3話 初戦闘
「そういえばさ、神獣って何なの? 精霊とは違うわけ?」
日の照りつける街道を歩きながら、俺はふと疑問に思ったことを口にする。
「えっ!?」
声を上げ、立ち止まる二体の神獣。その顔には信じられない、と大きく書かれているようだった。なんていうか、そんな顔で見ないで欲しい。
「……いや、その。俺、今までそういうこと全く勉強してなくてさ」
「よくそんなんで神獣使いになれたわよね」
呆れたようにミアは言う。ちょっとムッとしたけれど、知らないことは知らないので言い返すことはしない。それに、それは俺が聞きたいくらいだ。
「まぁいいわ。普段人間の目には見えないけれど、この世界には『精霊』達で溢れているの。『魔法使い』の魔法は、その精霊達の力を借りて発動させるのよ」
「あ、それは何となく知ってる」
「その精霊達をまとめる存在が、私達『神獣』ってわけ」
「へぇー。つまりお前達は、実はすっごい存在ってことなんだな!」
「あ、期待を裏切るようで悪いけど、そこまでではないわよ。確かに私達神獣は、精霊よりずっと強い魔力を持っている。でも、それはこの世界の根源を変えるほどのものではないの。こっちの世界風にわかりやすく言うと、精霊は一般兵、神獣はその兵を束ねる兵士長ってところかしら」
「ほほぅ」
ミアの説明に、俺はちょっぴりがっかりする。『神獣』っていうから、てっきり物凄い魔法をバーン! と放って敵を一掃しちゃうものだとばかり思っていた。でもよく考えると、この世界には俺の他にもたくさんの『神獣使い』がいるはずなのだ。もちろん、他の職業と比べると断トツに数は少ないと思うけれど。その彼女らが事あるごとに、どえらい威力の攻撃ばかりしていたら、色々と問題になってしまうだろう。
「その神獣を喚び出せるのは、清き乙女だけ……だったはずなんだけどねぇ……」
エルデが上目遣いで俺を見ながら、ぽそりと呟いた。だから、それは俺が聞きたいくらいだっての。
そうこうしている内に、俺達は目的地へと到着した。
冒険者達が最初に訪れる洞窟は、ツィロプスの洞窟と呼ばれている。街道を抜けた先、町の東側にある山の麓に、その洞窟はあった。
冒険者以外の人間が立ち入らないよう、洞窟前には結界が張られている。結界は『宣託』を受けた人間とそうでない人間を、識別することができる。なぜ俺がそんなことを知っているのかというと、冒険者に憧れ始めたばかりの頃、こっそりとここまでやって来て、進入を試みたことがあるからだ。割と良く弾く結界で、近くの木に頭から突っ込んだっけ。あれは痛かった。
「リュディガ、入らないの?」
昔のことを思い出して思わず額に手を当てていると、ミアが俺の目の前にやって来て、尾の先端を洞窟へ向けてピロピロと振った。
「いや、ごめん。行こう」
荷物袋から小振りのカンテラを取り出した俺は、早速中へと足を踏み入れる。
「そのカンテラ、あまり明るくないねえ」
頼りない光を発するカンテラを仰ぎ見ながら、エルデが呑気そうな声で言った。
「小さいしな。でもいざという時に下に置けるから、松明よりこれの方が良いと思って」
「確かにそうね。神獣使いは常に笛を吹かないといけないわけだし」
青い舌をチロチロと出しながら言ったミアの言葉に、俺は再び足を止めてしまった。
「え……ちょっと待て。もしかして神獣使いって、戦闘の時も笛を吹かないとだめなのか?」
「何を当たり前のことを。神獣使いなんだから、当然でしょ」
「私たち神獣は、笛の音で攻撃力や防御力が上昇するんだよお」
ミアとエルデが、さも当然といった面持ちで、矢継ぎ早に俺に説明をする。
「マジか……」
俺は二体の言葉に愕然とした。
そういえば武器を支給された時に、解読不能な言語が書かれた紙も何枚か貰った気がする。今考えると、あれは笛の鳴らし方を書いた物か、もしくは楽譜だったのかもしれない。つまり笛をマスターしなければ、神獣を自由自在に操ることができない、ということだ。やべぇ、どうしよう。
「とかお喋りしている間に、早速おでましよ」
ミアの声と同時に、俺も既に振り返っていた。
目の前には、半透明なゼリー状の物体が三つあった。大型犬より少し大きいその物体は、濁った緑色の体をゆらゆらと揺らしながら、こちらへと近付いてくる。
この洞窟を住処としている、スライムだ。駆け出し冒険者達の腕試しには、もってこいの存在だと言える。
俺が拳闘士の宣拓を受けてナックルでも装備していたのなら、こんなザコ、十秒もかからずに余裕で撃退していたことだろう。しかし今、俺は神獣使いだ。武器である笛の扱い方が全くわかっていないという、おそらく現時点で最弱の冒険者だろう。泣きたい。
いや、今は泣いている場合ではない。俺は持っていたカンテラを下に置き、荷物袋から慌てて笛を取り出す。
「リュディガ! 私たちに指示を!」
「ええっ!? そんなの、攻撃してくれとしか言えねえよ!」
「そうじゃなくて、笛を吹いてってことだよう」
「ぐっ……」
いきなり笛を吹いて、とか言われても……。くそっ。せめてもう少し笛の練習をしてから来るべきだったか!?
「とりあえず、攻撃するくらいはできんだろ!? 曲がりなりにもお前ら神獣なんだし!」
ヤケクソ気味に叫ぶと、ミアとエルデは渋々とスライム達に向き直った。
「仕方ないわね……」
「仕方ないねえ……」
嘆息しながら言葉を吐き出した直後。突然、二体の神獣は左右に分かれた。
固まっていた対象がばらけたせいか、スライム達の間に、誰に攻撃をするのか、という迷いが生じたようだ。三匹共這うようにして真っ直ぐとこちらに向かって来ていたのだが、そこで動きがピタリと止まった。その止まった瞬間を見逃さず、右のスライムに向けてミアの口から水晶のような水流が放出される。
ナイスだミア!
思わず拳を握りしめる俺だったが、すぐさまその握った拳を緩める羽目になってしまった。ミアの口から放たれた水流は、花に水をやる時の如雨露のような勢いしかなかったのだ。そのひょろひょろとした水は、スライムの一匹を優しく濡らしただけで終わってしまった。
「弱っ!? 何それ!?」
「やっぱり、笛で強化してくれなきゃ無理よ!」
水色の全身をくねらせながら、ミアは俺の後ろに慌てて隠れる。
「神獣はこっちの世界では、そのままだと力を発揮できないのよ!」
「やああ! やめてえ!」
ミアの声に重なるようにして、エルデの悲鳴が響いた。そちらに顔をやると、エルデは頭と手足を琥珀の甲羅に引っ込めて、スライム達の攻撃から耐えているところだった。
「エルデ!」
慌ててエルデに向かって走る俺。尚もエルデに跳びかかろうとするスライムに、俺は持っていた笛をフルスイングして叩きつける。だが、スライムは元々打撃に耐性がある体なので、大したダメージを与えることができなかったようだ。スライムは一瞬怯んだだけで、またしてもエルデに跳びかかる。
なんてことだ。こんなスライム如きに苦戦を強いられることになろうとは! 同じ打撃攻撃でも、拳闘士の武器である凹凸の付いたナックルがあれば、こんな奴らすぐにでも倒せただろうに!
くそ、ここは背に腹は変えられん。やるしかない。
俺は木の笛を構え、口に近づける。
落ち着け。とにかく鳴らせ。何でも良いから、鳴らせ。鳴らしてしまえば、今より状況が悪化することはないはずだ。
俺は大きく息を吸い込み――次の瞬間、吸った息を全て笛の穴に向けて吹き出した。
『ぴすろーーーー』
息をたっぷり吸ったので前回より音は長く鳴ったが、笛が奏でたのは、やはり掠れた情けない音だった。
ぐっ……。渾身の一撃(?)だったというのに何て音だ。戦闘にそぐわなさすぎるっ。
自分で出した音なのに、思わず肩を落としてしまいそうになってしまう。
その時だった。
エルデの琥珀色の甲羅が、いきなり発光を繰り返し始めたのだ。
「お?」
もしかして、何か当たりの音だったのか!? でも、これで防御力がアップしただけだったらどうしよう。それだと根本的な解決にはならない。今の俺達には、攻撃力が徹底的に足りないのだ。しかし、俺のその不安は杞憂に終わることとなった。
さらに眩しく、エルデの甲羅が光輝く。カンテラの頼りない光とは比べ物にならないほどの光量は、洞窟内を真昼のように照らし出す。そしてシュンッ、と空気が走る音が聞こえた次の瞬間――。
エルデが居た場所に、一人の少女が佇んでいた。