お人形遊びは卒業です③
シクシクと、誰かが泣いている声で目が覚めました。
目を開けると見知らぬ天井が目に入ります。
ここは何処でしょう。
なんだか頭がボゥッとして、うまく考えが纏まりません。
シクシクと泣く声は続いています。
気になるのですが、なんだか体が重くってうまく動きません。
どうにか首だけを動かし、声の聞こえる方を向くと、私より年上っぽい女の子がベッドの横に座り込んで泣いていました。
長い黒髪がサラサラと肩に溢れ、服装はなぜか浴衣ドレス。顔は手で覆われてよく見えません。
どうして泣いているのでしょう。
とても悲しそうな様子にこちらの胸まで苦しくなります。
「………っで」
泣かないで、と、そう伝えたかったのですが喉がカラカラになっていて声が出ませんでした。
だけど、掠れたうめき声のようなものに気づいてくれたみたいで、女の子はばっと顔を上げました。
(うわぁ〜綺麗な子)
涙に濡れた目は、邪魔にならないの?と聞きたくなる程長い睫毛に縁取られた綺麗なアーモンド型。
通った鼻筋に、小さめの唇は桜色でぷるんとしています。
「目が覚めたのね。気分はどう?」
ベッドに近づいて覗き込んでくる少女に、緩く首を振り喉を指差してみました。
「声が出ないの?お水?」
頷くと女の子は立ち上がり、すぐに水を持って戻ってきてくれました。
「飲める?」
体を起こされ口元にコップを当てられ、ゆっくりと流れ込んでくる冷たい水を飲み干すと、少し気分がスッキリしました。
そうして、曖昧だった記憶が戻ってきます。
確か公園に行ってみんなで遊んでいたんです。
お兄ちゃん達が大きな方のアスレチックに挑戦しに行って、私と美花ちゃんはブランコで遊んでました。
で、私がトイレに行きたくなって、一応母さんに声をかけてからトイレに向かったんですよね。
木陰に敷いたブルーシートからでも見える位置にあったから、1人でも大丈夫って。
で、トイレに入った後、手を洗ってたら誰かに後ろに引き寄せられて、口に変な匂いがする布を当てられて……。
暴れてるウチになんだかクラクラしだして……。
で、今、見知らぬ場所で寝てるって事は、………私、連れ去られちゃったんですね。
あの変な匂いが、意識をなくすような薬品か何かだったんでしょうね。
………さて、どうしましょう。
いくら前世の記憶があるって言っても、拉致監禁の経験なんて流石にないですよ。
対処法……犯人刺激しない、とかでしょうか?
何処か冷静に考えていられるのは、きっとあまりに現実離れしすぎた現状に、思考回路が一部停止してるからでしょう。
「ねぇ、大丈夫?」
ジッと黙り込んで動かない私に、女の子が不安そうに話しかけてきました。
ごめんなさい。チョット存在忘れてました。
「ん。お姉ちゃんだれ?ここ、どこ?」
とりあえず、自分の置かれてる状況の把握は大事です。
あえて短い言葉で端的に尋ねれば、女の子は悲しそうな顔で首を振りました。
「私の名前はサエ。そう、呼ばれてる。ここがどこかは私も分からないの。眠っている間に連れてこられたし、ここには窓もないから、外を見ることもできないし」
ぐるりとまわりを見渡せば、確かに四方は壁に囲まれ、ただ1つ木の扉があるだけでした。
あそこが唯一の出入り口なんですね。
そうして、少女の言葉にもう1つ、疑問が沸き起こります。
「そう、呼ばれてるって、他にもお名前があるの?」
私の言葉に驚いたように目を見開いた後、少女はようやく聞き取れるような小さな声ですばやく囁きました。
「本当の名前は麻里奈よ。だけど、その名前は呼んじゃダメ。怒られてしまうし、それでもゆうことを聞かないと罰を受けるから」
少女の大きな瞳にまた、じんわりと涙が滲みます。
だけど、その涙を手の平でごしごしと拭き取り、少女はニッコリと笑って見せました。
「ここでのルールは簡単よ。
もうしばらくしたら、宗主様が来るわ。
そうしたら、決して宗主様に逆らってはダメよ?バチがあたってしまうわ。
大きな声で泣き叫んだり怒ったりしてもダメ。宗主様が嫌な気持ちになってしまうから。
とりあえず、それだけは覚えて。
痛いのや辛いのは嫌でしょう?
笑っていれば、可愛がってもらえるわ。
良い子だから、私の言う事を聞いてね?」
笑顔のまま教えられた『ルール』に鳥肌がたちました。
怖い、というより気持ち悪いです。
年端もいかない少女を攫ってきて、自分の思う通りにする。
いつも笑顔で良い子でいて、それができなければバチがあたるって。
バチってなんですか?!神様か何かにでもなったつもりなのでしょうか?!
痛い思いや怖い思いって、いったいこんな子供に何をしたんですか?
「サエお姉ちゃん。他にも誰かいるの?」
ふと、思いついて尋ねてみます。2人だけ、なのでしょうか?
もしかして、他にも?
「今は、もう1人いるわ。別の部屋にいるか、宗主様にお呼ばれしてるかもしれない」
そうして返ってきた答えは、とても薄ら寒いものでした。
今は、って事は、もっと子供がいた事もあったって事ですか?
じゃあ、その子達は今は、どこにいるのでしょう。
鳥肌どころの騒ぎではありません。
スゥッと血の気が引いていくのが分かりました。
けど、衝動的に叫びそうになるのを辛うじて意志の力で押さえ込みます。
だって、子供を複数攫って閉じ込めるような変質者が、この部屋を監視していない訳がないじゃないですか!
何処にあるかは分からないけどカメラや盗聴器があると考えたほうが妥当でしょう。
そして、『ルール』。
泣き叫んだり、怒ったりしない事。不快感を与えてはダメで笑顔でいるのがベスト。
って事は、ここで叫ぶのは悪手以外の何物でもありません。
不自然に見えない程度に大きく息を吸って、吐いて……。
どうにか気持ちを落ち着かせます。
深呼吸、最高!
「あのね……」
次の質問をしようとして、だけど、言葉は不自然に途切れました。
なぜなら、突然、ノックの音がしたからです。
驚きにピクリと肩が跳ねました。
サエちゃんが、急いでドアの方へと向かって行きます。
そうして、カチャリ、と扉は開いたのです。
さっくり攫われちゃいました。
お兄ちゃん達は半狂乱になってる事でしょうが、意外にゆあちゃんは冷静です。
年の功を存分に発揮してもらいましょう。
そして、いつも感想ありがとうございます。
ありがたく読ませていただいているのですが、ついついネタバレしそうになるので、この章が終わるまで、基本返信は控えさせてくださいm(_ _)m