21話 総力戦
俺は頭の中で『イメージ』して、あらん限りに叫ぶ。
「ミア! エルデ! フラメル! 出てきてくれ!」
水飛沫、土埃、火柱。
それらが同時に俺の足元に発生し、そして神獣らは俺の呼びかけに応え、勢い良く姿を現した。
俺が召喚した神獣達を、マルヴァ達一向は呆けたように見つめていた。既に召喚していたウィンも加わり、四属性全ての神獣が俺の前にズラリと並ぶ。
「ご主人様、めちゃくちゃですう!」
「そうよ! 神獣使いは二体召喚するので手一杯なはずよ!」
「このままだと、リュディガちゃんの魔法力があっという間に尽きてしまうわ」
「二体に絞るべきかと」
「うるさい!」
口々に言葉を並べ立てる神獣達に、俺は一喝する。
マルヴァ達は十人。対する俺達は二人と四体。これでも頭数は足りないくらいだ。
「魔法力が尽きたら、俺の体力をお前らにやる。それで文句ないだろ」
「文句あるに決まってるでしょ!? そんなことしたら、リュディガはあっという間に動けなくなってしまうわよ!?」
ミアが青い舌を出し、噛み付かんばかりに吼えてくる。しかしこの不利な状況を打破するには、もうこの方法しか思い浮かばなかったのだ。
「俺は、神獣使いとしては、まだまだだ」
マルヴァ達の動向を見逃さぬまま、俺は握っていた鉄パイプを強く握る。
「でも、拳闘士になるために修行してきた期間は長い。俺は馬鹿だから、魔法力がどういうものかさえ未だによくわかっていない。でも、それって俺の中にある力を使うってことだろ? 俺は体力の方がある。だから俺の体力が使えるんなら、魔法力の替わりにそっちを使ってくれ」
「リュディガちゃん……」
フラメルが静かに瞼を閉じ、ふさふさの尻尾を下げる。彼女達から「不可能だ」という言葉が出てこないので、どうやら俺が要求していることは、できないことではないらしい。
「リュディガ、本当にそれで良い?」
訊いてきたのは、ウィンだ。俺は彼女に無言のまま頷く。
「ウィン!?」
「ミア。私達神獣にとって、こちらの世界では、神獣使いの言葉は絶対」
淡々とした口調で言うウィンと暫し視線を合わせた後、ミアは諦めたように小さく息を吐いた。
「もう。倒れたりしたら承知しないんだからね、リュディガ!」
「ありがとう、ミア」
「あっ、ミアばかりずるいよう。私もご主人様のために頑張るんだよう」
「あら。私だって」
「あぁもう、わかったから! お前ら全員頼りにしてる!」
先ほどまでの緊張感が台無しだ。思わず頭をわしゃわしゃと掻き毟っていると、突然服の裾が控え目に引っ張られた。
「わ、私も、微力ながら頑張ります」
「テア……」
不安な心を精一杯抑えるように、テアは胸の前で拳を握っていた。
形勢は圧倒的にこちらが不利だ。でも、俺の中から既に不安な気持ちは吹き飛んでいた。
改めて俺はマルヴァを見据え――いや、睨んだ。
「まさかお前が、神獣使いだったとは。男の神獣使いとは珍しい」
先ほどまでの鋭利な刃物のような目付きはない。何故かマルヴァは、満面の笑みをこちらへと向けていた。
「あの紙を見ただろう?」
「紙?」
「そう。武器を支給された時に、羊皮紙を渡されたはずだ」
あれさえも、マルヴァの意図で配られた物だったのか――。
「核を集めよ、とかいうやつか? 確かにもらったが、あれは何だったんだ」
「私から神獣使い諸君に対する、メッセージだ。君には死んでもらうつもりだったが、神獣使いならば話は別だ。どうだ。私達の同志にならないかね?」
「ふざけるな。誰がなるもんか」
「ふむ。まぁ、既にメッセージに気付いた神獣使いはこちらにいる。今さら一人増えたところで大して変わらんか」
マルヴァは顎に手をやり、横に並ぶ同志を流し見た。皆一様に不敵な笑みを浮かべている。俺を見据えるその多くの瞳には、侮蔑の色が浮かんでいた。わざわざ誘ってやったのに断るなんて馬鹿な奴、とでも思っているのだろう。
今さらそんな視線など気にならない。俺は改めてマルヴァへと顔を向ける。
「それで、核って一体何のことだ」
「魔晶石とは、闇の神獣の力がバラバラになったもの。それがあの紙に書いてあった『核』のことだ。そして、魔晶石はただ集めるだけではだめなのだ」
俺は、そこでようやく理解した。
闇の『神獣』。つまり、精霊界からこちらの世界に本体を『召喚』しないといけないということを。マルヴァが神獣使いにだけ渡した羊皮紙。あれは闇の神獣を召喚する者を募っていたのだ。
……ということは、まさか……。
「彼女達を殺したのは、闇の神獣の召喚を断られたからか」
ヴァッサラントの魔晶協会の地下で、無残な姿になっていた少女達を思い出した俺の心は、再び沸騰しそうになる。マルヴァは俺の問いに、少し眉を動かしただけだった。
「見たのか。概ね間違っていない。付け足すと、神獣使いは私達の計画に大きく支障をきたすかもしれないから、殺したまでだ」
以前、みんなで力を合わせて闇の神獣を封印したという、テアやフラメルの言葉を思い出した。そういうことか……。
俺はマルヴァの横に並ぶ『同志』達に再度視線を送る。彼らの中に、笛を持っている人物は二人いた。
小柄な金髪の少女と、黒髪をポニーテールに纏めた、スレンダーな女性。二人とも目尻は上がり気味で、強気そうな顔をしている。
あの神獣使い達は、闇の神獣を召喚することに抵抗がないのだろうか。
マルヴァに何と言って唆されたのかは知らないが、今さら説得を試みても無理そうだということは、俺達を見下すようなその表情を見て悟った。できれば女の子には乱暴をしたくはないのだが、今はそんなことを言っている場合ではないだろう。何とかして真っ先にあの二人から笛を取り上げなければ。
「お前達! 笛を持っている奴を狙ってくれ!」
「了解!」
俺の命令で、四体の神獣達は一斉に動いた。
ミアとウィンが金髪の子、そしてエルデとフラメルが黒髪の女性に向かう。
俺は彼女らが移動を始めたと同時に、強化の術を施す。
そうはさせじと、他の『同志』の男達が二人の神獣使いを護るようにして取り囲んだ。その手には各々の武器が握られている。
最初に仕掛けたのは、ウィンだった。大きな翼を羽ばたかせ、金髪の神獣使いに向けて鎌鼬を放つ。
即座に魔法使いらしき男が杖を振った。ウィンの放った風とぶつかり、激しい突風が神殿内を蹂躙する。
続けていつの間にかウィンの背に乗っていたミアが、口から水流を放つ。上から真っ直ぐに、金髪の子に向かっていく水流。しかし体格の良い剣士が大剣でそれを受け止めた。剣に遮られたミアの水流は、剣士の斜め上方向へと軌道を変えた。
金髪の子が銀色の笛を構える。すかさずウィンが風を作り出す。強風に煽られ、金髪の子は笛を口元に上手く固定できないようだ。
黒髪の女性も同様に、ウィンの風に翻弄されている模様。
彼女を取り囲む男達の一人に向かい、フラメルが跳びかかる。フラメルが飛びかかったのは、僧侶らしき格好をした男。その男の手に握られていた杖を咥え、そのまま炎を吐き出す。
「うわっ!?」
熱さからか、僧侶の男は声を上げて杖から手を離した。
別の男がダガーでフラメルに斬りかかる。武器から判断するに解錠士か。
フラメルがダガーの切っ先の餌食になったかと思われたその瞬間、男とフラメルの間の地面が隆起した。その地面はまるでフラメルを護る盾のように聳え立った。
エルデの特殊攻撃だ。
少し離れた場所に佇んでいたエルデ。琥珀の甲羅が眩く光ると、岩の雨が男達に降り注ぐ。
突如上から降ってきた岩に対する男達の反応は様々だった。腕で防御する者。神獣使いの上に被さり、護る者。剣で、拳で、岩を破壊する者。
どれも、命まで奪うような強力な攻撃ではない。が、神獣使い達が穏やかに笛を吹く暇を与えてはいない。
いいぞみんな。その調子だ。
だが、いつまでもこれの繰り返しでは俺の体力が持たない。何とかして神獣使い達から笛を奪い取るか、気絶させないと。
魔法力のない俺には、短期決戦しか道はない。一気にカタを付ける。
落ち着け……。イメージしろ。
ここにきてようやく、俺は少しわかってきた。あくまで素人の俺の感覚ではあるのだが、笛を吹く強さが五段階あったとすれば、召喚する時は一か二。そして人型にさせる時、吹く強さは五。きっとそれで上手くいくはずだ。ざっくりすぎる感覚かもしれないが、自分でわかれば良い。
俺はその感覚のまま、肺の空気を全て鉄パイプに注ぎ込んだ。若干口の中の舌を動かして、強弱っぽい違いも出してみる。そろそろ一つの音だけを馬鹿みたいに繰り返すのが、少し恥ずかしくなってきたからだ。
俺の術を受け、次々と人型に変身する神獣達。男達は突然の神獣の変化に双眸を見開き、驚愕している。
「リュディガちゃん、ナイスタイミング!」
人型になったフラメルが、嬉々として横一線に腕を薙ぐ。腕の軌跡に沿い、生まれるのは大きな炎。その炎は神獣使いを護っていた男達を、次々と呑み込んでいった。
「ぐううううっ!?」
熱さと苦痛に耐えかね、声を洩らす男達。すかさず人型になったエルデが、彼らにパンチをくらわせていく。その一撃で、あまり打たれ強くなさそうな四、五人が床に沈んだ。
少し悪い気もするけれど、二人に笛を吹かせないために今は非情になるしかない。残っているのは、神獣使いの二人と、頑丈そうな鎧を身に着けた剣士達だけになる。
神獣達に次の指示を出そうとした、その時だった。
それまで傍観していたマルヴァが、突然動いたのだ。俺に向かって一直線に走り来る。
早い。
気付いた時には、マルヴァはもう俺の眼前にまで迫っていた。その勢いのまま、無駄のない動きで蹴りを繰り出してくる。
しかし、俺だって伊達に拳闘士の修行をしてきたわけではない。体を後ろに傾け、その蹴りを受け流す。
受け流したはずなのだが。
蹴りの衝撃が強すぎて、俺の体は後ろに吹っ飛ばされていた。背中が岩壁に激突する。痛みに逆らえず、硬直する俺の体。
「リュディガ!」
「俺はいい! そっちに集中しろ!」
慌てて俺の方へ駆け寄ろうとしたミアを、俺は片手を上げて制した。ミアは一瞬何かを飲み込むようにぐっとするが、すぐに俺に背を向け、神獣使い達の元へと再び駆けていく。
それで、いい。