転生聖女の追憶
そもそもユーニスに琴葉の記憶が戻ったのは10に満たない頃だった。
その頃から聖女教育はされていたし、ユーニスは毎日それに疑問にも思わずこなしていた。
そんなある日のことだった。
よく前世持ちのネット小説でもありがちな、どこかに頭をぶつける。とか高熱を出す。とか死の淵を垣間見た。とかそんなきっかけのようなものは何もなかった。ただ、それが当然であるようにふと、した瞬間に記憶が思い出されたのだ。
琴葉の記憶はそれまで生きていたユーニスの記憶と融合し、その自我や人格も溶けて混じわった。
だから、私にとってユーニスも琴葉も私であったし、今の私がユーニスであることも何の違和感もなかったのだ。
そうして、その記憶を持ったまま何年も過ぎた。ユーニスとして生きる私には琴葉の記憶にある情報は役に立った。琴葉が受けていた教育、先人たちが編み出した知識、作り出された数々のもの。それら全てを参考にしてこの世界に沿ったものを提案したりしたことで、私の聖女としての名声は上がった。
ユーニスにとって琴葉は、確かに自分自身だが何年も過ぎるとその記憶を持つ意味を私はそこにある知識以外に何も見いだせなかった。その記憶自体、いつまでも忘れなかったがそこにある感情はどんどんと薄れていき、記憶そのものが本当に本物なのか分からなくなったのだ。
いや、それは言い訳だ。諦めたものもある、忘れた感情もある。だが、どうしても諦め切れたなかったものがあるから、ユーニスはこうも心を乱されているのだから。
でも、ユーニスはそうやって誤魔化したかったのだ。
だって、その記憶が本物であることを証明するものが何一つ、世界には存在しなかったのだから。
だから本当に驚いたのだ。
異世界から呼ばれた勇者の名前を聞いて、私の記憶は本物であったと、ユーニスは由鶴に会って確証が欲しかった。
きっと、そこに恋などと言う甘い感情はなかったのだ。
ただユーニスは琴葉の存在証明が欲しかっただけなのだ。それは依存にも似た感情で、過去に抱いた淡い恋心を盾にしていただけなのだろう。そうやって執着と怯えを誤魔化して…そんな私は最高に最低な卑怯者だ。
そして、由鶴の存在に私のちっぽけな虚栄を剥がされることも否定されることも怖くて私は何かと理由をつけて会いに行けなかったのだ。
きっと無理を言えばいくらでも会えたと言うのに。
彼は私を覚えているだろうか。
気恥しくて疎遠がちになっていた、ただの幼馴染みを。