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外間信道はろくでなし 1

<1>

 青い空。

 白い雲。

 ゆるやかに吹いて肌をなでる風はほどよく涼しく、非常に心地よく過ごすことができるであろう日和の昼食時。

「ねえ、お兄様」

「なんだ自称妹分」

「なんで私たちはこんな気持ちのいい日に、こんなところに居るんでしょうか」

「お前がここにいる理由は知らないが、俺がここに居るのはただの趣味だ」

 あるひと組の男女が、非常用階段の踊り場にできた影に座り込んでいた。

 男女ともにここ――公立高校、沖入高等学校での制服を着こんでいる。

 男の方は、今となっては見かけることも少なくなった黒の詰襟と足先が青い上履きを身につけており、その胸元には今年における一学年であることを示す緑色の校章が刺繍されていた。

 ただし、折り目正しく着こんでいるといえばそういうわけでもなく。

 前のボタンはひとつも留められることなく全開で、しかし、開かれた部分から見える衣服は学校指定の白いワイシャツを首元のボタンまできっちりと留めているというわけのわからない状態だった。

 乱雑に切られた少し癖のある黒の短髪と鋭く力ある視線を放つ黒目、そして四角い黒ぶち眼鏡も相まって色んな意味で混沌としているこの少年の名は、外間・信道という。

 女の方は、これまた若干見なくなった感じもあるセーラー服と足先が赤い上履きを身につけており、その胸元には今年における二学年であることを示す赤色の校章が刺繍されていた。

 なんで年下である外間をお兄様と呼んでいるのかははっきり言うまでもなく謎でしかないが、彼女がお兄様と呼ぶ外間とは違い、彼女は折り目正しく、まるでマネキンに着せられた見本のような違和感すらある着こなしで制服を着用していた。

 腰まであるウェーブがかった金の長髪と柔和で表情豊かな青い瞳、そして赤いカチューシャで前髪を上げて整った顔立ちを見せるこの少女の名は、アクセラ・カークストンという。

 外間は踊り場に腰を落とし、手元にある彩色豊かな弁当に箸を伸ばしつつ、

「お前が俺をそう呼ぶこと自体を止めるつもりはとっくの昔に失せたが、しかし、疑問を抱くくらいなら付いて来るな」

 口調にこれ以上ないほど脱力感を伴わせているくせに、表情はこれ以上ないほど感情が感じられない奇妙な状態で隣に居るアクセラに言葉を投げる。

「あら、お兄様。それは勘違いですよ。私は疑問に思ったわけではなく、目的を聞いているだけです」

 アクセラは口調と表情に笑みをにじませ、手元にある茶色一色の弁当に箸を伸ばし、

「お兄様は目的ありきで動く人間ですから」

 唐揚げをひとつ頬張って、満足の吐息をひとつ。

「誰でもそうだろう」

 外間は箸に取ったプチトマトを咀嚼しつつ、溜息を一つ。

「まぁ見方によってはそうですが。加えて、それなりに見知った仲ではありますし、なんとなく目的も判りますけれど。どうせなら屋上とかでもよかったのではないかと思ったりもするんですよね」

 ここって埃っぽいんですよねぇ、とアクセラはうんざり口調で付け加えた。

「だから来なければいいだろうに。それに、あまりいい趣味でもない。正直に言えば誰かと一緒にこんなことをしているだけでうんざりものだ。一人でやっていても筆舌に尽くしがたい感情で困り果てているというのに」

「だったら止めればいいじゃないですか」

「そう言われて止めるくらいならとっくの昔に止めているだろうな」

「ですよねー」

 二人で同時に溜息をひとつ吐き、それぞれ食事を黙々と再開。

 そうすることによって、日和に関係なく無い方がいい音が目立って聞こえてくるようになる。

 鈍くて重い、何か肉質なものを叩くような音。

 軽くて薄い、歪んだ優越感がにじみ出る複数の笑い声。

 震えて醜い、痛みに歪んだ悲鳴と嗚咽。

 ――端的に言えば、そこにはイジメの現場があった。

「校舎裏で集団暴行とか、ベタですねー」

「まぁベタなのはいいことだ。ほどよくつまらない程度だから」

 ちなみに、イジメの現場は外間とアクセラが食事を採っている踊り場の下、顔を出せば見える位置にある校舎傍であり、二人は現在進行形で展開中のイジメには何の関係もない。

 やがて弁当の中身を消費し終えた二人は、どちらともなくごちそうさまでしたと言葉を発し、のんびりと弁当を片づけ始めた。

 先に片づけを終えたアクセラは踊り場の影からこっそりと――というにはあまりにも雑な動作で顔を出し、イジメの現場を眺めだした。

「暴行を働いてるのは四人で、やられてるのは一人ですか。全員男だってのは残念ですね、発展性に面白味がないです」

 アクセラに遅れて片づけを終えた外間は普通に立ち上がり、塀に身体を預けながら横目で眼下の光景を見やり、

「そうか? 暴行を受けている生徒に姉か妹がいれば、それはそれで面白味が増すだろう。一人っ子でも母親くらいは居るだろうし」

 アクセラの言葉に応えるように、そう言葉を続けた。

「まぁそうですけど。関わってるヒトが全員女の方が一番面白いと私は思います」

「俺は嫌だな、それ。メスのイジメは陰湿過ぎて付いていけねーわ。結局行き着くところは大差ないが、過程に目も当てられん」

「そうですかねー。……否、お兄様ならそうかもしれませんね。男性ですから」

 アクセラは一拍だけ考えるような間を置き、得心いったというように頷く。

「お前は女だからな。見慣れたものが違うだろう。俺はこれでも一定以上の幻想を女性に対して抱いていたい方なんだ」

 それを見て、外間は肩をすくめる。

 アクセラはそんな外間を半眼で見つつ、普通に喋ってるにも関わらず声も聞こえないのかイジメ続行中の五名を指差し、

「意外なことが知れました。驚愕です。……で、どうするんですか? これ」

「あ? どうするって、何がだ。否、何をだよ。偶然昼食を採りに来た場所で、偶然イジメが始まった。それだけの話だろうに」

 アクセラはその言葉に喉を鳴らして笑って、嘘ばっかりと言った後で、

「こういう時、正義感の強いヒトなら助けたりするんじゃないですかね」

「面白いね、そういう展開も」

 俺はそんな役回り御免だが、と外間は言う。

 そうですね、とアクセラも同意を示した。

「せめてイジメられてるのが可愛い女の子ならな」

「役得狙いですか。お兄様ってば最低ですねー」

 アクセラはそう言って心底おかしそうに笑い、

「その評価は心外だ。俺ほど人間らしい人格をしている奴はいないと自負しているのに」

 外間はその言葉に苦笑して、塀に預けていた身を離した。

「今何時か判るか?」

「んー、ちょっとお待ちを」

 言って、アクセラはスカートのポケットから折りたたみ式の携帯電話を取り出し、待ち受け画面のデジタル表示の時計を見て、

「十二時四十分くらいで、授業開始まであと十分というところですかね。……というか、お兄様も携帯持ってるんですから自分で見てくださいよ」

「めんどくせーんだよ。――さて、その程度しか時間が無いなら戻るとするか。これ以上ここに居ても面白いことにはならないだろうし」

 外間は伸びをひとつ、続く動きで身体をほぐした後で階段を上がり始める。

「はははっ、それでこそお兄様」

 それを見て、アクセラは嬉しそうに笑み、外間に続く。

 そうして二人は半階分の階段を登りきり、非常扉――ということになっているだけで実際はいくらでも通れる扉――を開いて校舎内に入った。






<2>

 外間・信道は凡人である。

 ここ沖入高等学校を選択した理由は公立で学費が比較的安く、自宅から徒歩で通える距離にあったからという安易なもので、この学校は一応進学校として学業に力を入れているが、彼本人はそんなことは知ったこっちゃないと落第しない程度に覚える程度である。

 何かしらの部活に所属しているわけでもなく、余った時間はすべて趣味に費やすばかりで。

 人付き合いは少なく、学校外で関わることがあるだろう学友など片手で足りる程度しかいない。

 将来同窓会かなにかで名前を聞けば、そんな奴も居た様な気がするなぁと、回顧してみたところでおぼろげな輪郭も出てくるか判らないくらいの希薄な人間関係しか築いていない少年だった。

 故に。

 必要以上の功名心もなく、向上心がないため努力もせず、誰にも影響を与えることのない人間――辞書的な意味での凡人には、なるほど、外間は確かに当てはまる。

 しかし。

 それはあくまで、外間と表面上でのみ、具体的に言えば学習要領に則って定められた(ことになっている)時間割に従って進む学校生活の中で彼と過ごした結果として出る評価だろう。

 ただ本来、これは外間一人に限った話ではないはずだ。


『一人の人間がいたとして。

 その人間を好む人間が一人居れば、その後ろにはその人間を嫌う人間が十人居る。

 その人間を嫌う人間が十人居れば、その後ろにはその人間に関心を持たない人間が百人居る。

 そして。

 その人間に関心を持たない人間が百人居れば、その後ろには、そもそもその人間を知らない人間が千人居る。』


 だから。

 乱暴に言ってしまえば凡人であるという評価――特に、誰にも影響を与えることはないと認識されうるということ自体はその実、誰にでも当てはまるものでしかない。

 それを踏まえた上で、もう一度言おう。

 外間・信道は大多数のヒトから凡人と評価されている人間である。

 しかし、一部の人間からは別な評価を受けることもある、と。







 公立沖入高等学校は朝はHRから始まり、授業を挟んで掃除と簡単な連絡を兼ねたHRを経て放課後になる。

「あー、だるいなぁ」

 帰りのHRが終わり、時間帯が放課後に移ったことで、さまざまな動きが生まれて昼間とは違う活気でざわつく教室の中。

 外間は教室窓際の後ろから三番目の位置にある席で自分の荷物を片づけていた。

 外間の服装は昼間と異なり、詰襟の前にあるボタンは全て留められていて、カラーのホックだけ外している形になっている。背筋も猫背気味に曲がって、やや前傾姿勢で、単に座っているだけなのに顔と机の距離が近かった。動作もこそこそというか、ちまちまというか――ことさら目立たないようにしているわけでもないけれど、一つ一つの動きが小さく、結果として目に入らないというか風景に溶け込んでいるような感じだった。

 要するに地味なのである。

 教室を見渡せば一人くらいは居るような気がするテンプレートにして、その他大勢のいちとしての格好が今の外間であった。

「…………」

 とは言え、前傾気味の姿勢のせいで垂れている前髪の下、黒ぶち眼鏡を通して周囲を見る目は相変わらず鋭かったりして昼間との共通点も見出せたりもするわけだが。

 それはともかく。

 外間は教科書そのほかを学校指定の鞄に詰めた後、忘れ物がないか確認すると、鞄を机の上におき、抱きかかえるような感じで鞄に腕をまわして鞄に顔をつけた。

「今日はどれくらいかかるかな」

 外間は吐息をひとつ吐き、廊下側、教室の様子を眺めるように顔を横に向けた。

 まだHRが終わった直後ということもあり、教室には人影が多く残っている。

「まぁ、別段ここで時間を潰さなきゃならないってわけでもないんだが」

 この学校から人がいなくなるまで時間が潰せればそれでいいのだ。

 外間がこの高校に入ってからはや一カ月。

 一か月もあればクラス内での人間関係もあらかた固まり、部活やそのほかの場所での関係も固まり始めて、新しい生活リズムに慣れてくる。

「大抵の物語はこういう時期に発端があったりするもんだ」

 学校を舞台にしたオハナシの場合、生活リズムが崩れるタイミングでそのオハナシが始まるキッカケが発生する。

 例えば中学校から高校にあがったばかりの頃とか。

 例えば夏休みに入る前とか。

 一方で。

 ことバトルモノとか呼ばれる話が展開する場所というのは生活リズムが整った上で――そのリズム上決して通らない場所、行かない場所である。

 例えば路地裏とか。

 例えば使っていない教室などなど。

 そしてそういったフィクションなオハナシが起こる時間帯は、往々にしてその場においても人がいないであろう時間帯だ。

 例えば路地裏であれば、街ということで夜のことが多いだろうし。

 例えば学校であれば、放課後か夜だ。

 とはいえ、フィクションとはいえ日常的なものであれば時間帯に制限はないのだが、それはおいといて。

 要するにフィクション――特に現実と似通った世界設定において非日常なんて呼ばれるモノは、規則正しく、誰もにある程度共通する常識通りに行動していれば通らない場所や考えない場所で起こるものであることが多い。

 極めて現実的な非日常……というと色々わけがわからなくなってくるが、一般に悪いことだとされている行動は人目につかない場所で行われるものだろうことは想像できるはずだ。フィクションであれ、ノンフィクションであれ、そういうことは日常――一般と呼ばれる立場の人間にバレては困る類のものなのだから。

 それを考えれば当然だとも言えることとはいえ、わざわざそんな場所に好んで向かう人間はいない。

 しかし、万が一にでも巻き込まれるのは面倒だから……などと意識的に考えてやっているわけでは決してない。

 いつも通りにしているのが楽だから。

 昨日と同じように行動していれば、少なくとも得られる感情は昨日と同じだと思えるから。

 それでも巻き込まれる時は巻き込まれるのだが――人はそれを考えない。

 生活していく上で、危険なことに巻き込まれる可能性などいくらでもあるが、しかし、それをまじめに考えて生きている人間はいないのと同じように。

 それはないだろうと思いこんで生きていくのが人間なのである。

 細かいところまで見れば行動は多岐にわたっているが、大きく見てしまえば人の生活習慣や行動範囲は限定されている。夜に寝て朝に起きる、なんていうのは最たるものだ。

 その習慣においての少数派。

 それが本来の日常に対する非日常である。

 ――というのが外間の考えである。

 だから。

 この時期は、そういうことが起こるにはいいタイミングなのだ。

「……本当に、我ながらろくでもない趣味だな」

 外間はそう考えたところで、鞄に顔をうずめて口元を苦笑で歪めた。

 外間が部活をやるでもなく、委員会の仕事があるでもなく、勉強をするためにでもなく、放課後になってもわざわざ学校に残り続けているのはひとえにそのためだ。

 誰しも憧れを持ったことはあるだろう。

 ヒーローになりたい。ヒロインになりたい。こんな物語の登場人物になってみたい。――そんな風に、憧れたことがあるだろう。

 一般的なそれと比べて方向性が若干歪であるのだが、外間はそんな憧れをまだ捨てられずにいるのだ。

 だからこそ、外間はヒトが行かないであろう場所に行くことを、趣味と称して自ら率先して行っている。

 やっていること自体は他人にバレたら恥ずかしくて死にそうになるような類のものなので、そこそこ慎重に。

「行くか」

 苦笑を消し、教室を再び見た外間はそう言って、鞄を手に椅子から立ち上がった。

 なにやら今日は、人がはけるまでに時間がかかりそうな気がしたからである。

 バカなことに時間を使っているとはいえ――否、だからこそなのかもしれないが――外間は時間を浪費することを好まない。

 今日は授業で課題もそこそこ出ているし、図書室にでも行ってそれを片づけてしまおうと考えたところで、

「お、ちょうどいいのがいるじゃん」

 横合いから誰かが外間の肩を抱くような形で絡んできた。

「……っ」

「外間く~ん、ちょっと頼みごとがあるんだけどさぁ」

 外間が視線を横にやれば、名前を知っているだけで、特に親しくしているわけでもない男子生徒がいた。というか、外間は誰かと特別親しくするつもりはないのだが。

「……何かな?」

 外間は気弱そうな愛想笑いだけを浮かべて、しかし声だけは平坦に、感情をこめずに問いかけた。

 その愛想笑いを見て、与しやすいと思ったのか、さらに馴れ馴れしい調子でその男子生徒が続ける。

「実は先生に雑用頼まれちゃったんだけど」

 だからどうした、と切って捨てたい衝動に駆られる自分をなんとかなだめる外間である。

「でもさぁ、俺忙しくってさ。ほら、見てよ。あいつらと遊ぶ約束してるんだよね、この後」

 言われるままに視線を動かせば、なるほど確かに、この男子生徒とよく一緒にいる顔が何人か集まっているのが見えた。

「……で、それと私にどういう関係が」

「だから頼みごとだっつってんじゃん。代わってくれってさ」

 そんなことは言われた覚えが微塵もない外間である。

「なんで私が」

 そのことには言及せずに外間はそう言って、視線を周囲に巡らせる。

 ……まだ人が多いな。

 内心で舌打ちをひとつ。その気になれば断るどころか、こいつ一人が相手なら叩き潰すこと自体も考えるのだが、そのことで今後視線が集まるようになると厄介だ。

「俺たち友達だろ? 困ってるんだから助けてくれよ」

「……でも、私にも予定があるので」

「おいおい、いつまでかかってんだよ!」

 若干焦れた様子で、しかし、簡単なこと(だと彼らは思っているだろう)に手間取るこの男子生徒をバカにして楽しむような声が飛んでくる。

「うるせえな。すぐに追いつくから先行ってろって!」

 あははと笑いながら、外間に対しては見下す感情が透けて見える視線を、この男子生徒に対してはからかうような視線をそれぞれ向けた後で、この男子生徒の知り合いとやらは教室から出て行った。

「…………」

 外間はそれらの視線を意に介した様子もなく、再び視線を教室内部に向ける。

 この手のやり取りは見ていて気分のいいものではないだろう。

 だから、このやり取りを見て、周囲のヒトがとる行動はおそらく三種類だ。

 ひとつは、その場から立ち去るという、ごくごく一般的な反応。

 ひとつは、そのやり取りを見てクライ感情を満たすというちょっと変わった反応。

 そして残るひとつは、そういったものが許せないからと介入してくるという異常に珍しい反応だ。

 どうやらこのクラスは一般的な反応を示す学生の方が多いらしい。外間にからむ男子生徒、その連れが彼に対して大声を出した時点でこのやり取りに気付いた生徒は逃げ出すように教室を後にしていた。

 そして、外間が何の意図もなく視線を動かせば、

「……っ」

 巻き込まれるのは御免だとか、どうにもできないからごめんなさいとか。どうしたらいいのか判らずに動けなかったように見える学生たちは、そんな感情が読み取れる表情を浮かべた後で、立ち去っていった。

 このやり取りが始まるまで残っていた生徒で、このやり取りを見ていたいと思う人間や止めたいと思う人間はいなかったらしい。彼の連れが声をあげた後、教室に残っている人間は彼と外間だけになった。

 意外と都合のいい方に世の中進むものだなぁ、と外間が内心で呆れていると、

「あのさぁ」

「……何ですか」

「今のやり取り見たろ? だからさ、頼むって、な? お前以外にいないんだって」

「……さっきも言いましたけど、私にも予定があるので無理です」

 外間はそう言って、絡んでいる男子生徒の身体を自身から引き剥がした。

 いい加減鬱陶しいというのもあった。しかし、それとは別に、ここから場面を動かすにはこうするのが一番だろうと判断したのだ。

 そして、

「いちいち歯向かってんじゃねーよネクラがっ」

 男子生徒は舌打ちひとつをこぼすと、そう言い放って外間の胸倉を掴み上げた。

「お前みたいなネクラでオタクな奴は、俺の言うこと素直に聞いてりゃいいんだよ! 選べ! このまま殴られて言うこと聞かされるのと何もされない内に言うことを聞くのとどっちがいい!?」

 言っていることが意味不明というか支離滅裂というか、自分本意の塊ではあるが、他人に自分の都合を押し付ける類の人間がろくなことを言わないのは世の常である。

 ……にしても、

「陳腐な台詞だなぁ」

 外間はやれやれと溜息をひとつ。

「……あ? 何か言ったかテメェ」

「いや別に。聞こえていないならそれでいいんだが」

「で、どっちにするんだ?」

「どちらも嫌だな。痛いのは嫌いだし。とは言え、やりたくもないことをやらされるのも御免だ。だからまぁ、諦めて自分でやれ」

「そーかそーか。だったらまぁ……」

 男子生徒が外間の胸倉を掴む手に力を入れ、

「殴られて言うこと聞いとけ!」

 空いた手を拳にして振りかぶった。

 その拳に対して、

「……っ」

 外間は抵抗しなかった。

 だから、その拳は狙い違わず外間の顔を叩いた。

 鈍い、乾いた音が響く。

 殴られた勢いで外れた眼鏡が床をからからと転がる。

 しかし。

 動きはそれだけでは終わらなかった。

「なっ……!?」

 外間が殴ってきた男子生徒の胸倉を両手で掴んで、彼の額に自身の額を叩きつけた。

 平たく言っても言わなくても頭突きである。

 予想もしていなかっただろう反撃に怯み、男子生徒は胸倉を掴んでいた手を離し、たたらを踏むように数歩後ろに下がる。

「あーあ、つまんねー展開になっちまったなぁ」

 言って、外間は空いた左手で下がった男子生徒の前髪を掴み、引き寄せ、その勢いのまま鳩尾に左膝を叩きこむ。

「がっ……!」

「まったく。殴るなら顔じゃなくて腹だろ少年」

 外間が左手を離すと、男子生徒はその場にうずくまった。

 しかし、外間はそこで容赦をしない。

 男子生徒の横に回って、空いた脇腹に、まるで路傍の石を蹴るかのような気軽さと手加減の無さで爪先を入れる。

 男子生徒が苦しそうに呻き声をあげて床に転がるがそれも無視。

 何度も何度も何度も何度も。服の上から男子生徒を踏みつける。

「…………」

 無抵抗になったのを確認すると、外間は溜息をひとつ。

「ラノベとかだと殴られるか殴られそうになるタイミングで気が強くて正義に熱い委員長キャラが助けに入ってくれたりするんだが、俺にそういった縁はないようだ。まったくもって残念だなぁ」

 床に転がった眼鏡を拾い、ポケットから眼鏡拭きを出して拭きつつ、

「この場合だと、この場面を見た誰かが俺のことを気にかける感じで展開が進むか……もしくは、この馬鹿が何かしらして面倒になるってところか。前者はまだ面白味があるが、後者は個人的に面白くないな」

 汚れの取れた眼鏡をかけ直し、外間は男子生徒の傍にしゃがみこむ。

「おい」

「…………」

「おいこら、黙ってるんじゃあねーよ」

 外間は床に転がる男子生徒の頭を軽くはたく。

 でも多分黙ってるんじゃなくて喋れないんだと思いますよ彼。

 外間は溜息をさらにひとつ追加し、どんだけ幸せ逃がしてるんだろうなぁと場違いなことを考えながら、床に転がる男子生徒の髪を掴みあげて顔をあげさせる。

 見れば、視線には憎々しげな色はまだ残っていた。

「はぁん? 意外と元気じゃねーの。まぁいいけどさ。こういうやり取りは不毛だから二度とやらないようにしようぜ、少年」

「…………」

「今日のことはなかったことにしてさ、お互いこれからの学生生活では極力関わらないようにしようや。その方が平和だろ?」

「……ふざけんなよ、テメェ。後で――」

 陳腐な台詞しか出てこないらしいので、外間は少し勢いをつけて持ち上げていた頭を床に落とすことで言葉を中断させる。

「後で、後でねー。別に突っかかってくるのは構わないんだけどさぁ。先に言っておくけど、やられたらやり返すぜ、俺は」

 外間は近場の椅子を引き掴み、

「――動くなよ?」

 勢いよく置き直す。

「……ひっ!?」

「おいおい、情けない声を出すなよ」

 外間はそう言って失笑するが、彼が怯えたような声をあげるのも当然だ。

 椅子の足が自分めがけて勢いよく降ってくる――なんて状況に恐怖を覚えないわけがない。

 今、床に転がる男子生徒の眼前には、外間が掴んだ椅子の足が突き立っている。

「今日、私と君は言い争いをした。――動くなよ?」

 がたん! と椅子が鳴り、寸分違わず、椅子の足は同じ場所に突き立つ。

 転がる生徒の鼻先一センチに。

「そして、君は私を殴った。――動くなよ?」

 がたん!

「しかし、私は君の言うことを聞かず、隙を見て逃げ出した。――動くなよ」

 がたん! がたん!

「与しやすいと思った相手にたやすく逃げられた君は、そのことを恥と思い、今日のことはなかったことにしようと決めた。――動くなよ」

 がたん! がたん! がたん!

「君は今日のことを誰にも話さない。私も今日のことは誰にも話さない。お互いの間で、このやり取りはなかったことだ。そうだよな?」

 がたん!

「……こ、こんなことして、先生にバレたら――」

 がたん!

「なぁ、さっきの続きだけどさ。後で、っていう選択肢は、後がある人間だけが選べる選択肢だったりするんだよね。判ってる?」

 そもそもさ、と。外間は溜息を吐く。

「お前の言うことを誰が聞くと? あの場面を見ていた人間はおそらく大半がお前の言うことを支持しないと思うんだが」

「……そんなこと、は」

「苛めていた地味な学生が突然豹変して自分を叩きのめしたんです、って言うのか? どこのフィクションだよそれって、笑われるだけだと思うけど。それでも言いはれるってんなら止めないぜ」

 実際のところどうかは知らんが、と思いはすれど言いはしない外間である。

 世の中言いきったもの勝ち。

「…………」

「で、どうする? 俺としては、ここはお互い無かったことにしてこの先穏便に行きたいと思うんだけど」

「もし断ったら」

「お前、どうなるか想像つかないほど頭悪いの? ――まぁ、全然関係ないけど、男の下着を脱がすなんて真似はしたいと思わないないよな? お互いにさ。俺はノーマルだから、できれば女子のがいいなぁ。お前はどうよ?」

 息を呑む音が聞こえた。

「言っておくけど。もし俺にとって不都合な答えが返ってきたり、今後不都合なことが起これば、俺は容赦なくやるよ。したくはないけどせざるを得ないから。学生生活が続く間中ずっと夜道に気をつける生活を送りたいというならそれはそれで。俺は一度やればいいだけ、お前は学生生活の間中。どうする?」

「……わかった」

「何を理解したのか、判っているなら言葉にしてみろ。お前の頭は鳥頭じゃないだろう?」

「……俺は外間に何も頼まなかったし、怪我は自分のせいだ!」

「判って頂けて何より」

 外間は疲れたような吐息をひとつ吐き、椅子から手を離す。

 それを見てとった男子生徒がぼそりと呟く。

「くそっ、覚えてろよテメェ」

 がたん!

「……っ!!」

 椅子の足が鼻先にかすめる程度の距離に落ちた。

「言葉には気をつけろ。お互いに何も覚えておかないのが一番だ。だろう? ――仏の顔は三度までだそうだが、俺は気が短くてね、二度目はない」

 外間はそう言って、転がったままの身体を足で小突く。

「わ、かった」

「…………」

 外間は無言でその身体を踏みつけた。

「……っ! わ、わかりました、外間さん」

「言葉使いは大切だね。じゃあよろしく」

 外間はやれやれと肩を落として、いつのまにやら落としていた鞄を拾いあげて教室を出た。







「おつかれさまでした、お兄様」

 教室を出た外間に向かって、くすくすと笑いながら言葉をかけてくる人影がひとつ。

 金髪青目、ふわふわとウェーブがかった長髪、赤いカチューシャであげた前髪――とくれば、誰あろうアクセラ・カークストンその人であった。

「わあおどろいた。――じゃあな」

 外間はその姿を一瞥して確認した後、そう言うだけでとことこと歩き出した。

「ちょ、なんでやる気のない返事だけでスルー!? 言うことありませんかほかに!」

 アクセラは驚き慌てた様子で外間の後に続く。

 外間は歩みを止めることなく、ひとり呟く。

「まずは保健室かな。一応もろで食らったから冷やすくらいはしておかないと」

「無視はイヤです! ちゃんと相手してくださいよぉ!!」

「俺はお前の相手がイヤなんだよ」

「斬って落とされたああああああ!」

 アクセラは大声で喚きながら地団太を踏むように廊下を踏みまくる。

「やだやだやだやだ! ちゃんと話しましょうよ!」

「うざい」

「釣った魚に水をやらないんですか!」

「……意味判った上で言ってるのかお前は」

 正しくは釣った魚に餌をやらないであって、やらないのはエサである。水ではない。

 外間はうんざりとした吐息をひとつ吐き、

「判った判った。お前の相手は後でしてやるから、まずは保健室な保健室。地味に痛いんだよ殴られたとこ」

 アクセラは素直に頷き、外間についていく。

 そんなこんなで保健室。

「ありがとうございました」

「かははっ、あんまり無茶すんなよー少年」

 成人女性の割には小柄で、童顔。ボーイッシュな雰囲気の髪型や目鼻立ちなのに白衣着てる珍しい保険医からそんな言葉を背中に投げられつつ、外間は保健室から出てきた。

 外間の頬には湿布が貼ってあった。

 打ち身ならこれでいいだろ別に、となんだか投げやりに張り付けられたものだが意味はあるのか外間にはよくわからない。効かないということもないだろう、一応冷蔵庫に入ってた冷タイプのやつみたいだからと納得はしているから問題は無いのだが。

「お兄様、男前度が上がりましたね!」

「どんな度合いかねそれは。上がって嬉しいものではなさそうだが。とりあえず動くか」

「しかしお兄様、ここの保険医のキャラ設定は大概だと思いません?」

「珍しいのは確かだけどな。あんまり深く付き合ったりはしてないから知らないよ。そういう人もいるだろ」

「どこに行くんですか?」

「今日は旧校舎でも見てみるか。最近行ってないし、時間も考えるといい舞台だ」

 そう言った外間に応じるように、アクセラは先んじて歩き出し、外間もそれに続いた。

「しかしお兄様」

「なんだ自称妹分」

「さっきのはなかなか面白かったですねー」

「俺は面白くなかったけどな。面倒なフラグだけ残る形になったし」

「いやいや、そういう話じゃないですよ。面白かったのはお兄様の方ですから」

「あ?」

「全部陳腐でした」

「ああ……」

「今時あんなのを真面目にやろうと思う人も珍しいですよね? 明らかに三下っぽかったですよ、どっちも」

「いいんだよ、陳腐だろうがどんなに下策だろうがやりたいことならやってみるのが主義なんだ。後悔の少ない人生には憧れるがね」

 それにな、と外間は溜息を吐く。

「あの展開にせざるを得なかったのはお前のせいだろうが」

「あら、バレてました?」

「あからさまな出待ちというか出落ちをした奴が何を言う……」

「なはは、ですよねー」

「教室から出て行ったやつの内、誰かが誰かに助けを求める形であのことを知らせる可能性はなくもない。それが教員か風紀委員とかそういうものかはともかく、時間かかった割に誰も介入してこないってことに違和感を感じないほどアホじゃあねーぞ、俺は。それに加えて、あれだけ音立てたのに余所から人が来ないってのも変だろう」

「どうやったのかってのは聞かないんですか? 人が来なかった理由が私だった、と結論するのは簡単ですけれど。人に呼ばれたにせよ音を聞きつけて来たにせよ、事情が事情ですし、普通の方法じゃ行かせないようにするのは無理でしょう」

 アクセラはそう言ってくすくす笑う。

 外間はおどけるように肩をすくめ、

「俺はある程度想像ついてるから聞く理由もない。言いたいなら止めないが。俺としては、折角、正義に熱い女の子と縁ができるチャンスを潰されたことの方が腹立たしいくらいだからな」

 アクセラはそう言いきった外間に三白眼を向ける。

「……なんで女の子って限定するんですか」

 外間はそう言う自分がおかしくてたまらないと、そう思って笑みを浮かべながら言う。

「王道だろう? 窮地に追いやられた人間をヒーローが助けるってシチュエーションってのは。助けられる対象が女子なら助けるのは男だ。助けられる対象が男なら助けるのは女子だ。でないと話が進まない」

「二次元と三次元、フィクションとノンフィクション、現実と非現実をいっしょくたにするのはよくないですよー」

「何言ってんだ自称妹分。俺は一緒にしてるんじゃねーよ、そうであったらいいなと希望を抱いて生きてるだけだ」

「一緒でしょそれ」

「素でツッコミされると響くね」

 外間は全然響いていない様子でそう言った。

 そういえば旧校舎ってこっちから回ってもいけなかったような気がするんですけど何でこっち来てるんですか私たち、とアクセラが言うので、外間が気付いてたんならその時に言えやと突っ込んだものの、仕方ないので昇降口で靴を履き替える二人。

「なんで無駄に回り道をさせやがったんだお前は」

「いやまあ、いつ気付くんだろうとちょっと試してみたかったのもありますが……お兄様の目的にも合致しますよ。直接行くと運動系の部活がランニングしてるところに出くわす可能性があったので、ちょっとだけ寄り道するのもありかなと思いまして。ちょっとしたお茶目です」

「……なるほどね」

 旧校舎には昇降口とは反対側の位置にあり、現在いる校舎をぐるりと半周回る必要がある。

 一応現校舎と旧校舎の間に通路が繋がっているので、上履きのままでも行こうと思えば行けるのだが、軽く回った後でどうせ帰宅するのだからと遠回りをして昇降口に来ているのであった。

 無駄な回り道というのは、そもそも昇降口からも旧校舎からも遠ざかる位置を歩いているから突っ込まれたのである。補足説明終了。

 そして、人気のない道中。

 アクセラは並んで歩く外間に、心配と懐疑の感情が滲む声音で問いかけた。

「しかしお兄様。真面目な話、先ほどのことですが、対処はあの程度でよかったのですか?」

 外間は人気が無くなったのを確認しつつ、眼鏡を外しながら問い返す。

「自称妹分、お前はあの対処じゃ不十分だと思うのか?」

 声音には自身の発言に確信を持っていることがうかがえる笑みが含まれている。

 アクセラはそのことに困ったような表情を浮かべつつ、首肯を返した。そして、続ける。

「展開は陳腐とはいえ、妥当ではあったのかと思いますが……しかし、決定的なものが何も無かったように思います。彼の行動を止め得る決定的ななにかが」

「決定的な何か、ねー。またカッコイイこと言うねぇ、お前は。言ってしまえば、単なる見解の相違だろうけどな。まぁ道中暇というか常に暇だしな。青春っぽく持論を展開させようか、お互いに」

 そう言って、外間は歩調を緩める。

「内容はまったく青春関係ないですけどね」

 だよなーと同意を返す外間に苦笑しつつ、アクセラも同様に歩調を緩めた。

「逆に聞くけど。自称妹分、お前はどこまでやれば後腐れないと思うんだ?」

 アクセラは外間の問いに考えるように一息の間をおいて、答える。

「あの場合はそれこそ、お兄様が言った通りに、脱がして撮ってしまえば良かったのではないかと」

「……勘弁してくれ。面倒な上に気持ち悪い。言ったろ、俺には男を脱がす趣味はねーの」

 外間は心底嫌そうに表情を歪めてアクセラを見た。

「趣味の問題ですかね、これ」

 アクセラは顔だけを動かして外間と視線を合わせて、呆れたと吐息をひとつ。

「趣味嗜好の問題だろ」

 何を当然のことを、と言わんばかりに外間は肩を落として吐息をひとつ。

 アクセラは向けた視線を三白眼に移行させて一瞥をくれた後、視線を前に戻す。

「違うと思いますケド。しかし、お兄様はなぜあれでよしと判断したのですか?」

「なんとなく」

「もうちょっと語りませんかね!? 広がらない!」

「いいツッコミだなー。――おいおい、そんな目で見るなよ。そこそこ真面目に答えるから。ぶっちゃけるとな、自称妹分、お前のそれも微妙なところだと俺は思うわけだ」

「なぜですか?」

「そもそも、ああいう展開に持っていかざるを得なかった時点で下策だからだよ。誰とも敵対しないのが最高で、一度敵対したらどこまでやっても足りないんだって話。だから、飽きたところでてきとーに切りあげたんだ」

 外間はアホなことを言ってるなぁと思いつつ、そう思いつつも言いきった自分にうんざりした。

 つまらないことを言っている、という自覚はある。

 そして、自分にとっては自明の理であると思っていることをわざわざ口に出して他人に伝えたいと考えてしまい、あまつさえ実行してしまう自分は子どもだよなーとも思うが。言うの楽しいから止められないんですよねこういうの。

「……それは」

 アクセラは言葉を濁しているが、しかし、その声音からは対応に困ったような調子が感じ取れて、外間は照れの感情を得る。

 やっぱり他人も交えてアホをやるのは肌に合わないなぁ、と思いつつ、

「敵対関係が存在しないと話が進まないけどなー。どんな話も敵対とか対立とかがあって当然だ。対象が物理的に存在するかしないかの違いはあるんだろうが。……まぁそう考えると基本、最高にいい対応ってのは存在しないんだってわけよ。どういう対応をするかは、それこそ趣味の範疇だろう」

 今更何を気にしているのやらと開き直るように、アホなことを重ねて言った。

「さっきも言いましたけど。趣味とは違うでしょう、それは。あえて言うなら主義や思想ですよ」

「はっはー、いいね自称妹分。選ぶ言葉がカッコイイぜ」

「馬鹿にしてるようにしか聞こえませんが」

「その聴覚機能とそこから得た情報を元にした自己判断は正しいんじゃないかな。――おいおい怒るなよ。俺は主義や思想も言いかえれば趣味嗜好で選択したものですよ、ってそんな風に落着させてんのさ。だからわざわざカッコイイ言葉に直してるやつを見ると馬鹿にしたくなるお年頃なのよ。若いし、子どもだもんなぁ」

「…………」

「いやー、我ながらはっずかしーね。なんだ『対象が物理的に存在するかしないかの違い』って。真面目に語ることじゃあねーな。我ながら陳腐というか薄っぺらい上に偉そうだ。あーやだやだ」

「ですがお兄様」

「……何だよ、まだ語るのか?」

 アクセラの言葉に、外間は心底居心地悪そうかつ嫌そうに表情を歪めた。

 自分で促した形にしたものの、正直展開の仕方失敗したなこれと思ってこの話題は早く終わらせてしまいたい外間である。

「極論、相手を殺してしまえばそれ以上厄介なことにはならないのでは?」

 アクセラはそんな外間の様子に頓着していないようで、至極真面目な顔をしてそんなことをのたまった。

「法律というものの存在を知っていますかねお嬢さん」

 正直外間も大概アレな人間だが真顔でそんなことを問われると流石にドン引きせざるを得ない。中途半端に常人でもあるので。

「それが無い場合で」

「極論というか超アリエネー仮定キタコレ。勘弁してくれよ。――え、なにその顔。ガチでマジ振りか? めんどくせーなぁ」

 外間はがりがりと頭をかきながら、もうやだこの妹分空気読めよと思いつつ、言う。

「世界に二人しか存在しないなら片方が死ねば終わりだろうさ。でもよ、普通は両者それぞれに関係者がいるだろ。親とか友達とか。片方が死んだら、死ぬ原因を作った方を恨むこともあるよな。恨みを持った人間は、その矛先にある人間に死んでほしいと思うことだってあるだろうさ。そして実際に行動を起こしたら――エンドレスエンドレスで問題が膨らむというか続くだけだぜー。めんどくせーよなぁ」

 外間はおどけるように肩をすくめて、もろ手を肩の高さまで上げて見せた。

 アクセラはそれを見ず、腕を組んで片手を顎に当てて考えるような間を置いた後で言う。

「でも数は確実にひとつ減りますよ。傷つけただけなら、傷つけた相手も含めた関係者を相手にする可能性もあるじゃないですか。それに比べれば楽だと思いますけど」

「はっはー、カッコイイぜ自称妹分。だけどさ、数より厄介な問題があるだろ」

「なんですか?」

「感情の差。死なせた責任を取れって要求する奴と、傷つけた責任を取れって要求する奴の温度差はかなりのもんだ。相手にするなら後者の方が楽だろう、基本的には」

「……そんなものですかね」

「少なくとも後者なら金で解決できる場合がある。取り返しがつくにしろ、取り返しがつかないにせよ。金額の多寡があるだけでな。前者も金を払わなければいけない場合があるが、金を払ったところで手打ちにはならないんだろうし。その差の分だけ楽なんじゃねーの。金額次第ってのもあるけど。

 ……ま、さっきのはそこまで大きな話でもないけどな。面倒な相手に何度も絡んでいくほど、相手も馬鹿じゃないだろうとせいぜい期待しておくよ。少し周りを見てみれば、扱いやすい奴なんていくらでも居るんだから」

「かっこ悪いですね、お兄様。安易な打算しかないじゃないですか」

 アクセラは笑みの吐息を吐き、お手上げというように両手をあげた。

「当たり前だろ。俺はラノベの主人公じゃねーんだから、かっこ悪いくらいで十分だよ。カッコイイのは口先だけだっての。俺にできるのは精々、女の子が不良に絡まれてたら警察にケータイで連絡してそのことを教えてあげる程度さ。見ろよこの力瘤、普通過ぎて笑えるだろうが」

「いや、制服の上から力瘤見ろよとかどんだけ無茶ぶりするんですかお兄様。にしても口先だけとか、また三下っぽいですねー……」

「三下! いいねー、いいじゃねーの、三下。枠が多いからいくらでも潜り込めそうな感じで。主人公とヒロインは一枠だけしかねーんだから競争率高いだろ? 俺は楽に入れるところの方がありがたい。エキストラなら、どんなところにも顔出せるんだから儲けだぜ。人生一度きり、どうせなら色々見てみたいもんだろう」

「……本当に変な人ですよね。普通怒るところだと思いますよ、三下とか言われたら」

「実際三下だよ、俺は。そんな俺がこうして五体満足で居られるのは恵まれているからだな、運にせよ環境にせよ。ありがたい限りだ」

「周囲に優秀だと言われていた人間も、あなたが負かしてきた人間の中に居たはずですよ? その人間から見れば、あなたが自身を三下呼ばわりすることは好ましくないと思います」

「細かいねぇ、お前も。俺以外に勝てるならそれでいいだろうに。俺は俺が勝ったことのある人間にしか勝ったことがないし、俺じゃどうあがいたって負けちまうような人達や状況ってのがごまんといるし、あるぜ、世の中には。

 次やれば負けるかもしれないから、一度勝った人間とは極力やりあわないけどね、俺は。勝てないかもしれない勝負すらしない主義だ」

 一息。だって三下だもんなあ、と外間はひとりごちて、視線をアクセラに向けて、

「……また三下だって言ったけどな。どうだ、自称妹分。こう言った俺のことを、お前はどう思う?」

「流石お兄様、それでこそお兄様。それ以外を言う気はないですね」

「はあん? いいねいいね、その余裕。その余裕がどこまで保てるか楽しみだ」

「……? どういう意味ですか、それは」

 アクセラが疑問で表情を歪めて外間を見たが、

「ついたぜー、旧校舎。――はっはー、そしてナイスタイミングだ俺!」

 外間はその問いに応えず、旧校舎の入り口前についたところで、そんなことを勢いよく言いきった。

 そんな外間の反応に対して、アクセラは疑問符を重ねようとしたが――



 瞬間。

 旧校舎の一角が内から外に向かって爆ぜた。



「く……っ!!」

 轟音が響く。

 爆風が駆ける。

 破砕がしぶく。

 ――破壊の一語、その具現がそこにあった。

 しかし、

「うへー、こりゃすごいな」

 非日常そのものであるその光景を前にしても、外間は変わらない調子で、むしろ楽しむような声音でのんびりとそう言った。

 風で飛んでくる細かい破片を避けるために、片腕を壁にみたてて顔の前にあげながら。

 隙間から見える口元は楽しそうに歪んでいる。

「何を悠長に構えているんですかお兄様! 危ないから下がりましょう!!」

 風が治まり、しかし土くさい粉塵が立ち込める中。

 アクセラは近くにいる筈の外間に向かって声をあげた。

「むしろ動いた方が危ないわ戯け。それに勿体ないぞ、出番だ出番、自称妹分。お前の出番だ」

「は……? ――っ!!」

 外間のその言葉に、何度目かわからない疑問符を重ねた直後。

 アクセラは気付く。

 否、どうして今まで気付かなかったのかと更に疑問符を重ね、

「外間、お前は何がしたいんだ本当に!」

 即座に思い至った原因に対して叫び、動いた。

 気付いたことは二つ。

 ひとつは、外間が自身に対して何かをしていて、このタイミングでそれを止めたということ。

 そしてもうひとつは、外間と自分以外の第三者が外間に向かっていくことだ。

 目の端で捉えた粉塵の動きが不自然に歪んでいることに加えて、肌が粟立つような明確な殺意を感じ取ったから判断できたことだった。

 アクセラは舌打ちひとつを挟んで、外間と第三者の間に介入する――!

「「……っ!」」

 甲高い金属音が響き、衝突時の衝撃で両者を中心に粉塵が晴れる。

 粉塵が晴れたと同時。衝突した両者の内、一人が大きく後方へと下がり、距離をあけた。

 外間とアクセラは、晴れた視界にその姿を収める。

 それは一人の女だった。

 腰まである黒の長髪に、褐色の肌。野性的な力強さが滲み出ている赤い瞳に、鋭く整った相貌。女性にしては長身で、そして、女性らしい起伏に富んだラインを保つ身体は、赤のチューブトップとジーンズ地のホットパンツ、白のサマーコートで包まれている。

 そしてその右手には、血のように赤い刀身の剣が一本握られていた。

 彼女は力を溜めるように、いつでも飛びだせるように、浅く身を沈めた上で。隙を見逃さないように、ぎらぎらとした視線を外間とアクセラに向けている。

 その視線の先で。

 どこから取り出したのか。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたアクセラが不自然なほど白い刀身の曲刀を構えており。

 外間はその背後で、アクセラと、アクセラと相対する女を視界に収めた上で、両者に対して値踏みするような視線を向けていた。

「……なぜ止める」

 女は、外間よりもアクセラの方に視線を向け、そう問うた。

 外見は明らかに異国――どころか異次元レベルなのだが、使用された言語は流暢な日本語であった。

 しかし、そこに疑問を浮かべる様子もなく、

「……凶行を止めるのは常識でしょう」

 アクセラは答えることすら嫌だと、そう言うように表情をさらに歪ませながら、そう答える。

 女はアクセラの表情よりも、その発言の内容にこそ疑問符を浮かべ、重ねて言う。

「お前は私と同じだろう。ならば私が、お前の言うところの凶行に至った理由は想像できる筈だが」

「目撃者は消す、と?」

「そうだ。……魔術とは秘匿するもの。どのような理由であれ、どのような場面であれ、見られた以上は殺す。殺さなければならない。吹聴して回られても困るのでな」

「…………」

「そこをどけ。私は今のところお前と敵対するつもりはない。それとも、先ほどから私に不躾な視線を寄越すその男は、お前の使い魔か従僕なのか? ならば私は、私の早とちりで刃を向けてしまったことに謝罪をしよう」

「それは……」

「違うのだな? ――なぜその男を傍に置いているのかについては聞かん。そも、お前が人払いに気付かずにここまで来たことも驚きではあるし、それに加えて、その男がここに付いて来られた理由も不可解極まりないが。それはこの際どうでもいい。もう一度だけ言う。

 そこをどけ。

 退かないならば、」

「諸共やるってか? いやまあ、そんな時間もないと思うがね」

 外間はそこで初めて、女に向けて声をかけた。

 その事実に、アクセラの表情が変わる。

 嫌悪と警戒から、驚愕と恐怖に。

「外間、お前……っ」

「はっはー、いい感じで余裕が無くなってきたようだな。妹分を自称していたアクセラ・カークストンさん」

「外間!」

 アクセラは名前を出されたことに声を荒げる。

 そして、

「アクセラ……? ……貴女があのアクセラだと言うのか!?」

 女の方は、アクセラという名前にこそ驚愕した。

「おー、有名人なんだ。へぇー」

 外間は棒読みでそんなことを言いながら、にやにやとした笑みをアクセラに向ける。

 アクセラは険しい表情になり、非難の視線を外間に返す。

「なるほど。

 あのアクセラだと言うならば、ここで退くのは私の方か。こんな辺鄙な場所にわざわざ呼ばれたと思えば雑魚との対戦で、少々辟易していたところだったが。これはいい収穫を得た。わずかとはいえ消耗している状態でやりあっていい相手ではないし、なにより勿体ない」

 ふふふ、と不敵に笑い、女は身構えを解いた。

「おいおい。一人で納得するなよオネーサン。あんたはこいつの名前を知ったのに、名乗りもしないのか? ちなみに俺の名前は外間信道っていうんだけどね。どうせ覚えないんだろうけど。まぁ知性ある人間として当然の礼儀ってやつだぜ、名乗るのは」

 外間は自己完結して浸っている彼女に呆れたといわんばかりの視線を向ける。

 その視線に、女は一瞬剣呑な視線を返したが、鼻を鳴らして表情を戻した。

「トリス・ウォーカーだ」

「素敵なお名前で。アクセラ・カークストンさん、御存知?」

「……聞き覚えは、ありますが。高位の人形使いで、今回の競争における有力候補の一人だとか」

 アクセラは再びフルネームで呼ばれたことに苛立ちを隠さず、しかし知っていることを告げる。

「然り。確かに私は人形使いでもある。後半は、それこそあなたに言われると歯痒いものもあるのだが。あなたに名を覚えられているとは、多少なりとも自分に自信が持てるというものだ」

「戯言を、と素直に罵って頂いても構いませんよ」

 トリスの言葉に、アクセラは開き直ったかのような、挑戦的な微笑を口元に浮かべた。

「御冗談を。――まさか、脱落していたと噂されていた貴女と出会えるとは思っていなかったのでな。少し気分が高揚している。皮肉に聞こえたというのであれば謝罪しよう」

 トリスはその微笑に、おどけるように肩をすくめて両手をあげることで応える。

「謝罪の必要はありません」

「とは言え。それも貴女がアクセラ本人であるならの話だが、な。本人であるならば、そして今回の競争を避けていたと更に仮定を重ねたならば、人払いがかけられていた筈のこの場所に近づくことは無かった筈だが?」

「その人払いってのがうまくいってなかったんだろう? なにせ、何も知らない俺がここに来れたくらいなんだから」

「……見逃しているわけではないのだ。この会話が続く限りは貴様の命は続く。口を噤んでいろ」

 トリスは、自分とアクセラの会話に口を挟んだことに対して苛立ちを隠さずそう言ったが、

「おいおい、親切心で口を出してるってのに酷いことを言うオネーサンだね、まったく。人払いってのは、気付けない、近づけないって効果があるんだろ? だったらさ、それがうまく機能していない場合はどうなるか――聡明なオネーサンなら判るんじゃねーの?」

 外間は呆れた様子で苦笑を浮かべるだけだった。

「!」

 その言葉が契機だったかのように。

 遠くの方からぱたぱた、ばたばたと足音らしき音が響き始める。

「だから言ったのにな、悠長に話している時間はないって。……ああ、時間がないと言っただけだったか?」

「人が来ますね。それも複数人。おそらく、先ほどの剣戟を聞き咎めた生徒がいたのでしょう。まだ運動系の部活は帰っていない筈ですから。……そうだろう? 外間」

「俺が知るわけないだろ、そんなこと。ま、あれだけ大量の土煙が上がれば誰でも気付くんじゃないか?」

 トリスが舌打ちをひとつこぼし、外間を睨む。

「命拾いしたな、小僧」

「そのよーで。気付かれちゃ困るものがあるなら、さっさと隠しにかかることをオススメするよ。俺みたいな小物のことは気に掛けずに。

 ……ま、言われるまでもなく、目の前の獲物に意識が向いているんだろうけど? まずは目の前のことだぜ、オネーサン。そこで不手際があったら、挑戦権が消失しちまうからな」

 外間の言葉の内容に、トリスは懐疑の表情を浮かべたが、

「……見逃した訳ではないぞ。次に会った時が貴様の最後と覚えておけ」

 迫りつつある足音への対処を優先し、外間とアクセラに背を向けた。

 外間はにやにやと笑い、手を振りながらその背中を見送る。

 アクセラはそんな外間を睨みつけ、

「外間……」

 聞くだけで背筋が凍るような、怒りが滲み出る声音で外間を呼んだ。

 しかし、

「ここでこそ言おう。

 アクセラちゃん、元気がいいねえ。何か都合の悪いことでもあったのかい? ――なんてな。

 言いたいことがあるようだが、離れるのが先。説明したいなら残っていいけど俺は御免だぞ。いきなり爆発したと思ったら、剣を持ってるアリエネー見た目をしたオネーサンが襲ってきて、魔術云々、聞きもしない設定をべらべら喋ってた。なんて、真面目な顔してやってられるか。そもそも信じて貰えないっつの」

 外間は空気を読まずにアクセラをからかった上で、至極真っ当な――しかし、真っ当であるが故に違和感を感じる事実を告げる。

「くっ……、それは判るが。しかし、どうやって見つからないように逃げるんだ? もう随分近づかれている」

「お前の目は節穴か戯け。目の前に隠れる場所があるだろう。通って離れるぞ」

 そう言って、外間が指差したのは旧校舎である。

 アクセラは目を見張るほど驚き、慌てた様子で言う。

「お、お前は馬鹿か外間!? 騒ぎの中心に自ら残ってどうするんだ!」

 外間は構わず、旧校舎へと進み始める。

「お前がどう言おうが俺は中に入る。どっちに転んでもここに入った方がやりやすいしな。お前はお前で好きにしろ」

「待てって……ああ、もう! 判ったよ、行けばいいんだろう行けば!」

 声をかけても止まることなく旧校舎に入って行った外間を追って、アクセラも旧校舎に入った。







 旧校舎は面白い構造をしていた。

 木造二階建て。

 正面玄関に下駄箱があり、すぐ目の前に吹き抜け構造で上下と前後を繋ぐ階段がある。

 俯瞰してみると十字になる形に階段が敷かれ、中央に踊り場をおき、玄関から見て前後の軸で一階と、左右の軸で二階に交わっていた。

 教室は玄関から見て左右にそれぞれ四教室あり、一階と二階を合わせて計十六。それぞれ相当の広さがあり、各ブロック毎に学年や特別教室が割り当てられていたらしい。

 外間の聞いた話では相当築年数が古いという話だったのだが、なるほど確かに荒れている。

 しかし。それは単に年月のせいだけではない。

 壁や床、天井に至るまで、随所に何かしらの損傷があるのだ。

 例えば。

 教室と思しき部屋の壁は、窓を含めて何かの爪痕のような、縦横無尽に走る斬撃痕が残っている。

 床には何かが勢いよく叩きつけられたかのように、一か所を中心にして大破している箇所がいくつもある。

「…………」

 外間がここに来るのは二度目で、明るい時間帯に来るのは初めてだが。

 この損傷の一部に自分も関わっているかと思うと、正直少し申し訳ない気分にもなる。

 自分が直接関わったものに関しては可能な限り手を入れてあるので、今見えているものはおそらく、先ほどのトリスという女ともう一人の仕業なのだろうが。

「失礼しますよっと」

 外靴のまま、外間は下駄箱から廊下に入る。

 そしてそのまま首を動かせば、外の景色が見えた。

「……おいおい。持っていっただけで精一杯かあのアマ」

 正直暴れすぎだろうという感想に加えて、やったらやりっぱって小学生かお前らとも思う。

「待ってくれ、外間」

「待たない。入口からここは丸見えだ。せめて中央の廊下か、階段の下にでも入るまでは足を止めるわけにはいかない。理想としては向こう側の廊下に入りたいところなんだがな」

「それは判るが……」

「だったら足を動かせよ。……やれやれ。あのアマといい、お前といい。自分本位なところはどうにかならないものか」

「それはお前に言われたくない!」

「自覚がないのが問題なんだよ」

「自覚があればいいというものでもない!」

 そりゃそーだ、と外間は笑う。笑って、しかし足を止めない。

 アクセラも歩調を上げて、その背中に追いすがる。

「自分本位で動いて、動いた結果を受け入れて、その後のアフターケアを行い、その上であらゆる評価を受け入れて――そしてまた、自分本位で動いていく自分を認めること。いやはや、その域は遠い遠い。お互いに。そうは思わないか?」

「気持ち悪い言葉を並べるな、外間」

「ラノベの主人公とかこんな葛藤ありそうじゃねーか。まぁ自己の行いに悩まない主人公は魅力が無いっていうから、あって当然といえば当然なんだろうけど。生きてりゃ誰だって経験することで、言葉で言うと大仰になるってだけかなぁ」

「お前にはあるのか?」

「ないな。やりたいことをやってるだけだから。余裕のある時はかっこつけて、余裕が無くなれば醜く狼狽する。自分よりも弱いと思しきヒトを見下し、自分よりも強いヒトにはゴマをすり、付け入る。都合が良ければ協力し、都合が悪くなれば裏切り、見捨てる。俺は自分をそういう人間だと思ってるし、それでいい」

 そう言って外間は階段下を曲がり、一階の中央廊下に入る。

 入口からも破壊された場所からも見えない位置へと。

「ならば」

 アクセラは持っていた鞄を落として、元々空いていた腕で外間の腕を掴んで振り向かせ、

「この場合はどうするんだ?」

 見えた胸倉を掴んで、足を払い、床に叩きつける。

 自然、アクセラは外間の上半身の上に乗る形となり。

 もう片方の手に携えた曲刀の切っ先を、外間の眼前に付きつけた。

 しかし。

「……ああ、そういえば。その剣をしまったっていう描写は無かったっけか。加えて、口調も変わっているようだ」

 外間は床に叩きつけられた割には、絶息することもなく、口調に淀んだ様子も見せず。

 にたりと笑って、逆に問う。

「で、何を聞きたいわけ?」

「……問うているのは私だ、外間。返答次第で命は無いぞ」

「問い方を考えろよ。この場合はどうするんだ、だって? 抽象的過ぎるだろ。何か要求してもらわないことには何も出来ねーよ」

「外間」

 感情の無い声と共に、アクセラは曲刀を少し動かした。

 外間はちくりとした痛みを感じた直後、わずかだが、何かが肌を這うような感覚を得る。

 それでも。

「は。それじゃあここでカッコイイ台詞でも言っておくか。――本気でやるつもりならもう終わってる」

 外間の調子は変わらず、

「言外の余地なぞ読み取ってやらん。円滑に会話を進めるため以上にはな。お前の頭は飾りかアクセラ。何をしたいのかは言わなくてもいいさ、勝手に動けばいいんだから。でもな、他人に何かしてほしいことがあるのなら言葉にしろ。

 もう一度だけ言ってやる。お前は何を答えてほしいんだ?」

 ――否、むしろ呆れていると言わんばかりに、アクセラを見下している。

 一息。外間とアクセラの視線が交差して。

「……外間、お前は私に何をした?」

 折れたのはアクセラの方だった。

「このタイミングでネタバレ要求とかまたシビアだねお前は。――ああ、なんだかんだで痛いんだ、当てたものを動かすのは止めてくれ。答えるから。

 やったことなんてのは簡単だ。感覚を鈍化させただけ」

「いつから?」

「お前と二回目に会った直後から。止めたタイミングに関してはお前がよく判ってるだろうから言わないが。人払いに干渉したのもそのタイミングだ。――ああ、だったらなぜ人払いが効かなかったのかって? 二人とも効かない体質だったからだよ。ラノベによくあるだろう? 人払いの魔術を使用しているにも関わらず、その魔術についての知識がある人間はそこに行くことができる。なぜかって? そういうことになっているからさ。隠蔽するために使っているのも魔術だから、その動力に関して察知することができる――なんて、そんな説明してる漫画もあったっけか」

「……なぁ、外間。私は怒っているんだが」

「そうなのか。で?」

「私は今、お前に武器を向けていて。もう少し動かせば一般的には死ぬんだが」

「そのようだな。で?」

 再び、アクセラと外間の視線がぶつかって。沈黙が生じる。

 一息。二息。お互いの呼吸だけが響く。

 そして。

 かちゃりと。

 金属質の音を立てて、曲刀の刃が外間から剥がされた。

 直後に響いたのは、アクセラの盛大な溜息だった。

「君を見ていると、腹を立てる自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。……冷静すぎるだろう」

「慌てるほど大変なことにはなってないからな」

「そのようだ」

 アクセラは苦笑を浮かべ、外間の上から身を退ける。

「絶景かなって言ったら怒る?」

「怒らないよ。この程度、あの時に比べれば何ということも無い」

「男前だなぁ……」

 外間はやれやれと溜息を吐きながら、ゆっくりと身を起こす。

「手は要るかな?」

「要らねーよ」

 そうか、とアクセラは頷きを一つ返し、落とした鞄を拾う。

「口調は戻さないのか? 元自称妹分」

「そうだなぁ……」

 アクセラは曖昧に言葉を濁し、

「感情豊かでキャラも豊富なのはいいことだと思うけどな。――それで、言いたいことは?」

 外間はそのことには特に言及せず、ただ問うた。

「君は魔術が使えるのだな?」

「使えるぜ。何を今更」

「私達のことはどこまで把握している?」

「魔術を使って何かをしてるって程度しか知らんな」

「どうして」

 一息。アクセラは諦めを含んだ吐息を吐いて、自らの言葉を取り消すように首を横に振り、

「否。この場合はこう言って下がるべきか。

 ――今、君の身は危うい。だから、不用意に外を出歩かないことだ。死にたくなければな」

 そう言って。言いきって、挑むような笑みを見せた。

 それを見た外間はわずかに目を大きく開き、はは、と声をあげて笑い、

「おいおい、どういうことだよそりゃ」

 笑った後で。先ほどの笑いが嘘だったかのように、その残滓すら見せない、真剣に何を言っているのか判らないという顔をして問いかける。

 だから、アクセラはおどけるように、心底退屈だというように肩を落とし、

「よくある話だろう? 見られてはマズイことをしていた人間を、見た人間は、その性質の善悪を問わず巻き込まれ、その者自身に力があるならば助かり、その者自身に力が無い場合、力のある者の助けを得られなければ殺される。フィクションでも手垢がつくくらいに使い古されているものだが……存外、現実にもよくある話なのだよ、これが」

「おいおい、もしそれが本当なら――」

 外間は心底困ったような表情を見せて、お手上げだと言うように両手をあげて、

「不用意だろうとなんだろうと、外に出ようと出まいと。俺は死んじまうような気がしてならないんだが?」

 アクセラはその言葉にではなく――その言葉を外間が発したことにこそ失笑し、出かけた言葉を呑みこむように一呼吸の間をおいて、

「君には私がついてるじゃないか。……トリス・ウォーカーは、私が相手をする。だから安心するといい」

 そう告げて、外間に背を向ける。

「ああ。誰にも見つからずに出たいなら窓から出る方がいいと思うけど」

 アクセラは首を傾けて、呆れるような三白眼で外間を見ると、

「……おいおい。私は魔術が使えるんだ。堂々と出て行ったところで気付かれないようにすることくらい造作もないよ。君もそうだろう」

「そうかい」

 と言って、外間は肩を竦めた。

 そして、アクセラは来た道を戻るように歩き出し――廊下を曲がって姿を消した。

 それを見届けて、

「……やれやれ」

 外間はゆっくりと立ち上がり、制服をぱたぱたとはたいてゴミを落とす。

「これでやっと場面が進むか。……起承転結、序破急のどこにも当てはまらない気もするが。個人的に面白ければそれでいいかな」

 無様上等、と疲れたように吐息をひとつこぼし、落とした鞄を拾い上げ、

「とりあえずはあとひとつ、かな」

 こそこそと窓から退散した。




<3>

 そこは戦場だった。

 場所は夜の学校、その校庭である。

 学校と戦場が等号で繋がる場合など、普通に暮らしているならばあり得ない。

 だから、その場は非日常であった。

「「……っ!」」

 その場を構成する要素は二つ。

 ひとつは無数に動く影であり、もうひとつはそれらの動きに付随する音群だ。

 戦場はひとつの影を追う形で、そのひとつに大小様々な影が殺到していく動きで展開していた。

 追われる影と追う影は金属質な音を伴って衝突し、繊維質を断つような響きと動かなくなった影をその場に置いて、追われる影が動作を再開する。

 割れ砕きを伴って地面をしぶかせる光や炎による打撃を超えて、追われる影はただひたすら迫る影を斬り落とし、叩き潰していく。

 ――否、それでは言葉が足りないか。

 斬り落とす、もしくは叩き潰すという言葉は、斬るまたは叩くという動作を以て敵を撃墜しているという意味では正しいが、その場で発生する破壊を正確には表現しない。

 それが斬るという動作であるならば、動作の対象は微塵に斬り刻まれたように吹き飛ぶ。

 それが叩くという動作であるならば、動作の対象はひたすら大きなモノと力で殴打されたように潰される。

 その破壊をその身ひとつ、または携えた白い刀身の曲刀を使って具現するのは、一人の少女だった。

 金髪青目。腰あたりまでの長さを持ち、ゆるくウェーブがかった髪は彼女の動きに合わせて翻り。その下にある相貌は戦闘における緊張下で厳しさの色が強くともわずかに緩んだ印象を受ける幼い造詣であった。彼女はその顔に備わった柔らかくも鋭い眼差しで迫り来る敵の動きを捉え、把握する。

 少女というべき体躯であり、だからこその未熟な身体のラインを見せるのは戦場となっている学校――沖入高校の女子制服であるセーラー服だ。

 そして、彼女と相対する影の中。唯一人型である影が彼女の名を告げる。

「流石だな、アクセラ・カークストン!」

 言われた言葉に彼女――アクセラは、余裕の無い声で相手に応える。

「誉められても嬉しくないわよ、こんなこと! むしろ貴女の方が凄いでしょうが、トリス・ウォーカー! なによこの数バカじゃないの!?」

 告げられた言葉に、逃げるアクセラを追いながら人型の影――トリス・ウォーカーは即座に応えた。

「当たり前だ。――なにせ相手はあのアクセラなのだから。油断も慢心もなく、出し惜しみをする気もない!」

「過大評価過ぎるわね……」

 言っている間にも敵は迫る。鬱陶しいと思いながら腕を振り、打撃をぶちこんで叩き潰して、アクセラは己の速度を上げた。

 トリス・ウォーカーは、昼間に出くわした女だ。格好もそのまま、赤のチューブトップにジーンズ地のホットパンツ、そして白のサマーコートというもので……正直お前は露出狂なのか自重しろ少しは、とアクセラは思う。

 そして、アクセラが知る情報が正しければ、彼女、トリス・ウォーカーは魔術世界における魔術師にして――人形師である。

 しかも最高位の、だ。

 魔術師とは、彼女が知る魔術社会における学問体系を修めて実践が可能となったものを指す。ゲームで言うところの黒魔術士なんかと同様、呪文や道具を使用もしくは利用することで、一般に知られる物理法則とは異なる経路で因果を結んで現象を具現することが出来るようになった者のことを言う。

 では、人形師とは何か?

 それは魔術師における道具を利用することに長けた者の内、姿かたちをあるモノに似せた作り物を作成し、それを使用および利用することを極めようとする者のことを指す言葉である。

 下位の人形師であれば、似せられるのは精々動植物程度であり、機能もその認識から外れたものを実現できない。

 しかし高位になると話は別だ。

 高位の人形師は、異形を取りこんだ上でその機能をも発揮するものを作成することが出来るようになり、もっと進めば御伽噺に出てくるような怪物まで作ることができるようになるのだ。

 とはいえ。

 高位というものにも種類がある。得意な分野が違うというべきかもしれないが、トリス・ウォーカーという人物が最高位の人形師たる所以はこの場合、そういった伝説級の異形を作成可能であるというところではなく。

「圧倒的なまでの物量故、か。――なるほど、確かにこれだけ扱えれば最高位よね!」

 同時に操作可能な数が他人形師と比較して圧倒的に多いのだ。

 トリスとの戦闘が始まってからいくつも人形を壊したし、最初の内は撃墜数もカウントしていたが、二十を超えたあたりで数えるのを止めた。

 人形を同時に複数扱うというのは、ありがちな例えではあるが右手と左手で別の作業を行うのに等しい。コンピュータで言うところのマルチタスクを意識的に、自らの肉体で行うのがどれだけ難しいかを考えると難易度も判りやすいかもしれない。

 それを視界に収められる範囲で把握する限り、両手じゃ足りない程度の数をそれぞれ操っている。勿論、半自律のものも含まれているのだろうが、それにしたって十以上の物事を同時に扱うのは至難の業だ。

 しかも、その人形の質自体が下位と比べれば圧倒的に優れた逸品でもあり、加えて本人も魔術師として位が高い。

 相手をする側としては厄介この上ない。

 なにせ、これは――

「人形師をリーダーにした一個師団ってところよね。一対多、流石に不利すぎて泣けるわ……!」

 しかも相手は壊れるか命令があるまで疲弊せずに動き続ける戦力だ。ヒトの身としては、正直卑怯だとしか感想が出ない。もっとも、トリスの側からしてもそれは同じことのようではあった。

「何が不利だ。この状況を展開してなお動き続け、こちらに攻撃をしかけてくる貴女に言われたくもない」

「当然でしょうが」

 言って、アクセラは人形をまたひとつ叩き潰す。

「貴女をここで止めないと、彼に手を出しちゃうでしょう? ――それは困るのよね、私としては」

「……なぜそこまでアレを気にかける?」

「ヒ・ミ・ツ」

 そう言って、アクセラは急激に制動をかけるように震脚し、強引に足を止めた。

 逃げるアクセラを追う形であった戦場においては、その流れを止める形となる決定的な隙。

 だからこそ、トリスは人形へと停止の命令を下す。殺到しかけていた人形がその場に制止する光景を前にして、アクセラはにやりと笑んだ。

「あら意外。てっきり攻めてくると思ったのだけど」

 不敵としか言いようのない言葉を受けても、トリスは無言を返すだけだ。

「あんまりこういう演出は好きじゃないんだけどね。少し当てられちゃったかな」

 アクセラは空いた手で指を鳴らす。

 乾いた音が響くと同時。

 朱色が無数に爆ぜた。

「……っ!?」

 トリスが展開していた人形が悉く破砕したのだ。

「何をした、なんて野暮なこと言わないでよ? 逃げ回ってたのはこの為なんだから」

「じゃあ聞き方を変えよう。――何のためにこんなことをした?」

 言って、トリスは剣を握っていない方の腕を振る。出ろ、と命じるように。

 次の瞬間、彼女の周囲には先ほど散った人形と同数の――しかし、それらよりは遥かに大型の異形が浮かびあがるように姿を現す。

「私が居る限り貴女は彼に手を出せない。貴女は私には勝てない。それを知ってもらうための演出、と言えば理解して頂ける? トリス・ウォーカー」

「行け」

 トリスはアクセラの言葉を聞かず、新たに従えた異形に下命する。

 アクセラは溜息をひとつ吐く。

 ただそれだけで、動き始めた異形は全て爆ぜた。

 それを見て、トリスは歯を噛み鳴らし、

「……なるほど。こちらの統括制御に介入したのか」

「指示を飛ばす以上は経路があって当然よね。それを解析して、ただこういう命令を加えればいい。――自壊しろ、と。それだけの話よ」

「私が指示する度に、か?」

「意思の速さが実際の動作より遅いということはないんじゃない?」

「なるほどな。――だが、私はまだこの身で戦うこともできる」

「……引いてくれないの? これから先、まだ戦いは続くでしょう。その為の手札をここで全て晒すのは、あなたにとって得ではないと思うのだけど」

「貴女を倒せばその戦力は補完可能だ」

「トリス・ウォーカー。あなたと私じゃ戦闘にはならないわよ」

「慢心は身を滅ぼすと、そう貴女の身に刻んでやろう」

 そう言って、トリスは剣を構える。

 構えるといっても、剣を剣として使うために構えたわけではない。

 身を沈め、獲物に飛びかかるために四肢に力を込めるような形だった。剣が爪で、体躯は猛禽――構える姿はまさに肉食獣のそれと錯覚するほどの気迫に満ちている。

「…………」

 対するトリスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、仕方なさそうに曲刀を構える。

 片足を半歩前に出し、その足に体重をかけるように身を浅く沈めている。両手は曲刀の柄に順手で添えられ、腕を引き絞り、刀身は下段に伏せていた。

「兵は拙速を尊ぶってね。――行くわよ」

 アクセラの発言と同時。

 両者が初動を見せる。

「……っ!」

 アクセラは震脚ひとつで飛ぶように身を前に押し出した。

 そしてその視界の中で見る。

「かかったな!」

 トリスがその場で身構えを解いて、笑みの声でそう言い放つ姿と。

 これから到達するであろう空間にひとつの異形が浮かび上がるのを、だ。

 それは人の如く二足で立ち、雄叫びにも似た咆哮をあげて身構えながらも、その身に異形を宿す怪物だった。

 前面に尖った顔を持ち、耳元まで裂けるような大口には杭の如き牙が並び立つ。体躯はヒトではあり得ない巨躯であり、その身体は金属光沢にも似た照り返しを見せる硬質な獣毛で覆われている。四肢は大木のように太く、その先端には白い白い爪が備わっていた。

 ――人狼。

 欧州においてはその起源は吸血鬼よりなお古く。不死身にして怪異の王とも言われるその吸血鬼の天敵たる異形であった。

「制御系統を別にしてあった私の奥の手だ。私の技術を全て注いで作り上げた一品物! 性能も造詣通りにして伝説以上とその身で知るがいい!」

 トリスの叫びに呼応するように、人工の狼は吠えて、吠えながら身を前に飛ばした。

 アクセラは到達点にしていた場所から迫る一撃に対して、半ば予想していた状況であったとは言え、

 ……まさかここまでの逸品が出てくるなんてね!

 予想以上のモノが出てきたことに対して、対処が追いつかない。

 刹那の判断で減衰系統の術式をありったけ追加起動して、制動をかけた上で携えた刀身を盾に見立てて構えるが――出来たのはそこまでだった。

 人狼の腕とアクセラが激突する。

「が、あああああああああああああああああああああああああああああああ――!」

 響いた音は肉を打ったものとは思えないほどの爆音だった。

 激突の中心で空気が弾けて周囲を駆け巡る。

 その勢いの中で、アクセラの身もまた宙を舞っていた。

 制動もままならない勢いのまま飛び、その勢いのまま叩きつけられるように地面に落ちる。

「く、あ……っ!」

 しかし。アクセラはそこでそのまま倒れ伏すような無様は見せなかった。

 地面を転がる勢いはそのままに身を捻って回し、片腕を軸に回転の勢いを縦に移行。後は流れのまま、視界を常に戻すように制動して身体を完全に起こす。

 そして、そこまでだった。

 防御に使用して負傷した腕に引きずられるように膝をつく。

「ここまでだな」

 傍らに人狼を従えたトリスが宣告するようにそう言って、アクセラの方へと無造作に一歩を踏む。

 それに対して、アクセラは身構えも取ることなく、ただ口元を歪めるだけだった。

「余裕を見せるにしても、不敵を演出するにしても――それでは足りないな、アクセラ・カークストン。負けを認めて私に下れ」

「……イヤよ」

 トリスはアクセラの返答に一度目を伏せる沈黙を返し、戻した視線に力を込めて言う。

「ならばその身に刻むといい。否が応でも、敗北したことを知ってもらう」

 続く言葉で行けと呟き、呼応する形で人狼が動いた。

 四肢で地面を蹴り、尖った牙を晒すように大口をあけてアクセラへと飛ぶ。

 狙いは無事な片腕だ。

 それを視界に収めてアクセラは思う。

 痛いのはイヤだ、と。片腕を失ったら生活に支障が出る。……それでも、それは戦うことを選んだ以上、仕方のないことだと理解もあった。

 何よりイヤなのは、負けを認めることでもなければ傷を得ることでもなく。

 ――あんたらの所に戻らなきゃいけないのが、一番イヤなんだ。

 だから。

「……す」

 アクセラは身体を起こす。

「殺す」

 誰のためでもない自分のために。戻りたくないという願望を叶えるために、アクセラは血の色を湛えた瞳を――


「はいはい、そこまで。……ったく、つまらない方向に転んだなぁ、やっぱり」


 突然響いた言葉と共に介入してきた人影へと向けることになった。

「え?」

 アクセラが間の抜けた声と表情で疑問符を表現する。

 その視線の先に居る少年は、その顔を見ることもなく、それでもその状態を小馬鹿にするように笑って。

「とりあえずそこの人形を黙らせるか」

 アクセラに背を向けて、人狼と正対する。

「よく出来てるなぁ」

 迫る大口を前にして、気軽な調子でそう言う少年の名をアクセラが告げる。

「外間」

 直後。

 アクセラの目の前で人狼の口が閉じられた。

「あ……」

 繊維質を引きちぎる音を聞いた気がした。






 金属質を噛む、耳障りな音が響いた。

「な……!?」

 その光景を見たトリスは思う。何が起こっている、と。

 人狼は確かに口を閉じた――ように見えた。

 しかしその実、人狼の口は閉じられておらず。その牙が占有すべき空間には人影がひとつ立っている。

「ぐ……っ」

 否。正確には違う。

 トリスに見えているのは二つの映像なのだ。

 彼女自慢の人狼が、無粋な介入を行った人間を噛み潰して鮮血に身を染める姿と。

 人狼が四肢を地面につき、無様に大口を開け、そこに見たことのある人間を残す姿だった。

「「さぁーて、どっちが正しいんだろうねぇ」」

 潰された筈の人間と、そこに無事な姿で立っている人間が同時に口を開いてそう言う。

 そして一息。そう言った自分がおかしくてたまらないと、二つの声が笑った後で、

「「悪ふざけはこの辺で切り上げるか。あまり遊んでると都合の悪い方に傾きかねん。――なにせ後ろのバカ娘はあんたがメインで見てるのとは違う方がメインのようだし」」

 その言葉が合図だったのだろう。

 トリスの現実がひとつに収束する。

 それは、彼女の人狼が無様を晒すものだった。

「……っ!!」

 咄嗟の判断で、トリスは人狼を下げる。

「お? 判断早いねオネーサン。こっちの馬鹿とは大違いだ」

 くくく、と喉を鳴らして笑い、外間はトリスに背を向けてアクセラの方を見た。

 アクセラと外間の視線が合い、

「あ……」

 外間はアクセラの前髪を手で払って、顔を近づける。

 外間が見るのはアクセラの瞳だ。欧米や欧州によくいる――というかイメージとしての外国人らしい青い瞳がそこにはある。

「ふうん? ま、どっちでもいいが。戻っているならそれに越したことはないか」

「な、何のことだっ?」

「なんでもねーよ。……ああ、そうだ。一つ言っておいてやる」

 外間は近づけた顔を離して、二三歩下がって距離を置き、

「兵が尊ぶのは拙速じゃないぞ、アクセラ。神速を尊ぶんだ。拙速は尊ぶようなもんじゃあねーよ」

「……は?」

「兵は拙速なるを聞くも未だ巧久なるを賭ざる也。――拙速ってのは下手くそで早く終わった、みたいな意味なんだそうでな。加えて、そもそも兵は兵士じゃなくて戦争を指す単語。おまえ、勘違いして使ってただろ」

 小馬鹿にするような笑みを落とし、

「誤用すぎるぞバカ娘。少しは使う慣用句に気を使え」

「~~~~っ!!」

 外間はアクセラを背におくように、再びトリスと正対する。

「いやはや、わざわざ待って頂いて申し訳ないね、オネーサン」

 気軽な調子の声音に対して、トリスは厳しく鋭い表情を浮かべていた。

「……昼に会った小僧か」

「あんたみたいにキレイなオネーサンに顔を覚えていてもらえるとは嬉しい限りだね」

「昼に言った言葉を忘れたか? ――次に会う時が貴様の最後と知れ、と」

「ああ、はいはい。覚えてますとも。奥の手とやらでも実現出来なかったようだけどな?」

「……っ!」

 トリスの表情が一層厳しい色を増す。

「おお怖。別にバカにした訳でもないんだからそう怖い顔しないでくれよ、美人が台無しだ」

「何をしに来た。今まさに、私は彼女を――アクセラ・カークストンを敗北させるところだったのだ。邪魔をするな」

「こいつを敗北させる? そりゃ勘違いだなオネーサン。あんたは今まさに殺される所だったんだ。勿論、物理的に死んじゃうって意味でね」

 外間の言葉に、アクセラの肩がびくりと震えた。

 それを見咎めたトリスが、厳しい色を一変させ、懐疑の表情を見せる。

「……どういうことだ?」

「そのまんまだけどね。こいつ、俺がわざわざ用意してやった理由で本気出さずに、結局油断して追い詰められてテメーのために本気出そうとしやがったんだよ。しかも手段が倒すではなく殺す。自分が嫌っている側に行きたくないからって嫌っている手段で決着をつけるなんて、無様にも程がある。最初からその気でやってれば命を奪うまでしなくても、やれることはあっただろうに。

 ……ま、個人的には放置しても良かったんだがな。物語の主人公としては面白い葛藤だ。けれども、血生臭いのは面倒だから止めて来いって暗に促されちゃってさぁ。不格好な締めになるのを覚悟で、こうして出張って止めたんだ」

 外間がやれやれと肩を落として行った説明に、しかしトリスは納得することが出来なかった。

 それもそうだろう。

 自分が選択して作った筈のこの場が用意しておいたプロット通りの展開だったと、外間はそう言っているのだから。

「どういう、ことだ? ――アクセラ!」

 トリスは外間ではなく、その背後に居るアクセラにこそ叫び問う。

「……っ」

 しかし。

 アクセラはその視線にも問いかけにも応じず、身体の痛みとは別に、居心地が悪そうに身を小さくして視線を外すだけだった。

 そして、それこそが何よりも雄弁に、外間の言葉が事実であることを告げている。

「ま、そうであったとして。果たして、あの場面でアクセラ・カークストンが本気を出した結果、トリス・ウォーカーが死んだかどうかはもはや判らないんだがな。勿論、トリス・ウォーカーがアクセラ・カークストンに本当の意味で勝利できたかどうかも」

 なにせ止めちまったからな、と外間は誰に言うでもなく付け足した。

「……どういう意味ですか、お兄様」

「お? ここでいよいよその口調に戻るのか、自称妹分。少し面白かったからこう言おうか。――可能性という言葉を知っているならば聞かなくても判るだろう?」

 外間はそう言って笑い、そしてトリスに視線を投げる。

「可能性の話をしたところで現在は常に進行中で、結果は出続けているんだよ自称妹分。意味が薄い。閑話でしかない。

 ……さて。それでは話を今に戻そう。もし先ほどの話が本当であれば、俺はそこな人形とオネーサン、一体と一人を死から救った形になるわけだ。死んで無いことを命があると表現するならば、これで俺は二つの命を救ったことになる。俺とこの自称妹分、数の上での価値は等価と判断するが、いかがかな?」

「……どういう意味だ」

「ここであったことは忘れて、昼間に勝利を得てそのまま帰ったことにしてくれという話さ、オネーサン。あんたはアクセラには出会わなかった。あんたは俺と出会わなかった。逆も然り。――お互いそこで手打ちにして、これから先をよりよく出来るような判断をしないかと、そう提案している」

「ふざけるな! 貴様は私を愚弄しているのか!?」

「いいや? お互い、その方が平和だろうと言っているだけの話だが」

「ここまで虚仮にされて、黙って帰れというのか!」

「……コケにする? 何の話だ」

「私が全力で挑んでいたにも関わらず相手は手を抜いていて、無様な勝利に酔っていたことを知らされて! それすら軽んじていた人間の掌の上だったと知らされて! 更には命を救われた揚句に忘れろと言われれば誰だって憤る!」

「なるほど、確かにそりゃそうだ。……ってか、理解が早いねオネーサン。俺は単に介入しただけなんだけど、それだけで俺の言葉を信じちゃうわけ? フツー、こんな展開でそんな台詞は出てこないと思うんだけど」

 参考のために聞かせてくれない? と外間はそんなことを付け足した。

 トリスはそんな外間を見て、その後ろに立つアクセラを見て、歯を強く噛みながら言う。

「誰が言うか、そんなこと!」

「そりゃ残念だ。……で、オネーサン。どうするんだ? 俺の提案に乗るのか、それとも蹴るのか。判断をお願いしたいね」

 外間の言葉に対するトリスの返答は、ただ剣を構えるという動作のみだ。

 来る。

 その意思を感じて、外間はただ落胆を表すために肩を落として吐息をひとつ。

「某有名RPGにもあるくらいなんだから、選択肢に入れておけよ。命は大事にってやつ」

「先ほどの戦い。その続きをここからやろうという、ただそれだけのことだ」

 言って、トリスはわずかに身を屈める。飛び出す直前の動きとして。

 それに呼応するように、傍らに立つ人狼も身に力を込めた。

「頑固だねぇ、オネーサン。――じゃあ、それを続けさせるための条件として別な提案をしよう」

 一息。外間は背後のアクセラをみやり、次いでトリスを見て、

「オネーサン。あんたが俺に勝てたなら、後ろのこいつは問答無用であんたに負けたことにしてやる」

「……何?」

「いい提案だろう? あんたは望むままに動ける上に、あんた自身がかつて勝って当然と判断した相手に勝つだけで、分不相応の結果もついてくる」

 分不相応。

 その言葉に、トリスは身を震わせるほどの怒りを得たが、

「そんな言葉を誰が信じると?」

 まだ話は終わっていないと、そう言い聞かせて外間を見据える。

「この場で約束させようか。――アクセラ、お前はこの提案を受けるな?」

 視線も向けず、トリスを眺めたままで問うた外間の言葉に、アクセラは僅かに逡巡を見せたが、

「……はい。外間・信道がトリス・ウォーカーの行動を原因として死ぬ、もしくは外間・信道とトリス・ウォーカー間における闘争の結果として外間・信道が負けたならば、私はトリス・ウォーカーの下に在ると、ここに契約します」

 淀みの無い言葉で迷いなく告げた。

「所詮口約束だが、それでも十分だろう?」

「……私が負けた場合はどうなる?」

 身構えたままそう問うたトリスに、外間は苦笑を浮かべる。

「おいおい、そこは聞くなよ。……でも、そうだな。折角だから、ここはこう言っておこう。

 ――敗者は敗者らしく、去れるならばこの場を疾く去るがいい。それが不可能であったならば、負けた結果として自身が誰にどう扱われようとも受け入れろ」

 外間がそう発言したと同時。

 人狼とトリスが初動を見せた。

 トリスは人狼より先んじて、四肢で地面を弾き前へ飛ぶ。

 軌道は地面をなめるように低く、爪の如く携えた赤い赤い剣身は外間の胴を逆袈裟に断つ動きで孤を描く。

 人狼はトリスが動いた直後、身に込めた力を解放するように、瞬間的に身を反らして全開にした顎を全天に晒した。

 次いで来るのは衝撃だ。

 人狼の咆哮。

 ただ叫ぶ動きと、その動きによって体内から勢いよく吐きだされた空気で発生した衝撃が打撃にも似た威圧を伴って駆け巡る。しかし、それを受けた身に起こるのはそれだけではない。

 畏怖による緊張。

 絶対的な捕食者たる人狼はその叫び声で己より下位たる有象無象を怯えさせ、拘束するのだ。

「……っ!」

 後ろで傍観するアクセラは思う。トリス・ウォーカーは真実最高位の人形師だと。

 魔術師であるアクセラでさえ、その咆哮には身が竦んだ。

 これを聞いたのがただの一般人であれば、それだけで死んでしまうのではないかと――そう錯覚してしまうほどの再現率だった。

 恐らくこれがトリス・ウォーカーにとっての必殺手段。

 絶対的な拘束によって動きが止まった敵を、携えた剣で斬り伏せる。

 何よりも単純で、だからこそ破り難い戦術だった。

 しかし、アクセラは見る。

 咆哮の余韻において。

 それを掻き消すような鈍い金属音を鳴り響かせてトリスの剣を止める、外間の姿を。

「な……っ!?」

 トリスは自身の剣が止まった理由を、アクセラ以上に間近で視認する。

 それは、武器としか形容できない物体だった。

 近似するものをあえて言うならば、短剣だろうか。月光を受けて鈍く黒い照り返しを見せる短めの剣身があり、そこに繋がる柄は片手で持てる程度の長さしかない。そのどれもが精錬された金属らしい光沢や質感はなく、武器という形にさえ整えられている印象がない。柄には握っている部分に申し訳程度といった感じで薄汚れた布が巻かれているだけ、というのがその印象を強めているのかもしれなかった。

 見た目だけで判断するならば、それはただの物体だ。勢いをもった剣撃を受ければ砕けて消えるガラクタだ。

 しかし、それはトリスの剣を容易く打ち払った。

 外間が無造作に払うような動きを見せて、それとトリスの剣が衝突した。

 そしてその衝撃は剣を握るトリスの手が痺れ震えるほどのものであり、トリス自身の勢いさえ消し去っていた。

「く……っ!」

「いやはや。我が事ながら厨二病くさいったらない」

 言葉と共に外間が無造作に足を動かし、トリスの腹に当てた。

 たったそれだけで、トリスの身が真っすぐ――外間に肉薄した軌道を逆行するように飛ぶ。飛んで、その勢いのまま地面に落ちる。そして、トリスはそこから立てずに苦鳴を漏らした。

「ご、が……」

「悪いね、オネーサン。俺は戦闘ってのが嫌いで、慣れてないんだ。だから、かなり表現が大雑把になっちまう」

 そう言って溜息を吐く外間に、続いて迫るのは人狼だ。

 自律部分において主人の危険を判断した被造物は、己の役目を果たすために動いた。

 人狼は地面を蹴り、身を捻って外間に対して爪を向ける。

「いい人形だ」

 外間は迫る爪を前にそう呟いて、ここで初めて戦闘のために初動を作った。

 膝を軽く曲げ、身を浅く倒し――そして行く。

 地面を軽く蹴って、迫る爪の下に身を入れた。

 爪撃を躱し、制動の震脚を人狼の足の間に叩きこむ。

「ふ……っ!」

 呼気ひとつで強引に身を捻り、掴んだ武器の柄を人狼にぶちかました。

 狙いは脇下。

 当たったからこそ得られる手応えと同時に外間は言う。

「とりあえずオマエの出番はここで終わっとけ!」

 瞬間。思わず耳を覆ってしまうほど痛烈な割れ砕けの音が響いた。

 そして、それが終わりの合図だ。

 人工の狼はまるでそれが当然であるかの如く。外間の打撃に応えるように身を傾ぎ、その格好のままバランスを崩して地面に倒れた。

 それを横目で見届けて、外間は運動によって熱くなった息を吐く。

「戦闘は一瞬。――長い話も描写も必要ないってな」

 やれやれと、外間は武器を持たぬ手で肩を揉みつつ、首を左右に傾がせぼきぼきと音を立てる。そして、ゆっくりとした歩調で地面に倒れたままのトリスへと近づいて行った。

「にしても防御が疎かになりすぎじゃないかな、オネーサン。単に蹴っただけだぜ俺。いやま、正確には蹴ったわけでもないんだけどさ」

「何を、した……!?」

「魔術を使っただけ。――あんまりこの表現好きじゃないんだけどね。通りがいいだろ? どこの誰に対しても」

「魔術、だと?」

 外間は地面に倒れるトリスの腕を掴んで転がし、仰向けにする。

「そ、魔術。一方通行な不思議や不可解――魔法を具現するための技術だよ」

「馬鹿を言うな。貴様が魔術を使っている気配なんて無かった!」

「そりゃそうだ。オネーサン、あんたが知ってる魔術は使ってない。使えないこともないけど、わざわざ対策があるだろうもので攻撃するのは馬鹿馬鹿しいだろ?」

「貴様は何を言って――」

 トリスの台詞はそこで止まる。代わりに続くのは繊維質を抉る湿った音と、痛みをこらえるような呻き声だ。

 前者は仰向けになったトリスの両手を外間の武器が貫き地面に固定した音であり、後者はそれに応じて来た痛みに対して思わず出ていたトリスの声だった。

 外間が固定を確認するように武器を揺らし、それに応じて錆びた鉄のような臭いを伴う湿った音が追加される。

「……っ!」

 トリスの表情が痛みで歪む。

 しかし、外間はそれを見ることもなく、固定が十分と判断した後で、仰向けに倒れたトリスに覆いかぶさるように身を低くした。

 外間はトリスの脚の間に自らの膝を入れた膝立ちの状態で、片手はトリスの顔の真横に立てて身を支え、空いている方の手でトリスの頬に触れる。

「いやーしかし。オネーサン、綺麗だよねぇ」

 くくく、と喉を鳴らして笑いながら、互いの息がかかるほどの距離まで外間は顔を近づけた。

「はっ、俗物が。――負かした女に手を出すのが男というもの、というところか?」

「ああ、そういうのは一回やったからもういいや」

「何……?」

「我ながら経験浅くて、それを自覚する事態になっちゃって困っちまった。自分が気持ちよくなるのはいいんだけど、相手を気持ちよくできないんじゃ意味ねーってのがよく判った。俺個人としてはあの状況を楽しむことはないらしい」

 二次元で見る分には使えるけどさぁ、と外間は笑って身を起こした。

「な……」

「じゃあ何が目的かって? いやま、目的と言えるほどのものも無いんだけどさ。――ちょっと痛い目見て貰おうかとね、実験を」

 口元を裂くような笑みを浮かべ、外間はトリスの両手に刺さった武器をぐりぐりと揺らす。

「ぐ、痛っ……」

「痛いだろ? 普通なら、あんたはこの程度で痛みを得るこたねーんだろう。魔術の中でも治癒とか痛覚減衰とか、そんなののお陰だったり、それこそ経験による慣れもあるだろうし、戦闘だからという覚悟もあるだろう。

 でも残念。今のあんたは一般人以上に痛みに敏感になってる。そしてそれが素直に表に出るようにもした」

 言って、外間は身をずらし、トリスの露出された太ももを撫でる。撫でて、続く動きで持ち上げて、トリスの身体に膝が当たるように動かした。

「ああ、安心してくれ。例えどんなに痛くても気を失うことなんて許さないし、現在の人格が壊れることも許さないから。そういう風にさせてもらった。だから、あんたは今から起こることを体験した後でも、今のあんたのままだ」

「どういう意味だ……? 何をする気なんだ、お前は!」

「さぁーって。何だと思う? 今俺が触ってるのはあんたの脚だ。いやー、すっべすべだね肌。触り心地最高。このままオトコノコ全開で襲ってみたくなるわ。抑えるの大変」

 一息。その間をもって、外間は準備を整える。

 それは外間の両手に対して行われていて、トリスは触れられた箇所とそれ以外の感覚でどういう類のものであるかを知る。

「な、にを、する気だ?」

 トリスは肌から感じる感覚に、深い脅えを得た。

 一言で言えば、痛いのだ。

 しかし、痛みの種類が一言で済ませるには多すぎる。

 じりじりと焼かれるように。ざらざらと削られるように。ぐしゃぐしゃと潰されるように。きりきりと捻じられるように。びりびりと引き裂かれるように。ぎちぎちと噛み砕かれるように。じわじわと虫食まれるように。

 形容しがたい手段を含めて触れられた箇所が壊されていく感覚を伴い――ただただ痛い。

 この状態を作っているものがトリス・ウォーカーの知る魔術であることは知覚できた。しかし、どういう意図でどのように術式を組み立てればそんな現象を作ることが出来るのか、それがトリスには理解できなかった。

 理解できないこと。未知であること。不思議であること。

 それを人は何と呼ぶのか。

 そして、それを実現し得る業を何と呼ぶのか。

 トリス・ウォーカーはここで初めて、自分が何を相手にしているのかについて考えた。外間によってあらゆる感情が素直に表に出るようになっていたので、

「おまえは、なんなんだ?」

 考えた言葉が、そのまま口をついて出た。

 声は震えていた。身体もいつのまにか震えていた。

「哲学的な質問だねぇ、それ。どう答えてほしいんだかよく判らんが、ここはこう答えておくよ。

 外間信道。今からあんたに痛い目見せる人間だ」

 トリスの問いに、外間は気軽な調子でそう答えた後で、トリスの脚を掴む手に力を入れた。

 惨劇の始まりとして。

 女のものとは思えない絶叫と繊維質が消える音が発生した。







「あー、しんどいなこれ」

 そう言って、外間はいったんトリスから身を離した。

 錆び臭さが充満した空気を払うように、鮮血に染まった両手をぷらぷらと振る。

 その下に居るトリスは、無惨な姿になっていた。

 身に付けた白いサマーコートが赤黒く染まり、その身体には所々乾いて黒ずんだ血痕と、未だに乾かず赤いままの鮮血が乗っている。

 右の大腿部は下側から握る形そのままに抉られて、しかしそこにあるべき骨はなく空洞を晒しており、納まっていたはずのそれは地面の上に無造作に放られていた。

 左の下腿は膝の部分から強引に折られ、かろうじて靭帯で繋がっている状態であり、大腿部は肉がごっそり削がれて白い骨を晒している。

 左右の腕は原型を留めているには留めていたが、上腕下腕共に最も長い骨を右大腿部と同様に抉りだされていて、空洞をさらしながら肉だけがぷらぷらと揺れていた。

 顔は血や涙――出せる液体を全て出しつくして汚れて歪み、叫び続けた結果としてか、口元から荒れた呼吸音と共にあふれだす涎には血の色が滲んでいる。

 普通なら、死んでもおかしくはない傷だ。その傷を与えられた痛みによってか、傷を放置された結果としての出血故か――はたまた他の理由によってか。

 しかし。

 トリスはこの現状においても、知性を失ってもいないし意識を失ってもいない。だからこそ、死んでいる筈もない。

 神経がむき出しにされて、たえまなく動く空気から直接受ける刺激に身体を痙攣させながら。あるべき箇所にあるべきものがない違和感をいくつも抱えて、得てしまった嫌悪感に嘔吐しながら。

 それでもまだ。彼女は人間として何かを考えて、言うことができるのだ。

 ただ、トリス・ウォーカーが外界に対して現状思うことや言うことがあるとすればたったの二つだけだろう。

 痛い。

 やめて。

 表現こそ違えど、その意図はそこに集約していた。

「さて、と」

 血で濡れたままの手で、しかし気にすることもなく頭を掻きながら外間はトリスに再び近づく。

 それに反応してトリスが枯れた声で脅えるが、無視して言う。

「四肢は潰したし、残るは胴体なんだが。どうしようかな、このまま壊し続けるのもアリといえばアリなんだが。それじゃ面白味に欠ける気もする」

 言って、外間は指先でトリスの肌を撫でる。頬から首のラインを通って胸元に触れ、

「それに、痛みばっかりも飽きただろ? ――だから、こうしようか」

 そのまま指先を下ろして、下腹部をぐっと掌で押した。

「子宮から膣まで全部取りだして、感覚を繋げた上で、どこが気持ちいいのかってのを実物を触りつつ検証するんだ。勿論断面図になるように半分に斬って、その上で直に指でえぐる。その間も痛みは軽減させないし、そのまま狂ったりもさせないし、痛みも快楽もそのまま」

 楽しそうだろ? と外間が続けた言葉に、トリスはもはや声で答えない。

 ただ涙を流して、嗚咽して、瞳には憎悪と絶望と無気力を混在させるだけだ。

 だから。

「そこまでです、お兄様。――それ以上はもう必要ありません」

 今まで外間の行動を傍観していたアクセラが、声を出すと同時に動かせる腕で掴んだ武器を外間に当てた。

 曲刀の刃を容赦なく外間の首に食い込ませ、浅く肌を裂く。

「その判断を俺がするに足る、つまりは俺が納得できるだけの言葉を用意出来るのか?」

 外間は首元に当てられた刃に怯むことなく、苦笑すら浮かべてアクセラに問う。

 アクセラはその問いに数呼吸の間、考えるような沈黙を返したが、

「……後は私が引き継ぎます。他の誰でも無い私が、アクセラ・カークストンが、トリス・ウォーカーを殺します」

 強い芯を感じる声音でそう答えた。

「命を奪って終えるだけ、ってことか? ――足りないぜ、それじゃ」

「いいえ、命は奪いません。ですが、アクセラ・カークストンは外間・信道のためにトリス・ウォーカーを殺します。貴方には出来ず、私にしか出来ない方法で。彼女が貴方に二度と手を出せないようにしてみせます」

 宣誓するように、アクセラは強く強く言いきった。

 外間は肌が裂けるのも構わず首を傾げ、アクセラと視線を合わせる。

 アクセラの紅く染まった瞳を見て、

「……そうかい。なら任せるわ」

 外間は首に当てられた刃を無造作にどけて、トリスから手を離した。続く動きで立ち上がり、

「――っと、忘れてた」

 という一言と共に、トリスの両手を貫き、拘束していた自身の武器を掴んで払う。

 見た目に反する鋭い切れ味をもって刺し止めていた両手が縦に裂かれ、トリスが痛みによる声を追加した。

「外間!」

「何だよ、元自称妹分。これは回収しておかないとマズイものだし、お前に抜けるものでもない。刺したままじゃ魔術の効きも悪い。必要なことだと割り切れ」

 アクセラの非難めいた声に対して、外間はあくまで平然とした様子でそう応えるだけだ。 

 血に塗れた手に掴んだ武器を指運でくるくると弄びながら、外間はアクセラの横を抜ける。

「それじゃあ、後は自分でどーにかしてくれ。俺はこれ以後、お前に干渉しないから」

「……残念です」

 アクセラの応答に外間はふと足を止め、アクセラを見て苦笑する。

「恥ずかしいとこ見せてばっかだった気がするんだが。お前、それを残念がるってのはどうなの?」

 アクセラも外間を見て、しかし口元を緩める笑みを浮かべて、

「面白かったですから。――また会いましょうお兄様」

「そうかいそうかい。ま、精々頑張れ自称妹分。……また会えるかどうかはお前次第かな」

 外間はアクセラの笑みにそう答えて、再び背を向けて歩き出す。

 ほんの少しだけ、名残惜しそうにその背を見つめた後。

 アクセラは視線を前に、地面に倒れるトリスへと近寄った。

「私に出来るのはせいぜい痛覚軽減というところかな。応急処置にもならないけど、貴女を現状のまま置いて助けを待つよりはマシでしょう。幸い、彼の配慮もあるので失血死やショック死に至ることはないでしょうし」

 一息。しかし、と続けて、

「それを行う前に、私は貴女に言わなければならないことがあります」

 血だまりの中に膝立ちとなって、曲刀の刃をトリスの胸元に当てる。

 その行為の意味が判らないと、トリスは疑問によって眉根をつめる。

「そのままでも、貴女は死ぬことはないでしょう。つまり、私がこのまま貴女をどこかに持ち去り、放置しておくことも可能というわけです」

「な、に……?」

「嫌なら私に下りなさい」

「おまえ……」

「これは漁夫の利を得る行為です。卑怯だ。誇りは無いのか。――どんな言葉で罵って頂いて構いません。ただし、罵るだけで返答が無ければ、さっきの彼の言葉を実現します。……とはいえ、感覚リンクは無理なので精々目の前で切り刻んで見せるだけですが」

 アクセラは淀みの無い口調でそう告げた。

 トリスはかすれた声で言う。

「最悪だ、おまえら」

「ええ。勝利を得る為には正々堂々など知ったこっちゃないんです。あらゆる可能性を考えて、最も楽な方法を取る。――それが戦争というものでしょう?」

「好きにしろ。……この状態のままで放置されて、しかも子どもが産めなくなるなんて、嫌だ」

「結構。では、外界からの刺激を軽減した後、拘束させて貰います」

 アクセラは一度目を伏せてから、曲刀を捨てる。

 曲刀はがらがらと音を立てて地面に落ちて、しかし勢いのまま転がっていく中で、空気に溶けるように消えていく。

 それを見ることもなく、自身の持つ魔術で可能な範囲の処置をトリスに施しながら、アクセラは言う。

「お互い不運ですね。彼に関わって、関わられたせいで、散々な目に遭ったという意味で」

「……?」

「彼が一度やったことがあるといったことは、私がされたことなんですよ。……いや、覚えてないならそれはそれでいいんですけど」

 一息。アクセラは肩の力を抜いて、

「あんなことまでやっといて、私の嫌がることに巻き込み直して。揚句の果てがこの状況。――本当に、あの人の趣味はろくでもない」

 だから、と続けて。

「巻き込んだ貴女には少し気の毒ですが。傷が癒えたらすぐに動きますよ?」

「……動く?」

「ええ。このアホみたいな競争と、それを企てた連中を片っ端から潰すんです。……なにせ、私は高校二年生。年度もまだ始まったばかりとはいえ、一度しかない学生生活は残り二年を切っています。来年は大学受験で忙しいし、あんまり時間かけたくないんですよ」

「…………」

 苦笑でそう告げたアクセラの言葉、その内容にトリスは絶句し無言を返す。

 その反応を見て、アクセラは苦笑を笑みに変え、ここはこう言っておきましょうと前置きした上で台詞を追加する。

「時間をかければ誰だって傑作小説を書くことができる。必要なのは速さです。

 地球全土――というほど広くもないですが。魔術社会全部を敵に回して、その悉くを殺し尽くして、早々に学校生活を楽しんでみせましょうか」



<4>

 それから一年後のお話。

「しかしまぁ、平日昼間だというのに人がいない高校校舎とは。またこれもオツなもんで」

 無事二年に進級し、身長伸びたり髪が少し伸びてたりする外間は、しかし一年の頃と似たような格好で、似たようなことをやっていた。

 ただし、今日はとある免罪符があるので視線に気兼ねする必要はない。

 平日昼間なのに、学校に人影が少ないのは別に祝日であるとかそういうわけではなく。

「卒業式、か。――いやはや、鬼灯さんも大変だねー。今頃在校生答辞でもやってんだろうか」

 視線を今まさに進行中であろう卒業式が行われている体育館のある方向へと向けて、外間は呟く。

 しかし、と続けて。

「まっさか、卒業式の準備云々で借り出されるとは思ってなかったわ……。まぁ、自由に出歩ける理由が出来ていいけど。釣り合いとしては結構微妙な気もする」

 俺もなかなか人がいいよなー、なんて言いながら笑って、外間は校内を歩き続ける。

 もし誰かに遭ったとしても、手伝いがあるので時間を潰しているとでも言えばどーにか切り抜けられるという立場はありがたいといえばありがたいとは思う。ただし、卒業式であるということはそもそも人がいないということであり、元々堂々と出歩ける状態でもあるので、ないよりはマシというレベルでしかないのだが。

「というかそもそも、不自然なんだよね。確かに同じアパートの住人とはいえ、鬼灯さんと俺は大して親交なんぞなかったわけだが。何が理由で呼び出したんだ?」

 さらに言えば、そもそも手伝いが要るほど人手が足りていなかったようには見えない。むしろ人余ってたし。

「まぁ、考えようはいくらでもあるんだが」

 外間はやれやれと溜息を吐き、

「俺としちゃ、期待しちゃうんだけどねぇ。――なにせ、卒業式があるこの時期は、別れの時期でもあり出会いの時期でもあるわけで。何か面白い展開に巻き込まれると嬉しいんだけど」

 そう言った直後だった。

「相変わらず、というところで安心というか何というか。判断に困るよ、外間」

 女の声が背後から響いた。

 外間は聞いたことのあるような無いような、そんな声に眉をひそめ、一息考えた後でも答えは出てこなかったので答え合わせとして視線を音源へと向けた。

 そして見る。

 そこには一人の女が立っていた。

 金髪青目。柔らかくウェーブがかった髪は肩口で切られ、前髪は赤いカチューシャであげている。そうすることで露出してよく見えるようになった顔では、柔らかで感情豊かな目と柔らかい口元が苦笑を形作っている。背は中肉中背というところだろうか。女性らしいメリハリがわずかに覗ける身体のラインを、胸元に赤い糸で校章が刻まれている沖入高校の女子制服で包んでいた。

「……誰?」

 外間は本気で見当がつかなかったので本気で疑問符を浮かべた。

 それを見て、余裕を作っていた女は一転、慌てた様子でちょっと!? と声をあげる。

「ひ、酷くないですかそれ!? 私、私ですよ! アクセラ・カークストンです、お兄様!」

「……ああ。おまえか」

 女――アクセラが自ら名乗った名前を聞いたことで、外間はようやく得心がいったという様子で納得を示すように、ぽんと拳で平手を叩く動作を見せた。

「反応薄い! 約一年ぶりの再会なのに! というか、人のこと覚えてないとかひどいじゃないですか!?」

「いや、そこまで姿が変わってたらわかんねーよ。声に聞き覚えがある気はしたけど。一年で姿変わりすぎだろ。成長期つっても限度があるわボケ。おまえ実年齢ホントのところは小学生だったってんなら理解もできるが」

「若干罵倒含みだ!? 理不尽ー!」

「ま、何でもいいけど。……何の用? 俺は今暇で暇でとてつもなく忙しい。――なにせ、どうやって暇を潰すか考え中なんだ」

「それを一般社会では暇を持て余すというんですよ、お兄様……」

 アクセラは溜息をひとつ吐き、肩を落とすようにして脱力した。

「なんてしまらない再会」

「感動的な再会でも期待してたのか?」

「当たり前です。だって、あの日以来、私結構頑張ったんですよ? たった一年で魔術社会叩き潰してきたんですから。そりゃーもう、並大抵の努力ではなかったわけで。……ってちょっと、なんで話の途中で背を向けて歩き出すんですかお兄様」

「おまえの言葉を三文字で否定してやろう。――知らん」

「本当に酷い……!」

 言って、アクセラは外間を追うように歩き出した。

「まぁ、一年間有意義にフィクションじみた生活したせいで学生生活は潰れたようだが。残念だったな、自称妹分。クラスで修学旅行の思い出とか共有出来ずに孤独感ひしひしと感じながら生活した後で卒業するといい。うわぁ、ざまあみろ」

「いえいえ、お兄様。私、留学扱いだったので今年も二年生なんですよ。ちゃーんと修学旅行も行けますから、修学旅行の思い出とかはこれから作れるんです」

「……げ、おまえ、俺と同学年になるの?」

「はい、勿論。ちなみに、クラスも同じになるはずですので。二年間よろしくおねがいします、お兄様」

 外間はアクセラの言葉に思わず足を止めて、背に居るアクセラを心底嫌そうな顔で見た。

 アクセラはその顔を見て、してやったりというような、挑むようで楽しげな笑みを浮かべている。

「……最悪だ。おまえ、ずっとお兄様呼ばわりする気だろ」

「当然。変な噂立てられて視線を集めて身動き取れなくなればいいですよ。あはは、ざまーみろ」

「まぁ、どちらかというと変な噂立てられたり視線を集めるのはおまえの方な気もするが。好きにすればいいさ」

「ええ、好きにしますとも。――とりあえず、お腹が空いたので昼食にしましょうよ。学外で何か、ラーメンでもいいですから奢って下さい」

 へいへい、と何に頷いたのかイマイチよく判らない返事をしながら、外間は足を昇降口の方へと向ける。

 アクセラもその横に並んで、同じように昇降口の方に向かう。

「……しかし。このためだけに、おまえは鬼灯さんに手伝い頼むよう仕向けたわけ?」

「ええ。鬼灯さん、数少ない知り合いですから。同じクラスでしたし。――なにより、彼女経由であなたに回せば、あなたが一番苦手な人が色々と手を回してくれるだろうと思いまして」

「まーたネタにされるのか……。ホント、厄介な女だね、おまえ」

「男性から見た女性というのは、そもそもそういうものでしょう」

「そーですね」

 外間はやれやれと肩をすくめて、お手上げだというように両手を肩のあたりまで上げてみせた。

「ま、とりあえずはおつかれさまと言っておくよ、アクセラ・カークストン。後は好きなようにすればいい」

「ええ、勿論。――なので、とりあえずラーメンが食べたいですね、お兄様」

「金が無いから安いとこだぞ」

「美味しければそれでもいいよ、外間」

 アクセラはそう言って笑った。





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