桜咲く幼稚園は……④
多分、私を見つけて突進しただけで、周りなんて見えてなかったんだろうなぁ。
自分より大きな子に立ち塞がれて、目を白黒させてる様子にちょっと気の毒になりました。
しかも、兄、若干怒ってます?
まぁ、突然、私がつき飛ばされれば驚きますよねぇ。
昨日の今日だし、警戒しても当然です。
しかし、温厚な兄を怒らせるとはやりますね。……さすがにかばう気にはなれませんが。
「なんだよ!自分じゃ敵わないからって、兄貴連れてくるとか卑怯だぞ!!」
兄の横から顔を覗かせて叫ばれました、が……そんなこと言われても、ねぇ。
「なにを言ってるのかな、君は?」
どう答えたものかと困っていると、兄がため息と共に一歩、前に出ました。
「昨日、妹が倒れて大変だったからね。心配で送ってきたんだよ。……君が、原因だね?」
別に、兄は声を荒げるわけじゃありません。
むしろ淡々としているのに、震えるくらい怖いのはなんででしょう。
男の子の顔が、どんどん青ざめていくのが見て取れます。
……兄、今どんな顔してるんでしょうか。
「僕を連れてきて卑怯だと言うけど、自分より小さな女の子をいじめるなんて、男として君の方が卑怯だろう?女の子には優しくしなさい、ってお母さんに教わらなかったのかな?」
声色はあくまで優しく、諭す様に。
なのに、男の子の顔色は悪いまま。でも、ピクリとも動かず。というか、動けないみたいですね。
蛇に睨まれたカエルって、こんな感じなんでしょうか?
いつの間にか隣に来た女の子が、ぎゅっと手を繋いできてくれました。
なんだか嬉しくて、自分からもぎゅっと握り返します。
「相手を泣かせて楽しいかい?仲良く、一緒に遊んだほうが良いだろう?」
兄が男の子の前で膝をかがめ、肩に手を置いて目線を合わせています。
そうして、ふっと耳に唇を寄せ何かをささやきました。
低くなった兄の頭越しに、男の子の目が大きく見開かれるのが見えました。
兄は、すっと男の子の側を離れると、私の隣に戻りぽん、と頭に手を置いてきます。
「ゆあだって、みんなと仲良くしたいよね?」
優しく尋ねられ、思わず頷きました。
いじわるされるより仲良くしたいし、やっぱりお友達は欲しいです。
手を繋いでくれている女の子をチラリと見ると、
「わたし、もうおともだちよ?」
笑顔と共にうれしい言葉が返ってきて、思わず満面の笑みになっちゃいました。
と、男の子の顔がみるみる赤くなっていき、次の瞬間、クルリと踵を返してどこかに走って行ってしまいました。
「行っちゃったねぇ」
その後ろ姿を見送っていると、兄がポツリとつぶやきました。
なんか、口元が楽しそうに笑っているんですが、なんでしょうか?
「じゃぁ、僕はそろそろ学校に行くね?もう、大丈夫だね?」
手をつなぐ私達を見て、兄がにっこりと笑いました。
女の子と顔を見合わせてから、コクリと頷くと、バイバイ、と手を振ります。
それから、女の子に手を引かれるまま、遊具の方に駆け出しました。
こうして、幼稚園で最初のお友達ができました。
その後、女の子と改めて自己紹介。
梶原美花ちゃん、って言いました。
お家も結構近くみたいで、多分小学校も一緒だと思います。
そういえば、美花ちゃんはお兄ちゃんを「王子様」と呼んで、「かっこいい〜」と騒いでいます。
初めて会った日、いじめっ子にちゃんと注意する姿を見て、すごくドキドキしたそうです。
でも、本人を前にすると恥ずかしくて何にも喋れなくなっちゃうんですよ。可愛いですよね。
小さな初恋はどうなるのか、注目ですね!
まぁ、当分はあげませんけどね。わたしの兄ですから!
ちなみに男の子は新垣優くん。
あの後、暫くしてだけど、ちゃんとごめんなさいを言いに来てくれたので仲直りしました。
「ゆあの兄ちゃん、マジ怖い」
って言ってたけど、失礼ですよね。
きちんと、仲良くしたほうが楽しいよって教えてくれただけなのに。
そうして、私は、お友達もできて楽しくなった幼稚園に今日も元気に通うのです。
「行ってきま〜しゅ!」
読んでくださり、ありがとうございました。
そして、美花ちゃん。そのドキドキは多分恋じゃない気が……。