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11話 森の中

 ウィンに案内された場所は、俺達がフォレストゴブリンを倒した場所から、そう離れていない距離にあった。

 眼前に広がる森の中は、闇一色だ。手を伸ばすと吸い込まれてしまうと錯覚するような、黒。持っていたカンテラを闇に向けて突き出すと、小さな羽虫が(すが)るように何匹か飛んできた。鼻を(くすぐ)るのは、土の匂いと仄かな獣の臭い。

 魔物が出るとわかっている夜の森を進むのは多少気が引けるが、今さら後には引けない。


「あのさ、何か嫌な感じとかしない?」


 森を見据えたまま、俺はふと思ったことを二体に尋ねる。


「するわよ」

「あっち」


 即座に二体は同じ方向に頭を向けた。左斜め前方だ。やはり神獣にとって、あれの気配は相当嫌なものなのか。


「その嫌な感じが、きっと魔晶石だ。案内してくれ」

「リュディガちゃん、魔晶石って何?」


 むう。それもミア達同様に知らないのか。


「説明は歩きながらでもいい?」

「いいわよ」


 魔晶石について二体に説明をしながら、俺は慎重に森の奥へと歩みを進めた。






 二体のフォレストゴブリンが、耳障りな奇声を上げながら俺へと飛びかかる。俺は咄嗟に横へと飛んでそれをかわすが、直後、半身に強い衝撃が走った。どうやら木にぶつかってしまったらしい。バランスを崩して前のめりに倒れる俺。チャンスとばかりに、フォレストゴブリン達は俺に向かって蔓を伸ばす。

 しかし、その蔓は俺へと届かない。フォレストゴブリン達は悲鳴を上げ、光となって虚空へと消える。ウィンが放った風の刃が、フォレストゴブリン達の体を上下真っ二つに断ったのだ。


「そういえば、君達に聞きたいことがあるんだけど」


 何とか起き上がった俺は、カンテラの火が消えていないことを確認すると再び歩き出す。

 森の中に入って間もなく、俺達はフォレストゴブリンに何度も襲撃されていた。今ので倒したのは八匹目だ。

 魔物をおびき寄せる瘴気を発しているという、魔晶石。ツィロプスの洞窟で瘴気の効果を嫌というほど実感していたのだが、今はそれ以上だ。視界が利かないというのが、何よりつらい。

 突如、フラメルが俺の後ろで火を吐いた。どうやら別の奴が襲いかかってきたところを、フラメルが迎撃したらしい。フラメルの前で、光の粒が天に昇っていく。


「何? リュディガちゃん」

「あ、あぁ。えーとさ、君達神獣にとって、俺って格好良い方なの?」

「何故、突然そんなことを」


 少し前進したところで、再びウィンが大きく羽ばたき、風の刃を右方向に放つ。


「ギャッ!?」


 木の陰に隠れていたフォレストゴブリンは、俺達を襲う間もなく消滅する。


「いや、召喚した神獣に(ことごと)く素敵とか言われているからさ。そうなのかなーって」

「うーん、私はどっちかって言うと可愛いと思うけどなぁ。あ、効果が切れそうだわ。笛をお願い」


 フラメルの催促で俺はカンテラを一度下に置き、笛を奏でる。相変わらずの掠れた音だったが、それでも少しずつ上手くなってきている気がする。

 再びカンテラを片手に、さらに道なき道を進む俺達。歩く度に膝丈まで伸びた草が擦れ、乾いた音を鳴らす。これではまるで、猫の鈴だ。フォレストゴブリン達に見つけてくださいと言っているようなものだが、俺は空を飛べるわけでもないし、どうしようもない。


「この際格好良いでも可愛いでもいいけどさ。で、何でなの?」

「自分でもわからない。ただ、凄く惹かれる」


 答えたのはウィンだった。素っ気無い態度だからすっかり忘れていたが、そういえば召喚した時、ウィンも俺のことをクールとか言っていたな……。


「そうそう。神獣としての本能っていうの? リュディガちゃんを見ていると、こう、心の奥の方がビシビシ刺激されるのよねえ」

「何だそれ?」

「ギギャッ!」


 いきなり脇から飛び出てきた、新たなフォレストゴブリン。しかしフラメルの炎により、憐れなほど呆気なく墨と化す。フラメルは周りに炎が飛び火しないよう、かなり注意を払って攻撃をしているようだ。先ほどからその炎の攻撃は非常に直線的で、かつ無駄がない。


「リュディガちゃん、実は人間じゃなくて神獣の雄ってことはないわよね?」


 今度は真正面。奇襲も効果がないと判断したのか、一体のフォレストゴブリンは隠れもせず俺に向かって指先から蔓を伸ばす。少しだけこの暗闇に視界が慣れてきていた俺は、それを跳躍してかわした。俺という目標を失った蔓が、背後で地に突き刺さる音が聞こえた。フォレストゴブリンの目前で着地した俺は、そのまま顔面に向かい、おもいっきり右足を振りぬく。


「俺は正真正銘、人間の男だよ!」


 足裏に響く衝撃と同時に、卵の殻が割れたような音が鳴る。この一撃でフォレストゴブリンは絶命したらしく、光になった。

 良かった。両手が塞がっているからバランスが取り辛いが、こいつら程度の敵なら、俺の体術でも何とか通用するようだ。


「それより『嫌な感じ』がする場所って、こっちの方向で合っているのか?」

「合ってる。というか、もう目の前」


 ウィンの言葉に、俺は小さく安堵の息を吐いた。終わりの見えない連戦ほどきついものはない。


「あれじゃない? 左。紫に光っている場所があるわ」


 フラメルの声につられて首を回した俺は、思わず声を上げていた。


「おおおおおおっ!?」


 その魔晶石は、木の根元で控え目に発光していた。もちろん、そんな理由で声を出したわけではない。なんとその魔晶石は、俺の片腕の長さはあろうかというほどの、巨大な物だったのだ。ツィロプスの洞窟で持ち帰った魔晶石とは、比べ物にならないほどでかい。

 魔晶石は大きくなるほど、換金額も大きさに比例して上乗せされる。これを持って帰れば、間違いなく大きな収入となるはずだ。どこかに落としてしまったみみっちい額の金など、もう探さなくても良いだろう!

 歓喜の雄叫びを上げ、一直線に魔晶石へと駆け寄る俺。間近で見るとさらに大きく見える。

 カンテラと笛を下に置き、土に埋まっていた下部分を手で掘る。やはり深くは埋まっていない。どういう原理でバランスを保っているのかちょっと気になるが、この際どうでもいいな。

 喜色満面な笑みを浮かべながら魔晶石を抱えた俺に、フラメルが横から視線を送ってきていた。


「リュディガちゃん、それ持って帰るの?」

「当たり前だろ!? 俺はこれを取りに来たんだぞ。お前らが何と言っても、絶対に持って行くからな」


 魔晶石を抱える今の俺の姿は、まるで赤子を抱く親のように見えていたであろう。そんな必死な姿を晒し続ける俺に、ウィンとフラメルは一瞬顔を見合わせた後、肩を竦めるように下を向いた。こいつらには肩がないから、よくわかんないけど。


「そこまで言うならわかったわ……。リュディガちゃん、笛とカンテラを仕舞ったら、私に乗って」


 フラメルの突然の申し出に、俺は目を丸くしてしまった。確かに大きいから背中に乗れそうだとは思ったけれど、本当に乗せてくれるとは。


「でも俺、結構重いほうだよ? 大丈夫?」

「リュディガちゃん。確かにこちらの世界では、あなた達神獣使い(サマナー)の力を借りないと私達は強くはないわ。でも、こっちはあくまで神獣なのよ。見くびらないで」

「ごめん……」


 少しだけ怒気を含んだその言い方に、思わず弱気になってしまった俺。女性にあまり免疫がないので、ちょっぴり怖くなってしまったのだ。


「リュディガ、フラメル、急いで。また集まってきた」


 辺りを警戒していたウィンが淡々と告げる。俺は慌てて荷物袋に笛とカンテラを仕舞うと、魔晶石を抱えてフラメルの背にまたがった。もふもふの毛の感触が気持ち良いが、今はそれを堪能している暇はなさそうだ。


「このまま敵を振り切って森を脱出するわ。その魔晶石に釣られて、またわらわらと寄ってくるでしょ? このまま戦いながら進んだら、この森のフォレストゴブリンを狩りつくしちゃう勢いよ」

「そ、そうだな……」


 さすがに狩りつくしてしまうほどの戦闘はこなしたくない。何より、ここまでの道中でウィンとフラメルもかなり疲労しているはずだ。俺も魔法力がかなり減ってきたのか、全身が重くなってきている。


「ウィン。後方をお願いできるか?」

「了解。フラメルはとにかく全速で」

「わかったわ」


 フォレストゴブリンは足が速い。何せ、馬車を追いかけていたほどだ。少し不安ではあるが、ここはフラメルを信じるしかない。

 フラメルの全身に、力が込められたのがわかった。

 直後。紅い狼は力強く、森の土を蹴り上げた。






「何とか振り切ったか……」


 フラメルの背の上で、俺はバランスを取りながらチラチラと後方を確認する。俺達を追ってくる影は一つたりとて見当たらない。どうやら撒くことに成功したようだ。

 安堵の息と共に、空を見上げる。頭上いっぱいに広がっていた黒は薄れ、青と白が混ざり始めていた。結局徹夜となってしまったが、眠気と疲労をほとんど感じないほど、俺の心と全身は喜びで支配されていた。

 初めて自力で見つけた魔晶石。それがこんなに大きな物だなんて。大成功と言っても過言ではないだろう。

 潮の香りが鼻をくすぐる。夜の間離れていただけだったのだが、随分と懐かしい匂いのように感じた。何とかヴァッサラントの町に帰ってこれたんだ。

 白い町並みがかなり大きく視界に入る距離になったところで、俺はフラメルの背から飛び降りた。


「リュディガちゃん?」

「ここからならもう歩いていけるよ。しばらくは戦うこともないだろうし、とりあえず一旦召喚を解除するな」

「そう。また()んでね」

「……私も」

「ウィン、フラメル、本当に助かったよ。ゆっくり休んでくれ」

「リュディガちゃんもね」


 俺が指を鳴らすと、シュンという光の走る音と同時に、二体はあっという間に俺の前から姿を消した。

 さあ、ここからは自分の足で進まなきゃな。

 はやる気持ちを抑えることができず、俺は海風香る白い町に向かって駆け出していた。


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