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お話ししましょう③

祝100話!

「………なん……で…………そのなま……え」


愕然とした言葉、は、何よりも私の考えが正しかった事を証明していました。

その事が嬉しくて、そして、切なくて。

笑っているのに視界が滲みます。


「………だって、性格、昔のまんまなんだもん。そりゃ、分かるでしょ」

会えて嬉しい。

でも、エリーがここにいるって事は、あの世界のエリーはもう死んでしまったって事だから。


「…………私を「エリー」って呼んでたのは家族以外では1人だけ、なの………」


四季原さんの顔がぐしゃりと歪み、ポロポロと涙が溢れてきました。


「うん。知ってる。エリー、人見知りだし、私が引っ張り出さなきゃ部屋から出ようとしないし。直接会う友達なんて私くらいだったもんね」

ワザとおどけてそういえば、柔らかそうな白い頬がプクッと膨らみました。


「VRの中にはいっぱい友達いたもん」

拗ねたようにつぶやく顔が、昔の面影と被って、なんだか可笑しくなってしまいます。

ほぼ引きこもりの廃人ゲーマーだったんですよね。


「はいはい。中では婚約者もいたもんね」

「そう!強くてモテモテだったんだから!」

クスクス笑えば、ワザとらしく胸が張られ、そうして、飛び上がるように机越しに抱きついてきました。


「うえぇぇぇん!サーヤ!!!」

ガチャガチャとテーブルの上の食器が耳障りな音を立てますが、そんな事より耳元で大声で叫ぶように泣きじゃくる声の方が大きくて気になりません。


と、言うか、逃すものかと言うように渾身の力でしがみついてくる四季原さん………エリーの力が強すぎて、気にする余裕がありません。

首!首、締まってますから!!!


タップするも興奮状態のエリーには通じないようで。

あ………なんだか………視界が………。


「落ち着いて、四季原さん。妹が死にそうになってるから」

少し慌てたような兄の声と共に、絡みつく体がベリっと引き剥がされました。


「キャァァーー!ごめんなさい!」

ぐったりとした私にようやく気付いたエリーが、慌てて謝ってますが、………声が遠いです。

うふふ。

まさかの、前世からの友人に発覚直後にトドメを刺されるところでした。


「結愛、大丈夫?」

ソファーの背もたれにぐったりと預けていた身体が起こされ、冷たい水が流れ込んできました。

はふぅ。生き返る………。


「エリー、興奮したら目先のことが見えなくなる癖をなおしなさいとあれ程………」

「うぅ………。本当にごめんなさい」

ようやくクリアになった視界にはうなだれる美少女とグチャグチャになったテーブルの上。


幸い割れているものは無さそうです。

弾かれて床に落ちそうになったものは、おそらく兄が救出してくれたのでしょう。

驚いた顔で、布巾を手にマスターのお爺さんが駆けつけてくれました。


「すみません」

いくら他にお客さんがいないタイミングだったとしても、明らかに騒ぎすぎ………と、いうか、暴れすぎです。


「いやいや。怪我がなくて良かった」

うなだれるエリーの代わりに謝罪すれば、マスターは笑顔でそういうと、テキパキと倒れたグラスや皿を片付けていきました。


マスター、カッコいい。

さりげない笑顔に惚れてしまいそうです。

パフェも美味しいし、今後、絶対贔屓にさせてもらいます!


その時、カウンターの奥にかけられた時計から音楽が流れ始めました。

どうやらからくり時計だったようで、扉が開き、中から可愛らしい動物のお人形が次々と現れては音楽に合わせてクルクルと踊っています。


「きゃあ!もうこんな時間!」

突然のメルヘン世界に思わず見惚れていたら、エリーが悲鳴をあげて立ち上がりました。


「ごめんなさい!私、今日は親と外食の予定があって、学校に迎えが来る事になってて!!」

バタバタとカバンを手に取り、叫ぶように謝罪すると、こっちが何かをいう暇もなく、走り出してしまいました。


「サーヤ!明日、倉敷くんに連絡先渡すから、絶対連絡してね〜〜!!絶対よ〜〜〜!!!」

叫び声が徐々に遠くなっていきます。

扉につけられた鐘がカランカラ〜ン!!と本来の音よりもかなり激しく鳴り響きました。


「…………なんか、もう。本当にすみません、マスター」

カラ〜ン、カラ〜ンと反響して徐々に小さくなるカネの音を聞きながら、私は肩を落とすと、もう一度マスターに謝りました。

………あの子は、再教育確定、ですね。


「いえいえ。元気なお嬢さんだ」

マスターは気にした様子もなく、クスクスと笑いながらグラスやカップをのせたお盆を手にカウンターへと戻っていきました。






そうして、兄と2人残され。


その場に奇妙な静けさが広がりました。

そういえば、意識的に兄の存在を排除してましたが、全てを隣で兄は聞いていたんですよね……。


どう、思ったでしょう。

可愛がっていた妹が、中身は別の人生を歩んで来た記憶を持つ存在だと知って………。


なんだか居た堪れなくて、キュッと唇を噛んだとき、兄が立ち上がる気配がしました。


「遅くなっちゃったな。帰ろ、結愛」

いつもと変わらない、優しい声に、弾かれるように顔を上げれば、変わらない笑顔でこちらを見下ろす兄の姿。


差し伸べられた手にひかれるようにふらりと立ち上がると、きゅっと手を繋ぎました。

その手は温かくて、少し、頭が混乱します。


私、かなり大変な告白、しましたよね。

なのに、変わらないのですか?

こんなヘンテコでいびつな存在、変わらず、妹として認めてくれるんですか?






気がつけば、いつの間にか外に出ていて、お家に向かって歩いていました。


「あの……」

「あのさ」

何か言わなきゃ、と口を開けば、見事に兄と被りました。

思わず、隣を振り仰げば、少し驚いたように目を見開いた後、兄がフワリと微笑みました。


「僕から、先に言わせてね。結愛」

「…………はい」

頷けば、兄は、再び私の手を引いて歩き始めました。


「あのね、気にしてるみたいだけど、結愛に何かあるんだろうな、って薄々わかってたから、そんなに驚いてはいないんだ」

「ほえ?」

突然の兄の言葉に、思わず変な声が漏れました。


その間の抜けた声に、兄がクスクスと笑います。

「だってさ。小さな頃ならともかく、成長すれば、色々おかしいのに気づくでしょ。1歳にならない子が、自発的にトイレいったり、レンジ駆使して野菜食べさせようとしたり」

知っての通り、記憶力は良いからね、と笑う兄に、返す言葉がありません。


幼少期の自分を振り返れば、不自然のオンパレードでしたからね。

生き延びる為だったので後悔はしてませんが。


何も言われなかったので、兄も幼かったし、ぼうっとしてる時間多かったから、忘れてるんだと都合よく解釈してました。

この兄にして、そんな訳無い、ですよね。


「…………なんで、何も言わなかったんですか?」

気がつけば、疑問が口をついて出ていました。

「気持ち悪いと思わなかったんですか?だって、明らかに変、でしょう?!」

言葉とともに抑えようとしてた感情が溢れてきて、最後には叫んでいました。

視界が滲んでいます。


「だって、それが結愛だったし」

立ち止まってしまった私の手を引いて歩くように促しながら、兄がさらりと答えました。


「ずっとあの部屋で1人で、ずっと寂しかった。だから、側にいてくれる「妹」ができて嬉しかった」

ゆっくりと歩きながら、穏やかな声で兄が話します。

とても小さな囁くような声なのに、不思議とその声は真っ直ぐに耳に染み込んできました。


「『妹』が自分を見てくれて、笑ってくれて、初めて『自分』って存在がしっかりと認識できた気がしたんだ。『母さん』の付属品じゃない。都合のいいお人形でも、ない。『にーに』って呼んでもらうたびに、僕は僕としてここに居て良いんだって思えた」


「それは、私じゃなくても……」

思わず、否定しようとした私の言葉を、前を向いたままの兄がゆっくりと首を横に振ることで否定しました。


「違うよ。結愛、だったからだ。君の言う『普通の』赤ちゃんだったなら、あの日々をあんな風に笑って過ごせることは、絶対なかった」

きっぱりと否定された事で、私は息をのみました。


確かに。

何もわからない赤ん坊だったのなら、状況はかなり困難だったでしょう。

もしかしたら、生きていけなかったかもしれないほどに。






ずっと、前を向いたまま歩き続けて兄の足がピタリと止まったのは、人気のない河川敷の歩道でした。

毎朝、ジョギングをする時はあんなに人で賑わっている道なのに、今は、不思議なほど人の気配を感じません。


夕日が沈み、世界が闇に包まれる直前の、ほんの瞬きの間の時間。

逢魔が時、です。

不思議な薄闇の中、兄が、ゆっくりと振り返りました。


「結愛があると言うのなら、君が前の人生の記憶を持っているのも本当なんだろう。不思議だけど、これまでの時間が、その事を信じさせてくれる」

手の繋げる距離、が、もう一歩近づきました。


「君がそのことになぜか負い目を持っていることも、なんとなく、分かる。でも、だからこそ、あえて言わせてほしい」

フワリと広げられた両腕が私を包み込み、しっかりと抱きしめられました。


「サーヤ、僕の妹に『結愛』に産まれてきてくれて、ありがとう」

顔を胸に押し付けられてるから、兄の顔を見ることは出来ません。

だけど、押し付けられた所からダイレクトに伝わってくる兄の鼓動が、私の中に巣食っていた不安を押し流していってくれました。





そう、私は、ずっと、不安だった。


前世の記憶があるってことは、突然に訪れた「死」の記憶を持ったまま産まれてきてしまったって事。

やり残したたくさんの心残りや無念も引きずっているって事。


『沙絢』の記憶は便利だったけれど、今世で出会ったたくさんの優しい人達を騙しているような罪悪感がずっとあって。

知られてしまえば、嫌われてしまう気がして。

だけど記憶としてある以上、『沙絢』も確かに私の一部で、捨ててしまう事も忘れてしまう事もできなかったんです。


だけど。


『兄』が。


『結愛』として生まれて、1番最初に手に入れた大切な人(たからもの)が、認めてくれました。

『沙絢』の記憶も含めて全部が『結愛』なのだと。


その瞬間。


『沙絢』と『結愛』を隔てていた透明な壁のようなものがフワリと溶けていくのを感じました。


(さあや)』は『(ゆあ)』。

そのまんまの存在で、ここにいて良いんだと。


ホロリホロリと涙が溢れてきます。

その全てをしっかりと兄の胸に押し付けて、私は声を出さずに泣きました。

嬉しくて、でも、なぜか切なくて。


でも、そんな中で変わらないものは、ただ1つ。

幼い頃から何度もなんども繰り返してきた言葉。




「にーに、だいすき」





抱きしめてくれる腕にギュッと力がこもりました。





「ぼくも。ずっと一緒にいようね」






読んでくださり、ありがとうございました。


ゆあちゃんにとって、最大のヤマ場。

お兄ちゃんにカミングアウト、でした。


キリよく100回でひと段落させたくて、いつもより1話が長くなってしまいました。

が、どうにか纏まったのではないかなぁ〜〜と、自己満足。


後、少しだけ別視点の番外編を予定してますが、本編はココで一先ず終了という事で、完結をつけさせていただきました。


夜凪の作品では、初の3桁となりました。


本当は、乙女ゲーム(?)編に突入するつもりはなかったのですが、迷走ヒロインのキャラが浮かんで、どうしても書いてみたかったのと、兄にカミングアウトさせたいなぁ〜ってのがあって、蛇足的に付け加えてしまいました。


長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。





29.8.26の活動報告にネタバレ1つとオマケの小話1つ置いてます。

興味のある方はどうぞ。




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