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16話 新たな武器

「リュディガさん……」


 テアの声に俺は我に返る。振り返ると、彼女は俺のすぐ後ろに佇んでいた。頭に血が昇り、彼女の気配を全く察知することができなかった。俺の激しい行動に、テアを怯えさせてしまったかもしれない。そう考えると、急に申し訳なさが襲ってきた。


「手を、出してください」


 淡々としたテアの声が俺の心にすっと染み込み、落ち着きを運んできてくれる。彼女の意図がわからなかったが、俺はその言葉のまま、静かに右手を差し出した。

 俺の右手を、テアの両手がふわりと包み込む。初めて体験する、女の子の柔らかくて温かい感触。首から上の体温が瞬時に上昇したのがわかった。


「えっ? あ、あの――」

治療(ヒール)


 俺の動揺の声に、テアの術の声が重なった。刹那、彼女の両手に包まれていた右手がじわりと熱くなる。同時に右手に残っていたじんじんとした痛みは、すぐに和らいだ。


「ご自分の体を、もっとお大事になさってください」


 そこでテアは静かに微笑んだ。


「ごめん……ありがとう」


 彼女の気遣いがくすぐったかった俺は、痒くもない頬を掻いてその気持ちを誤魔化す。

 僧侶って凄いな。傷だけでなく、心まで穏やかにさせてくれるとは。いや、これはテアだからかもしれないが。


「また、閉じ込められてしまいましたね……」


 扉に視線を送り、項垂れるテア。先ほど『男』は内側から鍵を掛けたが、去り際に言った『触れば消し炭になる』という言葉は、きっと嘘ではない。あそこで嘘をつく必要性がないからだ。ここは迂闊に触らない方が懸命だろう。

 改めて周りを見回した俺は、そこでふと思い立つ。

 ここは倉庫だ。もしかしたらこの倉庫内に、何か使える物があるかもしれない。

 そう考えた俺は、試しに傍にあった木箱をひっくり返してみた。木箱の中からはたくさんの書類の束が出てきて、床に散乱する。

 ううむ……。古い武器とか防具とかが出てくるのをちょっと期待していたんだが、そう都合良く入っているわけないか。


「リュディガさん?」


 突然の俺の行動に、テアは目を丸くしている。


「扉を開けるのはたぶん無理だ。だからといって、このままじっとしているだけというのは性に合わない。何か使えそうな物を探す」

「そう……ですよね。このまま閉じ込められたままなんて――死ぬなんて、私も嫌です。手伝います」


 決意と共に細い眉を上げたテアは、そこでぷつぷつと何かの詠唱を始めた。


灯火(ルチェナス)


 瞬間、彼女の頭上に小さな光球が出現した。握り拳ほどの光球は倉庫内全体を照らすほどではなかったが、それでも随分と視界が広がったのは確かだ。

 …………ん。あれ? ちょっと待て。


「なぁ、テアって僧侶だろ? さっきも光の攻撃魔法を使っていたよな? そういう術は魔法使いの専売特許だと思っていたんだけれど、違うのか?」

「その通りなのですけど、やはりこういう術も覚えていた方が良いかなと思って、勉強したのです。簡単な光属性の術なら、僧侶の私でもイメージしやすかったので」


 なるほど。テアは自分のなろうとしている職業以外の術も勉強したわけなのか。拳闘士以外のことを知ろうともしなかった俺とは、正反対だ……。


「テアは、偉いな……」


 ぽつりと呟いた俺の言葉に、テアの顔がサッと赤くなった。


「そ、そんなこと、ないです。わ、私は――」


 視線と手を(せわ)しなく横に動かすテア。明らかに動揺している。もしかしたら彼女、誉められることに慣れていないのかもしれない。


「さ、探しましょう」


 くるりと俺に背を向け、近くに積まれていた木箱をごそごそと漁り始める。あからさまな照れ隠しの彼女の行動に苦笑しつつ、俺も別の木箱の蓋を開けた。

 今度の木箱の中には何かの部品なのか、ガラクタなのかわからない物ばかりが詰め込まれていた。小さなネジ、鉄製の蝶番、平らな金属板。そして短い鉄パイプ。

 ん、これは……。

 俺は思わずその鉄パイプを手に取っていた。

 長さは俺の顔くらい。太さは金貨の半分ほど。中は空洞。指で弾くと、キン、と高い音が鳴った。

 これなら、もしかして――。


「リュディガさん、もしかしてそれで扉を壊すおつもりなのですか?」


 テアが不安げに言ってくる。だが俺は、そんなことをするつもりはない。

 俺が木箱を漁っていた目的は、ただ一つ。武器を見つけるためだ。でも、普通の武器ではない。神獣使い(サマナー)としての武器を。

 俺は鉄パイプを縦に持ち、その先を口元に当てた。

 頼む。どうか鳴ってくれ――。

 祈りながら、俺は鉄パイプの穴に向けて息を思いっきり吹き込んだ。


『ぶおおおお』


 俺の願いが通じたのか、鉄パイプは低い音を奏でてくれた。

 やった! 鳴った! あとはどうか出てきてくれ!

 俺は必死で祈りながら、さらに息を吹き込んだ。間を置かず、足元の硬い床が盛り上がり始めた。


「え? え?」


 突然隆起した床に驚愕するテア。だが、今俺は『笛』を吹いているので説明ができない。


「お()びですかご主人様ぁ」


 床を突き破って出てきたのは、琥珀(こはく)のような甲羅を持つ亀。言うまでもなく、エルデだ。


「エルデ! よく来てくれた! 会いたかった!」

「そ、そんなに喜んでもらえると、照れるんだよぅ」


 短い前足をもぞもぞと動かしながらエルデは答える。だが冗談ではなく、俺は本気で嬉しかった。笛の音でなくても、俺の()びかけに応えてくれたということに。


「今回も変な音だったねぇ。でもあの低い音も私は好きだよう」

「あ、ありがとう」

「リュディガさん……あの……」


 テアの声に振り返ると、彼女は目を丸くしたまま、俺とエルデを交互に見つめていた。

 うん、まぁ、そういう反応になるよな。テアは間違いなく、俺のことを拳闘士だと思っていただろうし。ここまで見せておいて、隠していても意味がない。俺は正直に告白することにした。


「その……俺、実は神獣使い(サマナー)なんだ……」


 後頭部を掻きながら言う俺を呆然と見据え、テアは掠れた声で続けた。


「そんな……リュディガさんが、女の子だったなんて……」


 喉仏もあるのに――と小声で言った彼女の言葉を、俺は聞き逃さなかった。


「違うから! 俺男だから! 産まれてから今までずっと男だから!?」

「え? でも、神獣使い(サマナー)は清き乙女しか――え? あれ?」

「よくわかる。その気持ち良くわかるぞ。俺だってどうして神獣使いに選ばれてしまったのか、見当もつかないんだ」


 だが、今はそれについて考えている場合ではない。とにかくここから脱出しなければ。俺は足元のエルデに視線を移す。


「エルデ、早速頼みがある。俺達はここに閉じ込められてしまったんだ。でも、あの扉には罠が仕掛けられていて触れることができない。何とかして欲しいんだけど、大丈夫?」

「ううんと、要はお外に出たいってことだよねぇ?」

「端的に言うとそうだな」

「だったら大丈夫だよう。ここには土の香りがいっぱいだから、私の力で何とかなりそうだよう」


 エルデの説明に、俺はひとまず胸を撫で下ろす。地下にいるから土の神獣を召喚した方が良さそう、という俺のなんとなくな勘は正解だったようだ。


「ということで、強化をお願いしたいんだよう」


 強化なら、昨晩ウィンやフラメル達にしたようなイメージで大丈夫だよな? というかもうそれしか知らないし、やるしかない。


「えーと、そういや聞いてなかったけど、エルデの通常攻撃ってどんなの?」

「ん? わたしの通常攻撃は、甲羅を使った体当たりだよう」

「あ、うん。わかった」


 まさかの物理だった。そういえば人型になった時も、彼女は強力なパンチを繰り出していたっけ。ともあれ、強化のイメージはバッチリだ。俺は笛代わりの鉄パイプを再度構え、息を吹き込んだ。


「ご主人様、さすがだよう!」


 感嘆の声と同時に、エルデの甲羅が淡く発光を始める。


「エルデ、あまり派手な音は出さないように頼む」

「むむむむ。善処するんだよう」


 困ったように答えた後、エルデは琥珀の甲羅を傾け、壁に体当たりをかました。エルデの体当たりを受けた壁はまるで砂糖菓子のようにボロボロと崩れ落ち、人一人が潜れそうな穴が出現した。エルデが上手く調整してくれたからか、幸いにもそこまで大きな音は出ていない。

 壁の外側には、剥き出しの土が広がっていた。その中を、琥珀色の甲羅が抉るようにして突き進んで行く。

 土の香りで満たされていく倉庫内。俺とテアは口を結んだまま、エルデが帰ってくるのをただ待ち続けた。しばらくは高速で土を掘るような音がしていたのだが、ほどなくして音がピタリとやんだ。

 鼓膜を支配するのは、無音。

 終わったのか? しかし、エルデが帰ってこない。一体どうしたんだ、と心に不安が過ぎったその時、ようやくエルデが穴から顔を出した。

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