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10話 火の神獣

「リュディガ! 早く!」


 頭上からウィンが叫ぶ。ウィンはもう一体を召喚しろと言っているのだろう。もちろんそのつもりだ。

 しかし、それには荷物袋から笛を取り出さないと。三匹程度なら俺だけでも何とかなるかもしれないが、さすがに六匹を相手にするのはきつい。

 一体のフォレストゴブリンの指先から(つる)が伸び、鞭のようにしなりながら俺に襲い掛かる。俺は慌てて荷物袋を盾にした。蔓の鞭は勢い良く荷物袋に巻きついていく。

 くそ、荷物袋から笛を取り出さないといけないのにっ。一旦荷物袋から手を離さないと、このままでは俺もやばいか!?

 俺は仕方なく、抱えていた荷物袋から手を離す。蔓に引っ張られ、荷物袋は弧を描くようにして空に舞う。その瞬間、袋の口から笛が転がり落ちてきた。

 ラッキー! 少し袋の口が緩んでいたみたいだ!

 笛を空中で掴んだ俺はすかさず笛を構え、ミアに教わった通り『イメージ』しながら息を吹き込む。


『すぴゃっ!』


 相変わらずの情けない音だった。しかし、この状況で照れている場合ではない。()び出すことができれば関係ない。

 隙だらけな体勢の俺に向かい、フォレストゴブリン達が一斉に蔓を伸ばした。


「リュディガ!」


 万事休すかと思った、その時だった。

 突如俺の目の前に、大きな火柱が上がった。フォレストゴブリン達の蔓はたちまちその頼もしい火柱に呑まれ、焼き切られる。魔物達の苦痛の悲鳴が一斉に上がった。

 よし、ぶっつけ本番だったけど上手くいった!

 火柱の中に佇む影は四本足。顔の輪郭から判断するに、このシルエットは犬だろうか? それにしては二回りほどでかい。俺でも余裕で背に乗れそうだ。そんなことを考えた時、ちょうど火柱が闇の中に消える。

 佇んでいたのは、赤い狼だった。その狼の毛はまるでルビーのように上質で、眩く輝いていた。夜の闇の中でも、その赤は鮮やかさを失うことなく俺の目に飛び込んでくる。体同様に両目も赤い色をしていたが、少しだけオレンジ色も混じっている。瞳の中で炎が燃え盛っているかのようだった。

 真紅の毛を持つ狼はフォレストゴブリン達を睨むように見据えた後、頭だけをこちらに向けた。


「あら、微笑ましい笛の音かと思ったら可愛いコ。今回私を()んだのはお兄さん? こんなこと初めてだわ」


 格好良い外見だが、どうやら(めす)らしい。随分と艶のある、大人っぽい声だった。


「頼む、緊急事態なんだ。すぐに契約して、目の前のこいつらを何とかしてほしい」


 蔓を焼かれた魔物達は、身を竦めるようにして固まっていた。植物系の魔物に、火は天敵。今の一撃でフォレストゴブリン達は怯んでいるようだ。赤毛の狼はそいつらに睨みを利かせたまま後退し、俺の傍までやってくる。

 俺は無言のまま狼に左手を差し出す。すかさず狼はミアとエルデの時と同様に、俺の指に軽く牙を突き立て、血を舐めた。


「契約完了。私の名前はフラメルよ、ご主人様」

「ありがとう、フラメル。俺はリュディガ。早速だけど、お願いできるか?」

「リュディガちゃんね。ええ、もちろんよ」


 何だか呼び方が凄く気になったが、今はそれにツッコんでいる場合ではない。後にしよう。


「ウィンも頼む!」

「当然」


 上空で待機していたウィンに声をかけると、彼女はすぐさまフラメルの隣に降り立った。

 よし、何とかこちらの攻撃態勢は整った。

 とはいえ、神獣の攻撃力を上昇させるイメージが良くわからない。ここはワンパターンだが、ミアとエルデの時のように人型になってもらうのが良いだろう。上手くいくかもわからない笛に頼るより、確実な方法を選ぶぞ俺は。ちなみにさっきのフラメルの召喚は、きちんと計算したうえでのものだった、と弁解をしておく。

 再度笛を構えた俺は昨日と同じく、笛に強く息を吹き込んだ。


『ぴすろーーーー』

「ギシャッ!」


 俺が笛を吹くのと、己を奮い立たせたフォレストゴブリン達が一斉に俺達に襲い掛かってくるのとは、ほぼ同時だった。

 間に合うか!?

 心臓を鷲掴みにされたような、一瞬の緊張感。直後、凄まじい閃光がウィンとフラメルの体から放たれた。


「ギッ!?」


 急激に現れた光は、フォレストゴブリン達の目くらましには充分すぎるほどの光量だった。フォレストゴブリン達の動きが止まる。空気の擦れるような音が俺の鼓膜を震わせた時には、既に二体の神獣は人型へと姿を変えていた。

 エメラルドグリーン色の髪をゆるいボブにした女の子と、リンゴ色の膝裏まである長い髪を持つお姉さん。

 エメラルドグリーンの髪の少女はウィンだろう。鳥の時の羽をそのままくっ付けたような、緑の耳を持っている。背はミアと同じくらい。女の子にしては高くもなく低くもなくといった感じだ。彼女の特徴は、何より胸だ。ただし、エルデとは真逆な意味で。控えめというか、なだらかというか、水平線というか……。

 一方の長髪お姉さんはフラメルだろう。頭部から飛び出た狼耳が、ぴろぴろと忙しなく動いている。エルデ程ではないものの、その胸は豊満だ。背も高く脚も長い。一言で言うなれば、スタイル抜群なお姉さん。そして二人とも、やはりビキニのような格好をしていた。どうして神獣達は、人型になるとこんな格好になるのだろうか。体を守る服としては頼りなさすぎると俺は思うんだが。

 ま、防御力のなさそうな格好だが、ダメージを受けなければ問題ない。ここはささっと終わらせてしまおう。


「二人とも、手短に頼む!」

「御意」

「まっかせて!」


 フォレストゴブリンの一匹に向けて、横一線に腕を振るフラメル。直後、彼女の腕から炎が走り、フォレストゴブリンの全身を舐める。

 叫ぶ余裕もなかったのだろう。炎に包まれたフォレストゴブリンは、体を炭に変えながら光の粒子へと変わり、天に(かえ)る。フラメルは続けざま、その隣のフォレストゴブリンに向かって腕を振るった。そのタイミングに合わせ、ウィンの掌から放たれた風が炎を運ぶ。炎は次々とフォレストゴブリン達に引火し、木のような体を飲み込んでいく。

 阿鼻叫喚。

 体を包む業火に成す(すべ)もなく、フォレストゴブリン達はのた打ち回りながら炭へと果て、次々と光の粒子に変わっていった。


「ナイス連携!」


 俺が賛辞を送った、その瞬間だった。

 なんと二人は、元の鷹と狼の姿に戻ってしまったのだ。

 あららら……。やはり俺の笛が下手だからか、効果時間が短すぎるな。お金を得たら少し練習しよう……。


「リュディガちゃんって笛は下手だけど、扱う精霊術はかなり高度よね。笛は下手だけど」

「二回も言わなくていいから!? 自分でもわかってるから!」

「大事なことだから二回言ってみたのよ」


 ふふんと得意気に尻尾を降るフラメル。呼び方といい、どうも見下されている感がするのは気のせいだろうか。


「それより、人型に変わるやつって高度な精霊術だったの!?」

「あら、わかっていなかったの? そんな馬鹿っぽいところも可愛いわぁ」


 馬鹿っぽいは余計だ。いや、確かに俺は勉強が苦手だったし、馬鹿なのには間違いないんだけどさ……。


「でも、これから大変。リュディガ、魔法力ない。こんな戦い方、続かない」


 淡々と言うウィンに、フラメルも頷きながら続ける。


「確かにそうねえ。リュディガちゃんは魔法力がかなり少ないみたいだから、今の精霊術はここぞという時だけにした方が良いかもね」

「でも俺、他の攻撃イメージとやらがよくわかんなくて……」


 俯く俺の脚に、フラメルがふかふかの体毛を当ててきた。もしかして、慰めてくれているのだろうか。ぬいぐるみのようで少し気持ち良い。


「リュディガ、見て」


 フラメルは少し柔らかい声で言うや否や、口を大きく開ける。直後、その口の奥から小さな炎が噴き出してきた。


「おおっ!?」

「私の通常攻撃はこの炎。でもこのままだと、魚を炙っても生焼けになる程度の火力しかないわ。この火力が強くなるイメージを持てばいけるはずよ」

「なるほど……」


 この説明は助かる。本当なら神獣に教わるようなことではないのかもしれないが、俺には神獣使い(サマナー)としての知識がないので、なりふり構っていられない。

「私は、これ」


 続けてウィンが羽ばたくと、羽の周囲に翡翠色の小さな鎌状の刃が発生し、前方へと飛んで行く。鎌は街道の外れに生えていた雑草を少し刈ったところで消滅した。


「強化なしだと、ただの草刈り機も同然。あと視認できないよう、無色にすることもできる」

「わかりやすい説明ありがとう。今ので強化のイメージが固まったよ。笛の練習は帰ってからするから、次も効果時間は短いままだろうけど」

「今夜中にまた戦うつもりなの?」


 聞いてきたきたのはフラメルだ。既に魔物と戦うことが決まっているような俺の言い方に、疑問をもったのだろう。


「ああ、もう少しだけ戦闘に付き合って欲しい。ウィン。さっきの魔物、どこから来たかわかるか?」


 緑の神獣は、器用にホバリングを続けながら答えてくれた。


「ここからもう少し先の、森。街道と森の距離が一番縮まっている場所から出て来た」

「なるほど。森から馬車を狙って出てきたわけか」

「……行くの?」

「行く。案内してくれ」


 ウィンの問いに、俺は大きく頷く。

 魔物が出たということは、即ち瘴気があるということ。つまり、近くに魔晶石があるということだ。どこに落ちているかわからないお金を探すより、魔晶石を手に入れて換金する方が確実だろうと俺は考えたのだ。


「リュディガちゃん本気で言ってるの? 夜の森を歩くの? 危険よ」

「ああ、行く」


 危険かもしれないが、迷っている時間はない。うだうだと悩んでいる間に、他の冒険者に魔晶石を取られてしまう可能性だってあるんだ。とにかく俺は、無一文のこの状況から一刻も早く抜け出したいのだ。

 しばらく俺を見据えていたフラメルだったが、そこで静かに瞼を閉じた。


「力強い目。私は好きよ。わかったわ。何かあったらリュディガちゃんを守ってあげるから」

「あ、ありがとう」

「案内する。ついて来て」


 くるりと向きを変えて飛び始めたウィンの後を、荷物を拾い上げた俺は慌てて追うのだった。


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