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15話 目的

「私が闇の神獣の存在を知ったのは、冒険者になったばかりの頃だ。拾った魔道書をめくっていたら、偶然目にした。いや、今にして思えばあれは必然だったのかもな。それから大陸中を駆け巡り、闇の神獣を封印した子孫を探し回った。そしてついに見つけることができた。私は彼らから、闇の神獣について詳しい話を訊くことに成功したのだ」


 どこか得意気に語る『恩人』。彼は俺とテアを交互に見やりながら続ける。


「闇の神獣は封印されたと言われているが、実は神獣使い(サマナー)達の手により、体をバラバラにされたそうだ。その体は宝石のような結晶となり、このオフティオン大陸中に散っていったという」


 宝石のような結晶。まさか、それが――。

 背中に走る怖気が消えない。彼が俺に『お礼』を言いに来た理由が、そこではっきりとわかってしまった。

 手を広げ、まるで演説のように『恩人』は続ける。


「冒険者になってしばらくは、そのバラバラになった結晶を探して旅をしていた。そしてついに私は見つけたのだ。闇の神獣の欠片である、結晶をね」


 俺もテアも、動かない。いや、動けなかった。少しでも『恩人』から情報を引き出そうとする心、そして『恩人』から放たれる、狂気に似た異様なオーラ。それらがない混ぜになり、俺達の体を縛り付けていたのだ。


「しかしその最初の結晶を見つけ出すのに、二年もかかってしまった。このペースでは、私が生きている間に結晶を集めきることなどできそうにない。そう考えた私は、あることを思いついた」


 そこで『恩人』は目を伏せる。その顔は妙に満ち足りていた。


「一人で探すのが大変なら、他人の手を借りれば良い」

「まさか――」

「そう、冒険者協会だ」


 一瞬頭に過ぎった予想が、当たってしまった。

 ショックなんてもんじゃない。俺のアイデンティティーを根底から否定されてしまった気分だった。


「組織の上にいる連中は、どこも馬鹿な奴ばかりだ。取り入るのは実に簡単だった。私の『計画』を話すと、快く彼らも受け入れてくれたよ。そして私は、オフティオン大陸の冒険者協会のトップに立つことになったのだ。もちろん、実力を彼らに見せたうえでね」


『恩人』の口から次々と語られる事実は、俺の心を粉々に砕いていく。急激に口の中が乾いていくのがわかった。

 これは冒険者に対して、盲目的な憧れしか抱いてこなかった俺への、罰か何かなのだろうか。……だとしても、あんまりだ。


「トップに立った私は、すぐにこの大陸の冒険者協会を『魔晶協会』の名称に変えさせた。組織の名称に使うことで、魔晶石は特別なものだと印象付ける狙いがあった。そして、その狙いは見事に的中したというわけだ」


 一組織が大々的に集めている物が闇の神獣の欠片だとは、誰一人として思わなかっただろう。今までどれほど多くの冒険者達が、知らず知らずの内に彼らに加担していたことになるのだろうか。……考えたくもない。


「金に困りがちな冒険者達をよりサポートするという名目で、結晶に魔晶石という名も付け、探させた。魔晶石の存在を知っている冒険者もいたみたいだが、それが何なのかということまではわかっていない奴ばかりだった。魔物をおびき寄せる瘴気を発する、危険な石。それを集めて回るという名目を、私は新たに冒険者に与えたのだ。冒険者という連中は、人助けが好きな奴が多いみたいでね。だから疑問の声が上がることはなかったよ」


 確かに、そうだろう。魔晶石を取り除くことが、魔物の排除にも繋がる。結果として、それは人々の安全な暮らしに繋がる。俺もそういう考えを持っていたからこそ、冒険者は人々の役に立っていると思っていたのだ。

 思っていたのに――。

 やり場のない憤りを、俺は歯軋りとして発散させることしかできない。


「冒険者を船に乗せないようにしたのは、なぜだ。これも闇の神獣と関係しているのか」


 語気を強めたはずなのに、俺の声は少し震えていた。雰囲気に呑まれるな。耐えるんだ、俺。


「それか。通達を出したのは一週間前。闇の神獣の復活に必要な魔晶石が、ほぼ集まったからだ。聡い奴が気付き、闇の神獣を討伐するためにやって来る可能性を考えてのことだ。ありえないだろうとは思っていたがな。計画には支障が付き物だ。万が一の時のことを考えて、監視用の精霊を港に配置した」


 監視用の精霊――。テアが言っていたことは、事実だったってことか。


「一体、何が目的だ。そこまで徹底して、あんたらは何をしようとしているんだ」

「聞きたいか。よかろう」


 そこで『恩人』はもったいぶるように、一度言葉を途切らせる。そしてどこかの宗教の教祖の如く大げさに手を広げ、声高らかに『恩人』は告げた。


「我らの望みは、闇の神獣を使った世界の再生。この世界の全てを闇で覆い、塵と化したうえで再生するのだ。そして我らは、世界の創世主となる!」


 それは俺にとって、あまりにも現実感のない言葉の羅列だった。まるでお伽噺でも聞いているかのような。


「つまりあんたらは、神様を気取りたいってわけか。馬鹿らしい。なぜ、そんなことを」

「なぜ? 変なことを訊く」


『恩人』の纏う気が、そこで一気にどす黒いものに変わった。そんなことわかりたくなかったけれど、わかってしまった。


「存在に値しない、くだらない人間ばかりだからだ」


 その言葉はどこまでも冷たかった。氷の楔を胸に打ち込まれたのかと、錯覚してしまうほどに。

 一体、彼に何があったのだろうか。どうしてそんなことを思うのだろうか。


「闇の神獣の欠片が少し集まったある日、闇の神獣は欠片を通し、我らにこう言ってくれた。現状を正すのが不可能ならば、新たに創り直せば良い。それが自分には可能であると。そしてもし復活した暁には、私達を『老い』という(かせ)から解き放ってくれると」

「そんなこと、不可能よ」


 刺すような視線と声を『恩人』に送るテア。

 老いをなくす――。

 人間が、神と同等の存在になろうというのか。ありえない。


「夢物語だと思うのなら、勝手にそう思っていれば良い」


 その冷酷な眼差しは、俺を助けてくれた時の優しさなど、温かさなど――微塵も感じられないものだった。


「さて、お喋りはここまでだ。計画の最後を飾ってくれた君には感謝している。この言葉に嘘偽りはない。わざわざここまで来たのも、君に感謝の念を伝えるためだ。でも……少し喋りすぎたな。だから恐怖を感じることのないよう、ここで外を見ることなく、闇に呑まれながら死んでくれ」


 勝手なことを。

 体中の内臓が沸騰してしまいそうなほどの熱が、俺の全身に走り抜けた。

 腹の下に力を込め、低い姿勢のまま俺は地を蹴る。一瞬で『恩人』の間合いに入った俺は、そこで右の拳を鳩尾目掛けて繰り出した。しかしインパクトの寸前で、俺の拳は『恩人』の手に遮られてしまった。そのまま大きな手で、俺の拳を握り潰さんと力を込めてくる。


「拳闘士か。なかなか良い動きだが、私には到底及ばない。諦めろ」


 違う。俺は拳闘士ではない。

 だが訂正する気にはならなかった。言いたくなかった。この『男』に俺の素性を知られることが、嫌だった。


「死ねと言われて、そのまま死ぬような人間がいるか」


『男』の双眸がスッと細くなる。まるでゴミでも見るかのように。『男』は握っていた拳に、さらに力を込めた。キリキリと脳に伝わってくる痛み。このままでは俺の右手は潰されてしまうだろう。当然、そんなことはさせるつもりはない。

 俺は『男』の脛目掛けて、真正面から蹴りを繰り出す。『男』はあっさりと俺の拳から手を離し、後ろへと跳躍した。

 解放された右手には鈍い痛みが残ったままだ。さすがはベテランの拳闘士といったところか。力は俺の想像していた以上だ。だが、怯むわけにはいかない。俺はこんな場所で死ぬつもりなど毛頭ない。

 再度構えを取る俺だったが、『男』は俺を一(べつ)した後鼻を鳴らすだけで、構えを取ろうともしない。それどころか開け放しのままだった扉を閉め、なぜか内側から鍵を掛けた。再び倉庫内には、薄い闇が広がる。


「こんな所で遊んでいる暇はないんでね。失礼する」


 言うや否や、『男』は懐から虹色のガラス玉のような物を取り出した。


「最後に忠告だ。外に出ようと思うな。ここの鍵は魔術が施された特殊な錠だ。無理に開けようとすると消し炭になるぞ」


 そしてそのガラス玉を地に叩きつけた。高い音を立て、粉々になるガラス玉。次の瞬間、『男』の姿はまるで霧のように掻き消えてしまった。


「くそっ! 魔法道具マジックアイテムか!」


 俺は『男』が消えた場所まで慌てて駆け寄るが、そこには冷たい床が広がるばかりだった。今のは、あらかじめ記憶していた場所に飛ぶことができる魔法道具だ。かなり高価な物なので、そこらの冒険者が易々と手に入れられる物ではない。だが、魔晶協会を取り仕切っていたあいつなら、いくらでも入手可能なのだろう。


「ちくしょう!」


 衝動のまま、拳を地に叩きつける。俺の八つ当たりを受けた灰色の床は、悲鳴のようにピシッと小さな音を立て、ひび割れる。

 俺の頭の中も心も、ぐちゃぐちゃだった。

 せっかく、会えたのに。

 子供の頃から憧れていた人に、やっと会えたと思ったのに……。

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