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お人形遊びは卒業です④

開いたドアの先にいたのは、中性的な顔立ちの男の人、でした。


「おかえりなさいませ、宗主様」

サエちゃんが、物語のお姫様がするようなスカートの裾をちょこんと摘み膝を曲げるおじぎをしました。


かわいい、けど、それをさせているのがこの目の前の男性、と考えると、やっぱり怖い。

だって、子供をさらう変質者ですよ?


「ただいま、サエ。アンジェは起きたんだね」

ニッコリと笑ってサエちゃんの頭を撫でると、男の人はコッチへと歩いてきました。


私は、水を飲む為に起こされた姿勢のまま、じっと近づいてくる男の人を見つめていました。


身長は170を少し超えたくらいでしょうか?

細身の体を黒のハイネックのセーターとジーンズに包み、癖のない真っ黒な髪で、前髪を全て後ろに流していました。

嫌味なく整ってはいるのですが、妙に特徴のない顔です。

すれ違っても記憶に残らないというか、存在感が薄いというか………。


「まだ、顔色があまり良くないね?気分はどうだい?アンジェ」

声は高すぎず低すぎず。耳に優しいテノール。

すっと伸ばされた手は、良く手入れされていて彼がかなり恵まれた生活をしている事が見てとれました。

少なくとも、水仕事をした事のある手ではありませんね。


男性にしては細い指が、前に溢れていた私の髪を一筋すくい取って耳にかけていきました。

「声は出るんだろう?私には何か話してはくれないのかい?アンジェ」


優しげに細められた目の何処にも罪悪感は無く、私は、少しこの状況が分からなくなりそうです。

もしかして、単に倒れていた私を保護してくれているだけなのではないか、って、そう思いたくなる程です。

……そんなわけ、無いですけどね。


「貴方が宗主様?」

まだ、少し掠れた声で尋ねてみれば、嬉しそうな笑顔が返ってきました。

「そうだよ、アンジェ」


「アンジェが私?」

次いでに先ほどから気になる事をもう1つ。

繰り返される聞き覚えの無い名前は、明らかに私に向けて発せられていて、不快感を顔に出さないようにするのが精一杯。


訂正です。

声が掠れてるのは、喉が渇いてるからだけではありませんね。


「そうだよ、アンジェ。君は天使みたいにかわいいからね」

ニッコリと邪気の無い笑顔。


その笑顔に確信しました。

この人は変質者(・・・)じゃ無いです。

この人は異常者(・・・)です。


どう違うかって?大違いですよ!

変質とは、元が同じものがなんらかの要因が加わって変わってしまったもの。つまり、元は人間。同じ思考回路を持つ者です。


でも、異常者は……。

別の生き物なんです。

本人にしかわからない『常識』に生きているんですよ。

相対するのに、最も大変な存在です。

地雷原を目隠しで進んでいるようなものです。


うん。考える程、泣きたくなってきました。

じんわりと涙がわいてきます。

だけど、泣くのはアウトだと、サエちゃんが警告してくれてました。我慢です。


……泣き喚かなければセーフですかね?

瞳に溜まってしまった涙が視界を滲ませます。でも、目をそらすのも怖くて、男の人から目が離せません。


「泣いても良いんだよ?アンジェ。離れたばかりなんだから、あっちの世界が恋しいのは当然なんだ。例え汚れた世界でも、アンジェが今まで生てきた環境だものね」


再び伸びてきた指先が涙を拭い去っていきました。

優しい仕草。まるで包み込むような慈愛に満ちた視線。

だけど告げられる言葉は、何処が歪なものばかりです。


ていうか、汚れたってなんですか。

確かに大変な事もあったけど、それ以上に楽しい事も幸せもあった、私の大切な場所です。

勝手に貶めないでいただきたい!


そもそも、勝手に攫ってきた存在に、慰められても意味がわかりません。


……なんか、腹立ってきました。

けど、ここで感情のままわめいて反抗してもろくな事にならないのは目に見えてます。

グッと我慢です。


代わりに、瞳を伏せて唇の端をほんの少しだけあげてみました。

弱々しい、泣きそうな笑顔になってると良いですけど……。


「こんな時でも笑えるなんて、本当にアンジェは健気で可愛い子だね。お腹は空かないかい?何が甘い物でも持ってきてあげようね」


瞳を伏せた時に溢れて頬を伝った涙をハンカチで拭いてから、男は立ち上がって出て行きました。

カチャリ、とドアの閉まる音に私はズルズルと崩れ落ちました。


身体中が緊張していたみたいで、とても疲れました。

グッタリと倒れ伏した私に、慌ててサエちゃんが駆け寄ってきます。


だけど、グルグルと回る視界にそれどころではありません。

まだ残っていた薬が緊張によってバットトリップに近い状況を引き起こしてるみたいです。

気持ち悪くて、吐きそう。


「なんなんですか……あの人………」

食いしばった口から思わずこぼれた声はとても小さくて、すぐそばにいたサエちゃんにも聞こえなかったみたいです。

よかった。


回る視界から少しでも逃れようとキツく目を閉じれば、フゥッと意識が遠のいていきます。

とりあえず、直ぐに命がどうこうって感じでもなさそうなので、気分不良から逃れるためにも意識暗転(ブラックアウト)にすがりつく事にしました。


わかってます。

現実逃避です。

だけど、これ以上は私の神経が持ちそうにありません。

おやすみなさい。




……目が覚めたら、お家に帰ってた、ってならないかな。


誘拐犯と初会合です。

少しでも不気味さが伝わると良いのですが……。


読んでくださり、ありがとうございました。

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[気になる点] アンジェが今まで生てきた環境だものね
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