4話 変身
甘く輝く、ショートカットの金髪。目は明るい栗色。彼女はビキニタイプの白い水着のような服を身につけていた。そして、小さな背丈とは不釣合いなほどの、豊満な胸。
はっきり言う、美少女だ。しかしこの少女、明らかに人間ではなかった。尖った長い耳がキラキラと琥珀色に煌いていたのだ。その琥珀色は、エルデの甲羅と全く同じものだった。
もしかしなくてもこの子、エルデが姿を変えたものなのか!?
一人驚愕していると、その人型になったエルデが腕を振り上げた。続けて目にも留まらぬ早さで、足に纏わり付いていたスライムの一匹に向かって、渾身のパンチを繰り出した。
洞窟内に響き渡る、重い衝撃音。
攻撃を受けたスライムは真っ二つに割れ、そのまま光の粒となって消滅した。エルデの拳には、オレンジ色のオーラが渦を巻くように纏っている。
おお、強え……。ていうか凄ぇ。刃物で切ったわけでもないのに、打撃でスライムを真っ二つにするなんて。
「リュディガ! 下がって!」
突如後ろから飛んできたミアの声に、俺は反射的に後退する。入れ替わるように俺の前に躍り出てきたのは、水色の髪を高い位置で二つに縛った少女だった。少女の全身は髪同様の水色で、魚のヒレのような耳がくっ付いている。彼女もやはり、白の水着のような格好をしていた。エルデより背は少し高いが、胸は小さい。いや、この場合、エルデがでかすぎる気もするけれど。
っていやいやいや。今は胸について考えている場合じゃない! この水色のツインテールの少女は、間違いなくミアが姿を変えたものだろう。
ミアはスライムの一匹に向かって、腕を素早く横一線に振った。
刹那。
大きな鎌を彷彿とさせる水の刃が出現し、スライムの体を上下に切断した。切断されたスライムは先ほどの奴同様、光の粒子となって消滅する。
エルデとミアは無言のまま頷き合い、残り一体となったスライムに向けて掌を向けた。
キュッという、空気と空気が擦れる音が短く鳴る。そこで俺は、思わず目を見張ってしまった。
エルデの掌からは岩のような大きな塊が、そしてミアの掌からは水の竜巻が瞬時に現れ、それぞれスライムに向かって放たれたのだ。
これが、神獣の特殊攻撃か!
洞窟内に、激しい衝撃音が反響する。
二人の魔法に似た特殊攻撃を受けたスライムは、原型がわからないほどバラバラに潰れ、あっという間に光となって虚空に消えてしまった。そのスライムが消滅した空間を、ぽかんと眺めながら俺は思った。さすがにこれは、オーバーキルのような気がする……。スライム相手に、神獣二体がかりで特殊攻撃って。
でもまぁ、直前までピンチだったもんな。初陣でやられることを考えると、それよりよっぽどマシだな、うん。
心の中で最後のスライムにちょっとだけ懺悔したところで、ミアとエルデがこちらに駆け寄ってきた。エルデの胸が激しく、ミアの胸は控え目に、それぞれ上下に揺れている。見た目は人間とはちょっと違うけど、やはり二人とも女の子。目のやりどころに非常に困るんだが。ていうか、何で二人はそんな格好をしているんだ。俺の隠れた欲望が具現化しちゃったのか。それだったら恥ずかしすぎるんですけど。
そんな苦悩をする俺に、巨乳――じゃない、エルデがキラキラした目を向けていた。
「ご主人様、さすがですう」
「あ、うん、二人ともご苦労様。一時はどうなることかと思ったけど、何とか倒せて良かったよ。ところでどうしてお前ら、いきなり人型になったわけ?」
「無意識だったの? リュディガがそういうイメージを持っていたからよ。言ったでしょ。私達はイメージに引っ張られるって」
確かに笛を吹く前、俺はナックルを装備してスライム達をのしていく光景を思い浮かべていた。その影響がこんなふうに表れたってことなのか。
「ということは、別に笛をマスターしなくても何とかなるってこと――」
言い切る前に、俺は固まってしまった。ポンッと軽い音がしたと思った直後、二人はあっという間に元の蛇と亀の姿に戻ってしまったのだ。
「えっ、な、何で!?」
「ご主人様の笛がへたっぴだから、その分、効果時間が短いんだよう」
右前足をぱたぱたとさせながら言ったエルデのセリフに、俺はがっくりと肩を落とすこととなってしまった。
やっぱり、そんな都合良くいくわけがないか……。一度人型になってもらったら後は命令するだけで済むかと思ったんだけどな。
……いや、待てよ。
「ということは、笛の効果が切れる度に笛を吹き直せば良いってことじゃあ?」
「それじゃあ、リュディガの魔法力が持たないわよ。笛の音を媒介として、あなたの中の魔法力を私達も分けてもらっているのよ」
「え。マジか……」
魔法力か。今まで拳闘士としての修行しかしてこなかったものだから、自分の中にそんな魔法力が宿っているなんて全然わかっていなかった。というか、今もわからん。きっと神獣使いとしての宣託を受けた時に、魔法力も授かっていたってことなんだろうけど……。
「そういうわけだから、ちゃんと笛を吹けるようにしてねえ」
「うぅ……」
エルデの言葉が、俺の胸に深く突き刺さる。良いことを思いついたと思ったんだけどなぁ。
「でも、ここの洞窟くらいなら今のやり方でも何とかなるんじゃない? 狭そうだし」
「うん。土の神獣のわたしの勘が、この洞窟、結構狭いと告げてるよう」
沈みかけていた心は、ミアとエルデの一言でひとまず急浮上。神獣がそう言うのだから、きっと何とかなるんだろう、うん。
……投げやりっぽいのは気のせいだ。
「わかった。それじゃあさっさと『魔晶石』を探して、この洞窟を出よう」
「了解!」
「らじゃあ!」
威勢良く返事をした二体の神獣を引き連れ、俺は再び洞窟の奥へと足を踏み出した。