夏のバカンスは南の島で⑦
芽衣子&莉央視点です
「もう……本当に無理なんだけど…………」
本日何度目かも分からない泣き言がこぼれるけど、許してほしい。
だって怖いの本当に苦手なんだもん。
幽霊も妖怪も化け物もゾンビもドラキュラもなんか良く分かんない怪物も全部全部嫌い。
心霊番組なんてつけた瞬間消すし、ホラー映画も最後まで見れた事ない。
遊園地のお化け屋敷だって当然回避してきたのに、なんで今さらこんなことに巻き込まれてるのか。
肝試しなんてイベントがあるって知ってたら、結愛ちゃんの誘いでも断って……は無理だから、肝試し始まるタイミングで下剤飲んで物理的に参加できないようにしたのに!
花の乙女がお腹壊してトイレに籠城とか醜態さらしていいのかって?
怖い思いするくらいなら、恥ずかしい思いした方が千倍マシ!
「まだスタートもしてないんだけどね」
本日のパートナーの呆れ顔にも文句言う気力もないよ。
「こんなことして、呪われたりしたらどうするの?だいたい、病院とか意味わからない。死者の領域にむやみに踏み込んだらろくなことにならないってのは古今東西決まって……キャア――!?!」
恐怖を紛らわすためにひたすらしゃべってたんだけど、今なんか窓の外に何か白いものが見えた気がして、思いっきり叫んでしまった。
しゃがみ込んで頭を抱える。
「いやーーー!もう帰る―――!!リタイア!非常口下さい!!」
「……お化け屋敷行かないって言ってたわりには、そういうシステムは把握してるんだ」
「昔見たバラエティー番組でやってたのーー!お化け屋敷には義務として非常脱出経路があるはず!
絶対に目は空けないまま、叫ぶ。と、ポンポンと軽い感じに頭を叩く手があった。
「はいはい。義務があるかは知らないけど、どうもここにはそんな親切な設計は今のところないみたいだから、諦めて歩こう。手を引いてあげるから、目を閉じたままでもいいからさ」
困ったような笑いを含んだ優しい声。
私はこんなに怖いのに、笑うなんてひどい!
とか思うのに、あんまりにもその声音が優しかったから、思わず手を引かれるままに立ち上がってしまう。
「本当に?置いてかないでね?本当の本当に無理なんだからね?」
ぎゅっと目を閉じたままその腕にしがみつく。
普段なら、そんなこと絶対にできないけど、背に腹は代えられないんだもん。
「大丈夫だから、歩いて。……歩けそう?」
あまりの私のビビりっぷりに呆れ通り越して心配になってきたようで、莉央君の声が本当に優しい。
そう、まるで3歳児に向けるかのような気づかいと優しさだよ。情けないとは思うけど、今はその優しさに甘えてしまおう。
その後、誘導されるままに歩き始めたんだけど。
知ってた?人間五感の一つがつぶれると他がより鋭くなるんだってさ。
目を閉じても耳は不穏な音や声を拾って、耳をふさいでも吹きつける妙に生温かい風や何かが腐ったような不快な匂いを嗅ぎつけて……。
散々に悲鳴をあげまくった後、目を回し、結局莉央君におんぶされてゴールする羽目になるのは少しだけ先の話し。
迷惑かけてごめんね、莉央君。
何か白いものが見えたといって悲鳴をあげて、目を閉じたら、後ろから追いかけてくる足音がすると騒ぎ、耳をふさいだら今度は変な匂いがすると涙目になった。
最終的には目を回して動けなくなったけど、まあもうすぐ建物を脱出できるところまでは行ったんだから、頑張ったほうだろう。
「そもそも日常的にいろんなものにびくびくしてたんだから、当然の結果か」
背中に背負って運びながら、出会った当初の不審な行動を思い出して思わず噴き出した。
隠れているつもりでもちっとも隠れていない柱の陰からこっちを見つめてくる姿は不審人物以外の何物でもなかった。
正直、ストーカーみたいな人に追いかけられるのは慣れていたけど、それにしては視線にねっとりとした嫌な感じは無くて、いったい何者なのかと逆に気になったんだよね。
あえてこちらからちょっかいかけてみればすぐ涙目になって、びくびくしながらも真っ直ぐこっちを見てくる大きな瞳を可愛いと思ったんだ。
片腕で支えてしまえる軽い体を落とさないように気をつけつつサクサクと廃病院の裏口から外に出て、裏山を登る。
山といっても小高い丘くらいだから、すぐに中腹にある社にたどり着くことができた。
神社の境内には四枚の木札が並んでおいてあって、これがゴールの証なんだろうと手に取ると、パッと照明がつく。
「無事の到着おめでとう」
笑顔で社の陰から出てきたのはレオで、やっぱりこっちに来てたかと苦笑した。
「苦手な子にはちょっと刺激が強すぎるみたいだね。彼女が叫んでたみたいに、途中でリタイアできる通路を用意するか、レベル分けした方がいいかも」
「真面目に検証ありがとう」
首を傾げつつ感想を言ったら、呆れたように礼を言われた。
いや、だって君たちがモニターツアーだって言ったんじゃないか。
そんな顔を向けられるいわれはないと思うな。
「とりあえず、中にどうぞ。さすがにベッドの用意はないけど、ソファーくらいはあるからさ」
そうして招き入れられた神社の中には居心地のいソファーと共に、大画面モニターが設置されていて、病院の中を進む人たちの様子が鑑賞できるようになってた。
「わぁ、悪趣味」
「まじで?そういう感想になる?」
思わずつぶやくと、不思議そうに首を傾げられた。
「え?悲鳴上げて逃げまどってる様子を見て笑えるのは、テレビのバラエティー番組だからだろ?」
ああいうのは、お約束があるから楽しいんだって結愛が力説してたな。
僕には良く分からなかったけど、とりあえず友人の怯えている姿を鑑賞する趣味はないなぁ。
これって、人種の問題なのか個人の資質なのか、どっちだろう?
残念なものを見る目を向けたら、苦虫を噛み潰したような顔をされたけど、この場合、僕の感想がおかしいのかな?
ささやかな疑問は次々にゴールしてきた他のメンバーからのブーイングで僕に軍配が上がったのだった。
読んでくださりありがとうございました。
悲鳴が遠くなったというか、悲鳴をあげる事も出来なくなってました。
芽衣子ちゃん、ファイト。
モニターがあったのは、問題が起こった時の対処するためリアルタイム監視のついでに、こんな感じだったんだとみんなで観賞したら楽しいかな?というホスト側の純粋な気づかいでした。滑ったけど(笑)
ちなみに夜凪もお化け屋敷は苦手。子供の頃にべそかいて動けなくなって、お化けに保護されたことがあります(笑)