12話 クレーム
俺はいの一番に、昨日門前払いとなっていたヴァッサラントの魔晶協会に向かった。ヴァッサラントの魔晶協会は閉まる時間が早い分、開く時間も早いらしい。俺が町に着いた頃は朝日が昇り始めたばかりだったのだが、魔晶協会の扉の前には、開いていることを示す紫色の旗が既に掲揚されていた。
遠慮なしに早速中に入る。中の造りは、レベシュタットの魔晶協会と似たようなものだった。真正面に受付のカウンターがあり、左右には奥へと続く通路が伸びている。だが、受付には誰もいない。まだ早い時間なので、準備でもしているのだろうか。
俺は早速、取ってきた魔晶石を受付のカウンターの上に乗せた。ごとりと重い音を立てる魔晶石。その音だけで、俺はつい得意げになってしまう。
「朝からすんまっせーん! 換金お願いしまーす!」
俺はカウンターの奥の扉へと向かって声を張り上げる。自然と弾んだ声を出していた。今だけは浮かれても罰は当たらないだろう。これで当分、旅の資金に困ることはないのだから。
この際、思い切って新しい防具でも買ってしまおうかな。俺の今の服装は、拳闘士として修行していた時のままの動きやすさを重視した格好だからな。防御力がなさすぎる。せめて胸当てぐらいは買っておくか。
そんな買い物計画を考えていたら、ようやく受付奥の扉が開いた。
「お待たせいたしました」
言いながら出てきたのは、非常に恰幅の良いおば……おねえさんだった。『待たせてすみません』という申し訳なさが微塵も感じられない平坦な言い方だったが、今の俺はすこぶる機嫌が良いので、そんな些細なことは気にしない。
おば……お姉さんはカウンターの上に置かれていた魔晶石を一瞥すると、これまた抑揚のない声で言った。
「換金ですね」
「はい! お願いします!」
「では少々お待ちください」
魔晶石の大きさに驚くことなく、あくまで事務的な応対をしたおねえさんは、魔晶石を抱えると再び奥の扉の向こうに姿を消した。
その扉をじっと凝視する俺。心臓の脈打つ速度は、既に限界値マックスだ。今まで経験したことのない嬉しさと緊張で胸が痛い。
落ち着け俺。大金はすぐ目の前までやって来ている。
間もなく、おねえさんがお金の入った皮袋を持って奥から出てきた。
きたきたきたーッ! 待ってました!
「こちらです。お疲れ様でした」
皮袋を受け取った俺は、早速紐を解き、中身を確認する。さぁて、どれくらいのお金が入っているのやら。
「…………あれ?」
俺は、我が目を疑った。見間違いか? 目を擦り、再度皮袋の中を覗き見る。だがやはり、見える中身に変わりはない。
これは……どういうことだ? 念のため皮袋に指を入れて中を掻き分けてみるが、俺の目の錯覚というわけではなかった。
「ちょっとちょっとおねえさん。これ、勘金額を間違っていない? 千ルクルしか入っていないようだけど」
「はい。千ルクルで間違いないですよ」
「なっ!?」
さらっと返ってきたおねえさんの返答に、俺は絶句してしまった。
千ルクルといえば、ツィロプスの洞窟で最初に持ち帰った魔晶石と同じ金額である。今回俺が持ち帰った魔晶石は、その五~六倍はあろうかというものだ。ツィロプスの洞窟の魔晶石は、初心者冒険者に対するサービスも含まれているはずなので、いくら何でも金額は低すぎる。町ごとにレートが変わるとか、そんなことはないはずだ。やはりこれは、おねえさんの単純な間違いだと言えるだろう。
「いや、絶対に足りないって! あんなに大きな魔晶石だったんだぜ!?」
「そう申されましても……。こちらからはこれ以上お出しすることはできません。どうぞお引取り下さい」
「いや、納得いかねーって! 絶対にもっと価値があるはずだ! おねえさんがどうすることもできないなら、ちょっと責任者出してくれない!?」
「うるさいのぉ、坊主」
突然背後から聞こえてきた野太い声に、俺は反射的に振り返る。そこには丸太を軽々と持ち上げそうな、いかつい男達が四人並んでいた。体同様にごつい手には、両刃の斧が握られている。どいつも頭部には髪が存在していない。しかしその頭は、屈強な体を印象付けるスパイスとしては充分だろう。
……何だこれ? 俗に言う、おしおきってやつか? もしかしなくても、力尽くで俺のクレームを潰そうとしているのか? ということは、魔晶協会側は換金額がおかしいってことには気付いているってことだよな?
「どうして、こんなことを。俺の主張は正当なはずだ」
「さあ? 俺らは雇い主の事情なんぞ知らん」
雇い主。つまり、魔晶協会がこいつらをわざわざ雇ったというわけか。都合の悪いことを言う冒険者を、脅すためか?
納得いかない。俺は納得いかないぞ。ずっと憧れていた冒険者にやっとなれたってのに、何なんだこの状況は。冒険者というのは、もっと自由なものじゃなかったのか?
……決めた。もう決めたぞ。このまま魔晶協会のお偉い連中に、直接抗議しに行ってやる! 換金についてだけじゃない。船についての不可解な命令についても、この際問いただしてやる!
俺は足を開いて上体を低くし、構えを取る。
「ほう? 一人で俺らを相手にするってことか、坊主」
「あんたらを雇った人間に会いに行く」
言うや否や俺は床を蹴り、一番近くにいたハゲ男の鳩尾目掛けて拳を繰り出す。
俺がいきなり仕掛けるとは思っていなかったのか、ハゲ男その一の反応が遅れた。ハゲ男一が斧を持つ腕を上げた時には、既に俺の拳は鳩尾に深く決まっていた。
「ぐっ!?」
「ガキが!」
別のハゲ男が激昂し、俺に向かって斧を振り下ろす。しかし大柄な分、動きが雑だ。拳闘士見習い達との組み手を思い出すと、スピードも遅い。余裕を持ってその攻撃を後ろに跳んでかわした俺は、再び地を蹴って、今度は男の顔面に向けて蹴りを繰り出す。
「――ッ!?」
声を出す間もなく、床に倒れるハゲ男その二。一瞬の内に二人倒されたとあって、残るハゲ男達の顔には、明らかに動揺の色が見て取れた。俺がここまでやれるとは思ってもいなかったのだろう。ま、その油断を利用させてもらったわけだが。
「このまま先に行かせてくれたら、あんたらには手を出さないよ」
「ほざけ坊主。そんなことができるわけがないだろう」
言葉は強気だが、そう言ったハゲ頭の額にはうっすらと脂汗が滲んでいた。
やはりダメか。こいつらにとって、雇い主の命令は絶対だろうしな。まぁいい。残りは二人だ。神獣を召喚せずとも、この程度の連中なら俺一人で――。
「ぐあっ!?」
突如左肩に走る、鋭い痛み。見ると、二の腕上部に矢が刺さっていた。受付の左右から伸びる廊下、そこの右側に矢を放った人物を捉えた。細身の男が、不敵な笑みを浮かべている。
くそ、不覚を取った。ハゲ達の他にも『用心棒』がいたのか!
「お前の敗因は、俺らを四人だと思い込んでしまったことだ、坊主」
背後からハゲ男の低い声が聞こえた直後、俺の口と鼻に布のような物が当てられた。
まさか、これは……。
俺の意識は、そこで暗転してしまったのだった。