族を当たるかな。
既に大体の行き先を突き止めた家族のうちの1つを思い浮かべた時、朝焼けの澄んだ空気の中にチリンっと高い音が響いた。
「きた!」
それは待ち望んだ希望の音。
GPSの電波をキャッチしたら鳴るように設定していた音、だった。
タブレットに駆け寄り、受信した電波の位置を探る。
うちから車で1時間ほど離れた場所だった。
「見つけた」
ようやく手に入れたゆあの存在の痕跡に知らず笑顔が溢れる。
「さぁ、ゆあを迎えに行く準備をしよう」
相手は慎重に手はずを整えているであろう犯罪者だ。闇雲に突撃したって失敗するに決まってる。
負けずに狡猾になるべきだ。
逃げ道は1つ残らず塞いで、絶対に僕の結愛を取り返してみせる。
下のリビングに行けば、丁度若手の捜査官が当番で待機していた。
この2日で仲良くなった彼は若いだけあって柔軟で、結果を示せば素直に僕の意見も聞いてくれる。
「若槻さん、ゆあのGPSが動きました」
「マジ?本部に連絡せにゃ」
ソファーに座ってうとうとしてたらしい若槻さんが飛び起き、寝ぼけ眼で携帯を探る。
「本部の方にもGPSの電波情報は伝えてあるので大丈夫だと思います。
それより、調べてもらいたい事があるんですけど」
その手を押し留めて目を覗き込めば、一瞬キョトンとした後、ニヤリと笑った。
「なになに?麒麟児君ってば、今度は何の悪巧み?」
楽しそうな顔に肩を竦める。
ちなみに彼が僕の事を麒麟児と呼ぶせいで他の捜査官にまでその呼び方が定着してきていて、かなり迷惑だ。
「悪巧みなんで、失礼な。ただ、取り敢えず、この家の所有者を調べて欲しいだけです。次いでに両隣も、ですね。後、この場所の航空写真があればそれもお願いします」
「航空写真、は、ともかく。両隣まで?」
不思議そうな顔に頷く。
「念の為、です。地図を見た限り、少々広めですが普通の住宅街でした。背後は山っぽいので良いとして、悪巧みをするなら前面・両隣の目が僕なら気になります。
もし、潤沢な資金があるとしたら抑えるんじゃないかな?と。
そうだとしたら下手に近隣に聞き込みなんてしたら、相手に全て筒抜けです」
「………慎重すぎないか?」
「10年、同じことを繰り返して尻尾を掴ませていない相手なら、それ位考えて丁度良いかと」
サラリと返せば、じっと真剣な顔で僕の目を見た後、悪い笑顔と共に頷かれた。
「了解。莉央様を信じましょ。取り敢えず、って事は他にも何があるの?」
部屋の隅に置かれたパソコンに向かいながら尋ねられ、同じく、隣のパソコンに陣取りつつ頷く。
「まぁ、もろもろ。出来れば1時間以内でよろしく」
後ろで「無茶言うな」とか騒いでいる声が聞こえるけど、無視だ。
正攻法なら時間かかるだろうけど、若槻さんが実はデジタル班にスカウトされるくらいのハッキング能力を持っているのは本人に確認済みだ。
頼んだ情報くらい、彼が本気を出せば直ぐに集まるはずだ。
ゆあがいる 場所は所謂少し高めの住宅街。
企業の部長クラスなら手が届く値段設定で、閑静さと安心感を売りにしている。
『安心感』の一環として、道路の至る所にカメラが設置され、住人以外の不審者の存在に目を光らせているんだ。
そこの警備会社にハッキングしてカメラのデーターを探す。
所詮、一般の住宅街のカメラデーター。
たいしたセキュリティがあるわけでも無く、1週間分のみの保存しかされていなかったが、僕の欲しい情報としては充分。
欲しいのはあの家とその周辺に出入りする人間のデーター。
どの時間に出て行き、戻ってくるか。
1番人の少ない時間帯は?
ランダムに動いているようで、人間って大体の行動パターンが決まっているんだ。
例えば、会社に行くには何時に出る。
スーパーに買い物には何時頃が都合が良い、とかね。
パソコンの画面を4分割にして10倍速で流していく。1点に集中するのでは無く、画面全体をボンヤリと眺める感じ。
後は、脳が勝手に欲しい情報を拾って編集してくれる。
今回の件で気づいたけど、僕の頭脳は随分と都合が良いらしい。
1時間後、ポンポンと肩を叩かれて我に返った。
若槻さんが苦笑とともに横に立っている。
「頼まれたこと調べたぜ?……大丈夫か?」
少し頭がボンヤリとするのを軽く首を振ることでスッキリさせる。
示されたデーターに目を通し、満足に笑みが漏れる。
頼んだ近隣の家の所有者。一見、無関係に見える人達の繋がりがシッカリと裏を取られていた。
「やっぱり関係者で固めてたんですね。もっとも、これぐらい薄い繋がりだと、大本が何をしてるか知らない可能性の方が高いなぁ」
ゆあがいるとみられる家。
老夫婦がその孫息子と共に暮らしていた。
今は、夫婦は老人ホームに入り、兄弟2人で暮らしているらしい。
もっともそれは表向きの顔で、実際は弟の方がとある財閥のご落胤のようだ。
兄と言われている方は、実際は側仕え件護衛ってところか。
周辺の家もその財閥に所縁のある人物で固められていた。
いざという時は全て『無かったこと』にされてしまうだろう。
「若槻さん、この家のライフラインの使用量等調べてもらえますか?出来れば、家の見取り図やセキュリティシステムの有無も」
「………了解」
バックに財閥が付いている以上、正攻法で攻めてもたぶん権力に阻まれて無理。最悪の場合、証拠隠滅の上逃げられて終了だろう。ご本人が逃げるだけなら別にそれでもいいけど、結愛を連れ去られてしまったら本末転倒だ。
だったら、逃げられないように、言い訳のできない状況をつくるしかない。
「僕はもう少しコレを眺めてるんでよろしく」
夏樹の父さんが今後の方針を固めてここに来るまでに、こっちはこっちで情報を詰めておかなければならない。
時間との勝負だ。
閑静な住宅街にある一軒。
切り立った山の斜面を背に背負ったその家の中庭に、1つの小柄な人影が降り立った。
時間はまだ昼過ぎと明るい時間帯だが、家人は出払っているらしく、山の斜面を下ってきた人影を見咎める者は居なかった。
驚くほど静かに中庭に立ったのは、まだ幼い少年だった。
冒険ごっこでもしているのだろうか?
キョロキョロと辺りを見渡し、ある一角に駆け寄り、そっと土を掘り返した。
「………見つけた」
土の中から掘り出したのは土に塗れた小さな髪飾り。2つあるそれのひとつだけを取り出すと少年は素早く土を元どおりにして再びその場を去った。
少年が去った後には綺麗に戻された小さな十字架の立つ簡素な墓があった。
読んでくださり、ありがとうございました。
兄のターンが終わりません。
なぜだ。
そして兄がどんどん人外になっていく……。
正直やり過ぎた。が、後悔はしてない!