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20話 嫌悪

 テアとウィンに視線を送ると、彼女達は無言で頷いた。覚悟などとうに決めてある。行くしかない。

 少し錆びたドアノブを回すと、キィと高い音が鳴った。そのままゆっくりと軽い扉を押し開ける。


「何だここは――」


 そこには、神殿を模したような空間が広がっていた。

 左右に等間隔で幾つも並んでいる燭台には、漏れなく火が灯されている。

 奥には石造りの祭壇。その手前の床には、白い石灰のような物で大きな魔法陣が描かれていた。曲線と直線が融合したその模様はまるで悪魔の顔のようで、俺には酷く不気味な物に見えた。

 その魔法陣を取り囲むように、十人ほどの人間がズラリと並んでいた。ざっと見た感じ剣士や僧侶、魔法使いなど、一通りの職業の冒険者が揃っているようだ。

 くそ、仲間は五人くらいかと思っていたんだけれど、結構多いな……。しかもほとんどが男だ。女は二人しかいない。

 そこで中央に居た、頭一つ分背の高い男と目が合った。


「まさか。どうやってここへ来た」


『男』は双眸を見開き、声を洩らす。それはそうだろう。ヴァッサラントの魔晶協会に幽閉したはずの俺達が、こんな場所に現れたのだから。でもそんなこと、わざわざ教えてやるもんか。

 俺が話すつもりはないとわかったのだろう、『男』の目付きが鋭いものに変化する。険しい表情のまま、続けて『男』は口を開いた。


「ならば質問を変えよう。なぜ、ここだとわかった」

「ここの魔晶石だけが、何度も復活するからだ。他の場所で取った魔晶石は、そんな現象が起こらない。だから、闇の神獣の本体がここに在ると考えた。それだけだ」


 俺の返答に『男』は小さく鼻を鳴らす。

 ――子供のくせに、気に入らない。

 言葉にせずとも、彼が言いたいことが手に取るようにわかってしまった。チリっと、胸の奥が焦げ付いたように痛む。


「マルヴァ様」


『男』の横に居た別の黒髪の男が、腰に携えていたダガーを抜く。だがマルヴァと呼ばれた『男』は、無言のまま腕で黒髪の男を制した。


「我らの計画は、誰にも邪魔はさせぬ。お前には最後の核を集めてもらったという礼もあるが、邪魔をするのならばそれも仕方ない。ここで物言わぬ(むくろ)となり果ててもらおう」

「じゃあ、俺が物言わなくなる前に一つだけ教えてくれ。どうしてあんたは、闇の神獣なんかを復活させようとするんだ」


 もちろん、俺は死体になどなるつもりはない。だが、俺はどうしてもそれを知りたかったのだ。『男』――いや、マルヴァの瞳が、そこで闇を湛えた色に変わる。意図せず、俺の喉が鳴った。


「訊きたいのなら、教えてやろう。知る権利くらいは冥途の土産にくれてやる」


 そしてマルヴァは語り出す。俺ではなく、どこか遠くを見つめながら。


「私は産まれて間もなく、森近くの脇道に捨てられた。本当の両親がなぜそんなことをしたのか、今となっては理由など知らん。そして赤子の私は、偶然通りかかったある少女に拾われた」


 それは、先ほどまでの刺すような雰囲気が嘘だと思えてしまうほど、とても穏やかな声だった。まるで就寝前の子供に昔話を聞かせるような……そんな声だった。


「彼女は年若く、当然未婚だった。それどころか、一度足りとて男と交際をしたことがなかったという。だが、彼女は私を家に連れ帰り、その日以降、自分の子供として育てることにしたのだ」


 マルヴァの『同志』の何人かが、そこで静かに瞳を閉じた。もしかしたら、彼らは何度もこの話を聞いているのかもしれない。僅かだが、その表情に影が差す。


「そして彼女は私の母となった。もちろんここまでは、私が母から聞いた話だ。聞いた時は多少は驚きもしたが、顔が全く似ていなかったからな。疑う余地もなかったよ」


 軽く口の端を上げたまま、マルヴァは語り続ける。


「若い母は、子供の私から見ても美しかった。町中の男が彼女を狙っていることは、子供の私でもわかったよ。しかし男達が狙っていた彼女は、突如として現れた得体の知れない子の母となってしまった。さぞ、男達は気に食わなかったことだろう。事実、私は何度もそういう男達からの嫌がらせを受けていた。しかし、母はそんな男達の行動に気付き、私を守ってくれていた。『あの日』まで、ずっと」


 マルヴァの声が、急激に低く、そして冷たくなった。空気まで冷えたような感じがして、俺の背中に悪寒が走る。


「ある日、母と私は森に山菜を取りに行ったんだ。思えば、男達はずっとその時が来るのを待っていたんだろう。人気(ひとけ)のない森の奥まで来た時に、私達は後を付けて来ていた男達に襲われた。当然私も母も、抵抗を試みたよ。だが力のない女と子供は、複数の男達に対してあまりにも無力だった。私は顔と腕の骨にヒビが入るほど殴られ、そして母は男達に激しく(なぶ)られ――息絶えてしまった。男達は笑いながら私に言ったよ。お前さえいなければこんなことにはならなかっただろう、とな」


 空気が、痛い。全身にナイフを刺されているかのようだ。動悸は激しさを増すばかりで、心臓が脈打つ度に胸が苦しくなる。視界の端では、テアが目を見開き、口元に手を当てて震えていた。

 できれば俺もそうしたい気分だった。

 吐き気が、する。


「わかるか? 私のその時の気持ちが。母を目の前で犯され、殺された絶望が」


 人間の劣悪で、醜い部分を目の当たりにしてしまったマルヴァ――。子供だった彼には、凄惨すぎる光景だったことは想像に難くない。


「命からがら逃げ出した私は、その日以降、拳闘士を目指すことにした。そいつらを自らの手で粛清するために」


 マルヴァは右の拳を強く握る。怒りからか、腕は小刻みに震えていた。


「そして修行の末拳闘士になった私は、町に戻って母を殺した男どもを潰して回った。……呆気なかった。母を殺した時は大きな化け物のように見えていたんだがね。どいつもこいつも少し捻っただけで、すぐに死んでしまったよ」


 (わら)い、肩を竦めるマルヴァ。しかし、目には鋭い光を湛えたままだ。


「でも、私は気付いたんだ。小さな町にこんな男達が複数いるくらいだ。世界にはもっと大勢のクズ共が蔓延っているのだと」

「だから、闇の神獣を復活させるのか」

「その通りだ」


 俺の問いに、マルヴァは満足したように大きく頷いた。


「だからといって、人間全てを排除する必要はないだろう。あんただってわかっているはずだ。あんたの母親のような心優しい人間もいる。人間全てがそんなクズじゃない」

「ああ、わかっている。充分にわかっているからこそ、一度この世界から人間を排除しないといけないと強く思うのだよ」


 何を言っているのだ、この男は。俺には、意味がわからない。


「クズ共は紛れるのが上手い。それに、広い世界全ての人間を私が審査して回る時間などない。だから全ての人間を一掃したうえで、まともな人間の世界だけが住まう世界を創り直すのだよ」

「そんなの、めちゃくちゃだ。お前が気に食わないから全てを壊すなんて、子供か」

「子供、か……。確かにそうかもしれんな。私の時間は、母を失った日から止まっているのかもな」


 郷愁からか、マルヴァの目元が若干和らぐ。しかしそれは一瞬のことだった。


「だが、それがどうした」


 心の底を舐めるような、冷たい声を発するマルヴァ。全てを拒絶する想いが込められているのを感じた。


「今さら止めるつもりはさらさらない。成就の時が目の前に迫っているというのに、わざわざ引く奴がどこにいる? 誰にも私の――いや、我らの邪魔はさせん」

「いや、絶対に俺が止めてみせる」


 俺は持っていた鉄パイプを真っ直ぐと男に向けた。

 潰れてしまいそうな己の心を鼓舞するための、宣戦布告だ。

 マルヴァが人間に絶望する理由はわかった。幸いにも俺はそんな人間と関わることがなかったから、心の底から彼の心をわかったとは言えないのかもしれないが。

 それでも、このまま黙って闇の神獣の復活を見ていることなど到底できない。


「そんなガラクタ一本で立ち向かうつもりか。愚かな」


 俺が向けた鉄パイプを見て、マルヴァは鼻で嗤う。俺は彼の態度など意に介せず、鉄パイプを口元に持っていく。

 その動作を見て、マルヴァは鉄パイプが打撃のための武器ではないということを、ようやく悟ったらしい。僅かにその目が見開かれる。


「お前、拳闘士ではないのか!?」

「いや、違うね」


 俺ははっきりと否定する。

 あの日助けてもらった日から、俺はずっとあなたに憧れを抱いてきた。あなたがあの時俺を助けたのは、ただの気まぐれだったのかもしれないけれど。それでも俺は、ずっとずっと、冒険者に……拳闘士になりたかった。

 でも、全ては過去のことだ。

 そう、今の俺は。リュディガ・ゾマーは――。


「俺は、神獣使い(サマナー)だ!」


 大きく息を吸い、持っていた鉄パイプに強く息を吹きかける。

 ぶおおおお!

 その音はまるで戦いの合図の如く、洞窟内に雄々しく響き渡った。

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