17話 神獣使い(サマナー)
「ご主人様、お待たせだよう」
「お帰り。いきなり静かになったから少し心配したぞ」
「ううんとね、その……。途中で嫌な気配がしたからちょっと覗いてみたら――見つけてしまったんだよう……」
「何を?」
答えず、頭を下げてしょんぼりとするばかりのエルデ。ううむ。一体何を見たというのだろうか。
「その……。わたしにはよくわからないから、ご主人様が見て判断するのが良いと思うんだけど……。かなりショッキングだから、やめておいた方もいい気がするし……」
エルデの返答は遠回りで、要領をえない。だが、俺はさっき散々ショッキングな目に遭ったんだ。魔晶協会の真の目的を聞いた以上、この場所に存在する気になる要素は、徹底的に見ておきたい。
「エルデ。案内してくれ」
しばらくは無言のまま俺を見つめていたエルデだったが、俺の決意が伝わったのか、静かに瞼を閉じた。
「わかったよう。着いて来てだよう」
そう言うと穴の奥へと歩いていくエルデ。俺はテアに手招きをして、光球で壁の中を照らしてもらう。狭い土のトンネルを進む俺達。まるで土竜にでもなった気分だ。
「ご主人様、ここだよう」
エルデが立ち止まったのは、俺達が閉じ込められていた倉庫からほとんど離れていない距離だった。同じ広さの部屋が続いていると仮定すると、大体倉庫の二つ隣の部屋、といったところだろうか。エルデが開けたのか、既に壁には人が通れるほどの穴が空いていた。しかし、穴の中から光は洩れてこない。俺は警戒しながら、そっと穴を覗いた。
「…………」
言葉が、出てこなかった。俺の眼前に広がる光景はあまりにも残酷で、俄かには信じられないものだったのだ。
部屋に横たわっていたのは、無惨な遺体。おそらく、十以上はあるだろう。完全に白と化してしまったものから、まだ髪が残っているものまで――。状態は様々だったが、衣服を身に着けたまま物言わぬ屍になってしまっているという点では共通だ。その中でも一人、目を惹かれる女の子の遺体があった。長い金髪を首元で一つに束ねた彼女。新しいのか、他の遺体と比べると明らかに状態が綺麗だ。
「これは……」
俺の後から部屋を覗いたテアも、凄惨な光景にショックで口元を覆い、震えている。
「テア、無理するな」
視界を遮ろうとする俺に、しかしテアは首を横に振る。そして細い声で、さらに信じられないことを口にした。
「彼女――なんです」
「え?」
「あの、一番綺麗な女の子。私が港で船についてのお話をしたのは、彼女だったんです……。どうして……」
「テア……」
あの女の子も、冒険者だったのか。おそらく、彼女もテアと同じタイミングでここに閉じ込められてしまったのだろう。そして、殺された。しかし、なぜ彼女だけが命まで奪われてしまったのだろうか。
テアは名前も知らぬ少女に近寄り、口の端から垂れていた血を拭い、胸の上で手を組ませてあげていた。俺は胸の前で手を組み、鎮魂の祈りを捧げる。目を開くと、テアも首からぶら下げていたロザリオを手に、祈っていた。しかしその目は、部屋全体を忙しなく行き来している。
「リュディガさん。この部屋のご遺体ですが――。全て神獣使いのようです」
「なっ!?」
テアに言われて、改めて部屋の中を見回す。確かに、遺体は女性と思われるものばかりだった。何より彼女達が身に着けているのは、神獣使い用のローブや胸当てだったのだ。こんな形で、同じ職業の冒険者と初対面を果たすなんて――。
「なんだってこんな、酷いことを――」
「ご主人様……」
ギリッと奥歯を噛んでも、腹の底から沸々と湧き上がるこの怒りは抑えきれそうにない。
「この部屋、結界が張ってありますね」
冷静に怒りを押さえつつ、テアがポツリと洩らす。
「結界?」
「おかしいと思いませんか? 全く臭いがないなんて」
テアの発言に、俺はハッとする。確かにそうだ。これほどの遺体がありながら、不快な臭いは全くしない。中には腐乱真っ最中といった遺体まであるというのに。
「結界で、臭いを消しているってことか」
「はい。おそらく彼女らを隠すために――」
隠すため。何から隠していたのかはわからないが、彼女達が魔晶協会にとって都合の悪い存在だったと推測できる。
殺したのは、さっきの『男』なのだろうか。
そこで頭の隅にずっと引っ掛かっていた『ある疑問』が、俺の中で大きく開花した。
『男』はあの倉庫に来た目的を、俺に礼を言うためだった、と言っていた。しかし、俺はそれだけの理由ではどうにも納得しきっていなかった。『男』は最初から『彼女』を殺すためにこの地下へやって来て、ついでに俺達を閉じ込めている倉庫に足を伸ばしたのではないだろうか――。
その考えが浮かんだ途端、俺の中で『男』に対する感情は一気にマイナス値を振り切ってしまった。
「エルデ。教えてくれてありがとう。ひとまず、外へ案内してくれるか?」
「う、うん。わかったよう」
とりあえず今は、脱出することが優先だ。事が終えたら、必ず教会に連絡して手厚く葬ってもらうから。だからもうしばらく、ここで待っていてくれ――。
俺は心の中で同士らに告げ、再びエルデが空けた穴へと引き返す。エルデを先頭に、再び土の中を歩き出す俺達。
「あの、ここは地下なんですよね? ここからどうやって上へ戻るのですか?」
相変わらずの丁寧な口調で、テアがエルデに尋ねる。確かに、それは俺も気になる部分ではあった。今の所は水平に移動しているだけで、上に向かっている気配は微塵も感じられない。
「えへへ。実は階段を作ったんだよう! もう着いたよう」
立ち止まり、振り返るエルデの顔は得意満面なものだった。
「脱出するには地上まで垂直に穴を開けるのが手っ取り早いんだけれど、それだとご主人様達は飛べないからダメかなぁと思って。わたし、良い仕事したでしょー?」
エルデの前には、彼女の言葉通り土製の階段が上へと伸びている。
「おおっ、凄いな。ありがとう。これは本当に助かるよ」
「えへへー」
エルデは照れながら短い前足で頭を掻こうとするが、短すぎて届いていない。ちょっと可愛い。
ほのぼのしたところで、早速階段に足をかける。俺の後ろにテアが続き、エルデがさらにその後ろに続いた。
魔晶協会の連中に気付かれないよう、静かに、そして慎重に階段を上っていく。すぐにテアが出した光球が必要ないほどの光が、上から漏れてきた。同時に潮の香りも漂ってくる。半日嗅いでいないだけだったのに、随分と懐かしい匂いに感じてしまった。
エルデはどこに繋げてくれたのだろうか。まずは頭だけをそっと出して、周りの状況を確認する。
眼前には、石造りの道を挟んで海が広がっていた。波の音が絶え間なく聞こえてくる。首を回すと、白い建物がズラリと並んだ光景が目に飛び込んでくる。人の気配はない。どうやらここは魔晶協会の裏側らしい。エルデは人通りの少ない、裏道に出口を繋げてくれたようだ。助かる。
後ろのテアに目だけで合図を送り、白くて細い裏道に足を付ける。開放感から俺は自然と天に腕を伸ばし、伸びをしていた。
「エルデ。本当に助かった。またしばらく休んでいてくれ」
「うん。ご主人様のちっぽけな魔法力が尽きちゃうもんねぇ。またねぇー」
ちっぽけとかわざわざ言わんでいい。心の中でツッコミをいれたところで、エルデは向こうの世界に還っていった。
エルデの姿が消えるのを見届けた俺は、すかさずテアの白い手を取り、裏道を走り出す。
「えっ!? リュ、リュディガさん!?」
「とりあえず、急いで町の外に出よう。魔晶協会の連中に見つかったら面倒だ」
「は、はいっ」
魔晶協会の連中が俺達が脱走したと知るには、まだ時間がかかるだろう。だがテアが言っていた『監視役の精霊』が、もしかしたら俺達を見つけてしまうかもしれないという懸念があった。それまでに、俺は少しでもこの場所から離れておきたかったのだ。
ちなみにテアの手を握ったのには、別に下心があったわけではない。断じてない。本当だって。