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18話 脱出

 白い町並みの中を、俺とテアは息を切らして走り続ける。港町だけあって、ヴァッサラントの町はなかなかに広い。来た時は俺の村とは比べ物にならない広さに憧れさえ抱いたのだが、今はその広さが鬱陶しくて敵わない。

 ようやく町の入り口が見えた。人で溢れかえる噴水広場を、風のように駆け抜ける俺とテア。一体何事かと、好奇の視線が幾らか俺達に注がれているのを感じながら、さらに白い門柱を通り過ぎた。だが俺はそこで足を止めず、そのまま街道を走り続ける。少し町から離れた場所まで来て、ようやく俺達は走るのをやめた。最後の方は、俺がテアを無理矢理引っ張りながら走っている状態だったが。テアは俺が止まると同時に街道の上にぺたんと座り込み、激しい息遣いを繰り返し始める。

 ちょっと女の子にはきついペースだったかな……。特に彼女はローブを着ているから走りにくかっただろうし。もっとテアを気遣いながら走れば良かった……。


「その、いきなりごめん」


 テアは尚も荒い呼吸を繰り返しながら、ふるふると頭を横に振った。動きに合わせ、二つの三つ編みが左右に揺れる。


「むしろ、私が、ごめん、なさい。走るの、遅くて」


 息と言葉を途切れさせながら、テアは下から俺に視線を送ってくる。

 日の光の下で改めてテアを見ると、彼女はかなりの色白だった。赤い目は兎のように丸く、少し潤んでいる。僧侶というより、病弱そうな少女と言った方がしっくりくるかもしれない。そんな彼女に全力疾走をさせてしまったことに、俺の中の罪悪感がむくむくと成長中。きっとモテる奴は、彼女を抱きかかえたまま走るとかしていたんだろうな。頭に余裕がなさすぎて、あの時はそんなこと思いつきもしなかった。

 テアに気付かれない程度に『モテないオーラ』を乗せた溜め息を吐いた俺は、町へと視線を送る。町の外には行商用と見られる馬車が待機しているだけで、魔晶協会の奴らが出てきそうな気配はない。まだ俺達の脱走には気付かれていなさそうだ。監視用の精霊達も、船に関する命令だけされているのかもしれない。

 俺はおもむろに、握り締めたままだった鉄パイプを眺める。

 今の俺の武器は、この鉄パイプだけ。笛ですらない。傷薬といった道具類も、カンテラさえもない。

 でも、行かなきゃ。

 止めに行かなきゃ。闇の神獣を。

 あんな話を聞かされて、おとなしくしていられる俺ではなかった。

 もしかしたら、闇の神獣や魔晶協会の話は全て『男』が生み出したでまかせなのかもしれない。でも、俺にはとてもそうとは思えなかった。

 そうとなれば、すぐにでもここを発たなければ。行き先は、既に決めていた。

 レベシュタットの町の東にある、ツィロプスの洞窟だ。

 なぜ、あの洞窟にだけ結界が張ってあったのか?

 なぜ、あの洞窟の魔晶石だけが何度も復活しているのか?

 なりたて冒険者のための、チュートリアル的な存在の洞窟――。しかしそれは、目くらましでしかなかったのだ。きっとあそこに、闇の神獣に関わる物がある。

 俺は瞼を閉じ、鉄パイプに息を吹き込んだ。不恰好な楽器から奏でられた低音が、空へと溶けていく。間もなく、空気がチリっと焼ける感覚が肌を刺す。再び目を開けたと同時に、俺の目の前に火柱が上がった。火柱の中から現れたのは大きな狼、フラメルだ。


「ハロー、リュディガちゃん。また会えて嬉しいわ」


 現れるや否や、真紅の狼は俺に向かってウインクをした。狼なのに器用だな……。


「フラメル、頼みがある。レベシュタットの町の東まで、至急運んでくれ」

「それは構わないけれど……」


 フラメルは横目でチラリとテアの方を見る。彼女はようやく息が整ったのか、ゆっくりと立ち上がり、ローブに付いた砂埃を手で払っていた。


「わ、私も連れて行ってください。杖はないですが、簡単な回復魔法くらいは使えます!」


 そして胸の前で両手を握り締めて俺に訴えてきた。

 正直、他の大陸の出身である彼女を巻き込みたくなかったのだが、ここまできたらそうも言っていられないだろう。


「わかった。フラメル、彼女も乗せてくれ」


 そこで炎のようなフラメルの瞳が、僅かに色濃くなった気がした。


「リュディガちゃん、もしかして浮気?」

「えっ!?」


 俺に近付いて来ていたテアが、そこで青褪めながらずささっと一気に後退する。


「ち、違うからテア! そもそも俺にはそういう嗜好はないから! フラメル、いきなり何を言ってんだよ!」

「もう、そんなにムキにならなくてもいいじゃない。冗談だってば」

「心臓に悪い冗談はやめてくれ……」


 思わずがっくりと肩を落とし、脱力してしまう俺。さっきまでの緊張感が台無しだ。


「ふふっ、相変わらず可愛い反応だわ。とにかく、何かワケありってことね。いいわよ」

「フラメル……。ありがとう」


 早速俺はフラメルの背に跨る。うん、相変わらずこの毛並みは気持ち良いな。


「さぁ、テアも」

「はい。あ、あの。失礼します」


 フラメルに一礼した後、テアも俺の後ろに跨った。


「リュディガさん、その、つかまっても?」


 おずおずと言いながら、テアの手が俺の背に触れる。思わずドキリと心臓が跳ねる。

 いや、こんな時に不謹慎だぞ俺。平常心平常心平常心……。


「うん。しっかりつかまってて。走り出すと結構不安定だから、姿勢を低くしていた方が良いかも」


 声が上擦ってしまいそうなのを必死で押さえつつ、何とか俺は答える。馬に乗る時とは勝手が違う。鞍も手綱もないのだ。昨日は魔晶石を抱えていたが、正直言ってかなりバランスを取るのが大変だった。内股に力を入れすぎて攣るかと思ったもんな。


「わかりました」


 テアの細い腕が俺の腹にしっかりと回された。同時に背中に何か柔らかい――。

 うがああああ! だから考えるな、考えるな俺! 緊迫した事態だぞ。そんなことを考えている場合じゃない!

 しかし俺の心とは裏腹に、心拍数はさっきから上昇したまま下がらない。テアにこの心臓の音が伝わっていたらどうしよう!?


「じゃあ行くわよ。スピード出すからね。振り落とされないようにしなさいよ」


 フラメルの声は、今の俺には助け舟同然だった。何とか冷静さを取り戻すことができた俺は、しっかりとフラメルにつかまり、前を見据える。真紅の四本足が力強く地を蹴り上げると、途端に景色が流れ出した。

 俺達を見下ろす空は、まるで大理石のように重い色をしていた。


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