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6話 夢の中の蝶

 魔晶協会は武器屋に隣接していた。入り口前には、杖と馬の絵が描かれた紫色の旗が掲揚されている。これが魔晶協会のシンボルらしい。この旗が掲げられている時は、魔晶協会は開いているという目印でもある。

 魔晶協会の扉をくぐった俺は、早速道具袋から魔晶石を取り出し、窓口のお姉さんに渡した。


「おめでとうございます。これで、晴れて冒険者の仲間入りですね。これからのあなたのご活躍を、期待しております」


 ロングヘアーの茶髪のお姉さんは笑いながら俺にそう言ってくれたが、どこか事務的な雰囲気も感じた。これまでに何回も、同じセリフを言い続けてきたんだろうな。

 続けてお姉さんは、慣れた手付きで小さな皮袋を俺に渡してきた。

 きた。報酬だ。

 受け取ると、ずっしりと重い感覚が腕に広がる。結構な報酬が入っているとみた。


「報酬は千ルクルです」


 俺の心を読んだかのように、タイミング良くお姉さんが俺に金額を告げた。

 千ルクルか。普通に生活していたら、一ヶ月は余裕で過ごせてしまう金額だ。冒険者が必ず最初にやらなければならないミッションなくせに、やけに景気が良い。

 でもこれ以降は、取ってきた魔晶石の大きさによって報酬の額も変わってくる。小さな魔晶石しか入手できなかった場合、当然報酬も少なくなる。ここで無駄使いはできない。俺は皮袋を荷物袋へ大事にしまい、魔晶協会を後にした。


 外に出ると、既に空は群青色に染まっていた。洞窟に行く前、冒険者の手続きをしに来た時は町も大勢の人間で賑わっていたのだが、今は通りを歩く人間もまばらだ。冒険者らしき剣士や魔法使い風の人間とすれ違うだけで、一般人はほぼ見当たらない。

 とりあえず、今日は休もう。

 少し湿り始めた空気を裂きつつ、俺は宿に向かって歩き始める。

 ミアとエルデが去り際に言っていた話では、ツィロプスの洞窟を出た時点で、俺の魔法力はもうほとんど(から)になっていたそうだ。二体の言葉を裏付けるかのように、全身を巡る倦怠感は増す一方だった。体が鉛のように重い。一刻も早くベッドで寝たい。というか、もうここで倒れてしまいたい。

 気を抜くとその場に座り込んでしまいそうな気だるさを引き摺りながら、俺は何とか宿まで辿り着くことができた。

 三階建ての宿は、レベシュタットの町のちょうど中心に在った。一階の受付の横は酒場になっており、喧騒で受付のおじさんの声が聞き取り難い。陽が落ちたばかりだというのに、既に大勢の人間が酒を煽っている。俺はまだ飲める年齢ではないし、それにどうもこの酒の匂いというのが苦手だ。

 顔をしかめながら受付で手続きを済ませた俺は、早速当てられた部屋へと向かう。案内されたのは二階の一室だ。受け取った鍵でドアを開けると、俺は一目散にベッドに向かい、その上に倒れ込んだ。







 俺は、薄暗い雑木林の中を歩いていた。

 サク、サク、サク。

 足を踏み出す度に、足元に敷き詰められた枯れ葉が乾いた音を鳴らす。

 サク、サク、サク。

 俺はそこで気付いた。すぐそばで、俺以外の足音がすることに。

 後ろを振り返ると、一人の少年が俺の後に着いて来ていた。少年の黒に近い藍色の髪は、短く切り揃えられている。純粋さ溢れる大きな目は、翡翠色。半袖の袖から伸びる腕には、至る箇所に打ち身の痕がある。

 全身で快活さを表しているその少年に、俺は見覚えがあった。

 ……いや、見覚えがあるどころの話ではない。

 これは、俺だ(・・)

 もしかして、これは夢か?

 自分でも不思議に思うほど、頭の中はやけに冷静だった。夢を、夢と認識しているのは珍しい。しばらくはこの夢を追いかけてみることにするか。

 幼い俺は、迷うことなく獣道を進んでいく。好奇心のまま、俺もその後を追い続ける。

 真っ直ぐと前を見据えながら進んでいた幼い俺だったが、不意にその視線が横へと逸れた。俺もつられて、そちらに視線を送る。

 目に飛び込んできたのは、葉と葉の間に張られた蜘蛛の巣。そこに、一匹の蝶が引っ掛かっていた。

 その蝶の(はね)(ふち)は、澄みきった湖のように、綺麗な水色で彩られていた。そして縁以外の翅の色は、夕暮れ時の空みたいな赤みの強いオレンジ。しかしそれは見る角度により、色を目まぐるしく変えていた。

 オレンジから緑。緑から黄色。黄色から赤。赤から紫――。

 まるで、オーロラを翅の中に閉じ込めたような、神秘的な煌きだった。

 今までに見たどんな蝶よりも美しいその翅に、俺は『幼い俺』と同時に、感嘆の息を洩らしていた。

 もがき疲れたのだろうか。蝶の翅はゆっくりと開閉を繰り返すばかりで、蜘蛛の巣から抜け出そうとする素振りは見せない。絹糸のような白い触角は、力なく垂れている。目前に迫った死を既に悟ったかのように見えた。

 幼い俺は慎重に蝶の翅を摘み、蜘蛛の巣から蝶を引き剥がした。指を離すと、たちまち蝶はひらひらと雑木林の中へと消えていった。まだ、飛ぶ余力は残っていたようだ。良かった。


「もう引っ掛かるなよー」


 まだ声変わりをしていない高めの声で、幼い俺は蝶に向けて小さく呟いた。しばらくは蝶が飛んでいく様子を見守っていたが、蝶の姿が完全に見えなくなったところで、幼い俺は向きを変え、再び足を踏み出した。


「うぇっ!?」


 数歩も歩いていないところで、幼い俺は突然変な声を出し、石のように固まってしまった。同様に、俺も固まってしまう。

 俺達の眼前に、全裸の少女が佇んでいたからだ。年齢は十もいっていないだろう。体型が子供のそれだった。その少女の髪は膝裏に届こうかというほど長く、水色とオレンジ色に交互に揺らめいていた。

 さっきの蝶の翅みたいだ、と俺は思った。


「あ、あの、ふ、服は?」


 顔を真っ赤に染めあげる幼い俺の口からまず出てきたのは、衣服のことだった。俺にもちょっと刺激が強い格好だから、この反応は至極真っ当なものだろう。しかし少女はそれには答えず、無言のまま幼い俺に右手を突き出した。

 少女の白い掌には、チェリーのような形をした、小さく白い果実が乗っていた。オーロラ髪の少女は幼い俺の目を見据えながら、そこで微笑する。


「え? これ、俺にくれるの?」


 こくりと頷く少女。幼い俺は顔を少女の体から背けつつ、恐る恐るその果実を指で摘む。刹那。

 キンッ!

 金属を叩くような甲高い音を上げ、少女の姿は光の粒へと変わり、霧散してしまった。


『ええっ!?』


 俺と幼い俺の声が重なる。


「もしかして、さっきの蝶? これは助けたお礼……?」


 目の前で起きた、不可解な出来事。それを好意的に解釈すると、蝶の恩返し、ということだろうか。

 幼い俺は呆然としながらも、少女からもらった白いチェリーを、早速口の中に放り込んだ。

 ……ああ、思い出した(・・・・・)。この白いチェリー、結構弾力があって、酸味が強かったっけ。

 俺がそんなことを思った直後、夢は黒く塗りつぶされた。


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