夏のバカンスは南の島で⑨
「おはようございます。ご挨拶が遅くなり、申し訳ありません。今日も楽しい1日になりますよう、お守りください」
こじんまりとしたお社の主は、どうやら恵比寿様のようでした。
山肌を背に、海に向かって建てられているがいかにもな感じですね。
きっと島民の漁業や航行の安全を守ってくださってたのでしょう。
お社の周りの雑草や落ち葉なんかをささっと軽く掃除してから手を合わせました。
別に縁もゆかりもない神様ですが、なんだか清々しい気持ちになりますね。
「あら?」
後でゴミ袋でも持ってこようと思って、集めた落ち葉を目立たないお社の裏手に移動してたんですけどふと視界の端に何かがかすめて足を停めました。
「なんでしょう?何か光ってますね?」
お堂の裏は崖のようになっているんですが、そこと建物との隙間が何か光って見えたんです。
好奇心のままに覗き込めば、藪の中に何かがあって射しこんだ朝日がそれに反射しているみたいです。
「……頑張れば行けそうですね」
隙間は約五十センチほど。ところどころ藪になっているものの日当たりが悪いせいかそれほど茂っているわけでもないので、体を横にしていけば入れそうです。
「なにしてるの?」
「ひゃぁっ!」
何が光ってるのか好奇心が刺激されて、隙間に体を突っ込もうとした瞬間声をかけられ、文字通り飛び上がりました。
「驚き過ぎだよ、結愛ちゃん」
振り返ると大笑いする陸人君。
なんでこんなところにいるんでしょう?
「目が覚めたら結愛ちゃんがジョギングに行ったって聞いたから追いかけてきたんだよ」
疑問が顔に出ていたのか、陸人君が笑いながら教えてくれました。
「で?そんな隙間に入り込むなんて、何しようとしてたの?」
「そこがなんか光ってたから、気になっちゃって……」
不思議そうな陸人君に答えますが、改めて口にすると子供みたいな理由ですね。
ちょっと恥ずかしくなって顔を赤くしていると、陸人君が私の横から隙間を覗き込みました。
「本当だ。社の入り口の格子戸から入ってきた光が裏まで通過してるのか。これって神像の後ろの壁だよね。透かし彫りみたいになってる部分があったんだ」
ちらっと見ただけで現状把握するの早くないですか?
で、さっさと進んでいっちゃうんですね。
「待ってください、陸人君」
慌ててその背中を追いかけたんですけど、後に続く私が歩きやすいようにさりげなく藪をかき分けてくれる陸人君。
紳士すぎます。本当にあなた中学二年生ですか?
「わぁ、こうなっていたんですね」
辿り着いた光の元には、藪に覆われたそこには私が少し頭を下げないと入れないくらいの洞窟がありました。
陸人君が入り口をふさぐ藪を適当にかき分けるのを慌てて手伝います。
「この石像の持っているカップに光が当たって反射してたのか」
「そうみたいですね……」
そこには一体の石像が立っていました。
どれくらいの年月そこにあったのか、風化が激しくて顔立ちはほとんど分からなくなっていますが、すらりとした立姿はなんだか神々しい感じがします。
胸の中央には半透明の水晶のような石で作られたカップの様なものを持っていました。
正確にはカップの中に水が溜まって、それに光が反射してたみたいです。
何となく無言でそれを見つめていたのですが、ふいに洞窟の奥からふわりと風が吹いてきて、私の前髪を揺らしました。
「奥は行き止まりじゃないみたいだね」
同じ風を感じたらしい陸人君がポツリとつぶやきます。
「なんだか、いい香りがしました」
社の裏にある隠された洞窟に、朝日が昇る時間だけ光を放つ石像。
冒険心をくすぐるシチュエーションに、ドキドキと胸が高鳴ります。
思わず顔を見合わせて、ニンマリと笑いあったのは無意識で。
「ちょっとだけ、行ってみない?」
「いいですね」
本当は、他の人を呼びに行った方がいいのは分かってたんですけど、ワクワクに衝動が抑えきれません。
無謀?
しょうがないです。だって、そういうお年頃ですから!
「私、ペンライト持ってます」
「用意良いね」
ウェストポーチから、スチャっと取り出すと陸人君が目を丸くしました。
「他にもありますよ」
絆創膏や消毒液の入ったミニ救急セットにウォーターボトル。ウェットティッシュに飴ちゃんなどなど。心配性な兄との約束でジョギング時には身に着ける事を約束されているウェストポーチなんですけど、つい癖で持ってきちゃったんですよね。
まさかこんな時に役に立つとは思いませんでしたが。
「さすがすぎる……」
感心というよりちょっと引いた目を向けるの、やめてもらってもいいでしょうか?
備えあれば患いなしって言うしいいじゃないですか。
「曲がり角とか崩れそうなポイントがあったら引き返しましょうね」
「了解」
とはいえ、怪我をしたら怒られるのは確実なので、最低ラインは確認してそろりそろりと中に入ってみたのですが……。
「しっかりと人の手が入っているみたいだね」
「そうですね。しばらく人は入っていないみたいですけど」
クモの巣を手で払いながらつぶやく陸人君にコクリと頷きます。
石像の横をすり抜けて入り込んで、すぐに気づきました。
頭をかがめないと勧めなかったのは最初の十メートルほどですぐに真っ直ぐ背中を伸ばせるようになったし、なにより地面が凸凹してないのです。
正確には白っぽい砂利が敷き詰められています。
壁も荒くではありますが、明らかに人の手で整えられていますしね。
「もしかして、コレも先輩たちの仕込みでしょうか?」
「それにしてはクモの巣とかすごいけど」
道は緩やかに下っていきますが、一本道で今のところ迷う要素も崩れそうな場所もありません。
おかげで引き返すタイミングが分からず、砂利が小さなペンライトの光を反射しているようで思ったよりも明るい中を、陸人君と黙々とすすみます。
「それにしても、なんか甘くていい香りがするね」
「ですよね。なんの香りなんでしょうか?」
微かに匂っていたいい香りは、奥にすすむにつれてどんどん大きくなっていきました。
「……どうしましょう?そろそろ引き返しますか?」
入り口から入ってきた光が見えなくなってもうずいぶん経った気がします。
歩き出して体感的には十分以上でしょうか?
終わる気配のない一本道に少し心細くなってきて、そっと先を行く陸人君の服を引っ張りました。
「……あと五分だけ、進んでみよう」
陸人君は腕時計を確認して、少し迷ったように提案してきました。
「じゃあ、あと五分」
確かに、ここまで来たらこの香りの元を確かめたい気持ちもありますしね。
でも、あんまり遅くなったらみんなに心配かけそうですしそれくらいで引き返して、師きり治すのが妥当な所でしょう。
そうして時計のタイマーをセットした陸人君と歩き始めて、その場所にたどり着いたのは丁度タイマーが鳴り出す五秒ほど前の事でした。