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19話 再訪

 フラメルの全力疾走のおかげで、俺達はあっという間にツィロプスの洞窟前に到着することができた。途中何度か振り落とされそうになったのだが、そこは俺の根性で何とか乗り切ることに成功した。ずっと全身に力を入れた状態だったので、ちょっぴり疲れてしまったけれど。


「ここでいいの?」


 背から降りて伸びをする俺達を見上げながら、フラメルは首を傾げる。


「うん。助かったよ。ありがとう」

「リュディガちゃん。今からこの洞窟に入る気?」

「当たり前だろ。そのためにここまで来たんだし」


 何だかフラメルの様子が変だ。どこかそわそわしている。彼女の心を代弁するかのように、ふさふさの尻尾は垂れたまま忙しなく左右に揺れていた。


「凄く、嫌な気配がする。でもまさか……そんなはずは……」


 あぁ、そうか。彼女の独り言で、ようやく俺は理解した。

 闇の神獣は精霊界そのものを食そうとしていたと、テアは言った。神獣のフラメルなら、当然そのことを知っているはずだ。なにせ同じ神獣なのだから。

 ここは隠さず、事前に打ち明けておくべきだよな……。


「フラメル。実は俺達は、今から闇の神獣の復活を阻止しに行くんだ」

「ええっ!? う、嘘でしょ!?」

「嘘じゃない」


 双眸を見開き、硬直するフラメル。その全身が僅かに震えだした。


「そんな……。五百年前、皆で力を合わせて確かに倒したはずなのに……」

「あぁ。でもバラバラになった闇の神獣の力の破片が、再び集まってしまったんだ。俺の……俺達のせいで」

「リュディガちゃん。もしかして、昨日の魔晶石とかいうやつ?」

「そうだ……」


 神獣達が魔晶石を見て(ことごと)く「嫌な感じがする」と言っていた意味が、今なら理解できる。でも理解したところで、もう後の祭だ。


「ごめんな。俺、本当に何も知らなかった。でもだからこそ、俺が責任を持って闇の神獣の復活を阻止しないとだめだと思うんだ」


『男』は言った。俺の持ち込んだ魔晶石のおかげで充分な力が揃ったと。

 俺があの魔晶石を見つけなくても、いずれ他の冒険者が集めた魔晶石で、闇の神獣は復活することとなっていただろう。でも、やはり俺の手で最後のピースを埋めてしまった罪悪感はなくならない。これはけじめとして、そして冒険者として、俺の手で何とかするべきだと思うんだ。

 すごく無謀で、勝手だと自分でも思う。俺の今の実力では『男』に到底敵わないだろう。闇の神獣の恐ろしさも、俺は知らない。でも体をボロボロにしてでも、最悪死に至っても――彼を止めなければ。

 俺は拳を握り締めたまま、しばらくフラメルと視線を交差させる。やがて彼女は炎のような瞳を静かに揺らめかせた。


「わかったわ。リュディガちゃんは私のご主人様だもの。私からは何も言わない。ただ精一杯頑張るだけよ」

「フラメル……本当にごめんな」

「謝らないでよ。別にリュディガちゃんに呆れたわけじゃないし」

「うん、そうか……。しばらく魔法力を温存したいから、一旦解除するな」

「了解。またいつでも()んでね」


 紅い狼はまた器用にウインクをすると、あちらの世界へと(かえ)って行った。

 ……俺は、恵まれているな。まだまだ俺の力が未熟なのは、神獣達からしても明らかだろうに、文句一つその口からは出てこない。それが神獣使い(サマナー)と神獣の関係と言ってしまえばそれまでかもしれないが、それでも彼女らがこんな俺に無条件で従ってくれるという事実が、ただありがたかった。

 感謝の念を神獣達に抱く俺に、テアが形容しがたい視線を送ってきていた。彼女の細い眉は、僅かに内に寄っている。


「ん、どうしたの?」

「いえ……。少し、羨ましいなぁと思ってしまいまして」

「へ? 何が?」


 テアはそこでピッと指一本を立て、いたずらっぽく笑った。


「秘密です」


 何だか、思わせぶりな……。一体何だろう? やっぱり、俺には女の子のことはよくわかんないや……。






 洞窟内に足を踏み入れた俺達は、数歩も進まぬ内に立ち止まってしまった。


「霧?」


 洞窟内は、初めて来た時とは全く様相が違っていた。霧のような白い(もや)濛々(もうもう)と洞窟内全体に立ち込めており、非常に視界が悪くなっていたのだ。洞窟内の温度も、若干下がっている気がする。ひんやりを通り越して少し寒気を感じるほどだ。


「これは、魔力でできた霧ですね。おそらく少しでも進み難くするため、何者かが術を使ったのでしょう」


 眉間に小さな皺を寄せながらテアが言う。

 その『何者か』は、間違いなくあの『男』の一味だろう。彼は他にも同志がいると言っていた。拳闘士である彼は、このような術は使えないはずだ。

 それにしても、彼の同志とやらは、何人いるのだろうか。

 こちらは杖のない僧侶と、笛の腕が未熟な神獣使い(サマナー)という、非常に頼りないパーティーだけに気になる点ではある。しかし今から町に戻って、他の冒険者達に一から全てを話し、協力を得るような時間はない。闇の神獣の復活の時は、きっとすぐそこまで迫っている。

 そう思う根拠も証拠もない。でも、俺の直感がそう叫んでいたのだ。

 早く奥に進まないと。でも、視界の悪いこの状況で無闇に奥に進むのは危険だ。テアに灯火の術を使ってもらっても、この霧の前ではあまり意味がないだろう。単純な構造の洞窟だったが、それでも死角になるような分岐はある。霧を利用されて強襲された場合、圧倒的にこちらが不理だ。

 ここは、()んでみるしかないか。

 そろそろ手に馴染んできた鉄パイプを構えた俺は、神獣を召喚するべく息を吹き込んだ。

 足元に現れる(つむじ)風。洞窟内の冷えた空気を巻き込んだそれは、俺の頬を強く撫でる。吼えるような風の音の後、旋風の中央からクールな風の神獣が天に向かって飛び出てきた。ウィンは洞窟の天井付近まで上昇した後、俺の元へと急降下してきた。ウィンの大きさに驚いたのか、テアは少し目を丸くしている。


「リュディガ。また()んでくれて嬉しい」

「俺もだよ、ウィン」


 肩に止まった彼女の頭を軽く撫でながら、俺は続ける。


「質問があるんだ。あの霧を見てくれ」


 俺は顎で洞窟の奥を指した。


「魔力でできたものらしいんだけれど、何とかできそう?」

「簡単」


 ウィンは目を伏せて一言だけ呟くと、緑の羽を羽ばたかせて天井付近まで浮き上がった。


「リュディガ。強化」

「あ、あぁ。わかった」


 相変わらずの素っ気ない言い方に、俺は少しだけ動揺してしまった。どうもこの喋り方、故郷の姉ちゃんを思い出してしまうんだよな……。彼女に悪気はないとわかってはいるんだが、まだ慣れない。

 笛代わりの鉄パイプに息を吹き込むと、ウィンの全身が眩く発光を始める。ウィンは俺の頭上を一周した後、洞窟の奥に向かって大きな翼を数回羽ばたかせた。

 風が、唸る。

 不可視のそれは勢い良く洞窟内を突き進み、霧を蹴散らしていく。魔力の霧は神獣の風により、呆気なく霧散した。


「おおっ。視界良好すっきり爽快! さすがはウィン」

「……ありがと」


 俺の賛辞の言葉にそっぽを向きながら素っ気無い返事をしたウィンは、テアの足元に着地した。そろそろ俺もわかってきた。ウィンのこの態度は照れ隠しだ。最初はとっつきにくい印象だったけれど、一度理解してしまうと彼女の淡白な態度もちょっと可愛く見える。思わず俺の口元が小さく緩んだ。

 しかし視界は確かにすっきりしたが、見通しが良くなったかと言われればそうではない。ここは明りのない洞窟内部だ。


灯火(ルチェナス)


 まるで俺の心を読んだかのように、テアがそのタイミングで術を発動した。現れた水晶玉サイズの光の集合体は、ふよふよとテアの頭上付近に浮く。


「テア、本当に助かるよ」

「いえ。これくらいのことしかできず、すみません……」


 彼女は謝るが、カンテラがない状態で進むことを考えると、ありがたいという言葉以外出てこない。

 スライム達がいることを考えた俺は、ウィンの召喚を解除せず、そのまま洞窟内を進むことにした。

 湿った土が靴裏に付着する感触を実感しながら、じめじめとした空気を割り、俺達は歩いていく。この洞窟にはつい先日来たばかりだというのに、何だか随分と昔のことのように思えた。

 前に来た時、洞窟内は一通り見て回った。この狭い洞窟内のどこに男達はいるのだろうか。

 テアとウィンは息を殺しながら、俺の後ろに着いてきていた。






「おかしい。一体どこにいるんだ」


 一通り洞窟内は見て回ったが、『男』やその仲間と思われる人間と誰一人遭遇しない。いるのはスライムばかりだ。

 もしかして、俺の予想はハズレていたのか? 闇の神獣がいるのは別の場所なのか? いや、でもそれだったら洞窟内に魔力の霧が発生していたことに説明がつかない。やはり場所はここであっているはずだ。


「リュディガ。合っている。ここの奥」

「ウィン?」


 俺の顔を見たウィンは小さく頷いた後、目の前の岩壁の前に着地した。ここは確か、前回魔晶石が生えていた場所のはずだ。

 地に視線を這わすと、前回とは少し外れた場所に、小さな魔晶石が生えていた。やはりこれは、闇の神獣の影響で何度も生えてきているのだとみてよさそうだ。

 ウィンは下から俺を見上げながら、いつもの淡々とした声で続ける。


「この壁は、幻」

「何だって!?」


 慌ててウィンの傍に駆け寄った俺は、岩壁に向かって手を突き出した。俺の手は岩壁に当たることなく、そのまま突き抜けてしまった。しかし、引き抜くことができない。俺の手首だけが岩壁にめり込んだ状態になってしまったのだ。


「おおおお!? ちょっとこれどうなってんの!? 抜けないんだけど!」

「リュディガさん!?」

「無闇に触れるからそうなる」


 やれやれと呆れたように肩をすくめる(肩はないけど)風の神獣。だが彼女の言うとおり軽率な行動であったことは間違いないので、俺は何も言い返せない。とりあえず『何とかしてオーラ』をウィンに向けて放ってみる俺。ちょっと瞳も潤ませてみる。


「どうせ、どうにかしないと先に進めないし」


 俺のうるうる瞳にやられたのか、ウィンは顔を少し赤くしながら嘆息した。


「これは防音の効果もある、風の障害魔法。私の風をぶつけたら、相殺できる」


 言うや否や、ウィンは翼を羽ばたかせて緑の鎌鼬を発生させる。鎌鼬は俺の鼻先を掠めて、岩壁に衝突した。

 危ねー!

 もっと気をつけてくれと文句を言おうとしたその時、卵の殻を潰したような音が鳴り響いた。瞬時に岩壁が姿を消し、奥へと続く通路が現れる。幻が消滅したのだ。ついでに俺の手首から先も無事に返ってきてくれた。良かったぁ……。

 思わずホッと息を吐き、手首を擦る俺。手がなくなると笛が吹けなくなってしまうからな……。

 っと、いかんいかん。ここで気を緩めるには早すぎる。

 姿勢と気持ちを正した俺は、早速新しく現れた通路を進んで行く。テアとウィンも無言で俺の後に続いた。

 分岐のない、直線的な通路。奥に進むごとに瘴気が濃くなっていくのを、肌で感じる。


「これは……」


 突き当たりにあったのは、木製の扉だった。自然の洞窟にはまずありえない、いかにもといった感じの、不自然すぎる扉。きっとこの奥に『男』はいる。

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